大会は全部で3日に分けて行われる。今日はその真ん中、2日目にあたる戦い。朝から観客が大勢集まり、その盛況具合たるや香霖堂が何十年かけてもまだ足りない程ではないかという程である。
……泣いてない。泣いてなんかいない。
『おはようございまーす! 皆様、昨晩は如何お過ごしでしたでしょうか! 本日も司会を務めさせて頂きます、八雲藍です!』
さて、この大会は2日目になるとあるものが解禁される。それはメガシンカだ。
絆の力でステータスを跳ね上げるメガシンカだが、1度のバトルで1回しか使えない制限がある。当然、トレーナー2人なら2回だ。
2回戦ではどちらか一方のトレーナーだけがメガシンカを行える制限解除が行われる。
それと同時に、トレーナー1人が試合で使用できるポケモンが2体ずつとなり、1度のバトルで1チーム合計4匹を繰り出せる事となった。
これによりメガシンカによる一発逆転を可能にすると同時、物量でメガシンカポケモンを倒す策も取れるようになったのだ。
「絶対急所にあたる“つじぎり”をお見舞いしてやれ!」
「“だいもんじ”で焼き払いなさい!」
「ウルガモス、ドダイトス、戦闘不能!」
『決まったぁー! ザングースとドンカラスの連携攻撃が華麗に相手を打ち倒しましたっ!』
ぽかぽかとした陽気が降り注ぐ中で行われた2日目のAブロック第1試合。灼熱に滾る闘志を燃やしてぶつかるのは霊夢・魔理沙ペアと、幽香・リグルペア。
速攻を得意とする2体を相手に、手傷を負わせたものの、幽香とリグルは早速1匹ずつ失っていた。電光掲示板の手持ちの画像が、灰色に変わる。
「ありがとう、るーくん」
「お疲れ様、カメりん」
ふぅ、と溜息1つ。速度で分が悪いだろうと思ったが、まさかここまでやられるとは。
ここで負けて良いような特訓は、自分もリグルもしていない。もう退けない事をお互い頷き合って再確認。後は残る全力をぶつけて、ここから逆転を目指すのみ。
「じゃ、やりましょう幽香さん」
「ええ。ちょっとマジな本気、出しちゃおうかしら」
「「せぇーのっ!!」」
「ドラくん!」
「フシりん!」
『ドッラァァァアアアアッ!』
『フシィィイイイイイッ!!』
掛け声を合わせ、続けて出された2匹目のポケモン達。
リグルが繰り出したのは毒タイプのパワーファイター、ドラピオン。幽香は大輪の花を背負うフシギバナだ。
無論、これだけでは終わらない。幽香はスカーフの裏側に手を入れると、そこから淡く輝く宝石を取り出した。
「取って置きの秘密兵器、サービスしてあげるんだから」
宝石を指で摘まんだ幽香は、そこに軽く口付けを落とす。
そして妖しい微笑みを浮かべると、声高々に宣言した。
「我が心に答えよキーストーン! フシギバナナイトの煌めきと共鳴せよ!」
途端、石とフシギバナから延びる無数の光の帯。それら1つ1つが結びつき、より強い輝きを放つ。
「
共鳴の言葉通りに光が鼓動し、やがてそこには、今までよりも更なる力を得たフシギバナ、メガフシギバナがいた。
『バナァアアアアアアアアアアアアッ!!』
『出ました、メガシンカァ! 2回戦から解禁されたメガシンカ、早速使って頂きました! これは逆転もあるか!?』
フシギバナはメガシンカすると特性が“あついしぼう”に変わり、炎と氷タイプのダメージを半減する。どちらも弱点であるフシギバナにとっては非常に有難い効果を持つのだ。
「さ、アイツらぶっ飛ばすわよ、フシりん!」
「ドラくん、ここから逆転だよ!」
「魔理沙、腹括りなさい。あっちも本気よ!」
「おうとも、百も承知だぜ!」
いざとなったら、と霊夢と魔理沙は身構える。
各々のキーストーンが、仕舞った位置にちゃんとあるか確かめながら。
☆
ドガァアアアアアアアアアアアアアアアンッッッ!!
天に轟け、地よ割れろと言わんばかりの轟音と爆風がフィールド内を掻き乱し蹂躙する。ノーマルタイプの大技“だいばくはつ”は自分の残る全ての体力と引き換えにありとあらゆるポケモンを焼き払う、文字通り決死の自爆技なのだ。
『決まったぁ、正邪選手のパルシェンの“だいばくはつ”っ! バッフロンもブーバーンも、これは耐えられないっ!!』
「バッフローンッ!!」
「ブーバーン!!」
己のポケモンの名を呼ぶ慧音と妹紅。予選からここまで彼ら一匹で勝ち進んで来た、相棒とも呼べる存在を。
爆発の煙が晴れれば、そこに残るのは一匹のポケモン、ギルガルドのみ。こいしのギルガルドは鋼タイプにゴーストタイプを併せ持つため、“だいばくはつ”のダメージを受けないのである。
「キシシ、お疲れさんパルシェン。十分役目を果たしてくれたぜ」
ボールに目を回す2枚貝のポケモンを戻しながら、正邪は笑う。
パルシェンに覚えさせていた技の1つ、“からをやぶる”は防御能力を捨てて攻撃面と速度に割り振る効果を持つ。元々そこそこの速さと攻撃力を備えていたパルシェンが使用すれば、
「勝利が見えるよ、やったね正邪ちゃん!」
「おいやめろ」
『マネマネ~ロ……』
危険なワードをほざくこいしにツッコミを入れつつ、次のボールに手を伸ばしてカラマネロを繰り出す正邪。これで数は3対2になり慧音・妹紅ペアは不利。
この戦いに勝利できなければ、次の試合で霖之助・紫ペアと戦うという目標が達成できなくなってしまう。
「悩んでるヒマは無いよ、慧音。プランはどっちで行く?」
「Aで行こう。妹紅、頼む」
「あいよ」
油断をしていたつもりは無かった。つまりそれだけ、正邪とこいしが強いという事。ならば全力でぶつかり、勝利をもぎ取るしか無い。幸いリード差は1匹、まだ何とかなる。
「いっけぇええええ、バシャーモ!!」
「ミミッキュ、お前の出番だぁっ!!」
『バッシャァアアアアアアア!!』
『キュイイイイイイイイイイ!!』
勝負をかける、2匹目達。妹紅は猛禽類の羽を燃やす格闘士、バシャーモ。慧音はピカチュウを真似した姿を持つというミミッキュだ。なおピカチュウに似せてはいるものの、タイプは電気では無くゴーストとフェアリーであり、体長も半分の20cmしかない。
妹紅はモンペのポケットに手を入れると、あるものを中から取り出す。DNAの螺旋構造の一部を切り取ったような、或いは横向きの葉脈を持つ葉のような模様が刻まれた石。キーストーンだ。
指輪型に改造してあるそれに手を被せて祈るように目を瞑り、それを高々と空へ掲げる。
「我が心に応えよ、キーストーン! バシャーモナイトの光と共鳴せよ!」
不死の少女の咆哮に共振するように、バシャーモから伸びた光と指輪から伸びた光が繋がる。2つの輝きは1つに重なり、より強き姿へ。
「燃え盛れ、紅の炎。拳に宿り、空を飛べ! バシャーモ、メガシンカァ!!」
筋肉質だった肉体はより強く、かつ引き絞られた姿へ。腕から時折吹き上がっていた炎は、常に燃え盛る火焔の腕輪に。後頭部から生えていた羽は天を突き、全身に纏う灼熱の闘志が唸りをあげる。
『バッシャァアアアアアアアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』
『妹紅選手、メガバシャーモで勝負に出る! 果たしてこの不利な状況を覆せるのかっ!?』
バシャーモがメガシンカする事で得られる特性は“かそく”、時間と共にスピードアップする。後はそのスピードアップをどこまで活かせるかがカギだ。
「覆せるのか? 違うね、ここから逆転するのさ!」
「こいつらを倒してBブロック決勝まで行くぞ、妹紅!」
「勝ったね、お風呂入って来る!」
「まだ勝ってねぇよ、リタイアすんな!」
とことこ何処かへ行こうとするこいしを引き留める正邪。どうにもチグハグなコンビだが、あれはあれで強いのだから滅茶苦茶である。
こいしの帽子にある、飾りに加工されていたキーストーンがキラリと光った。
☆
『トドメの“シャドーボール”!』
『フィニッシュだ、“マジカルシャイン”!』
影を圧縮した砲弾、眩い太陽の輝き。それぞれが早苗と菫子のポケモンに直撃し、勝負が決まった。
『ゲンガーとブリガロン、戦闘不能! よってゲンガーとピクシーの勝ち!』
『決着ゥ! これでAブロック準々決勝は、ぬえ選手とクラウンピース選手が勝ち抜いた! やはりメガシンカは強かったぁ!』
『くっ、負けたぁ……』
『あー、ここで敗退かぁ』
敗北という現実を突きつけられ、膝をつくJKコンビ。ぬえのゲンガーがメガゲンガーにメガシンカした事で形勢の逆転も狙えず、ジリ貧となって負けてしまったのだ。
『すみません、メタグロスが耐えられれば良かったんですけど……』
『仕方ありませんよ、こちらもワンパンで沈められてしまいましたから』
ぬえが最初に繰り出したのはゲンガー、ゴーストと毒タイプの素早いポケモンだが、代わりに防御が低い。だからこそ菫子はメタグロスの“しねんのずつき”で沈めようと思ったのだが。
『き、効いてない!?』
『違う、あれはゲンガーじゃない!!』
ぬえが本当に繰り出していたのはゾロアークという黒い狐のようなポケモン。その特性は“イリュージョン”と言って、姿を手持ちの別のポケモンに変化させるというもの。当然、タイプは本来の悪から変化していないため、エスパータイプの技は効かない。
反撃に放った効果抜群かつタイプ一致の“つじぎり”で敢え無くメタグロスはダウン。戦線が瓦解し、立て直せなかった次第である。
「これで……、私達だけになりましたね」
「ああ」
2人きりの控室に、紫の底知れぬ恐ろしさを含んだ声が響く。
今日の午前中に残された試合は1つ、自分達のだけだ。
「作戦はどうする?」
「昨日と同じで良いかと。相手は幽々子と妖夢、いい加減な戦術では倒せません」
「だろうね。とは言え、向こうもそれは承知だ。だから……」
「ええ、その辺も昨晩の打ち合わせ通りに。そう、打ち合わせ(意味深)の通りに」
「口で『括弧意味深』なんて言うのは君ぐらいだろうね」
電光掲示板に表示される、これまでの3つの試合のハイライト。誰も彼もが仰天の戦術や抜群の連携を見せて鎬を削り合い、勝利へ喰らいついて来た。
自分は冷めた性格だと、霖之助も紫も思ってきていたが、どうやらそれは間違いだったらしい。何故なら彼女らの試合を見て、今こんなにも血が騒ぎ胸が躍っているのだから。腕が鳴るとはこの事か。
「じゃ、やろうか」
「はい、やりましょう」
昨日の相手の戦術は自分達と同じ、前衛と後衛という役割分担タイプ。
そういった場合に立てられる戦術は前衛を速攻で倒す事。後衛へ2体で攻撃を集中させれば、如何に重量級のタンクでも耐えきれるものじゃない。ましてや速攻型、特に妖夢のように素直さが前面に出やすい子なら、スピードとパワーに能力値を振ってある可能性は高い。
だが、あの西行寺幽々子がそんな定石が通じる相手だろうか。妖夢は兎も角。
彼女は少ないピースから異変の全貌を見抜いたり、紫と阿吽の呼吸で行動できる古強者。何かあっと言わせるような策が必要だろう。
そのためのポケモンは、用意してある。後は紫頼みだ。
☆
『大会2日目、午前の部もいよいよラストバトル! Bブロック第2試合が始まります!!』
通路を出てスタジアムに足を踏み入れれば、相変わらず耳を劈くような歓声が響く。紫ならともかく喧噪を好まない霖之助は少しだけ顔を顰めた。
『赤コーナー! 一回戦では見事な連携プレーを発揮し、ほぼ無傷で勝利をもぎ取った西行寺幽々子&魂魄妖夢ペア! 皆様、拍手でお出迎え下さい!』
「わ、わわ、昨日より声が凄いです」
「ふふ、頑張りましょうね、妖夢」
戸惑ったのは向こう側にいる妖夢も同じらしい。生き残った組が減った事で自分達を応援する人が増えたのだ、歓声が増えるのは当然である。
『そして青コーナー! 鉄壁の要塞と一閃の迫撃、その有無を言わさない破壊力と防御力は皆様もご存じでしょう、森近霖之助&八雲紫ペアです!』
「紫、準備は?」
「いつでもどうぞ」
ふぅーっ、と強く息を吐く。半人前とは言え、バックに幽々子がいては手落ちを期待は出来ない。全力を叩き込み、勝利を狙うのみ。
『それでは両者、ポケモンを!』
「行け、カブトプス!」
「ベロリンガ、出会え!」
「ニーチェ、バトルスタンバイ!」
「クリムゾン、行って貰います!」
『カァブスッ!』
『ベロォ~!』
『ニィドォオオオ!』
『コジョオッ!』
取り出したボールから出て来る、今回の試合を任せる仲間達。
妖夢と幽々子の一番手は、昨日と同じカブトプスとベロリンガ。戦術も同じだろう。紫も相変わらずのコジョンドであり、代わり映えしない。
一方、霖之助が繰り出したのは紫の体に毒の棘を持つポケモン、ニドキング。パワーについては申し分無く、覚える技も豊富なのだが、ボスゴドラと違って防御に向いた能力では無い。
「ニドキング……? ちょっと霖之助さーん! それ防御に向いたポケモンじゃないですよー!」
「そんな大声出さなくても大丈夫さ、百も承知だよ」
「あらら、紫達はどんな事を企んでるのかしらね」
「フフフ、ショータイムはこれからよ、幽々子」
四者四様の視線が絡まりあい、緊張感が場に生まれる。息遣い、構え、睨み、そういった全てが1つになっていくような錯覚の中、観客の応援がどこか遠くへ消えていくような錯覚すら覚える。
上手く行くだろうか、相手はどんな手で来るだろうか。そういった考えすらも邪魔なものとして消え、ただただ相手の一挙手一投足を見切るための五感がクリアに研ぎ澄まされていく。この清水に浸ったような感覚、堪らない。
『それではバトル……、開始!』
先手必勝、早速妖夢が支持を出した。
「カブトプス、“つるぎのまい”!」
刀剣の舞踊をイメージした踊りで攻撃力を上げて赤いオーラを纏う。これは昨日のと同じだ。
ならば。
「ベロリンガ、“かえんほうしゃ”よ」
やはり、と霖之助は思った。相方のカブトプスは、まず“つるぎのまい”で万全な攻撃力を得てから戦いの場に出る。裏を返すとこれを封じられてしまえば向こうの戦法が成り立たないのである。
ならばそれを理解し、逆手に取らせて頂くとしよう。
「ニーチェ、“どくびし”!」
「クリムゾン、“ねこだまし”で妨害して!」
『キィドオオオオオオオオ!』
『コ、ッジョオ!』
相手が補助技を使うならこちらも使うまで。ニドキングに命じた技“どくびし”は相手の足元に毒のトラップを仕掛け、交代したポケモンに毒を浴びせる技だ。
そしてその分無防備になる所を紫とコジョンドがカバー。相手を確実に怯ませる技で炎をブロックし、自分達を守った。
『猛烈な炎、防がれたっ! 先制パンチ失敗です!』
「更に“いわなだれ”!」
「「躱して!」」
続いて岩を雨のように降らせるコジョンド。こちらは2体とも回避されてしまった。
「その岩、邪魔ですね。カブトプス、“きりさく”!」
「え、ちょっとダメ、妖夢!」
岩の塊はそのまま視界を塞いだり足場を悪くしたりする。動かないベロリンガは兎も角、これから近付こうとしたカブトプスには障害物でしかない。ならばそれらを切り裂き活路を開くのはある意味では間違っていない。
……ある意味では。
斬! 斬斬! と岩が次々に切り倒され、カブトプスはあっと言う間に道を作る。ただしそれは、カブトプスの居場所を相手に教える事にも繋がる危険性を孕んでいる事を、妖夢は知らなかった。
「あそこだ、狙いを定めろニーチェ」
『ドォッ!』
鋭い刃で道を開き、勢いそのままにして突撃して来たカブトプス。それを見て霖之助は冷静にニドキングに突撃技を指示する。
「“きりさく”!」
「“メガホーン”」
ガギッ! 衝突は一瞬。中央を一点突破したニドキングはカブトプスの鎌を跳ね飛ばし、ド真ん中に角の一撃をお見舞いしてやった。
『カブゥッ!?』
「な、カブトプス!?」
「パワー不足だね」
『打ち負けたぁ! カブトプス、ニドキングの角に歯が立ちません!』
「っ、“ハイドロポンプ”!」
「“10まんボルト”」
パワーアップしたハズのカブトプスが力負けした。その事実に焦った妖夢は速攻で片付けるべく、ニドキングに効果抜群の水技を指示。一方で冷静さを保った霖之助は、同じくカブトプスに効果抜群の電気技を指示。
青白い水流と金色に輝く電撃がぶつかり合うが、これもまたカブトプスが打ち負ける結果に終わった。
『カブォォオオッ!!?』
『猛烈な電撃が炸裂ぅ! 効果は抜群だぁ!』
「な、なんで……!?」
「妖夢、“ハイドロポンプ”は“つるぎのまい”の強化の影響を受けないよ」
「っ、バカにしないで! カブトプス、これじゃあ“はかいこうせん”は多分効かない! 最大パワーで“きりさく”!」
「“だいちのちから”」
やはり勝負に焦ったな。
霖之助は内心でほくそ笑んだ。真っ直ぐな性格の妖夢なら、力負けすれば確実に焦りが生じると踏んだ。彼女はそうした実戦での本当の悪意に対する耐性が低い。ならば後はそこを突けば良い。
悪く思うな。これもまた戦術なのだ。
『カァアアアアアアア!?』
「カブトプスッ!!」
「カブトプス、戦闘不能!」
突っ込んで来るならやりやすい。ニドキングに持たせた道具は“いのちのたま”。攻撃するたびに体力を1割ずつ削る代わりに技の威力を3割増しにする。
だが霖之助のニーチェの特性は“ちからずく”と言って、技の追加効果を犠牲に威力を更に3割増しにする効果を持つ。これで追加効果を持たない“メガホーン”を除く2つの攻撃技は追加効果の代わりに威力だけを挙げた事になる。
「くっ、何てパワー……!」
しかしその威力は1.3×1.3で1.69、つまり約1.7倍。“つるぎのまい”でランク補正が2段階アップしたカブトプスは攻撃ステータスが2倍となるためまだ追いつかない。
加えて初期攻撃の種族値はニドキングが102、カブトプスは115と素の攻撃力でも勝っている。
つまり、それでも打ち負けたという事は。
「単純に……、こっちがレベルで負けていた……っ!!」
「そうだ。君のカブトプスのレベルが、パワーで打ち負ける程に僕のニドキングより劣っていたんだ」
「っ!」
屈辱だ。妖夢は歯を軋ませた。
庭師としての仕事の傍ら、彼らと共に強くなった。勿論、まだまだ弱い事ぐらいは知っていた。なのに……。
「よりにもよって貴方に弱者認定されるとか……笑えないんですよっ!!」
心のどこかで見下していたのか、それとも武では自分が勝っている事だけは守りたかったのか、それは分からない。
分からないけど……、このまま負けっぱなしである事だけは許せない。何としてでもあのニドキングは倒す。そのためにやるべきは、ただ1つ!
「行っけぇぇ! ハッサム!!」
『ハァッサムッッ!!』
カブトプスと交代で出したのは、赤いボディに強靭かつ重量たっぷりなハサミを持つカマキリ型のポケモン、ハッサム。
その特性は“テクニシャン”、弱い技を強くする。“どくびし”が撒かれている以上、毒を受けないこの子で勝負を挑むしかない。
「成程、ハッサムは鋼タイプ。“どくびし”を踏んでも毒にはならない」
「その通り! ここから全部圧倒してあげますから、覚悟して下さい!」
そう叫ぶと、妖夢は伝家の刀に手をかけて鞘ごと引き抜く。鞘の先端には、小さく加工されたキーストーンがはまっていた。
「さあハッサム、行くわよ! 断ち切れ、鋼の剛刃! メガシンカァッ!!」
『ハァアアアアアサァアアアアアアアッ!』
凛と響く少女の雄叫びが眩い光の帯を呼び、ハッサムから伸びた光と結びつく。赤いボディに黒い模様が生まれ、丸かったハサミは重く四角く、その姿をメガハッサムのものへと変えた。
「さぁ、お楽しみはこれからです!」
☆
「“かえんほうしゃ”!」
「“とびひざげり”!」
闘志をメラメラと燃やし、霖之助に啖呵を切った妖夢。しかし彼女は1つ失念していた。それはこれがタッグバトルであるという事だ。
盾役のポケモンがいなければ、後衛から砲撃するポケモンは脆さを露呈するしか無いのである。
岩は妖夢を誘い込むと同時、幽々子のベロリンガと分断させる意味もあった。
『ベェッ!』
『コッジョオオッ!』
『灼熱の“かえんほうしゃ”の中を“とびひざげり”が突っ切ったー! しかしヒットが浅い!』
幸いにもベロリンガの耐久値は高い。しかし格闘タイプのスピードアタッカーが相手では分が悪かった。妖夢が前線で相手を引き付けてこそ幽々子が安全に攻撃できるというのに、である。
「攻めと守りを切り離すなんて意地が悪いわね、紫! ベロリンガ、“はたきおとす”!」
「乗せられやすい性格を健在にしておくのが悪いのよ! “どくづき”で迎え撃ちなさい!」
バチバチと技の衝突の応酬が続く旧知の親友同士の激突。ベロリンガが遅い事を理解している幽々子は敢えてコジョンドを懐に潜りこませ、自慢の重量とパワーで叩き潰しにかかる。
速度とパワーを潰さないためにも、紫はコジョンドにヒット&アウェイの戦術を指示。打撃の入りが浅くなるが、これで大ダメージを受ける恐れは無い。後はジリ貧で追い詰めれば良いだけだ。
「“いわなだれ”!」
「“だくりゅう”!」
楽しい。
「一気に引き付けて! 今よ、“はたきおとす”!」
「腕の動きに注意しなさい! 受け流して“とびひざげり”!」
楽しい!
親友との血沸き肉躍る戦いが楽しくて仕方がない。
互いのポケモンが勝利を目指して邁進する、互いにぶつかり合う強固な肉体と肉体、熾烈な音を立てて空気を裂く技と技!
「「堪らない!!」」
だが、いつまでもそうしているワケにもいかない。これは勝負事、決着はいつかつく。
「決めるわよ、“とびひざげり”!」
「受け止めて!」
スピードに乗って繰り出される膝打ちの攻撃を、ベロリンガは腕を交差して受け止めた。ガード上からでも相当なダメージがあったのか、かなり痛そうに顔を顰めている。
何が狙いかは検討がつく。ならばこのまま押し切るまで!
「一気に決めるわよ! クリムゾン、“いわなだれ”!」
「“メガホーン”!」
「“バレットパンチ”!」
『ハッサァ!』
『ニドォオ!?』
一方、妖夢が次鋒として繰り出したハッサムは霖之助のニドキングを完全に圧倒していた。
強靭な角の突撃を掻い潜ったハッサムは、速攻の速度で鋼の鉄拳を叩き込む。ニドキングは“メガホーン”のみ“いのちのたま”の効果でダメージを受けてしまうため、その分だけ消耗していたのだ。
加えて、メガシンカした事で特製“テクニシャン”はそのままに、元々高い攻撃力が更に上がっている。今度はニドキングが力負けする番だった。
「まだ行けるか、ニーチェ」
『ドォ!』
「良し、“だいちのちから”だ!」
「躱して“ダブルアタック”!」
ニドキングは地面タイプかつ毒タイプ、鋼技の通りは薄い。
グラついた姿勢を戻し、ニドキングは地面へエナジーを送って下からの攻撃を狙う。
しかしそれより早く動いたハッサムは、目にも止まらぬ速さでハサミを振りかざして一撃を、更に反対のハサミで再び崩れたニドキングにもう一撃をお見舞いしてやった。
『グゥ……ッ!?』
「連続して“バレットパンチ”!」
その隙を逃す程、妖夢の経験は浅くない。再び先制技を、今度はほぼゼロ距離から連続して叩き込む。如何に効果は今一つでも、数を浴びればダメージは蓄積していく。増してやニドキングの消耗具合を考えれば確実にこのままの流れで仕留められる。
(と、考えているんだろうな)
決して間違いでは無い。寧ろ大正解だ。
霖之助の手持ちポケモンは重く、速攻系のポケモンに反応しきれない場合が多い。重く、硬く、強い一撃を。代わりに速度を捨てたのだ。
だからそういった相手に速度で劣るのは当たり前だし、スピードで翻弄する相手は苦手なのも事実。
しかし、対策はある。
「今よ! トドメの“ダブルアタック”!」
「抑え込め!!」
『ニドォ!』
『サムッ!?』
『おっとハッサム、取り押さえられた!』
速いなら、速さを発揮できないようにしてやれば良い。初撃を見切ったニドキングは伸び切ったハッサムの腕を掴むと、そのまま抱擁するように全身を抑え込んだ。これではニドキングが重りかつ拘束具になって、ハッサムは自慢のスピードが使えない。
「ハッサム、振り解いて!」
「“10まんボルト”!」
『ニドォオオオオオッ!!』
『サムァアアアアアアアアアアアアッ!?』
『強烈な電撃の洗礼が炸裂っ! これは厳しいぞ!』
後は、腕や足が不要な技で攻めれば良いだけだ。間に挟むものが何も無い状況での電撃、大ダメージは避けられない。
強烈な電気ショックをタップリ浴びせられたハッサムは、その場で黒煙を全身から上げながら跪いた。攻撃が終わっても未だ帯電しているようで、時々その赤い身体に黄色の電流が迸る。
「麻痺したらしいね。ご自慢のスピードもガタ落ちだ」
「ハッサム、頑張って! まだ行けるよね!!」
『ムゥ……、ハッサァッ!』
上空から岩の大群が降り注ぐ状況を前に、ベロリンガのトレーナー幽々子は冷静さを保っていた。
いや、寧ろ冷静過ぎるくらいに平常心を保っている。
「トドメよ!」
「ベロリンガ、“だいばくはつ”」
凛、と透き通るような声が周囲に染み渡ると、ベロリンガの全身から眩い光が発せられ起爆した。その速度は落石の何倍も速く、一瞬でコジョンドに迫る程に強烈な爆風と噴煙が迫る。
(やっぱり“イバンのみ”ね!)
幽々子は前回の“とつげきチョッキ”から“イバンのみ”にベロリンガの持ち物を変えていた。この木の実はピンチになると相手より速く技を決められる効果を持つ。
そしてタイプ一致、あらゆる技の中でも最高威力を誇るノーマルタイプの自爆技“だいばくはつ”。これを先制で放つ凶悪コンボで相手を全て薙ぎ払う作戦なのだ。味方を巻き込む技であるのは正邪の参加したバトルでも証明済みだが、妖夢のカブトプスやハッサムには効果は今一つだ。大したダメージにはならない。
(“いわなだれ”……は間に合いそうにないわね)
それを見越しておいた紫だったが、想像以上に爆発の広がりが速すぎる。降り注ぐ岩は盾の役割も想定しておいたのだが、その前にコジョンドがやられてしまうだろう。
『爆発がフィールド全体を巻き込む! これはコジョンド逃げられないか!?』
(ごめんなさいね、クリムゾン。私のリードミスだわ)
ミスった、と自分の甘さに歯噛みした瞬間だった。
「ニーチェ!」
『ドォォッ!』
素早くコジョンドの前に現れる紫色の巨体。霖之助のニドキングだ。その手には捉えた妖夢のハッサムがおり、盾代わりに前に突き出している。大柄なニドキングを、コジョンドの盾にしようと言うのだ。
「り、霖之助さん!?」
『ニドォオオオオオッ!!』
『ハァアアアアアアッ!?』
続け様に発生する計算外の出来事に目を白黒させる間に、ニドキング(とハッサム)は爆風に煽られる。
しかしそれがコジョンドを守り、熱と風からその身を守ったのだった。
『ニ、ド……』
「ニドキング、戦闘不能!」
『何と! ニドキング、身を挺してコジョンドを守ったー! しかもハッサムを無理矢理巻き添えにしたぞー!』
「は、ハッサム大丈夫!?」
『ハサ……、ハ……ッ』
電撃を浴びせられた上に爆風の盾にもなったハッサムだったが、それでもまだ倒れないとは頑丈である。しかし、体力が限界に近い事は間違いない。無理はできないだろう。
一方でニドキングは爆風を受けてダウン。自分よりも細く小さなハッサムでは盾として機能しないので当然ではある。しかし彼の献身のお陰で、紫のコジョンドは“だいばくはつ”から守られたのだった。
「すまない、ニーチェ。君を盾にしてしまった」
ボールにニドキングを戻しながら謝る霖之助。
謝るくらいなら何故カバーしたのか。その問いを口から出そうとして、紫はすんでの所で飲み込んだ。きっと大した意味も無いだろう。コジョンドを生き残らせる方が、勝率が高いと踏んだ程度の認識に違いない。
女性にええかっこしいするくらいなら、そういった打算をする男だと紫は知っていた。
「霖之助さん、ありがとうございます」
だから紫は、敢えて問わない。ただお礼を言うだけだ。
「例には及ばない。タッグパートナーを助けるのは当たり前だよ」
「あら、身代わりになっては意味が無いのでは?」
「いやいや、ニーチェが相当消耗していたんでね。ハッサムごと道連れで退場して交代するつもりだったんだが……」
しかしハッサムは倒れていない。霖之助の眼ではカブトプスより育てられているように映ったし、メガシンカもしている。恐らくは妖夢がこの場面を任せられるぐらいには信頼の置けるポケモンなのだろう。
「ニーチェには悪い事をしてしまったよ」
「後で謝りましょう。それで許してくれますわ」
「ああ。……それじゃあ僕の2体目だ。ジークムント、バトルスタンバイ!」
『ジジィッ!』
『霖之助選手、2体目はジジーロンです!』
続いて霖之助が繰り出したのは、老人のような髭を蓄えた巨大な竜型のポケモン、ジジーロンだ。
子供好きで非常に温厚な性格だが、怒ればその3mの巨体から繰り出す息吹で街すら吹き飛ばすと言われている。
「ジジーロン……、見た事無いポケモンですね」
「アローラのポケモンね。足が遅いけど、その分強いわよ」
基本、アローラに生息するポケモンは足が遅い。しかしその分、他のステータスが高く侮れない性質を持つ場合が少なくない。
幽々子はその高い特攻に加えて突飛も無い発想が飛び出す霖之助の、次の一手を警戒しつつボールを取り出した。
「それじゃあ私も2体目を。ホエルオー、出会え!」
『ホエェェェッ!』
『幽々子選手、ホエルオーで勝負を挑みます!』
霖之助の発想に紫の頭脳。恐ろしい事この上無い。
故に幽々子は、より耐久値に優れたポケモンを出す。全長14.5mというバトルフィールドを埋め尽くす程の巨大なポケモン、ホエルオー。特筆すべきは体力の異常なまでの多さだろう。そのタフさは弱点を突かれても、中途半端な威力ではビクともしない頑丈さを誇る。
『ホエッ!?』
ボールから地面に着地した瞬間、紫色の閃光が起爆し巨鯨を蝕み始めた。最初にニドキングが撒いた“どくびし”の効果だ。これでホエルオーは少しずつ毒に侵されていく。
「的はデカいが……」
「頑丈さもある、容易には落ちないわね」
ジジーロンもコジョンドも、ホエルオーには有効なダメージを与える技が無い。後は毒によるスリップダメージをどう活かすか、だ。
「幸いにもハッサムの体力は残り少ない。一気に片付けて2対1に持ち込めば勝機はある」
「ええ。それじゃあ私がハッサムを引き受けますので、霖之助さんはホエルオーをお願いしますね。格闘技で素早く片付け、すぐに増援に向かいますので」
「分かった。ジークムント、“ハイパーボイス”!」
『ジロォッ!』
後半戦、最初に口火を切ったのは霖之助だ。ドラゴンの他にノーマルタイプを併せ持つジジーロンの放つ大声の波動が、ハッサムとホエルオーに直撃する。相性や耐久値上だと威力は大した事は無いだろうが、足止めには十分だ。
「“とびひざげり”!」
『コッジョォ!』
更に動きが鈍った所をすかさず膝蹴りを叩き込む。狙いは弱ったハッサムだ。
「“シザークロス”!」
『ハッサァッ!』
しかしそこはメガシンカポケモン、素早く立て直して反撃に移る。突撃してきた膝を、交差させたハサミで弾き返した。
「“れいとうビーム”!」
「“かえんほうしゃ”!」
更にお互いが援護のため、ホエルオーとジジーロンに指示が入る。凍結の光線と灼熱の砲撃が場の中央でぶつかった。もうもうと水蒸気をあげながら、相殺という結果に終わる。
その隣で再び“とびひざげり”と“シザークロス”が衝突していたが、双方にダメージが通らない。
『両者、完全互角! これは勝負が膠着するか!?』
(ここまでは……)
だがここまでは想定していた。大会に出る誰もが百戦錬磨、自分より強い奴がゴロゴロいるだろう。いくら紫が強いからと言って、1人では限界がある。だが自分に猛者達と渡り合うだけの力は無い。
無いなら……。
「ジークムント、ホエルオーに“りゅうのはどう”だ!」
『ジトッ!』
支える方向に向ければ良い!
『エルルルッ!』
『“りゅうのはどう”がヒット! しかしホエルオー、全く堪えていません!』
「紫、少しだけホエルオーを引き付けてくれ!」
「何か策があるのかしら?」
「ああ、状況を動かしたい! そのためには相手のハッサムを利用する必要があるんだ!」
「……狙いは分かりましたわ。では引き受けましょう! クリムゾン、2匹まとめて“いわなだれ”!」
『ジョジョンド!』
再び降り注ぐ岩の雨。怯ませる追加効果があるが、鋼タイプのハッサムと体力お化けのホエルオーには通りが今一だ。
「幽々子様、紫様はまだ控えが残っています。先にコジョンドを倒してしまいましょう!」
「一理ありね。ホエルオー、コジョンドに“ハイドロポンプ”!」
「ハッサム、“つばめがえし”で続け!」
前方から怒涛の水流と回避不能の斬撃が迫る中、紫は霖之助の行動を待つ。
恐らく、彼が指示する内容は。
「ジークムント、コジョンドに巻き付いて庇うんだ!」
『ジィッ!』
やはりだ。長い胴体を利用して、コジョンドへの攻撃を完全にガードしてきた。当然、水流と斬撃がそのままジジーロンに命中して体力を削る。
『何と霖之助選手、ジジーロンを盾にしたぞ!? これはどういう狙いがあるのかっ!』
「耐えろ、ジークムント……!」
『ジジ……ッ!』
ジジーロンは伝説級を除くとドラゴンの中で最も高い特殊攻撃値を持っている。しかし、それ以外の能力はそこまで高くは無いし、防御系の能力とてそこそこ高い程度。今は“ハイドロポンプ”を半減で受けたのでしっかり耐えられたが、2度3度と続けば確実に犬死だ。
大きな脂汗をかきながら、ジジーロンは再びコジョンドを庇う体勢になる。その姿とジジーロンの特性を思い出した幽々子は、珍しく顔を顰めた。
「ふむ、それなら先にジジーロンを倒して、2対1でじっくりコジョンドを倒しましょう。ここから逆転ですよ、幽々子様!」
「……妖夢、次で倒すわよ」
「はい! ハッサム、“ダブルアタック”!」
「ホエルオー、“れいとうビーム”!」
「“れいとうビーム”を“かえんほうしゃ”で相殺するんだ!」
「クリムゾン、体を低く、ジジーロンの陰に!」
『ハッサァァム!』
『エルルルルル、オォォッ!』
『ジィローン!』
冷気の光線が再び炎と相打ちになり、水蒸気を生み出す。しかし巨体のジジーロンがそこに隠れる事は出来ず、ハッサムの2連撃は両方とも命中した。
妖夢はワケが分からないという顔をした。効果抜群の技を止めたのは分かるが、“かえんほうしゃ”が使えるならハッサムを倒し、ホエルオーを紫に任せられたハズだ。“れいとうビーム”で落ちたとしても、コジョンド自身が受けたダメージは多くない。控えの1匹と合わせれば十分に勝機がある。
ナメられている、庭師の少女がそう結論を下した、その時だった。
『ジィィィィロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』
突如として、温厚なハズのジジーロンが咆哮をあげたのだ。
天地すら引き裂かんと言わんばかりに鋭い雄叫びが、相手の反撃を開始する狼煙のように感じたのは、間違いじゃないだろう。
「な、何が……」
「やっぱりそれが目的なのね……!」
「え?」
「ジジーロンの特性は3種類。草タイプの技を吸収する“そうしょく”、天候の影響を消す“ノーてんき”、そして……」
再びメガハッサムとホエルオーを見据えたジジーロンの全身からは緑色のオーラが立ち上っている。高密度のエネルギーが溢れているのだ。
『出たー! ジジーロンの特性“ぎゃくじょう”だー! 体力が半分を切ると特殊攻撃力がアップするぞー!』
「特攻が……? それって!?」
「反撃開始だ、ジークムント! “ハイパーボイス”!」
『ジィロォォッ!!』
先程よりパワーアップした音の砲撃が2匹を襲う。体力が残り少ないハッサムは元より、強化された技にホエルオーも耐え切れずに後退を余儀なくされた。
「ホエルオー、大丈夫!?」
「ハッサム!? くっ、何てパワー……!」
「しかも“オボンのみ”を食べてる。大技で仕留めないと、また“ぎゃくじょう”が発動するわよ」
ガリガリと所持していた黄色い木の実を食べるジジーロン。次の攻撃で倒せなければ、発動回数に制限の無い特性が再び使われてしまう。
「だったら……っ、幽々子様! 私が隙を作ります、“れいとうビーム”で倒して下さい!」
「うーん、そう上手く行くかしら?」
「上手く行くか行かないかじゃありません、やるんです!」
妖夢は再び失念している。勝利に貪欲になっているがために、目の前のジジーロンしか眼中にないようだ。
成程、と幽々子は納得した。ジジーロンは単純に盾と大砲を兼ね備えるのみならず、目立つ巨体を利用して真っ直ぐな性格をしている妖夢の目を引き付ける役割もあったのか、と。
(あー、これは負けたかしらね。妖夢の性格を手玉に取れる2人が相手じゃ……仕方ないか)
「ハッサム! 最大パワーで“バレットパンチ”!」
『サムッ!』
「受け止めろジークムント! 紫!」
「はーい。下から“とびひざげり”よ!」
『コッジョ!』
『ハサッ!?』
文字通り跳んで撃ち込まれた膝を、ハッサムは胴体でもろに受ける。ジジーロンの巨躯を伝って駆け上がったコジョンドの一撃がハッサムの体力を更に削り、地面に叩き付けた。
『攻撃後の無防備な所に、特性で強化された“とびひざげり”が炸裂っ! 最早ハッサム虫の息か!?』
「虫タイプだけに、って煩いですよ!」
「(更に足場も兼ねる、か。あらら、どこまで計算されてたのかしらね)“れいとうビーム”!」
「“かえんほうしゃ”で迎え撃て!」
カバー用に放った冷気も、今度は炎に負けてしまった。しかも先程より黄緑のオーラが濃い。妖夢が隙を生むために放った“バレットパンチ”を敢えて受けた事で、また“ぎゃくじょう”の効果が適応されてしまったのだ。
水タイプのホエルオーに“かえんほうしゃ”の効果は薄い。しかし、これで“れいとうビーム”を考え無しに撃っても無意味な事が証明されてしまった。
「“はねやすめ”だ」
更にここで霖之助はジジーロンに回復技を指示。体力ゲージの半分だけ回復するこの技ならば、三度でも四度でも“ぎゃくじょう”の使用が可能となる。
「ハッサム、しっかり! 立って、立ってハッサム!」
『サ、ム……』
「ギブアップしたらどうたい、妖夢。もう十分よく戦ったじゃないか」
声援を送る妖夢に、霖之助が冷たく言い放った。
そうだ、ハッサムは十分に戦ってくれた。麻痺に負けず素早く動き、相手を翻弄した。それでも勝てないのはハッサムのせいじゃない、リード下手な自分のせいだ。
それに忘れてはいけない。ポケモンを無理矢理に戦わせる事はトレーナーとしてあるまじき事。彼らはヒトの代わりに戦ってくれているのだ。その礼儀を失するのは……トレーナー失格の烙印を押されても文句は言えないのである。
だが……。
「ハッサム」
『ム?』
「もう一発だけ、付き合って」
『ハァアアアアアアアッサアアアアアアッ!』
それはそれでも戦おうとするポケモンの意思を無視して良いという意味では無い。
今だ消えぬ闘志を瞳の中に見た妖夢は、最後の攻撃に移る。
「ハッサム! 最大パワーで……“バレットパンチ”ィッ!!」
『ハァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
「そう来るなら、こちらも迎え撃つのがトレーナーとしての礼儀! ジークムント、“ハイパーボイス”!」
『ジィィィ、ロォオオオオオオオオオッ!!!』
硬質化したハサミを再び振りかざし、最後の突撃を試みるハッサム。対するジジーロンも大量に息を吸い、その全てを衝撃波として口から射出する。
音という実態を持たない攻撃は、迎え撃つなら正面から受け止める以外の道は無い。ハッサムは最後の意地をかけ、全身を押し潰すような轟音の中、その鋼鉄の拳を前に突撃を続ける。
「頑張れ、ハッサム!」
「ジークムント、叩き落してやれ!」
『ハァッサァァァアアアアアアアアアッ!!』
『ロォォォオオオオオオオオオオオオッ!!』
引かない。退けない。ハッサムは自分が倒れたら主・妖夢が次のポケモンを出せない事を理解していた。
メガシンカポケモンの、エースの名にかけて、ハッサムは確実に前へと進み――
『サムァアアアアアアアアッ!』
『ジジォッ!?』
オーラを放つ緑竜の横っ面に、全力を込めて“バレットパンチ”を叩き込んだ。
『ジ、ジロ……』
急所に命中したらしく、ジジーロンはグラグラと揺れて体勢を崩しそうになっている。
その姿を見てザマァミロ、と言いたげに不敵に笑うと、ハッサムはその場で倒れた。
「は、ハッサムッッ!!」
倒れたメガハッサムの姿は再び光に包まれる。その輝きが解けて消えた時、メガシンカ前の姿に戻っていた。
「ハッサム、戦闘不能!」
「……ありがとうございました、ゆっくり休んで下さい」
『健闘の末、ハッサム倒れた! ニドキング、ジジーロンと強敵を相手に崩れたその英姿、天晴の一言です!』
ボールの光に当てられ、赤い光となって手持ちに戻るハッサム。
これで幽々子・妖夢ペアのポケモンは残り1匹、ホエルオーのみ。対して霖之助・紫ペアは今だ健在のコジョンドと満身創痍のジジーロン、そして明かしていない紫の手持ち1匹。1対3という圧倒的不利な状況に追い込まれてしまったのであった。
「ふぅ」
幽々子の口から溜息が一つ、虚空に溶ける。その瞳に浮かぶのは冷たい絶望では無く、熱い闘志。
ホエルオーに無理をさせる事を断りつつ、大きく息を吸い込んだ。
「ホエルオー、最大パワーで……“はかいこうせん”!」
『ホェホェホェホェエ……』
ホエルオー自身も既に毒が回って余裕など無いだろうに、トレーナーの指示に従って破壊のエネルギーを集束していく。
最後の勝負というワケだ。例え敗北を喫しても、無様な負け姿を晒すワケにはいかないというプライド。部下が頑張ったのに、自分が頑張らないでどうするという気概。
それに……妖夢の熱い魂が自分も熱くしてくれた。伝わった熱が、自分を駆り立てる。
「“はかいこうせん”……発射ァッ!!」
だから自分の魂を乗せた一撃を、ここに!
「聞こえるか、紫。彼女の熱い咆哮が!」
「ええ、聞こえますとも。応えなければ、トレーナーに非ず!」
「ならば僕が応えよう! ジークムント、出力最大! “りゅうのはどう”ぅっっ!!!」
実体を持たない“ハイパーボイス”では“はかいこうせん”を素通りしてしまう。幽々子の燃える魂に応えるには、威力が少々劣る“りゅうのはどう”を選択せざるを得ない。
だが火力が足りなければ……魂で補うまで!
『エルゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
『ジジィィロォォォォォオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
この世の全てを薙ぎ払うビームと、竜気を帯びてドラゴンを象った衝撃波が正面からぶつかり合う。両エナジーは一歩も引かずに鍔迫り合いを繰り返し、周囲に紫電の火花をまき散らす。一歩“はかいこうせん”が進めば二歩“りゅうのはどう”が押し返し、互いの咆哮と共に密度が倍々に増していく。
「「いぃっけぇえええええええええええええええええええええ!!」」
『ホェエルゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
『ジィジィィロォォォォォオオオオオオオオオオオオオオンッ!!』
ぶつかり合う力がやがて閃光と化したその瞬間、フィールドの全てを包み込むような大爆発が生まれた。正邪のパルシェンや幽々子のベロリンガの“だいばくはつ”など比ではない程の爆発。2匹のポケモンの全力が生み出した全力の奔流が、バトルフィールドの端から端まで蹂躙し尽くす。
黒々とした爆煙が視界を隈なく覆い尽くし、場の状況を完全に隠した。やがてそれも終わって煙が晴れた時……。
『エ、ルォ……』
『ジィ~……』
巨竜と超巨大鯨が、目を回して倒れていた。
「……ホエルオーとジジーロン、戦闘不能! よってコジョンドの勝ち!」
『決まりましたぁー! タッグバトル大会2日目午前の部、そのラストバトルの勝者は、紫選手&霖之助選手ですっ!』
☆
幻想郷タッグバトル大会は3日通して行われる。1日目は1回戦のみを、3日目は各ブロック代表の決勝戦を行う。そしてこの2日目は、今行われた2回戦――準々決勝と午後の準決勝を控える事となっていた。
当然、1度勝ったからと言って油断してはいけない。午後に戦う相手は、午前より更に強いのだから。
「でも、最強の妖精たるあたいが負けるワケ無いし! 作戦立てて鬼に……綿棒だっけ? 兎にも角にもパーフェクトってヤツさ!」
Aブロック2回戦を無事に勝ち進んだペアの片割れクラウンピースは、そんな呑気な構えで廊下を歩いていた。
午前と午後の間には昼食を食べるための休憩時間がやや多めに設けられており、各チームはその時間を次の対戦相手のための作戦会議に用いる。
昨日と午前中の戦闘データを元に作戦を組み立て、より有利になる。それを皆がやってくるという事は、より高度なバトルが展開されるという事。即ち更にホットかつヒートアップする魂と知恵の戦いが期待できるのだ。
「ま、気合と根性と相性でどうとでもなるだろ! 何せあたいは最強だからな!」
……若干の例外がいる事は否定しないでおこう。
さて、この昼休憩だが選手に昼食が配給されたりはしない。食べたいヒトは弁当を持参するか、里の食事処に行って食べるしかない。
クラウンピースは意外にも前者だった。仲良くなった妖精の友達から教わったメニューで作ったサンドイッチ、これをぬえと一緒に食べるつもりだったのだが……、肝心の相方が見つからない。
「おーい、ぬーえー!」
さっきまでは一緒だったんだけどな、と眉を顰める地獄の妖精。2人分を見越して作ってしまったため、彼女がいないとお昼が余ってしまう事になる。
「ぬえったらー! どーこー?」
いや、余りは持ち帰って食べれば良い。問題は作戦会議の方だ。
彼女がいなければ作戦が考えられない。一回戦も二回戦も、立案して役割を分担したのはぬえである。彼女がいなければ、午後に敗退してしまう事になりかねない。
折角強いポケモンを手に入れ、自分達こそこの大会の頂点にして幻想郷で最強のトレーナーであると証明できる絶好のチャンスなのに、これでは台無しじゃないか。
「あ、いた」
そんな時だった、相棒を見つけたのは。
赤と青の形の違う羽を三本ずつ背中に背負った、黒いミニワンピの少女。クラウンピースのタッグパートナーである封獣ぬえは、行き止まりになって薄暗い通路の隅っこで蹲っていた。
「おーい、ぬえ! 何してんの、そんなトコでこんな時に! ご飯食べるよ!」
「……、ぅ……っ」
彼我の間にある距離は5mも無い。大きな声で呼びかければ気付くハズなのだが、ぬえからは返事らしい言葉が返って来ない。
様子がおかしいと思ったクラウンピースは、肩を掴んで揺するためにぬえに近付いた。
「ぬえってば! 返事しなよ!」
「……め……」
「え?」
「来ちゃ……ダメ……っ!」
突然、ぬえの姿が一瞬だけブレた。
「ぬ、ぬえ……!?」
「ダメ……、ピース……、戻っ、て……っ!」
「ぬえ、大丈夫なの!?」
「だ、い、じょぶだか、ら……!」
強がっている間もぬえのブレは止まらない。ノイズが走ったかのように姿が二重になる現象が何度も何度も発生する。
呼吸も苦しげだし、ノイズが収まった時に見える素肌には大量の脂汗が見えた。明らかに普通じゃない。
「あは、はは……、まだ大丈夫だと……、思った、ん、だけど……」
「ぬえっ! 待ってて、誰か呼んで来る!」
「待って!!」
走り出そうとしたクラウンピースを、ぬえは大声で呼び止めた。
「大丈夫、だから……。ここまで頑張って来たのに、水の泡にしたら……勿体無いよ……!」
壁に手をつき、ガクガクに震える膝に鞭打って立ち上がるぬえ。どう見ても棄権すべきなのだが、彼女は体に無茶を強いてクラウンピースを止めていた。
「で、でも……」
「本当にヤバくなったら……言うから、さ……。ね? 後1日半、明日の昼には……優勝してるんだから……」
「ぬえ……」
「勝とう、よ……、ピース……」
暗がりで表情はハッキリとは読み取れないが、笑っているように見える。そこには相棒を初めとした皆に心配や迷惑をかけたくないという意思が込められていた。
それだけじゃない。自分達はここまで違法行為を重ねて来た上に特訓も重ねた。なのに敗北以外の理由でトーナメントから立ち去るなんて嫌だ。
そんな封獣ぬえという一個人の思いを受け、気付いた時には金髪の妖精は首を縦に振っていた。
「……でも、マジで危なくなったら本気で棄権するからね!」
「あり、がとう……」
お昼にしよう、というクラウンピースの誘いに「控室で待ってて」とだけ言い残すと、ぬえは再び蹲ってしまった。
本当の本気で心配になった地獄の妖精だが、ぬえが大丈夫だと幾度も念を押すように言うため、とうとう折れてその場を去って行った。
「はぁ……はぁ……っ」
壁に背中を預ける形で、独り荒い呼吸を続ける正体不明の少女。未だその全身にはノイズが走っている。
(どんどん周期が早くなってるし、この状態も長くなってる……。お願いだから、明日まで耐えて私の体っ!)
これは、ひょっとしたら寺で孤立している自分への報いなのかも知れない。
マミゾウも白蓮も自分に良くしてくれているのに、自分は悪戯や仇でしか返した覚えがない。それじゃあこんな事になっても、当然なのかも知れなかった。
友達なんて要らない、仲間なんて要らない。自分は孤高の大妖怪であり、誰かの助けなど不要。
そんな考えを見透かされたからこそ、旧知の狸に大会出場を勝手に決められた。
そんな考えを捨てないでいたからこそ、あの日何かに襲われた時に誰も周りに居なかった。
そんな考えを持っていたからこそ……、助けを求める相手もいないのだ。
「マミ、ゾウ……、聖、ごめ……ん」
ぬえの発作が収まりクラウンピースに合流したのは、それから大分時間が経過した後だった。
つづ