「悪寒が暗示していたのはこのことだったのデース」
「モット私ヲ傷ツケテヨ。ソシテ愛シ合オウ」
陽炎は目の前の光景に呆気に取られていた。
眼前で睨み合う金剛と深海棲艦。いや、睨み合うという表現は過ちだ。睨んでいるのは金剛だけで、深海棲艦の方は熱い視線を送っている。
おかしい。
こんな筈ではなかった。ただ深海棲艦を排除するだけの簡単なお仕事の筈だったのに、どうしてこんな異常な光景に出くわさなくてはならないのか。
陽炎と同じ光景を共有している艦娘たちも固唾をのんで様子を見守る。
事の始まりはほんの数十分前。陽炎が執務室に呼び出されたところから始まるのだ。
歩き慣れた廊下を金剛と一緒に並んで歩く。
目的地は提督の執務室だった。多分出撃の話だと思う。最近、鎮守府付近の海域を一人? 一匹? の深海棲艦が徘徊しているという情報を入手したのである。これを撃沈あるいは撃退するという話が、鎮守府内で話題になっていた。
金剛が悪寒を感じると言い始めたのが三日前のこと。あれから場所を問わず奇声を上げるようになった金剛は、現在その症状を悪化させていた。
今も何かに怯えるように周囲を警戒しながら歩いている。
ここまで来ると、最初は悪ふざけの一環だと思っていた陽炎としても心配になってくるというものだ。
「金剛さん、大丈夫?」
「ノープロブレム。問題はありまセーン」
しかし心配するものの、当の本人である金剛がこの調子なので、どうしようもないというのが実情であった。最初の頃は悪寒がすると自分で言っていたのでまたそういうことをやり出したと思っていたが、最近はそのことを言わなくなった。だから本当に心配な陽炎なのだ。
そうこうしているうちに執務室へとやって来た。
執務室には提督の他に呼ばれたであろう艦娘たちが集結している。空母より翔鶴と瑞鶴。戦艦から比叡。駆逐艦から雪風。そして陽炎たちの計六人。
ちなみに金剛隊だとかは日常時のチームであって、出撃時の艦隊とかではないのであしからず。
「揃いましたね」
提督が椅子に座ったまま陽炎たち六人を見回す。
本来だったらここで金剛が顔を赤らめながら「バーニングラブデース」とかやる筈なのだがそれがない。そのことからも陽炎は心配になる。
「皆さんも知っての通りだと思いますが、最近この辺りを深海棲艦さんが徘徊しているという情報を入手しました。さらにその深海棲艦さんが戦艦レ級さんであることが判明し、危ないので皆さんにやっつけてきてほしいのです」
確かにそれは危険だった。いや、まあ駆逐艦の一隻でも危険なんだけど、戦艦のレ級は超強力な相手。RPGで言うと中ボスぐらいの敵なのだ。
だったら何で駆逐艦の陽炎たちがいるのかと言えば、まあいろいろと大人の事情があるのである。
そういうことになったので、艦娘たちはぞろぞろと執務室を出て行った。
陽炎と金剛も出ようとすると、提督が金剛に言った。
「あまり無茶をしないでくださいね」
やはり提督も金剛の様子がおかしいことに気づいたらしい。三日前の初日から少し変だった金剛を心配していたのであろう。
心配する提督に、金剛はいつもの乙女な感じではなくうっすらと微笑んでから執務室を後にして行った。
陽炎もペコリと頭を下げてから執務室を後にした。
そして海に出てからニ十分ぐらい経って、現在の状況に至る。
もうちょっと詳しく言うなら、陽炎たちが海に出てからニ十分後ぐらいに突如現れた戦艦レ級。彼女と呼んでも問題なさそうなので彼女と呼ぶが、彼女は現れるやいなや金剛に攻撃。傷を負った金剛であるが、ひるまずに反撃すると、レ級は防御もせずに砲撃を食らって今に至るということだ。
何で陽炎たちは見学中かと言えば、金剛に加勢しようとしたらレ級が凄まじい眼光で睨みつけてきて、比叡が「ひえ~」ともらすぐらい怖かったので手が出せないという実情なのだ。
この判断は陽炎は正しいと思っている。
何故なら今のレ級と同じような人を見たことがあり、その人を邪魔した時の恐ろしさを知っているからだ。その人物は何者かというと長門である。
レ級の上気した頬。悶えるように身体をくねらせる動作。ねっとりとした声音。
これは長門が駆逐艦娘たちに囲まれていたり頬擦りしている時とそっくりなのである。この至福の時間を邪魔した艦娘がどうなったのか、その末路を陽炎は知っているのだ。
レ級の方が危険度が高そうだし、ここは大人しくしていた方が得策なのである。
だからちょくちょく介入を試みている比叡。お姉さまが心配なのは分かるからそこで黙って見てて頂戴ね。
「サア、金剛。モットモット傷ツケ合オウ。私タチハ相思相愛ダ」
「オーマイガット……とんでもないことになりました。どうすれば良いのデース」
知らないけど早く何とかしてほしい。
相思相愛だって? 提督を愛してるとか言ってたくせに二股かよ。
もうこの際だから金剛を生贄に脱出を図るのも一手なのではないかと思い始めてきた陽炎であった。
「行クヨ、金剛!」
恍惚の笑みを浮かべながらレ級が金剛に砲撃した。天地を揺るがすと言えば過剰だが、大気は揺るがすほどの一撃。
金剛はひょいっという感じで回避した。
天にそびえる水柱。
攻撃を回避されたレ級はきりきりと歯が擦り切れそうなぐらい歯軋り。
「アア、ドウシテ避ケルンダイ?」
「避けるでしょ!?」
まあ、そうなんであろうが、陽炎は他人事ながらに避けてあげない方が良かったのではないかと思った。
「お姉さま!」
比叡が心配のあまり叫んだ。
それに反応したのは姉の金剛ではなく敵のレ級であった。
「サッキカラウルサイ奴ダネェ。消サレタイノカイ?」
「ひえ~。何でもございませんです、はい」
比叡が三歩ぐらい下がった。
情けない奴だ。
それにしても本当にどうするんだこれ。いつまでもこんなことをやっているわけにはいかないし、何とか状況を打開しないといけない。だけど陽炎は良い案が思い浮かばなかった。
「金剛、次ハ避ケチャ駄目ダヨ」
「オーノー……というかユーたち見てないで加勢するのデース」
無理デース。
と、その時一人の艦娘が金剛の横に立った。
「瑞鶴!」
翔鶴が名前を呼んだ。
そう、瑞鶴である。
ふわりとツインテールを揺らしながら、キッとレ級を睨みつける瑞鶴は弓に矢をつがえていた。
「何ダイ、君ハ」
「私は金剛の友達よ!」
勇気があると言うべきか命知らずと言うべきか、陽炎は取りあえず心の中で拍手してあげた。
瑞鶴の行動と言葉にレ級の表情が歪む。
「友達ダッテ? 私ハソンナモノ認メタ覚エハナイヨ!」
「何であんたなんかに認めてもらわなくちゃなんないのよ! だいたい――」
次に瑞鶴が吐いたセリフは、世界から時間というものを取り上げたように感じた。
「金剛はあんたなんかより好きな人がいるんだから!」