意外だな、と陽炎は思った。
金剛による施設案内。任されている以上はしっかりとやってくれると思ったし、その予想通りしっかりとやってくれている。少なくとも不平不満をこぼすような粗雑、あるいは奇異な案内をしてくることはなかった。
じゃあ、何が意外かといえば、時々出会う他の艦娘の人たちに結構慕われている節があるからである。みんな、どことなくこの金剛を頼りにしているようで、そこは流石戦艦の一人だなと思った。
これまで案内してもらったのは、食堂、工廠、船渠などなど。この辺りは、前の鎮守府とそう変わる処は無かった。
これから案内されるのは、艦娘の寮である。つまり、これから自分の生活する家というわけだ。住む場所にあまりこだわりはないけれど、気にならないと言えば嘘になる。
「ここです」
辿り着いた寮は、特に語るところはない普通の寮だった。陽炎は寮を見上げてから、同室の子は誰なんだろうとか、上手くやっていけるかなあとか考えていた。
「さあ、中を案内しマース、おや?」
突然眉を顰める金剛に、どうしたのかと聞こうとしたが、それより先に答えがやってきた。
ドタドタと騒がしく寮から飛び出して来る三つの影。その正体に、金剛はここでも意外さを発揮した。
「ヘーイ、暁ガール、響ガール、雷ガール。いつも言っていますが、建物内で走ったり、ドアから出てくるときに走り込んでくるのは大変危険です。やってはいけまセーン」
正論だった。あまりにも正論過ぎて、そこが意外だった。
注意された第六駆逐隊の三人は、素直に謝っている。
「どうしたのだ?」
続いて寮から現れたのは、金剛と同じと言えば語弊が生まれるが、まあ広義に同じくくりに入る戦艦の長門だった。鍛え抜かれた筋肉質な肉体は、世界のビッグセブンの名に恥じない。この鎮守府には、この人もいるんだと思って感心していた陽炎は、長門の頭より上を見て言葉を失った。
普通よりおかしいのは金剛さんだけじゃなかったの、と陽炎は思う。
長門と言えば、その性格は艦娘の中で上位に入るほどの堅物。一言で言えば、軍人。または武人。鞘から抜き出された刀。頼りになるけど、プライベートな面では付き合い難い、というのが陽炎の中の長門像であった。
それがどうだろう。柔らかく、例えるなら自分の元上司重巡愛宕のごとくおっとりと微笑み、第六駆逐隊の残りの一人である電を肩車しているその姿は、近所のお姉さん。
長門は金剛から事情を聞いてから、流れるように陽炎に視線をやった。
「金剛、この者は?」
「紹介しマース。今日、この鎮守府に着任した陽炎ガールです」
「よ、よろしくお願いします」
長門の衝撃が強すぎて陽炎は敬礼し忘れた。
しかし、そこにまったく非難が来ることはなく、展開は先へと進んでいく。
「暁よ。一人前のレディーとして扱ってよね」
胸を張って堂々とするのは暁である。背伸びしている子供感が拭えない。
「響だよ。不死鳥の響。以後よろしく」
クールな印象を受けるのは響。四人の中で一番冷静で頼りがいがありそうである。
「雷よ。かみなりって呼んだら承知しないから」
八重歯が可愛らしい活発な雷。醸し出す雰囲気は、見た目より数歳上の姉のようだ。
「電です。よろしくお願いいたします」
四人の中で一番大人しそうな電は、陽炎にとっては一番付き合いやすそうであった。いや別に、他の三人が付き合い難いわけではないけど。
そして最後はこの人。
「長門だ。あなたたち駆逐艦娘の世話は、私に任せておけ」
凛、として男前な長門。同性も惚れ惚れするようなかっこよさがそこにあるが、言っていることはただの保母さんだった。
ここの鎮守府の戦艦て一体……陽炎は何だかげんなりとする。
すると、金剛が長門の背中を叩いて陽炎に向かって言う。
「補足しますと、長門ガールはこの鎮守府の秘書艦デース。ユーも何かと世話になる筈ですから、覚えておいて損はありまセーン」
「嘘!?」
陽炎は素で叫んだ。
だって秘書艦と言えば、鎮守府のナンバーツー。提督の補佐をする重要な役目を持ち、統率力、事務処理能力、交渉能力に秀でた様な艦娘が担当する役職である。これらの他にも必要とする能力は多々あって、最早、パーフェクト艦娘と称されるような艦娘がやるのだ。
それを何でこんな人がやってるんだろう。疑問に思わざるを得ない。
その疑問を金剛が解決してくれた。
「長門ガールは世話好きなのです。秘書艦をやっている理由も、そこに起因しマース」
そこで陽炎は、挨拶を交わした提督のことを頭に思い浮かべて、世話好きと秘書艦の繋がりを見付けた。
挨拶に行って出会った提督は、かなり小柄な女性の提督だった。それこそ、駆逐艦娘と同じぐらいの、いやもう少し小さいか。
ともかく、世話好きが大好物な庇護欲を掻き立てる容姿だったのである。
この長門は、そこにつられて自ら立候補したに違いない。そして並みいる候補者を実力行使で蹴落としまくって、今の地位についているのだろう。
「さてと、これから私たちは達磨さんが転んだをやりに行くのだ。そういうわけだから、これにて御免」
言いながら、長門は暁と雷の手を握りながら去って行った。唯一、響だけ一礼してから長門たちの後を追いかける。
「ひとしきり遊んだら、間宮か鳳翔にでも甘味を作ってもらって、それを食べよう」
「ほんと!? じゃあ、アイスが良いわ!」
「私は、久しぶりに羊羹でも食べたいな」
「私はプリンが良いのです。雷お姉ちゃんは?」
「私? 私は何でも良いわよ」
わいわいと楽しげに去って行く長門たち。その後姿を見送った陽炎は、ため息を吐くと同時に、何だか暖かい気持ちになった。
ああいう姿を見ていると、長門も、あれはあれで良いものな気になって来る。
そんな陽炎の気持ちを察したのか、金剛も微笑ましそうに長門たちがいた場所を眺めた。
「ワンダフォーな光景でしょう? 我が鎮守府でも自慢なのデース」
「そうなんですか?」
確かに、他の鎮守府では見られなさそうな光景だった。
「思えば、この鎮守府にも駆逐艦が増えたものです」
しみじみと金剛は言う。
「思い起こしてみれば、長門ガールが秘書艦になってからでしょうか。賑やかになったものデース。長門ガールは、駆逐艦に好かれる星の下に生まれたのでしょう」
ちょっと感動しながら金剛の言葉を聞いていた陽炎。しかしまてよ、と首を傾げる。
「長門さんが秘書艦になってから、ですか?」
「そうです。長門ガールが秘書艦になってから、よく駆逐艦が転属して来るようになりました。それがどうしたのですか、陽炎ガール?」
金剛が訝しげに陽炎を見た。
陽炎は金剛の視線を気にすることなく、いや気にすることが出来なかった。だって、衝撃の真実に出会ったかもしれないのだから。
実は陽炎、この鎮守府に転属させられた理由を知らない。一か月ほど前に命令を下されてから、一度もその理由を聞かされていないのだ。
自分のような下っ端には理由を聞かされないのかも、と思ってあまり深くは考えなかったのだが、もしかしたら分かったかもしれない。
自分は駆逐艦である。それが関係しているのか。
良い気持ちになっていた時にとんでもないオチをつけられたものである。
「陽炎ガール?」
この鎮守府の戦艦て一体……陽炎はその思いを強くしたのであった。