「ここがそうなのかしら?」
昼食と書店、先ずは書店に行ってからにしようということになったので、陽炎、金剛、山城の三人は鎮守府付近で一番大きな書店へと足を運んでいた。
グッと見上げるほど巨大な書店で、一階から四階まで全部本売り場らしい。小説、マンガ本、専門書何でもござれ。百万冊を優に超える在庫数ということで、ここで本を探せば大抵の目当ての品は見つかるであろうということらしい。
「大きいわね」
山城が目をぱちくりとしながら呟いた。その驚きには陽炎も同意見だ。昔、まだ陽炎が転属する前の時に、行きつけだったデパートと同じくらいの大きさなのではないだろうか。何で本だけなのにこんなに大きいのだろう。
「驚いていますね? ですが、これよりもっと大きな書店がありマース」
「これより!?」
「そうデース。ここの二倍ほどの大きさの書店デース」
信じられない。どれだけ大きい書店だと言うのであろうか。
まあ、そんなことより入ってみることにしよう。入り口を塞ぐように会話をしていたら店側の迷惑にも繋がるし。
というわけでこの大きな書店に足を踏み入れると、視界に飛び込んで来たのは四方を埋め尽くす本、本、本。圧巻の光景である。こんなに大量の本を一度に見たことがない。世の中には本を見ると頭が痛くなるという特異体質の人がいるらしいが、そんな人がここに来たらひとたまりもないだろう。
「ここは主に文庫本デース。私の目的のコミックは最上階の四階ですが、折角です。一階から順にぶらりと回りましょう」
そういうことになったので、金剛の案内の下で陽炎と山城は店内を歩き回った。一階のフロアは、ファンタジー、恋愛、戦記、歴史、哲学、と文庫本サイズなら何でもある。陽炎は興味が湧いた本を手に取ってパラパラと読んでみたりした。
山城も恋愛関連を熱心に読み込んでいた。内容はだいたい姉と妹の禁断の恋的なやつだ。彼女の趣味がよく分かる一場面であった。
金剛は陽炎と山城の案内をするだけで本を手に取ったりはしなかった。自分たちの反応を見て笑っている。少し恥ずかしい。
そして二十分ぐらい回っただろうか。
ふと視線を感じた陽炎。誰かがこちらを見ている気がする。
陽炎は注意して何気ない動作で周りを見渡した。
すると視線が消えた。気のせいだったのか。あるいは誰かが見ていたのだろうとしても、陽炎は深く考えなかった。
何せ目立つ人が二人もいるのである。スーツ姿に左目を長い髪で隠し、しかも隠した左目に眼帯を着けていてちらちらとそれが見える金剛と、大和撫子を体現した様な着物美人の山城。こんな二人が一緒にいたらそれは視線を集めるだろう。単体でも気になるのに。
「どうしました、陽炎ガール?」
「何でもないよ、次の階に行こう」
階を上がって二階。
ここは専門書がメインである。ここも一通り回って、陽炎たちはミリタリー系のところで盛り上がった。軍艦だったころの自分の説明なんかを読んでみると面白い。山城のネガティブが発動したりするなど問題も起きたが。
さらに山城のネガティブ以外にも問題があった。この階でも視線を感じたのである。
やっぱり二人は目立つのかと思って、あんまり気にしすぎても仕方ないと気に留めるのを止めようとしたその時である。陽炎は信じられないものを目撃した。
何あれ?
衝撃を受けた陽炎が目撃したのは、よく見なくてもかなり怪しい人だった。怪しすぎてむしろ奇妙な信頼感すら出てくるようだ。
身長は陽炎よりずっと高く戦艦の艦娘ぐらいだろうか、髪は艶やかな黒髪のロング。男性か女性か問われれば、女性だと思う。断言できないのは、顔が完全に隠されているからだ。鼻から下はスカーフを巻いており、目にはサングラスをかけていた。
怪しい上に面白い。隣でニコニコしている金剛と比べても問題がないほど面白い恰好をしている。
「金剛さん」
陽炎は金剛を呼んで。
「陽炎ガール?」
「あれを見て」
謎の人物を指さした。
「……ぷっ」
吹き出した金剛は口元とお腹を即座に押さえる。どうしたのかと陽炎が怪訝にしていたら、金剛は肩をふるふると振動させ始めた。
「くくっ……ふ、不審者……あ、あの人本当にやったのね……くふふ」
人がいない場所だったら、地面を転げ回ってバンバン叩いていただろう。笑い死にしそうなぐらい笑っている。
「どうかしたの?」
金剛の様子がおかしいことに気づいた山城が心配そうに声を掛けて来た。
「あれ」
笑うことに忙しすぎて答えられない金剛に代わって陽炎が対応した。
「何もないわよ?」
だが、金剛を笑い死にに追いやろうとしている謎の人物の姿は、忽然となくなっていた。
「あれぇ?」
目を離したまさに一瞬の間にいなくなってしまった。一体どこに行ってしまったのだろうか。
「陽炎?」
「いや、何でもないわよ。大丈夫だから」
「そう……」
山城は少し気遣わしげだったが、それ以上追及はして来なかった。
それから何とか金剛を落ち着かせて三階に移行する。
三階でもやっぱり視線を感じたけど、それは時々思い出し笑いをする金剛が原因だと陽炎は思った。気持ちは痛いほど分かるんだけど、一緒にいる自分たちまで変な目で見られるので勘弁してほしい。
最後の四階は金剛の目的地である。
金剛がお目当てのマンガ本を手に取って、四階もぐるりと一周した。
この階では人の想像力と逞しさに驚かされた。自分たちのように軍艦が擬人化したり、戦車や城、果ては駅までもが擬人化していたのだ。深海棲艦に海を支配されている昨今、人は意外と元気に生きているものだと感心する。
「私、ちょっと手を洗って来ていいかしら」
途中、山城が手洗いに行くということで一人外れることになった。そういうわけだから、山城が戻って来るまで場所を動かずに待つことにする。
この時、待っていて思ったのだが、先ほどまでずっと感じていた視線がなくなっている気がする。山城が手洗いに離れてからだ。これって、もしかしたら……。
急に不安になって来た陽炎。
まさか、一階から感じていた視線の持ち主は同じ人物で、その人物は山城を狙っている? だとすれば、一人になった山城が危険ではないのか?
すると、金剛が陽炎の不安を取り除くように頭を撫でながら言った。
「や、山城ガールには……くくっ、ストロングなボディガードが付いてマース。な、何も心配することはありまセーン」
またあの謎の人物を思い出して笑っているのか。
そんなことよりボディーガードとは一体どういうことなんだろうか。どうしてそんな人がいるのかが疑問だが、そんな人がいるなら教えてくれてもよかったのに、と陽炎はむっと頬を膨らませて金剛を見る。
金剛は呼吸を必死に整えていた。
「お待たせしたわね」
山城が戻って来た。何事もなかったようで、陽炎は一安心である。
「それでは、レジを済ませてきマース。それから食事に行きましょう」
無事に山城が戻って来て、さらに四階も十分に見て回ったので、書店の方はこれでおしまいである。
本日購入予定のマンガ本を会計するためにレジの方へ向かって行く金剛。陽炎は買うものがなかったが、山城は一階で熱心に読んでいた本を購入するということで、お金と本を金剛に渡していた。
それにしても、一階から視線を感じさせてくれた人物といい、山城のボディーガードといい、ついでに謎の人物といい何者なんだろうか。ボディーガードの方は後で金剛にでも聞くとするか。
「ソーリー、それでは行きましょう」
レジで会計を済ませた金剛が戻って来た。
そんなわけなので、陽炎たちは書店を後にして遅めの昼食を取るためにレストランへと向かった。ちょくちょくと視線を背後に受けながら。