「オォウ……」
金剛は気色悪くも妙に艶やかな声を出して背筋を震わせた。それが何の脈絡もなくいきなりのことであったので、陽炎は冷たい視線を金剛に送る。
現在地は、「321」の二人の部屋だ。
「何やってんの?」
「いえ、何か悪寒がしたのデース。あれは尋常なものではありまセーン。誰か私を狙っているのでは……」
「はいはい」
また訳の分からないことを言い出した、と陽炎は呆れのため息をついた。
金剛という艦娘は美人である。それも並の美人ではないし陽炎も羨ましいと思うぐらいの美人だ。専制国家では碌なことにならないだろうという美人。さらに気が利いて優しく、またノリが良い。艦娘だから力も強いし、何だよ完璧超人かよと吐き捨てたくなるような女性だ。
でも天は二物も三物も与えるけど、時に入らない物まで与えてしまう。
完璧超人かと思っていた金剛だが、ちょっと夢と現実の狭間を彷徨っているところがあったりする。例えば、今も左目に着けているミレニアム〇イなる代物。手作りにしてはクオリティがプロ級に高く、しかしデザインがダサい。そのミレニ〇ムアイなのだが、金剛曰く相手の心だか思考だかを読み取る力があるらしいのだ。マインド・〇キャンだったか。また闇のゲームとかいう物を発動させることが出来、魂がうんたらかんたら。
金剛ェ……と言わざるを得ない。
欠点があるのは好ましいけれど、どうせなら別の欠点にしてほしかった陽炎である。
「ああ、信じてませんね、陽炎ガール。本当なのデース。近々とんでもないことが起こりそうな気がしマース」
「そうなの? それより金剛さんのターンだから早くしてくれないかしら」
苛立たしげに陽炎がトランプのカードを突きつけた。
金剛は憮然としながらも突きつけられたカードの中から一枚を選んで自分の手元へ持ってくる。そして持ってきたカードと同じ数字のカードを床に投げ捨てた。
そう、陽炎と金剛はババ抜きの最中なのである。あの時の大富豪のように賭け事もしていないし時雨も雪風もいない、二人きりのババ抜き。
二人でババ抜きって……と思うがこれがなかなか面白い。
現在は二勝二敗だ。
心や思考が読める金剛が絶対勝つんじゃないかと思うだろうが、金剛曰く、こんなお遊びでは使わないとのことだ。演習でも実戦でも使ってるところは見ないし、じゃあいつ使うんだよという話だが。
「次は陽炎ガールのターンデース」
「はいよ。げっ……」
「ハハハ、ババを引きましたね」
陽炎はカードをシャッフル。ババの位置を不明にしてから再びカードを突きつける。
これを何度か繰り返した結果。
「ゲームオーバー。私の勝ちです」
「負けた……」
これで陽炎の二勝三敗。負け越しだ。だからと言って何かあるわけでもないが。
「まだしますか?」
尋ねる金剛はしたくないと表情が物語っている。かく言う陽炎も面白いけどそろそろ厭きたし、何か別のことがしたいと言うのが本音だった。
「何か別なことしようよ」
「では何をしましょう。特に思い浮かびませんが」
二人でああでもないこうでもないと考えた結果。
「そうデース。提督の下へ行きましょう」
ということになったので、二人は提督の執務室の前にやって来た。
コンコンとノックをすると提督の返事が聞こえてくる。幼くも芯が大人な女性の声音。実に耳触りの良い声が陽炎たちの脳を刺激する。
相変わらず気持ち良い声と思う陽炎の隣で、金剛が神に祈りを捧げるクリスチャンのように両手を組んで聞き入っていた。
金剛は提督の声を思う存分に堪能すると、ドアノブを掴んで部屋の中へと入った。陽炎も後に続く。
「ヘーイ、提督。ミーデース」
「どうもです」
「あら、金剛に陽炎ちゃん。いらっしゃい」
陽炎と金剛を歓迎してくれる提督。
その対応に感激する金剛。
スッと提督に近づいた金剛はギュッと提督を抱きしめる。
「バーニングラブデース。提督、愛してマーはぅ」
また気色の悪く艶やかな声。
先ほどから一体どうしたと言うのだろうか。
金剛の胸元に抱きしめられている提督が心配そうに金剛を見上げた。
「どうしたのですか、金剛」
「いや、悪寒が走りました」
「大丈夫なのですか?」
「さっきも走ったのデース。やはり何かの前触れでしょうか?」
「風邪ではないのですか? 医務室に行きます?」
「そうですね。そうしマース……」
「陽炎ちゃん。付き添い頼んでも大丈夫ですか?」
「は、はい」
この後陽炎は金剛と一緒に医務室へと向かった。
二時間後――医務室へと向かって特に何もなかったことが判明したので、医務室で時間を潰すという保健室で授業をサボる学生のようなことをしてから、陽炎たちは食堂に足を運んだ。
食堂では鎮守府内の艦娘たちが賑やかに食事を取っているところであった。
「今日のお昼は何でしょうか」
ざっと食べているのを見た感じでは、麦飯に味噌汁、とんかつとキャベツに漬物と言ったところだろうか。皆美味しそうに食べている。
「今日の飯も満足だ!」
「こら、武蔵。落ち着いて食べなさい」
「キャベツにはマヨネーズが一番だよ、翔鶴姉」
「へぇ~。じゃあ、とんかつには何が一番なのかしら?」
「うん! それってネギ?」
「今日も一人前のレディーに相応しい食事よね」
「なのです」
思い思いに楽しみながら食べているのを横目に見ながら、陽炎たちもお仲間に入る。
先ずはキャベツから食べる。千切りにされたキャベツはそのみずみずしさとシャキシャキした食感が堪らない。ほのかにキャベツ本来の甘みがあって、何もつけずにどんどん箸が進んでいく。
キャベツを食べた後は味噌汁をずずっと。具はお豆腐にわかめとネギのシンプルなものだが、だからこそ美味しい。お袋の味を感じる。お袋なんかいたためしはないけど。
メインのとんかつは、外はカリッと中はジューシー。口の中で大暴れだ。漬物のキュウリも塩加減が絶妙でグッド。麦飯だってそのまんま食べても美味しい、何かと一緒に食べても美味しい、そして栄養があると最高の主食だ。
結論として全部美味い。
「デリシャス! 最高デース」
金剛も悪寒、とやらのことを忘れて舌鼓を打っている。
「この麦ご飯はどこ産のものでしょう」
こくこくと頷きながら麦飯を口の中に収納していく金剛。
「私はこの麦ご飯のことをラブデーほぅ」
三度目だった。多分、あまりの美味しさに奇声を発したということではないだろう。正直そういうことにしておきたい陽炎だがそうもいかないらしい。
「ま、またデース……これは一体何を暗示しているのでしょう」
ただの気のせいだと思うが。
この後の食事やなんやかんやでも、金剛はときおり気味の悪い声を漏らすのであった。