おかしな金剛とお出掛け その①
「陽炎ガール。今日少し時間ありますか?」
あの残念な大会が終わり金剛の精神が正常に戻ってから幾ばくか経った日のことである。今日は一日お休み、休暇だ万歳ということで陽炎は部屋でのんびりとした時間を過ごしていた。陽炎には特にこれといった趣味はない。だから金剛からマンガ本を借りてそれを読み漁っていた。
このマンガ本は古代中国の三国時代のことを描いたものだ。コミカルな本ばっか持っている金剛が、どうしてかこんな本を持っていたので、興味が湧いた陽炎が借りたのである。
読んでみると意外と面白かった。一人一人のドラマを感じ取れて中々考えさせられるところがあったり、単純に強い人たちがいたり、頭を使った駆け引きがあったり。登場人物を艦娘たちに当て嵌めると違った面白みもあった。
取りあえず「孔明の罠だ」はいつか使ってみようと思う。
そんな風に陽炎が楽しんでいた時だ。同じ休暇中の金剛に声を掛けられたのは。金剛も金剛でやることが無かったのか、自分のベッドではなく床に座って神経衰弱で時間潰しをやっていた。陽炎が見た限り百発百中で、もしかしたら本当に特殊な力が金剛の眼帯に宿っているんじゃないかと思った。
声を掛けてきたのは十回目が終わったぐらいであろう。
「あるわよ」
「でしたら付き合って頂けませんか?」
「念のために聞くけどお付き合いの方じゃなくて」
「一緒に付いて来て欲しいの方デース」
そういうことになったので、陽炎はパジャマを脱いで外出用の服に着替える。時刻は昼過ぎ。昼食は取っていない。休みの日は特別に用がない限り一日中ずっと不規則だらだらのパジャマ派なのだ。別に人間ではないからそこまで健康気にしなくていいし。
着替え終わってどこに行くのか尋ねてみれば、買いたい物があるから一緒に行こうとのことで、陽炎としては欲しい物があるわけではないけど、見るだけなのも面白いので問題は無い。
「何が欲しいの、金剛さん」
「コミックデース。丁度新刊が出ている筈ですから」
「てことは書店?」
「イエース」
書店は行ったことが無い。買いに行くとしてももっぱら服とかばっかりだから少し新鮮な気分だ。何か面白そうな本があったら買うのも悪くはない。
それはそうとメンバーは二人だけなのだろうか。別に二人だけでも面白そうであるけど、折角出かけるのであればもうちょっと人数を増やしたいところである。ただ、あいにく時雨と雪風は用事があって今日はいない。二人して朝早くからどこかに行くらしい。食堂で聞いた。
だから二人は誘えないとして、今の自分と同じように暇している人を誘いたい。別に今日が休暇中なのは自分たちだけではないので他にいるだろう。陽炎はその旨を金剛に伝えた。
「それもそうデース。ならば一人宛があるのですが、構いませんか?」
どうやらいるらしい。いるんだったら誰だって構わない。この鎮守府の艦娘たちに嫌な人なんて一人もいないのだから。
「誰でもいいわよ。一緒に来てくれるなら」
「オーケー。でしたら招待しましょう」
「私を誘ってくれるの?」
金剛が誘ったのはネガティブ系美女の山城だった。不幸よ、が口癖で水が滴っているのが妙に様になる。そのどんよりした雰囲気から『濡れおなご』と愛称がついており、『濡れおなご』は怨念だなんだと物騒な反面大変な美女の妖怪として知られているので、山城も満更ではないらしい。
彼女は金剛が書店に出かけるから一緒に行こうと誘うと嬉しそうに反応した。
「勿論デース。マイフレンドなのですから当然デース」
「友達……いい響ね。陽炎もいいの?」
「ええ。一緒に行くわよ」
「ふふ……うふふふふ……嬉しいわ」
こういう儚げな笑みが似合う女性だった。
「山城さんって本とか読むの?」
「ええ、読むわよ。私は恋愛ものが好きなの」
「そうなの?」
「うふふ……」
含みを感じる笑みであったが陽炎は聞かなかったことにした。
とにもかくにもこれでメンバーは二人から三人に増えた。もうちょっと増やしたいところだが、それは贅沢な話であろうか。
だいたいにして貴重な休日をだらだらと過ごしている陽炎みたいな人は珍しくて、普通だったら時雨たちみたいにやることがある。
三人でも十分に楽しめる筈だしこれで大丈夫であろうか。
「そう言えば、お昼ご飯どうするの?」
昼食はまだ取っていない陽炎にとっては気になる問題だ。朝からずっと部屋に一緒にいた金剛も取って無い筈だし、山城はどうだろう。
「山城ガールはもう食べましたか?」
「まだ食べてないわ」
「だったら三人で外食しようよ」
「そうですね。山城ガールさえ良ければそうしましょう」
「私も問題ないわ」
「決まり!」
食堂のご飯は美味しいけど、たまの外食で友達と一緒に食べるのもまた格別に美味しいのだ。今から楽しみな陽炎。
その時だった。
「あら、山城お出掛けかしら?」
現れたのは山城の姉妹艦である扶桑だ。鎮守府に存在する数ある姉妹艦の中から、妹に対する愛情が人一倍多いことで知られている。
彼女は右手に書類を持っていて忙しそうだ。妹の山城とは違い、私服ではなく巫女服風の着物を纏った扶桑はお勤めのようだった。
「お姉さま……金剛たちが誘ってくださいましたので、書店に行って参ります」
「あらそうなの? 事故の無いように気をつけて行ってきなさい」
「はい」
「金剛さんたちも、山城のことをどうぞよろしくお願いします」
「任せなサーイ。山城ガールに不快な思いはさせまセーン」
「ふふ、頼もしいですね」
口元に手を添えてうふふ。山城といい、長門や陸奥といった面々には無い大人の色気が凄い。大和撫子というのはこういう人たちのことを言うのであろうか。
「それでは、行ってらっしゃい」
左手を顔の辺りで振って陽炎たちを見送る扶桑。
「ええ、行って来ます。お姉さま」
山城がそう答えて、続けて陽炎と金剛も答える。扶桑の熱い視線を――特に山城に向けられた――背後に受けたまま、三人は書店目指して歩き始めるのだった。