カチ、カチ、カチ、カチ。
時計の針の音が静寂な空間に鳴り響く。こうして聞いてみると、この時計のカチ、カチ、という音も中々趣深いものだと陽炎は思った。
陽炎は現在、寮の部屋でもう一人の部屋の主と共にお客様をお出迎えしている。陽炎が知る限りでは、雪風と時雨、そして霧島の三人に次ぐ新しいお客様だ。
そのお客様は陽炎の対面、陽炎のベッドの上に座って同じくベッドの上にいる金剛にぴったりと寄り添っている。つまり必然的に陽炎は地べたに座っていることになる。
吹雪。
お客様のお名前だ。陽炎の知っている吹雪は、ネームシップの割に地味で時々その名前と顔を忘れられるという驚愕の設定の持ち主である。少なくとも陽炎が転属して来る前に在籍していた鎮守府ではそういうキャラであった。
しかしここのお客様としてやって来た吹雪はどうだろう。この溢れ出る存在感、一目見て飲み込まれそうになる雰囲気、そうとうにキャラが濃い金剛を完全に抑え込んでいる。
「あのぅ……」
何とお声をおかけすれば良いのか分からないけど、取りあえず時計の針の音は聞き飽きたので別の音を入手するべく切り出してみる。
すると、金剛とただならぬ関係を匂わせるような動作をしていた吹雪は、陽炎に視線をやって柔らかく笑った。とても可愛らしい。
「私は吹雪だよ。先ほどぶりだねぇ。これから一緒に住むんだ。よろしく頼むよ」
先ほど? この吹雪はもしや陽炎の知っている吹雪なのであろうか。地味でどんくさくてちょっと電波で、赤城の後ろをトコトコついて回っていたあの吹雪。
にしては変わり過ぎではないだろうか。劇的ビフォー〇フターどころの話ではない。改造したと言うより、転生したってぐらいの変わりようだ。
それに先ほどって表現が使えるほど、吹雪と最近会った覚えはない。確かに人によって時間の感覚が違うのは理解出来る話だけれど、それでも先ほどという表現は適切ではない。ついこの間でもギリギリアウトである。
だったらいつ、どこで会ったんだろう。山城と買い物に行った時にすれ違ったりしたのだろうか。いや、先ほどの範囲はだいたい一日以内だろうから、その時に会っていてもアウトだ。そもそも陽炎の知り合いの吹雪なのか。
「陽炎ガール。確かに先ほど会ってマース」
「えっ? でも金剛さん。私にはその記憶がまったくないわよ」
「先ほど会った時は吹雪ガー……吹雪ではありませんでしたから」
「吹雪じゃない? それで先ほど会った……」
そんなの一人しかいないではないか。
金剛に愛の言葉を囁き、その末に金剛たちによってたかって海の底に沈められてしまった哀れな深海棲艦の少女。彼女なら納得がいく。確かに言動を見る限りでは面影がしっかりと残っていた。
「陽炎ガール? 驚かないのですか?」
「へっ? 愛の力って凄いのね」
「……そうですか」
金剛を愛するあまり生まれ変わって追いかけて来たらしい。ここまで愛してくれる人がいるなんて金剛も果報者である。いっそ提督から鞍替えした方が良いんじゃないだろうか。
金剛の愛を応援する陽炎であったがそんな考えが頭の中をよぎった。
意外とお似合いかもしれない。
「吹雪があの時のレ級ってことは分かったけど、一緒に住むってどういうことなの?」
「それには山よりも高く、海よりも深い事情があるのデース」
「あいつが私と金剛は夫婦だから一緒の部屋に住めば良いって言ったんだ」
「あいつ?」
「提督のことデース」
提督公認なのか。しかも夫婦認定までされているらしい。これはますます金剛が鞍替えするのが良い気がしてくる。
そこでふと陽炎は思った。
「私がいたら邪魔じゃない?」
これは金剛ではなく吹雪に尋ねたものである。
吹雪がレ級ということは、その性格は独占欲の塊。自分と愛する人の愛の巣に異物が紛れ込むことなど許されないのではないのか。
そう思った陽炎であったが、意外にも吹雪は陽炎が部屋にいてくれた方が良いらしい。訳を尋ねてみると。
「私は金剛と一緒の布団に包まれて寝るんだ」
とのことであった。
理解はしたが納得はしない。陽炎が下のベッドを占領下に置いておけば、ベッドが二つしかない部屋なので吹雪は陽炎か金剛と一緒のベッドで寝なくてはならない。だから、金剛と一緒のベッドで寝る口実を作ったということである。
この吹雪のことだから陽炎を追い出した上で一緒に寝るという選択肢を取りそうであったが、まあそういう選択をしないのならそれで良い。陽炎だって部屋から追い出されるのは勘弁願いたい話である。
「まあ、とにかく話は分かったわ」
「分かったのですか!?」
さっき倒したレ級が吹雪となって復活し、金剛と吹雪が提督公認の夫婦となって陽炎と一緒に住むことになった。何も難しい話ではないのだ。
ごちゃごちゃ騒いだところで何か変わるわけでもないし、騒ぎすぎてこの吹雪から睨まれたくないし、陽炎は全てを受け入れることにした。
「これからよろしくね、吹雪」
「うん」
陽炎と吹雪はニッコリと笑いあった。
そんな二人を唖然として見る影が一つ。
「なぁにこれぇ」