おかしな鎮守府 その①
陽炎が転属して来てから一か月が経った。
この一か月、陽炎はさまざまなことに気付かされた。例えば、噂で金剛がおかしいとされているわけだが、基本的にこの鎮守府の艦娘たちはおかしい人が多いこと。その筆頭が現在、陽炎の嚮導艦である金剛というわけで、際立って目立つから噂になっていたのだ。
また、案外金剛の指導が上手なこと。秘書艦長門は確実にロリコンーーただ一線は超えないーーなこと。艦種に限らずみんな仲良しなこと。金剛は戦いになれば鬼のように強いことなどなど。
とても濃ゆい一か月だった。
そんな濃ゆい一か月を全力で駆け抜けていった陽炎は――。
「ネームシップの実力を思い知らせてあげるわ。私のターン! 私は手札から、ハートの7のカードを場に置くわ。そしてルールで、手札からカードを一枚捨てることが出来る。私はスペードの4のカードを捨てる」
完全に染まりきっていた。
元から素養はあったのであろう。ネームシップのくせに地味だとか言われていたからかもしれない。陽炎は、この一か月ではっちゃけた。
まあ、四六時中金剛と一緒にいたのも大きいだろう。
「私のターンです。私は、これです。ジャックのカード」
「ふぅん! 馬鹿だね。序盤からそんな強力なカードを使うなんて」
自信満々の笑みを浮かべているのは、駆逐艦の雪風。そんな雪風を鼻で笑ったのは同じく駆逐艦の時雨。彼女たちこそ、この鎮守府において陽炎と同じ隊に所属する仲間である。初対面の時から意気投合して、今では大親友と言っても過言ではない。
「僕はパスをしよう」
「私もここはパスをしましょう」
「口惜しいけど、私もよ」
金剛を含めて彼女たちがやっているのは、トランプを用いた遊びで有名なカードゲームの大富豪である。大貧民と呼ぶこともあってどちらが正式名称なのか分からない。あるいは別に正式名称があるのだろうか。
「ふふふのふ。再び私のターンですね。私はさらにジャックを二枚だしです」
「ほんと何をやってるんだい、雪風」
「何か策でもあるの、雪風?」
大富豪をやる時において、稀に素人が強いカードばかりを序盤に展開して失速するということがある。しかし雪風を見るとそんな様子ではなく、勝ちを確信している顔であった。
「私の強運に跪くのです」
「まさか……!?」
雪風の言葉を聞き、陽炎は自分の手札を確認した。そして、雪風がどうしてあんなに自信たっぷりなのかに気付いた。なるほどそう言う事だったのか。だとすれば、このままでは勝ち目がない!
「フフフフ……ハハハハハ! 自信に満ち溢れていて結構なのですが、雪風ガール。ユーはこの戦いで勝者となることは不可能デース」
突然、金剛が笑い出す。
陽炎と同じく雪風の自信の理由を感づいたらしい金剛。推測が正しければ絶体絶命と言ってもよいが、この状況で勝ち目があるのであろうか。
「負け惜しみは止めてください金剛さん」
「ノーノー。今から証拠を見せましょう。時雨ガール」
「ああ、僕はパス」
「私のターン。雪風ガール、今からがユーのナイトメアの始まりデース。私が場に出すのは、この二枚のカードです」
金剛が二枚のジャックの上に重ねたカードは、2とジョーカーだった。最上位とされている2のカードと、それより強いジョーカーのカード。このコンボに勝てる方法は存在しない。
陽炎や時雨はもとより、雪風もパスせざるを得なかった。
これで終わりではない筈だ。一体どうなるのか。
「行きますよ、雪風ガール。私のターン。フフフ……雪風ガールの強運には驚かされましたが、勝利の女神が微笑んだのはユーではないようデース。5のカードを四枚」
ずらりと並んだ四枚のカード。
これを見た雪風は先ほどまでの自信満々な表情から一変、地獄に叩き落とされたように真っ青になった。
「ま、まさか……?」
「そう言う事です。革命! これにより強弱が逆転しマース」
それは雪風にとって死刑宣告であった。
革命。これが起きれば強いものは弱く、弱いものは強く逆転する。すなわち、自身の強運で強力なカードばかりを集めた雪風の手札は、一瞬にしてゴミの集まりになったというわけである。
革命返しというものがあるのだが、雪風には不可能だった。
雪風の敗北は決定的となった。
「ジ・エンド。雪風ガール、お疲れ様デース」
言葉通り、以後雪風は何も出来なかった。
ただ、自分以外の三人があがっていく様を見続けるのみ。
「ミーの勝ちデース! これで間宮ガールのデザートは頂きデース」
「僕は二位か……まあ、良いかな」
「私も抜けて、ビリなのは」
「そ、そんな馬鹿な……このようなことがあろう筈はございません。私が負けるだなどと……」
カードをパラパラと床に落として唖然と固まる雪風。普通であれば勝利は確実な手札で敗北を決したのだ。無理もないと言えばない。
だけれど、これがカードゲーム。戦いに絶対はないことを教えてくれる、素晴らしい遊びである。
未だ現実を信じられない雪風の肩を、陽炎が優しく叩いた。
「さっ、食堂に行こう?」
艦娘たちで賑わう食堂の一角に、金剛たち四人の姿があった。テーブルの上には給糧艦間宮の作ったご飯が並べられており、視覚と嗅覚から食欲を誘って来る。
陽炎、金剛、時雨の三人は、待ちきれないとばかりに勢いよく食べ始めた。だが、雪風は死んだ目をしながらご飯を眺めるばかりで口にしない。
「美味ですね。間宮ガールの料理もまた、世界最高のものデース」
「ほんとだね。これを食べてると幸せを実感できるよ」
「私たちって果報者よね」
「…………」
食事が済めば、お待ちかねのデザートタイムである。今日のデザートは一か月に一度あるかないかの間宮羊羹だ。そんじょそこいらの羊羹とは比べものにならないものであり、これの為に深海棲艦と戦っていると述べる艦娘も少なくない。
「美味いなぁ、美味い」
「たまらないわ」
恍惚とした笑みを浮かべながら羊羹を口にする時雨と陽炎。金剛も無言で本当に美味しそうに食べる。
一方の雪風は食事も摂らないまま、本来自分のものだった金剛の二本目の羊羹を、羨ましそうに尚且つ恨めしそうに見ていた。
「雪風ガール、ご飯食べないのですか?」
「……お死にください」
ぼそりと口走った言葉は、金剛には聞こえていなかった。
金剛は小首を傾げると、そのまま食後のデザートを再開する。
雪風の瞳に光が戻り始めるのは、陽炎と時雨のデザートタイムが終わりに近づいた時だった。
「こうなったらやけ食いしま――」
「先ほどから見ていたけど、食べないのなら勿体ないから貰っていくわね」
横からぬっと現れた手が、雪風のご飯が乗ったトレイを取る。誰かと思って雪風が視線をやると、そこにいたのはホクホク顔の赤城だった。
彼女は優しくて真面目で頼りになる空母、鎮守府内ではお姉さん的な存在だ。だけど、食事のことになると性格が豹変してしまう。
常識人かと思いきや変人だったパターンで、鎮守府のおかしな艦娘勢の一人だ。
赤城は、ラッキーとでも言いたげに雪風から取ったご飯を、よだれを垂らしながら持って行ってしまう。
「赤城さん。それはどうしたのですか?」
「雪風から貰ったの」
「それ、私にも分けてください」
「どうしようかな~、ちょっとだけよ」
「ちょっまっ!」
雪風の呼び止めもむなしく、赤城は同じ一航戦でさらに健啖家仲間の加賀と一緒に視界から消えて行った。
「あの、雪風ガール?」
場が静寂となった。
踏んだり蹴ったり。泣きっ面に蜂。幸運艦の異名を持つとは思えない程の不運であった。
そんな中で流石に哀れすぎると思ったのか、金剛は食いかけではあるが羊羹をあげようとする。雪風はそれを一瞥すると。
「うわーん! 長門さーん!!」
ぽろぽろと涙を溢し、長門の名前を叫びながら食堂を走り去った。おそらくだが、慰めてもらいに行ったのだろう。
残った三人は何とも言えない空気に包まれる。
「今度、デザートあげようかしら」
「そ、そうだね。あれは、見ていて悲惨だったよ」
「アンラッキーデース……可哀相に」
雪風が出て行った食堂の出入り口に視線をやりながら、少しばかり優しくしてあげようと思った三人だった。