一二三 四五六 七八九 計
藤柴 000 00 0
神山 000 00 0
グラウンド整備を挟み、内野のコンディションも試合開始の時と同じまっさらな状態へとリセットされた。スコアも0対0のまま。試合開始の時から変わっていない。
6回表、藤柴高校の攻撃。
片野監督からは「グラウンド整備で流れがリセットされた後の、6回の攻防には注意しろ」と言われていたので、用心しなければならない。
気合いを入れて声を出す。
「6回表ノーアウト、しまって行こう!」
おおーとか、シャーとか、さほど意味を含まない元気な声が帰ってくる。
どうかこの回も何も起きませんように。
久々野が初球を振りかぶって投じる。振り抜くと鈍い音を立てて打球はファーストへのゴロ。ファーストの福寺は慎重に腰を落としたがバウンドを上手く合わせられず、前に大きく弾いてしまった。慌ててボールを押さえて打者にタッチしようとするが間一髪回避され、打者は一塁を駆け抜け手を叩く。
「ドンマイ!ファースト、次は頼むよ!」
福寺は申し訳なさそうな顔の前で手を立てる仕草をして、ピッチャーにボールを返した。
「悪い、久々野」
「いいですよ、ゲッツー取りましょう」
先頭打者を出したのにも関わらず、涼しい顔をしながらボールを指で上に弾いてもてあそぶ。まだ心理的にも余裕があるようだ。
打順はトップに帰り一番、だがここまで完璧に抑えられている藤柴高校は送りバントを選択した。打者はバントを決めてランナーは二塁に進塁。この試合で両チームを通じて初めて、まっさらなセカンドベースへランナーが到達した。
『二番、ライト、横野くん』
「ウス!」
横野は右打者。前の二打席は久々野のストレートに全く手が出ずピッチャーゴロと三振。
ここまでタイミングは合っていないが今はピンチの場面、慎重にリードしなければいけない。それを踏まえて外角のボール球を要求する。
フルスイングしたバットの先端に当たり、ゴスッという音を立てて打球は後ろに飛んだ。
「オイ!横野ォ!」
藤柴高校ベンチから監督の声が飛び、打者は縮みあがった。突然の攻撃的な声に思わずキャッチャーの俺も反応してしまった。
サインを確認するため打席を一旦外し、少しオドオドした表情で構え直す。
二球目の外角ストレートはボール。三球目のチェンジアップでファールを打たせツーストライクに追い込む。
チェンジアップを見せたので、次のストレートが効果的になるはずだ。四球目。自信を持ってストレートを要求し内角に構えた。
久々野が投じる。
ウラをかいたはずだったがバットの根元で強引に捉えられ、右中間へ力のないフライが飛んだ。タッチアップするには微妙な距離だ。
・・・いや待て、まだ誰も落下地点に入れていない。
視界の左端からセンターの末広が駆けつけ、飛びつく。だが無情にもボールは末広のグラブの遙か先でバウンドし外野を転々と抜けた。
神高側のスタンドからひと際大きな悲鳴が発せられる。
ライトの千島がフェンスの手前でやっと打球に追いついた頃に、藤柴高校の先制点となるランナーが余裕を持ってホームを踏んだ。
間に合わなかったというより、目測を大きく誤ったようだった。普通にやっていればセンターフライ。タッチアップも阻止できれいば二死二塁だったかもしれない。
ああいうミスでの失点は想定外だ。だが俺が慌てても仕方ない、ひとまず俺自身を落ち着かせる意味も含めてタイムを取り、マウンドに駆け寄る。
「久々野、点を取られはしたが、打球は完全に詰まってた。内容的には抑えてたんだ。だから気にしすぎるな」
「気にしてないですよ。自分の方こそ、ちょっと真ん中寄りに投げちゃったんでダメでした」
「ムリして末広を庇う事はない。仕方なかったと思って忘れろ。
とにかく、ここからクリーンナップだから気をつけろよ」
返事は無い、その代わりに頷いて返答をしてきた。
もう一度「気にするな」と声を掛けるべきか迷ったが、踏ん切りが付かなかったので何も言わず、背中を軽く叩いてホームの方へと戻る。
バッターランナーは二塁に残り再びのピンチではあったが、久々野は続く三番四番を連続三振に切って取り波乱の6回表は終了した。
「末広さん、ドンマイっす」
「スマン!打って返すから!」
ベンチに帰る途中、久々野に声を掛けられた末広は明るく返す。だが、この時だけはその明るさが少し癪に障った。
「おい、末広!ホントに頼むぞ」
「任せろ、俺の一打でちゃんと逆転してやるよ」
末広という男は切り替えの早いタイプだ。前のプレーの失敗を引きずらない性格がプラスに働くこともあれば、マイナスに働くこともある。そして何の巡り合わせか、6回裏の神高の攻撃は9番から始まるので2番の末広に必ず回る。これが吉と出るか凶と出るか。
とにかく、このイニングに2、3点入らなければ回って来ない打順にいる俺は、ただ戦況を見守るしかなかった。