無死一二塁といういきなりのピンチに捕手がマウンドへと向かった、投手は帽子を取って二、三言短く返事をすると、捕手はマウンドを離れていった。
片野監督が続く3番塩谷へ出した指示は送りバント。手堅い選択ではある。それに応えて塩谷は三塁側へと上手く転がした。
しかしピッチャーが素早く打球に回り込み、流れるように三塁へ送球。
「アウト!!」
サードが一塁にも送球したが、そちらは間一髪セーフ。併殺は免れた。
それでも、完璧に「決まった」と思ったバントが防がれ、あわやダブルプレー。さすが超強豪、やはり守備は相当鍛えられている。
4番の岸川が打席に向かい、5番打者の俺はネクストへ。
頼れる主砲・岸川はいつもどうりの積極的なスイングで鋭いファールを連発。投手にプレッシャーを掛け、フルカウントにまでもつれ込んだ。
フォアボールでいい、俺に繋いでくれ。「二死一二塁」と「一死満塁」では大きく違ってくる。
8球目。外角への緩いカーブ。見逃せばボールという球を強振しバットが空を切った。
背後のベンチから「あぁ~」という声が漏れる。
二死一二塁。この回の全ては5番打者の俺に託された。まさか初回からこんな場面で回ってくるとは。
ボックス内でいつも以上に足場をしっかりと固め集中する。
「なぁ?君、キャッチャーやろ」
右側下方、垣田商の捕手・三国に声を掛けられた。人が集中しようとしているときに囁くとは何事か。
「そうだが、それがどうした」
「今からピッチャーが何投げるか教えたるわ」
「!?」
突然呼び掛けてきたかと思えば、こいつは何を言い出すのだろうか。
真面目に取り合わないことに決め、無視に徹して投手に視線を合わせる。捕手の三国は俺にしか聞こえないように声を殺して続けた。
「次に投げる球教えたるから、逆に俺が打席に立った時に久々野が何投げるか教えてくれ。久々野打って評価上げたいねん」
なるほど、そういう事か。
いや、こう言っておいてウラをかいて来るかもしれない。
「カーブ行くで」
緩いボールが投じられる。すっぽ抜けたカーブが高く浮き、これを見逃す。
「用心しすぎやわ。騙すわけないやん」
「次、ストレート」
予告通りのストレートが飛んでくる。今度こそ裏をかかれると思い込んでいた俺はこれも見逃してストライク。
「じゃあ分かった、オマケでエエ事教えたるわ」
「俺達の今日の練習試合の目的は『久々野を打つこと』。やから野手は1、2年の主力で固めて本気モードやけど、登板させる投手はBチーム(2軍)のしょーもないピッチャーばっかり」
どうりでか。
久々野を圧倒した野手陣に比べ、迫力が劣るはずだ。こちらが初回からチャンスを作ることが出来たのも「偶然」という訳ではなかったようだ。
「それでも中盤からは、春季大会でベンチ入りした主力投手陣が投げる。点取っとくなら今のうちやぞ」
「タイムお願いします」
タイムを掛けて間を取り、しゃがんで靴紐を結び直す
「おい・・・その話はいつまで有効だ?」
「どういうことや」
「お前の第1打席で俺が久々野の投げる球を教えたら、俺の第2打席でも教えてくれるか?」
「もちろん。全打席で教えてくれるなら、こっちもそうするわ」
「ただこの話はチームメイトに言うたらアカンで。何かの拍子でこんな『八百長まがい』が監督にバレたらドヤされるからな」
この交換条件。悪くもない気がする。
何よりも、ひとまずは目の前のこのチャンスを生かしたい。頭の中はそれで一杯だっだ。
「わかった、その話に乗る。何を投げるか教えてくれ」
視界の隅で、三国が小さく頷いたのが見えた。
靴紐を直すフリをやめ、バットを一度振って構え直す。
三国はボソッと「ストレート」とだけ呟いた。
ワンストライクワンボールからの3球目。勿論ストレートが投じられた。
コンパクトなスイングで引っ張る。
打球はライナーでショートの頭上を越え、左中間を深々と破った。二塁ランナー、次いで一塁ランナーの末広もホームイン。
セカンド塁上でストップ。甲子園4強の垣田商業相手に、先制点となる2点タイムリーツーベース。
今にも飛び出しそうな勢いで歓喜に沸くベンチに向かって、ガッツポーズで応えてみせる。
キャッチャーの三国は目が合った。するとこちらを指差し「打たせたんだから分かってるよな」という仕草をしてきた。
これからの展開は考えものだが、予想外の形で先制点を奪うことができた。
野球部の運命を掛けた練習試合。誰もが予想だにしない「神高先制」という形でゲームは動き始めた。
◇練習試合
一二三 四五六 七八九 計
垣田商 0 0
神 山 2 2