2回表、垣田商業の攻撃は4番の三国から。
コイツとは同じキャッチャー同士として「互いが打席に立った時、投手が何を投げるか教え合う」という協定を結んでいる。
「よろしくお願いします」
一礼して打席に入る。続いてこちらに目をやり大袈裟に
「どうも!よろしゅう」とわざとらしく挨拶し直してきた。面倒なヤツだ。露骨に嫌な顔をしてみせるが効果は薄く、あっけらかんとしていた。
さて、『名門の2年生正捕手』に向かって何を投げさせるべきか。
三国は構えに入ると、投手を見据えたまま全く動くことはない。じっと構えている。それでいてリラックスしているようにも見える隙の無いフォーム。
正直、どんなボールも打たれそうな気がする。それならば一番威力があるストレートで勝負すべきだろう。
「ストレート行くぞ」
三国にこっそり伝えた後ストレートのサインを出し、久々野が投じる。外角いっぱい、かなり厳しいコースに決まる直球にバットが向かっていくのが見えた。
一瞬「仕留めた」かと思ったが、三国はそこから目一杯手を伸ばして鋭くスイングしてみせた。
痛烈な打球が一塁線を抜け、一塁審がフェアボールのジェスチャーをする。長打コース。一塁キャンバスを強く蹴り、悠々と二塁に到達した。
完璧な流し打ち。久々野の快速球を無理に強振する事無く、最小限のコンパクトなスイングでツーベースにしてしまった。
直球がダメならばと、次打者にはチェンジアップを投げさせた。しかしこれも痛烈に弾き返され、サード塩谷を強襲する内野安打。
打球が速すぎたためランナーは動けず、ノーアウト一塁二塁。
アウトが取れない。アウトはおろか空振りすら奪えない。久々野とバッテリーを組んで1か月程になるが、ここまで苦しい状況は初めてだ。タイムを掛け、マウンドの久々野の元へ駆け寄る。
どうすればいい。と俺が訊こうとするより先に、久々野が口を開いた。
「長坂さん・・・、どうすれば抑えられますか」
これまで百戦錬磨の超高校級ピッチャーが吐くとは思えない、弱気な台詞に少し驚いた。
「どうすればって、そんなのお前が一番知って・・・」
いや、違う。
久々野は約2年間もマウンドから離れていた。それでも持ち前のセンスで打者を手玉に取ってきたが、自分の投げるボールが通用しない苦しいマウンドは「何年ぶり」というレベルの経験なのだ。
久々野は本当にどうすればいいか分からないんだ。
いつもの自信満々な表情は消えて伏目になり、粒の大きい汗がつらつらと流れていた。
「伝令出します!!」
俺達バッテリーが既にアップアップであることを察したのか、ベンチから片野監督がタイムを掛け伝令を送ってきた。それに同調して内野手もマウンドに集まる。
2年生で控え捕手の多村がキャッチャーの防具を付けたまま、カチャカチャと音を立ててマウンドに駆け寄る。
「多村、監督は何て言ってた」
「キャプテンに『馬鹿野郎』だと言ってました」
俺に?窮地で焦ってる状況だというのに、これ以上追い詰める言葉を掛けてどうするのか。
「続けて監督は『相手をナメるな』と・・・」
「『今までのレベルの相手ならストライクを投げ込むリードでも抑えられたかもしれないが、今日の相手は甲子園4強のチームだということを忘れるな。相手が自信を持ってスイングしてくることろで、真っ向から力勝負をする必要はない。お前がちゃんと久々野を助けろ』とのことです」
「へー、監督もそれっぽい事言うんだな」
塩谷が茶々を入れているが、監督の言っていることには一理ある。いや、まさに的を射た言葉だろう。
久々野は間違いなく天才だ。だからこそストライクゾーンのど真ん中に投げ込むようなピッチングでも打者を圧倒することができた。
それが今日は全く通用しない。それなのにまだ、まだ心のどこかで「久々野なら真っ向勝負でも討ち取れるはずだ」と縋るように信じ続け、ミットをストライクゾーンへと構える自分がいる。これなら監督に『相手を見下している』と言われても無理はない。
俺はキャッチャーとして考えるべきことを放棄して、過度な期待を久々野に全てを背負わせていた。
ベンチの方へ目線を移し、光明を授けてくれた監督を探す。
監督はというと、腕組をしながら誇らしげにして「俺だって良い事言うだろう」とでも言いたそうに笑みを浮かべていた。
惜しい。ここで毅然としていれば、それこそ『名将の風格』というものが出ただろうに。やはりウチの監督はどこか小市民感が否めない。
「そして内野手!」
対象が突然と切り替えられ、内野陣がビクついて反応する。
「監督から『ってことでバッテリーが攻め方を変えるから、リズムが若干変わるけど集中切らさないように』とのことです!」
「「おう!!」」
多村は普段から真面目でで口調も硬い。こいつが伝令を務めると、グラウンドの空気がグッと引き締まる。
マウンドの輪が解け、俺達バッテリーの2人が残された。
「久々野、俺は『真っ向勝負じゃ抑えられない』ってのを受け入れる。攻め方を変えよう」
やはり投手という人種の心情として、それは少し引っかかるようだ。
「抑えられない。なんてのはあくまで『今日のところは』だ。またいつか、リベンジしよう」
「わかりました。今日のところはトコトン『逃げのピッチング』でいきましょう」
久々野は悪戯っぽく笑って見せ、俺はそこでやっと安堵することができた。
キャッチャーボックスでしゃがみ、手早くサインの交換を済ませる。
初球、顔面付近へのストレート。速球がズドンとミットを叩き、打者は思わずのけぞる。2球目は外角一杯へのチェンジアップ。緩急のついたボールに手が出ず見逃しのストライク。
1-1からのフォークボール。風を切るような鋭いスイングはボールを捉えることなく空振りに終わる。
追い込まれたにも関わらず打者は自身満々といった様子で悠然と構え「どんな球でも打ってやる」という気概で溢れていた。
それを嘲笑うかのような高めの釣り球。中途半端に回ったバットに、審判は「スイング」の判定を下した。
空振り三振。ワンアウト。
続く7番打者は、チェンジアップを続けた後の内角を抉るストレートで詰まらせボテボテのセカンドゴロ。一塁でアウトを取った。
ツーアウト二塁三塁。
「真っ向勝負しない」投球術。積極的にスイングしてくる垣田商打線への効果は抜群だ。
左打席に立った8番打者はフルカウントから「ボール球」のストレートを打ち、真上にフライを上げた。
マスクを投げ捨て上空を見上げる。
真っ青な空から白球が落ちてきた。
いつもと同じように、ボールを両手で抱え込むようミットに収めた。
「アウト!」
窮地に陥りかけた波乱のこのイニング。無失点に抑えることができ、そして何より大きく成長することができた。
興奮を抑えきれない俺は、思わず小さなガッツポーズをしていた。
◇練習試合
一二三 四五六 七八九 計
垣田商 00 0
神 山 2 2