その①
「コングラチュレーション、陽炎ガール。鎮守府一同、ユーのことを歓迎しマース」
やばい、思っていた以上に変な奴だ。
と、言うのが、満面の笑みで歓迎された陽炎の内心であった。
そもそも恰好が先ずおかしい。陽炎の視界に飛び込んできているのは、赤だか桃色だか、まあそういう系統のスーツに身を包んだ一人の艦娘。いや、その恰好は別に良いとしても(他にもツッコミどころが豊富なので許容範囲)、左目の眼帯は一体何なの?
多少なりとも覚悟はしていたのだ。
それは、陽炎が新天地に赴任する前日のことである。
ウキウキと胸を弾ませながら、翌日の、つまるところ今日を楽しみにしていると、同僚の一人の龍驤が不吉なことを言ってきたのだ。
『陽炎、気を付けや。噂によると、どうもやばい奴がおるらしい。何かあったら、直ぐに連絡してな』
普段はコミカルな面が際立つ龍驤が、急にシリアスぶってそんなことを言ってくるもんだから、陽炎も冗談半分で受け取らず、警戒のけの字ぐらいは、と心の準備をしていたのだ。
そうして迎えた当日、まだ赴任先の建物の中に入っていない、というか敷地内にすら入っていないのに、その忠告の意味を実感したのである。
「……この人が、龍驤が言っていたやばい奴に相違ないわね」
ぼそり、目の前の女性に聞き取られない声音で、陽炎は呟く。
答え合わせなどする必要はない。目の前の女性、すなわち金剛こそが、龍驤が警鐘を鳴らした人物に間違いないのだ。この人じゃなかったら、陽炎は回れ右して古巣に向かい、全速前進である。このレベルでやばい人扱いじゃないなら、遺憾ながら手には負えない。
陽炎の顔色を察して金剛、
「安心して下サーイ。ワタシはクレイジーな頭をしているわけではありまセーン」
とニコニコしている。
ああ、そうなんですか、と陽炎が安心……するわけがなかった。
本人が狂ってないと自己申告したところで、信用など出来よう筈がない。なんとなれば、狂っていると肯定された方が、まだしもと言った具合だ。
冷静な頭でクレイジーなことをやらかすようなのが、敵にいても、味方にいても、一番怖いのである。だから陽炎は、本人が気づいていないだけで狂っているのだと判断した。と言うかそう思うことにして、自分の中の恐怖を軽減することにした。
だいたいにして、金剛という艦娘は狂っていることが多いのだ。目の前の金剛とは別に、他にも金剛という艦娘は沢山いる。双子とかそういうのじゃなく、クローンとか人造人間とかアンドロイドとか、まあ、そんな感じで同じのがいっぱいいるのである。
例に挙げてとある鎮守府の金剛は、初対面の人間(提督)に、好き好きダーリン、ハグチュッチュ、とかやらかしてるし、また別の金剛は戦闘中にも関わらず、
「ティータイムの時間デェス」
とか言って敵前逃亡したらしいのだ。
他にも狂っているのはいっぱいいるらしく、なるほど、ことさら目の前の金剛がおかしいわけではないようだった。金剛という艦娘そのものがおかしいのだ。そうだ、そういうことなんだろう。そうに違いない。
(いや、まちなさい……)
陽炎は納得しかけたところで、ふと重大な見落としがあることに気付いた。
金剛という艦娘が元から狂っているのが多いとして、だと言うのに、噂されている。やばい奴がいるのだと、ああ、金剛だからしょうがないねえ、で済まずに、やばい奴がいると噂になっている。この事実に気付いた時、陽炎の額から汗が流れ落ちた。冷たい汗、冷や汗であった。
その時、金剛の右目が怪しげな光を放った……ように見えた気がした。
「陽炎ガール」
静かに金剛が陽炎の名前を呼んだ。
妙な凄味があったので、思わず陽炎は唾を飲み込む。とっても大きな音がした。
金剛は右手の人差し指を自身の左目に向けた。左目には、陽炎が初っ端内心でツッコミを入れた、エジプトの土産物屋で安売りされてるような眼帯がつけてある。
「マインドスキャン! あまり変なことを考えない方が身のためデース。私には全てが見えていマース」
突然、金剛が何かを言った。
マインドなんちゃらと言ったのを、陽炎は聞き取っていた。
「な、何ですか? そのマインドなんちゃらと言うのは?」
至極当然な質問を陽炎は行った。いきなりそんな、何の専門かは知らないけど専門用語的な事を言われても、こちらはまるで意味が分からない。
マインドなんちゃらとは何だ? どういう効果で何時発動する? いや、まあ発動はさっきしたらしいけど。
「説明しまショウ」
すると金剛は、
「マインドスキャン。これは相手の心の内を詳細に読み取る能力。そしてその力は、このミレニアムアイによってもたらされるのデース」
極めて爽やかに訳の分からない説明をした。
まてまて、また新しい単語が出て来たぞ。当たり前のように説明に出て来たが、ミレニアムアイって一体何だ? マインドスキャンの時点で訳わかめなのに、新しい単語を増やして来るんじゃない。大体、イギリス生まれのくせに、どうして口調が似非アメリカン何だよ。お前、結局どこの国の艦娘だよ。陽炎は苦笑いを浮かべながら、内心で金剛を罵倒した。
そんなことをしていると、はたと気付く。
まてよ、今の金剛みたいに理解不能な言動をする奴を表す言葉を知っているぞ。確か、これまた同僚の曙が教えてくれたではなかったか、と陽炎は脳裏に思い浮かべた。
『中二病。こいつは色んな意味でとんでもないわよ。あいつらの痛すぎる言動を見ていると、こっちが苦しくなって来るし、あいつらも後年になって、当時の自分の痛さを思い出しては発狂するという、最強最悪の病よ。あんたも用心しなさい』
いつもは顔を合わせれば悪口ばっかりの曙だが、この時は妙に親切だったので記憶に残っている。中二病、そうか、金剛は中二病なのだ。彼女は病気なのである。
そう思うと、むくむくと湧き上がって来る親切心。このままじゃ、近いのか遠いのか分からない未来で、金剛が可哀そうなことになってしまう。
何とかしてあげなくちゃ。未だに奇怪な説明を嬉々として続けている金剛に向かって、陽炎は上から目線の強い決意を胸に込めて言った。
「金剛さん、病院に行きましょう」
「ワッツ?」
金剛が、どうして? ではなく、何? と首を傾げた。
聞こえていないわけではないようだ。目を見ればどうして、と語っている。単純に言葉の意味を間違えているのか、それとも取りあえず言ってみただけだろうか。そういうところが似非アメリカンみたいだと言うのだ、発音もおかしいし。
やっぱり、中二病という病気に違いないようだ。詳しいことは分からないけれど、多分頭か精神がおかしくなる病気だろう。そういう意味でも恐ろしい病に違いない。
「……中二病って何よ? 別に中二病じゃないわよ。これは偉大なるペガサス会長をリスペクトしているのであって、断じて頭がおかしい訳じゃないわ。そもそも、金剛ってこういう喋り方をする娘なんでしょう? だったら良いじゃない。この小娘め、カードに魂を封印してやろうか」
何かいきなり、金剛がぶつぶつと独り言を言い始めた。これは気味が悪い。
クレイジーだ。どうも中二病という病気は、頭か心を狂わせてしまうのだろう。あまり直接的な治療はせずに、じっくりと気長にやるべきなのかもしれない。陽炎はそう悟った。
一先ず、怖かったので暫く金剛を放置して独り言を存分に吐いてもらっている間に、話の軌道を修正することにした。というか、いい加減門を通らせてもらいたいのだけど。
「あの、中に入って良いですか?」
一応そう声掛けしてから、陽炎は敷地内に足を踏み入れた。
勿論、良いよ何て言われてないけど、そもそもそんなことで一々許可は要らないだろう。関係者何だから不法侵入でもないんだし。
敷地内に足を踏み入れると、これからお世話になる鎮守府の姿が目に入った。別に、敷地内に入らずとも見えていたけど。
(前の所よりまるで全然、しょっぼいわねぇ)
失礼極まりない感想であったけど、声に出してないから問題はない。
さてと、鎮守府の大きさはともかくとして、これからその鎮守府の主である提督に着任の挨拶をしに行かなくてはならなかった。変な奴に捉まって時間をだいぶ削られてしまったけど、それでも約束の時間には余裕がある。やることはさっさと済ませてしまおう。
「執務室はどこかしら」
そう言いながら歩き出した陽炎を、やっと独り言を吐き終わった金剛が、
「待ちなサーイ、陽炎ガール」
と、引き留めようとした。
待てと言われて待つ奴がいるかバーカ、と無視するのは簡単だったが、無視をすると後が恐い。一体全体何をされるのか分からなかったので、大人しく言うことを聞いた。
「テイトクに会いに行くのでショウ? 私が案内しマース。実を言うと、私は貴女の案内役を仰せつかっているのデース」
ああ、だから門番みたいに突っ立てた訳ですね、と陽炎は門前に金剛が居たことに納得した。それはそうとして、金剛が案内役だなんて不安しかない。この鎮守府の提督も何を考えて金剛に頼んだのやら。もしかしてここの提督も危ない人だったりするのだろうか。
嫌な予感がかっとビングの陽炎であった。
「フォローミー」
言って、金剛は陽炎に背を向けて歩き出す。
発音が拙すぎて一瞬何を言われたのか理解出来なかった陽炎だが、多分付いて来いという意味だろうと判断して、金剛の後を追う。
陽炎は胸がドキドキとして来た。ここの提督はどういう人物なのだろうか。神か魔か。少なくとも、人を見る目はないだろうなあと、思った。