しかし真の王とは本来ただ一人であり、
この王達の道は交わらず、戦う運命にあった
だが、それこそが王の道である
夜が明けた。篝火も消えており、日が昇っている。しかし朽ちた廃村には、当然人々の営みの音はなく、ただ虚しく朽ちるだけの廃家が照らされるだけだ。
「ううむ、中々清々しい朝ではないか」
趙雲等3人は、近くに流れる小川へ来ていた。朝の冷たい水で顔を洗うと、前日の問答の事も少しばかりは頭から離れ、スッキリとした気分となった。しかし戯志才の顔が優れないのは、気のせいではない。
「どうした稟、浮かない顔をして」
「スカラーさんの話でまだお悩みですかぁ~?」
「違う……いや、それもあるが、違う」
「ではどうした?」
「この村の姿が……悲しくて」
戯志才は、朽ちた村を見ていた。二人も同様に村を見た。日が傾いた時に見た昨日と違い、朝日に照らされたその姿は、あまりにもハッキリとしてそして虚しい。
「この場所は決して悪い場所じゃない、むしろ川も流れ木々も茂り良き地でしょう。なのに、恐らくは賊に襲われ寂れたこの姿が、あまりにも悲しくて……」
彼女の言うとおり、村の有様は酷かった。それは昨日この村に立ち寄った時点でわかっていたが、日に照らされる事でその全貌が見える。焼けた家は火を放たれたのか、あるいは火も消せず逃げ出したのか。矢の刺さる壁は針山のようになり、乱暴に切り刻まれた衣類、そして血痕が残る。ここで何があったかは、容易く想像できるだろう。たとえそれが忌むべき事であっても。
「力なき民を食い物にする者、それが絶えぬ世ではあるが、やはりこのままではな」
しかし自分達はそれを止め終わらせる者を探しているのだと3人は強く思った。たとえそれが困難の道であっても。
「そう言えばスカラーさんが見えませんね」
「確かに、彼のいる小屋にもおらなんだ」
「先に発ったのでしょうか」
「さすがにそんな薄情でもなかろう、まあ我々も旅の準備をするか。そうしてる内に顔ぐらいは出すだろう」
そう言って小川を去ろうとした時、趙雲が足を止めた。そして目を細め視線を村の外へと向ける。
「どうした星?」
「……しっ」
趙雲は口に指を当て二人を黙らせる。急ぎ二人を庇う様にして前に立ち、得物を手に持った。昨日のスカラーとの対峙とは違う、この雰囲気はまた別のもの。
「……いかんっ!!」
「ひゃああっ!?」
「おおぉ~?」
趙雲の行動は早かった。咄嗟に槍を腋に挟み開いた両手で程立と戯志才を掴み上げ、その場から脱兎のごとく駆けた。戯志才が悲鳴を上げ、程立は間延びした声を上げる。そしてすぐに彼女達がいた場所に無数の矢が降り注いだ。
「あ、あれは……」
戯志才は、あわや無残な最期を遂げる事だった事にゾッとしながらも、迫る野蛮な声を聞いた。
「駄目だよけやがったっ!!」
「囲め囲めっ!!村から出すなよっ!!」
林から聞こえる男達の声。明らかな敵意を孕むその声は、いくつも林より聞こえる。
「賊ですねえ」
程立がその存在を当てて見せるが、誰がどう見てもそうであろう。
「せ、星これはっ」
「ちと数が多い、すでに村は包囲されているかもしれん」
「一度立て直しましょう、ここでは矢に狙われますし、星さんも私たちがいては不利ですからねえ~」
「そうしようっ!」
この賊達はこの村を襲った賊なのだろうか、それとも偶然に襲ってきたのだろうか。可能性はいくつもあるが、しかし一つ分かりきっていることがある。
「女が3人だぜっ!!」
「ぜってー逃がすなよ!」
この男達が、ろくでもない外道であることであった。
趙雲は二人を下ろし、一先ず村に入った。どこか二人が隠れれる場所があればと思うが、ボロ屋がほとんどの今の村にはそんな場所はなく、結局自分から離れないように言って守る事になる。
「みつけたぜえ!!」
「やはり既に村に入ったかっ!」
趙雲は槍を持ち構えた。現れた賊は一人、頭に黄色の布を巻き粗末な短刀をユラユラともって揺らす。
「ケケケッ!かなり上玉じゃねーか!」
「やかましいっ!」
「ぎゃっ!?」
下品な事を言う賊であったが、迷いなく振られた趙雲の槍の一振りで呆気なくやられてしまう。
「戦いの場で相手の値踏みをするなどうつけ者め」
ここが真に戦場で相手が歴戦の猛者であれば、一つ名乗り戦いを楽しむところであるが、相手は恥も知らぬ賊、趙雲に容赦はない。
「こっちだ、いたぞ!!」
「ええい、わらわらと……いいだろう、片っ端から切り捨ててくれよう。二人とも離れるなよ」
「た、頼みます」
「こうなると私達無力ですからねえ」
道の角や正面からも次々と盗賊達が現れる。だがこの趙子龍と言う女、ただの女ではない。群がり集う盗賊達を次々と撫で斬りにしてみせる。一振り槍を振るえば大の男が宙にかち上げられ、鋭い槍の一突きは、針が薄布を通るように容易く賊を貫いた。その勢いに賊達もひるむが、群れなす獣のごとき盗賊は、数の有利を見て絶え間なく趙雲達へと押し寄せた。ただ押し寄せる賊だけの相手であれば、趙雲が遅れを取ることは無い。しかしいま彼女のそばには、守るべき友がいた。直接の戦闘において無力である二人を庇いながらの戦いは、確実に趙雲を追い詰めていた。そして、なれない廃村での戦いは、徐々に徐々にと入り組んだ道へと誘導される。
「これは、いよいよまずいか……?」
「星っ!ここはいけない、行き止まりです!!」
「むう……これは、してやられましたか」
行き止まりの狭い通路に追い込まれた3人、目の前には何処から沸いたのか品の無い笑みを浮かべる賊達がいた。
「どきな」
その賊達を押しのけ現れたのは、彼らの中でも一際体格がよく特に整った装備を身につける男だった。
「貴様が頭領か」
「ああ、まったく女3人と思って油断したぜ……」
族の頭領を名乗る男は、忌々しそうに3人を見た。
「よってたかって婦女子に乱暴など恥ずかしくないのか?」
「ああ?よく言うぜ、てめえ一人に殆どやられちまったんだぜ、てめえをただの女と思えるかよ」
実際趙雲一人のために、彼の部下の半数以上は倒れた。その部下に情が会ったのか、ただ女になめられたく無いがためかわからないが、男の苛立ちは大きかった。しかし趙雲ら3人を見て少し汚い笑みを浮かべた。
「まあ、しかし見てくれも悪くねえ、てめえら3人で楽しむとするか」
「好き勝手言ってくれる……第一貴様等、なぜこの村を襲う、このような廃村をわざわざ」
「あっ?たいした理由はねえよ、ちっと前にここで一暴れしたんでな、誰もいねえのはわかってるんで、ただ休みに来ただけよ」
それを聞いて、やはりこの村の有様はこの賊達が原因だったとわかる。趙雲は一人この賊を蹴散らす事も考えるが、うかつに動けば戯志才達が危ない。歯痒くも動くに動けぬ状況に進退窮まる。
「あの時はとんだ邪魔が入った所為で、ろくに女も攫えなかったからな……しかし今回は運が向いたようだ」
「邪魔だと?」
「ああそうさ、わけのわからねえ男がな、とんでもねぇ術を使って最後まで一人しつこく戦いやがる。大勢やられたがよ、最後は数で押してぶっ殺してやった。気味の悪いやつだったぜ」
その時の事を思い出したのか、男が笑い、それにつられ他の賊達もゲラゲラと笑い出す。
「一つ収穫があったとすりゃあ……この剣だな」
男は手に持った大剣を趙雲に見せ付けた。その剣は男の背丈ほどあり巧みな装飾が見られ、どこか威厳を感じるがそれを持つ盗賊の男にはあまりにも不相応であった。
「死んだそいつの荷物にあったやつだが、贅沢な剣だぜ。そのうち売り飛ばしてやる。おっと、手前等は殺しゃしねえ、安心しな。お前等、なるべく傷は付けるなよ」
「了解ですぜかしらぁ」
「むうっ!」
男が合図をすると、賊達は得物を構えジリジリと趙雲達に迫る。後退も出来ない以上、いよいよ全て蹴散らすしかないかと趙雲は覚悟を決める。
「二人ともすまんな、負けるなど微塵も思わないが、怪我の一つ二つは覚悟しておいてくれ」
「わ、わかった」
「こうなっては、全てお任せしますよぉ~」
槍を構え、いざ賊達へと趙雲が突貫せんとした。その時である、けたたましい雷鳴轟き、一筋の雷が村の中で落ちるのを趙雲は見た。
「な、なんだあれは……」
その音に皆が驚きその方角を見た。そして中でも、盗賊達の驚きは大きく、頭領はその顔を青ざめて足を震わせた。そのすぐ後に二度三度と立て続けにその雷は村の中に落ち、その雷鳴の中で幾人かの悲鳴も混じるのが確かに聞こえた。
「嘘だろ……だって、あの時あいつぁ」
「お、お頭あぁっ!!」
一人の賊がボロボロになりながらも頭領の元に転がり込んできた。
「殺された、みんな、ころされ……っ!や、やばい、やばいよおっ!!」
「お、おちつけっ!だれだ、だれがあれをやったんだっ!」
「殺したはずなのに、あの時確かに死んで―――」
その先の言葉はその賊の口からは出なかった。変わりに、彼の腹から、巨大な刃が現れる。
「―――亡者でも無い者が、こうまで堕ちるものか」
刃が抜かれ、賊が崩れ落ちる。賊を殺した剣を持つ男、いつの間にそこにいたのか、いつからいたのか。しかし男は幻影の如く現れ殺した。
「だが堕ちたのならば、最早人皮の獣」
いくつも浴びた返り血で、赤黒く染まる鎧兜。それはまさしく、異国の戦士。
「ス、スカラー殿」
しばし姿を見せていなかった男、スカラーが大剣を持ち現れた。
「……趙雲か、どうやら無事なようだな」
「お、おめえは、そんなばかなっ!?」
趙雲に気がついたスカラーだが、そのスカラーの姿を見て盗賊の頭領が酷くうろたえ出した。
「おめえはあの時確かに死んだはずだっ!!俺の剣で心臓ぶっさしてやったんだぞっ!!?」
「貴様も、ノコノコ戻ってくるとはな……だが、手間が省けたぞ」
「何を言って……くそ、おいお前等グズグズするなっこいつを殺せっ!!」
男の声を受けるが、多くの賊は怯み怯えていた。それほどにスカラーが現れた事に驚いていたのだ。何故それ程までにスカラーに怯えるかは分からなかったが、趙雲は決してこのすきを見逃さなかった。
「ふぅんっ!!」
一閃、一瞬で振りぬかれた槍が、幾人もの賊を切り裂き吹き飛ばした。
「しま……っ!?」
頭領が慌てるがもう遅い、元より趙雲は実力でも遥かに勝る相手、戦意が低下した賊では到底趙雲の相手にはならなかった。怯え戸惑う賊達は我先にと逃げ出す。
「あ、まて逃げるんじゃねえ!!」
「馬鹿いうなっあんなのこれ以上相手に出来るかよっ!」
「俺は先に逃げっ!?」
しかし、彼等が逃げる道は限られる。趙雲達を追い詰めるため袋小路の道に誘い込んだため、自ずと逃げ道は一つ。
「人でなく最早獣であればかまうものか」
スカラーがいた。右に大剣を構えると突然彼の左手が赤く燃え上がった。そして燃え上がる左手で大剣を撫でると、そのまま火が移り、剣そのものが炎に包まれる。
「おお、なんと……っ!」
趙雲達も目を見開き驚愕する。何故左手が燃えている。何故剣が炎に包まれる。だが尋常ならざる事を見せ付けられ、最早賊達はまともな思考は出来なくなっていた。恐怖と混乱が頂点に達し、ただただ生を渇望した。
「う、うわああああーーーっ!!?」
視線定まらぬまま無我夢中に哀れにも粗末な剣を振り回す賊の一人。そのままスカラーへと突進するが、大剣を両手で持ったスカラーは、体重を乗せそのまま踏み込んだ。
「むぅんっ!!」
踏み込みのままに振るわれた重い斬撃は、ほんの一振りだけで賊の体を両断して見せる。焼かれた刃は肉を焼き、骨をも焼き切り、そして砕いた。
「人皮の獣共、無様に死ぬがいい」
盗賊達は悟る。もう既に自分達は、終わっていたのだ。この村に戻った時点、その時既に死へと片足を踏み入れていたのだと。
終わりはあっけなく、結果的に趙雲とスカラーに挟まれた賊達はものの数分で倒される。ただ只管に強い趙雲に、時折燃える左手を何処から出すのか鈴や杖に変え奇妙な術すら扱って見せたスカラーの二人に到底敵うはずはなかった。そして残されたのは、打って変わり追い詰められた頭領ただ一人。
「な、なんなんだお前らは……いったいなんだってんだよぉっ!?」
腰を抜かし殺し奪ったという大剣を趙雲達にむけるが、カタカタと手が震えまともに握れもしないため、まったく脅威に感じない。はじめの堂々とした雰囲気も消え去り、無様な男がいるだけだった。
「終わりだな盗賊」
「ひいっ!?や、やめてくれぇ!!」
趙雲の槍が眼前に迫る。頭領は怯え竦み助けてくれと叫ぶ。
「お、俺たちだって好きでこんな事したんじゃねえっ!俺だって元はただの農民だ、けどわかるだろっ!今の時勢弱いやつが食われるんだっ!!?米作ってるだけじゃあ結局誰かにそれも奪われる。弱いままじゃ惨めに食われて死ぬだけだっ!!生きるためには、奪うしかないんだよっ!!」
「それを聞いて、情けをかけると思うのか?」
「うぅっ!」
「誰もがそう思い、しかしそれでも生きているのだ。この村にいた者も、お前達に今まで殺され奪われた者が皆世の理不尽を恨み憂い、辛くともそれでも懸命に生きたのだ。たがお前はなんだ、世の中の理不尽を恨みながら、その理不尽そのものとなって何をした。奪う側になった貴様に、己を正当化することが出来るものかっ!」
「ひいいぃっ!?」
男はさらに槍を近づけられ、死を悟り目を閉じた。
「きゃあっ!?」
「稟ちゃんっ!!」
「むっ!」
だが戯志才と程立の悲鳴を聞き、趙雲の槍が止まった。
「ヒ、ヒヒッ!!て、てめえら動くんじゃあねえぞ、う、うう動いたらこの女殺すからなあぁっ!!」
「おのれ、生き残りかっ!!」
賊の一人が短刀を手に、戯志才を捕らえその喉に刃を突きつけていた。
「で、でかしたぞお前っ!」
「うっく……っす、すまない星っ」
今更人質をとった所で、どうにかなるものではない。一人の賊が血迷った行動とは思うが、しかし頭領の男はこれで最悪自分だけは助かるかも知れないと希望を持った。そしてそう思うと男の内に欲が生まれる。この時趙雲とスカラーは、戯志才達のほうへ視線を向けていた。
「ひひっ馬鹿めっ!」
「ぐ……っ!」
肉が裂け血の吹き出る音がした。趙雲が横を見ると、スカラーの胸から大剣の先が突き出ていた。スカラーは体から伸びる大剣の切っ先を見て、唸る様な声を上げ、その剣先を己の手で掴む。
「こ、この死に損ないめっ!!」
男は剣を引き抜くのを諦め、そのままスカラーの背を蹴り、彼は大剣をさしたまま大地に倒れ付した。呻きもなく倒れる体は、そのまま地面へと打ち付けられ兜が抜け落ち転がった。
「スカラー殿っ!?きさまっ!!」
「うごくなってのっ!!わかんねえのかっ、お友達がしんじまうぞお、ええっ!!」
予備に持っていた短剣を抜き、少しづつ趙雲との距離をつめる。欲望に負けた男は、すでに勝ち誇り旨く行けば、助かるだけでなく上玉の女3人が手に入るかもしれないと考えていた。
槍の女はあまりに強いから脚の腱を切ってやろう、そうだ傷はつくがそれでも楽しめる。そうだ、そうしよう。
頭に浮かぶのは、都合のいい事ばかり。だが実際今自分は逆転したのだと、優位なのだと言い聞かせた。一度でも敗北を悟ったと言うのに、死を覚悟したというのに、男は気がつかなかったのだ。もし本当に生きたければ、欲など殺しただ自分の命を抱いて逃げるべきだった事に。
「―――返して貰ったぞ、この剣」
男は言葉も出ず、ただゾッとした。自分の後ろから聞こえる筈も無い声がした事に。
「貴様に奪われたこの剣、あるいはと思いこの村に留まったが無事俺の元へ戻った」
「や、やっぱりおまえっ死ん、死んでっ」
声が詰まる。スカラーの顔をみたのだ。兜が取れたスカラーは、その男の顔は、皮膚は腐り、肉は爛れ、目に生気は無く抉れたままの頬からは骨と歯が見えるその姿は、人のものでなく。
「なんで死なねえんだ、ば、ばけものおっっ!!」
「そうとも」
スカラーは体に刺さっていた剣を無理やり抜き取るとそれを構え、瞬時に男を袈裟切りにした。
「人になど、もう戻れぬのだ」
「そ、そん……なぁ……」
逃げればよかった、欲を出さず、こんな化け物を相手にするべきじゃなかった。後悔をしても遅く、ただただこんな筈ではと思いながら男は絶命した。
「お、おかしらが」
「……えいやっ」
「ぐえっ!?」
目の前で頭を倒され、なんとか逃げるつもりであった賊だが、唖然とするすきに程立が落ちていた木の棒で賊の頭を強く叩いた。その拍子に短刀を落とし、戯志才を離してしまう。
「ささ、稟ちゃんこっち」
「た、助かった風!」
「て、てめえっ!?」
賊は直ぐに報復しようとするが、人質がいないとなれば龍が動く。
「ふんっ!!」
「ぐえっ!!」
一瞬で近づいた趙雲が、これもまた一瞬で賊を切り捨てた。
「やれやれ、こんどこそ終わりか」
「の、ようですねえ」
趙雲は「ふう」と息を整え、安堵した。程立もまた普段の調子へと戻る。
「……そうも言ってられないでしょう」
「ふむ……まあ、そうだろうなぁ」
「さすがに流してしまう事はできませんねぇ」
しかし戯志才が指摘すると、やはりと言うべきか3人はスカラーを見る。
「さて、説明願いますかなスカラー殿」
奪い返した大剣を大地にさし、じっと動かぬままのスカラーに呼びかける。スカラーはその生気の無い瞳でジロリと3人を見ると、ゴソゴソと懐をまさぐった。
「そうだな……この顔をみて冷静ならば、話してもいいだろう。だが、顔を合わせるにはやはり」
スカラーは懐から、どう取り出したのか、どうしまい込んでいたのかわからないが、一つの冠を取り出した。その美しく荘厳な冠をスカラーが被ると驚くべき事に、ふっとスカラーの顔に生気が戻り、人のものへと変化した。
「こちらがいいだろうな」
「……もう、何を驚けばいいのやら」
「あの家に戻るぞ、篝火が癒してくれる」
スカラーはそのままノシノシとあの篝火のある家へと歩き出した。3人は顔を見合わせ、仕方ないといった風にその後をついて行った。
家には、すでに篝火が焚かれていた。スカラーは昨日と同じようにして、鞘に入れた剣を抱き、篝火にあたっている。最初と違うとすれば、彼は兜を取り冠をつけている事だろう。
「さあ、休むがいい」
スカラーに言われ、3人は篝火を囲んだ。燃えるその柔らかな火に当たっていると、闘いの傷が安らいだ。
「さて、何から話すべきかな」
「まあ何からと言われれば、あなたが何者なのかですか」
「何故当たり前のように生きているのですか」
至極当然の質問だった。スカラーはククッと笑った。
「俺は、不死者でな」
「ふ、不死者?」
「ああそうだ」
「死なぬ……のですか?」
「ああ、死なぬ」
死なないからこそ、「故に不死者だ」と告げられる。
「そんな、まさか……」
「うそと思うなら俺を殺してみるがいい、直ぐにでも息を吹き返す」
「いや、流石にそんな」
戯志才は信じられないと思ったが、しかし先ほど実際に胸を貫かれ息絶えたと思ったスカラーが立ち上がるのを見たので否定は出来なかった。
「俺が生まれた地にはな……」
スカラーがぽつぽつと、語りだす。
「多くの呪いが溢れていた」
彼が生まれ、そしてめぐった地の、物語を。
――古い時代
――世界はまだ分かたれず、霧に覆われ
――灰色の岩と大樹と、朽ちぬ古竜ばかりがあった
―――そして、はじめての火がおこる
■■■
不死とは、決して死なぬのではない。”死ねぬ呪い”。肉体が幾たび蘇ろうと、その精神は死に続ける。そしていつしか心も死ぬ事も出来なくなるほどの死を迎えた時、そのものはただ生きる生者の持つ魂、ソウルを求めるだけの亡者となるのだ。
「古き神代の頃、はたしてはじまりの火から王のソウルを見出した光の大王は、何を思ったのかいまやわからぬ。しかし誰かが火を継いだからこそ、依然として世に光が溢れたのだろう。だが所詮燃え尽きる定めの薪に何が出来る。薪が燃え尽きようとする度、火は陰り呪いが溢れる。それが繰り返されるだけだ」
誰かが継いだ火、それが果たして何度目かの陰りを見せた時彼の身にも呪いが現れる。呪い、不死者の証たるダークリングがその体に現れ、体と精神が磨耗するにつれその記憶すら消えていった。誰もが不死者である身を嘆き、救いを求めた。それは彼とて例外ではなく、そしてたどり着いたのだ。
「人の理を呼び戻す”ソウル”が存在する古の国”ドラングレイグ”。誰が言い出したのかわからぬその言葉に、しかし俺はすがった。もうすでに、生まれた故郷も、かつて傍にいた者の名も思い出せぬと言うのに」
ドラングレイグは、繁栄と衰退を繰り返す地。ドラングレイグの名でさえすでに古く過ぎ去った国であった。その地にあると言う、人の理を呼び戻すソウル。呪いの克服をする術。それを求め、不死者は火に魅せられた羽虫のように集まる。彼以外の者も、救いを求め、あるいは不死の定めによって流れ着く。
「その地には、幾人もの王がいた。ある者は毒に呑まれ、ある者は炎に沈み、そしてある者は、凍てついた地に眠る。そして呪いと火を総べようとした者」
誰もが王だった。その思いと志には、違いはあるが確かに王であった。しかし、それは結局人を総べる王であるだけだった。
「もし俺の国で真の王を問うならば、光の大王を初めとした火を継いだ者達なのだろう」
彼はたった一人、王に出会った。朽ち名も失われた王達の足跡を辿り着いた先にいた、心挫けた王に。
「やつはな、ドラングレイグの王ヴァンクラッドは最も真に王へと近づいた者だった。しかしそれこそがまやかし、火と闇の絶望に気がついた」
火が陰り呪いは生まれる。しかし火が強くあるからこそ呪いが、闇が強まる。
「救いなどなかったのだ。俺達不死者は薪、火を燃やす薪。だが火が陰り不死が生まれると言うのならば……」
いつしか、理を呼び戻すソウルを求めた事を忘れ、彼が求めだしたのは、その火の真実だった。
「俺が辿り着いた先、玉座を見て俺はそこを去った。そこに何も見出せなかったからだ。俺は王になるつもりなどない、最早救いもいらぬ。俺はただ、真実を求めた」
開かれた玉座を捨て、一人旅立った彼をただ一人見送る罪深き者が言った。道などないと、しかし―――。
「それを求めることこそが我らに課せられた試練」
■■■
何時しか日は沈み、夜になっていた。言葉を挟む事無く、趙雲達はスカラーの話を聞いた。火と呪い、永き旅の物語を。
「あれは、どこであったか、王の故郷が流れると言う地を目指す途中、気がつけばこの国にいた。だが妙な場所に放り出される事には慣れている。驚いたのは、この国には呪いが無く不死がいない。だからきっと違うのだろう、この国が俺のいた場所とは」
もういいだろうと、スカラーはつけていた冠をとった。それでもスカラーの顔は亡者のものにならず、血の気の通ったままだった。
「……まあ、俺の話はこんなところだ」
話しつかれたのか、スカラーは軽くため息をはきながら篝火をみつめた。
何と壮大で悲しい物語であろうか。呪いによりただ精神だけが朽ちる恐怖に怯える人々。それが蔓延する世界。信じられぬ事ばかりの話、だがその物語が真実と言える存在がスカラーだ。しかしスカラーに、なんと声をかければいいのかわからない。それほどに、彼の歩みは永い。
「……さきほどの」
だが戯志才が口を開いた。
「今とは違う、その……死んだ姿が亡者のもの、なのですか」
「そうだ」
「では、その冠はいったい」
「これか……」
スカラーは複雑そうな顔をして、冠を見る。
「王の足跡をめぐり、俺は王のソウルを見出した。そしてそれを持つ先に得たのがこれだ。ヴァンクラッドの目指した事の一端だろう」
「王の目指した事ですか」
「そう、つまりは呪いの克服……火だけではない、火が闇とともにあるならばその両方を総べると、だがそれは到底無理なのだ」
戯れのように生まれた火を、その火から生まれたソウルに魅せられるだけの者が、それを総べるなど到底無理なことだったのだ。
「……救いなどいらぬと言ったが、違うな。俺はここに来てあの賊達に襲われ一度殺された。だから亡者になったが、記憶が薄れる恐怖と生者である事への渇望は止められないのだ」
「あっ」
戯志才は、スカラーが自己紹介の時に中々名を言わず、生まれ故郷すら口にするのが遅れた事を思い出した。
「だからこれを未だに持っている。玉座など捨てたと言うのに……ヴァンクラッドの冠、これに幾人もの王達のソウルを得て例え些細でも呪いを消す事ができる。今のように、姿も生者へと戻る。だが、これもまたまやかしのようなもの、一時的な事に過ぎずとうの昔失った名や記憶は戻らない、俺は不死のままだった。そうだ、結局俺も心折れた者、救いが無いと知りせめて呪いとは、火とは何かを知ろうと彷徨うだけなのだ」
スカラーは冠をまた何処かへとしまうと、次に抱いていた剣を見た。
「この剣も、そのヴァンクラッドの物だった。すでに折れた王だったが、あれでも呪いに抗い世を憂いた王の剣、うかつにも一度殺され奪われたが、やはり賊には相応しくない。しかし無事手に戻った」
「剣を取り戻すためにこの村で?」
「襲われたのもこの村だった。賊達の行方がわからぬので、この村で思案して今朝も周辺になにか足取りがないかと探しに出ていた。焦らずともどうせ不死だからな、その内見つかると思っていた」
なんとも気の長い話と戯志才は思ったが、死ぬ事のないという事はそう言う考えを生むのだろうと結論付けた。
「……火はいい」
スカラーが篝火に薪を足しながら言った。
「火ですか」
「そうだ、不死は篝火に寄せられる。不死と言う孤独の中で、ただ自分を癒してくれる唯一のもの。その温かみを感じる内は、自分はまだまともだと実感できる」
「ほ~う、篝火にそのような思いを~」
「ああ、それは、不死が自然と火を目指すからかもしれない。だが……不死は篝火にあたるたび、安堵と共に苦しむ。この篝火に幾度あたるのだろうか、自分はまたこの火を見ている、この篝火に囚われているようにすら感じる」
スカラーが篝火で休む姿は、ただ座り込み休むだけに見えしかし不思議な感情を感じさせる。それは安堵、絶望、後悔のような複雑なもの。燃える火の中に、彼は何を見ているのか。
「そして不死は、火に何かを焚べるのだ」
「焚べる、ですか?」
「そうだ。火の中に、肉体さえ失った不死の遺骨を焚べる事もある。ただ自分の後悔や苦しみを言葉として焚べる者もいる。そして、自らを焚べて火を継いだ者……形あるものだけじゃない、我々不死は焚べるのだ、燃える火の中に」
「では、貴方も、焚べられたのですかな?」
「……そうとも」
全てを見透かすような篝火。その炎を幾万とスカラーは見てきた。互いに、何度も。その炎に、彼は焚べ続けた。心から溢れ続ける、深きものを。
「俺は、絶望を焚べるのだ」
■■■
次の日、スカラーと3人は旅を再開し、それぞれは別れることになる。スカラーは、元いた国に帰る気は無いのかと聞かれたが、問題ないという。
「しばしこの国を見る。面白い地だ、見て回るのもよいだろう」
元いた国への戻り方がそもそも分からない上、不死とあり彼は特に焦った様子も無かった。
「本当に共には来ないのですか?」
珍しく戯志才は、心配そうに聞いた。一度、共に旅をしないかと提案をしたのだが、スカラーはそれを断った。
「まともを装っても所詮俺は不死、こんな者がいては、面倒をかける」
「そんな事は」
「気を使ってくれるその気持ちで十分だ」
「異国のお話をもっと聞きたかったですねぇ~」
「縁があればまた会う事もある」
あまり感情の読めない男ではあるが、しかし多少なり別れを惜しむ様子はあった。その事に趙雲は、不死といいながら案外人間味がある御仁だと内心でつぶやいた。
一方で戯志才は、仕方ないと思いながら少し後ろ髪引かれる想いであった。
「……スカラー殿、ならば別れる前によいでしょうか?」
「なんだ?」
「私は……戯志才と名乗りました、しかし違います。私は、本当の名は郭嘉と言います」
スカラーは僅かに目を開き、だが落ち着いた様子でじっと戯志才を見た。
「それが例の真名でない事はしっている、だが今までのが偽名であれば理由あって名乗っていたのだろう。いいのか、俺に言って」
「貴方になら良いと思えました。それに、偽名を覚えられたままで会えずじまいでは、やはり気持ちが悪いものです」
「……そうだな、だがすまんが俺の名は最早記憶に無い。故にスカラーを名乗る。お前に名乗れる名は無いのだ」
「良いのです、ただ……名を知っておいてほしかっただけなのだから」
「そうか、ならば……」
スカラーは腰に下げた袋を探ると、そこから小さな指輪を三つ取り出した。
「それは?」
「これを、お前達にわたそう」
差し出されるがままに3人はそれぞれその指輪を受け取った。
「俺の国で得たものだ。指輪とは力が篭められた物、お前達の役に立つだろう」
趙雲は一匹の翼竜が描かれた指輪を、程立は宝石が放射状に装飾された金の指輪を、そして戯志才―郭嘉―には宝石が埋め込まれた銀の指輪を。
「しかし、こんな上等なものは」
「いいのだ……その代わり、一つだけ頼む」
突然スカラーの声から、覇気が消えた。
「俺の事を覚えておいてくれ。指輪を見た時か、何でもいいのだ……思い出してくれ、俺と言う男がいたことを。たとえ名さえも失った哀れな不死でも、俺と言う男がいたと言う事を覚えておいてほしい」
搾り出すようなその言葉とそれに込められた想いに、3人は強いショックを受ける。不死の孤独とは、つまりこう言う事なのだと理解した。死による精神の磨耗と共に薄れる記憶、深まる呪い。自らも忘れ、忘れられる恐怖。王の冠が果たしていつまでその力を持つか知れず、それさえ受け付けぬほどに呪いが強まる可能性。王に近づきそれを一時克服できたスカラーでさえも、その呪いの恐怖を乗り越えておらず、火に絶望を焚べる旅を続けた。
「覚えています、忘れるわけがありません」
「ほんの数日でしたが、奇想天外な事ばかりでしたからねぇ~」
「忘れろと言うほうが無理でしょうなあ」
趙雲がケラケラと笑って見せた。
「それに、縁があれば会えると言ったのは貴方です。そんな寂しい事を言わずいつかまた会いましょう」
「……ありがとう」
スカラーは頭を下げた。その瞬間僅かに見えた微笑みは、きっと彼がまだ人間でいられる証かもしれない。彼はすぐに頭を上げると出会った時と同じ兜をかぶった。
「最後に、もしどうしても困ったことがあれば足元をみてみろ」
「足元を?」
「この世界で届くかはわからんが……白か黄色く光るこの文字(サイン)が見えたなら、それを呼ぶといい。俺のものだ」
スカラーは羊皮紙を一枚取り出し、恐らく彼の国の文字でそこに書かれた短い文章を3人に見せる。
「これを呼ぶと?」
「もしこれが届くのなら、一時的に俺が呼ばれ力になろう」
「呼ばれる?」
「まあここでは馴染みのない習慣と言うべきか、術の一種とでも覚えておけばいい。もし本当にその時が来ればわかる」
そう言うと彼は少ない荷物を入れた袋を肩に背負った。
「では行くとしよう」
彼は東を目指すと言う、一方で趙雲達は北の方へと向かう。
「お前達の旅の無事を、良き主との出会いを祈っておく」
「我らもスカラー殿の旅が良きものになるよう祈っておきます」
「うむ、では」
それだけ言うと、彼は背を向けて歩き出した。振り返る素振りも無く、黙々と歩き遠ざかる。
「あの方はきっと、ああやって一人で歩き続けたのでしょうね」
「そうだろう、そしてこれからも」
これ以上感傷に浸る意味も無く、それはスカラーも望むまいと3人は同じようにして振り返ることなく旅を再開した。
不思議な出会いと出来事であったが、いざ旅が再開すると結局は今まで通りの旅であり、道中で愚かな盗賊が現れれば趙雲がそれを蹴散らし、よい村か町に付けばそこで体を休め見聞を広げていく。たまにスカラーの事を話しては盛り上がり、程立は彼に教えてもらったと言う、太陽を讃えるらしい謎のポーズを朝とるのが日課になりだした。
そんな旅を続け、スカラーと別れ暫くたった頃、3人はある町にたどり着いた。そこは平和な町で、人々の活気にあふれていた。3人は旅の疲れを取るために、宿を取り町の商店を見て回ることにした。
「おや旅の方ですか?」
色々な商店がある中で、野菜や果物を売る店で新鮮な果実を眺めていると、不意に店主に声をかけられる。
「うむ、先程ここについてな」
「ああ、通りで見ない顔だ。どこからだい?」
「南の方だ、少し前〇〇と言う場所に寄ってからここに来た」
「〇〇……?」
後にどんな書物にも記録が残らない〇〇と言う地。それは趙雲達が立ち寄った村がある地域であり、盗賊に襲われ消えてしまったとだけ伝わる。
「あ、あんたちょっと待っててくれよ……おい、おーいっ!」
だがその地の名前を聞くと、店主は血相を変えて店の奥に誰かを呼びに行った。
「な、なんでしょうか」
「何か不味い事を言ったと言うわけでもないですがねぇ~」
ほどなくして店主が一人の少女を連れて戻ってきた。少女は少し興奮した様子で3人の元に駆け寄る。
「い、いま〇〇から来たと聞いたのですが貴方方が?」
「そうだが、一時立ち寄った程度だぞ?」
「あ、あたしそこにある村の出身で、少し前盗賊に村を襲われたんです」
少女の口からでた言葉に3人は驚いた。
「もしや林と小川に囲まれた村か?」
「そ、そうです!それで、聞きたい事があって、その……」
少女が店主の顔を伺うと、店主は構わないと言って頷いた。
「旅の方、すまないがこの子に付き合ってやってくれ。店の奥に場所もある、そこで話を聞いてやってくんな」
「ふむ、我々も少し聞きたい事ができた……二人もいいか?」
「勿論です」
「これも運命ですかねぇ~」
少女と3人は、店の奥にある簡素な休憩をするために作られたらしい卓を囲む。店主が厚意で茶をそれぞれに振舞い、店の果実も茶請けに出された。
「一月より、もう少し前の事でした―――」
■■■
少女が話すのは、間違いなくあの村で起きた出来事であった。
その村は、特に名産がある訳でなく、いたって普通で平和な村であった。それでも最近は物騒な世の中だからと不安を感じてもいたらしいが、しかし小さな村で何が出来ると言うわけでもなく、ただ今まで通りに暮らしていた。しかし稀に訪れる旅人や休みに来る行商の人間からは、近くでも盗賊の様な連中が現れたから、国に護ってもらえないなら最悪村を捨てろと忠告を受けるまでになる。いよいよこの村も危険だと村長も思ったのか、徐々に村を捨て他の村か町に移住する準備を始めた。
そんな時、村に奇妙な旅人が現れた。
「全身鎧兜で顔も見せない人で、ただ火に当たれる場所を貸してくれと言ったんです」
その男をはじめ皆警戒した。男は武装していたため、それは当然であった。だが男がなら武器を全て預けると言って鎧と兜を除く全部の武器をその場で投げ捨てたので、これ以上かまっている暇もなく、ただ小さな小屋でいいならと言う事で男は村に留まることになった。
「不思議なのは、男の人は何も食べず水も飲む様子もなかったんです。だから村のみんな気味悪がって近づかなかったんですけど、あたしその……よく好奇心旺盛っていわれてて、どうしてもその人が気になって」
少女は小屋でただ小さな篝火を焚きそれにあたる男に何度か会いに行った。男は相変わらず鎧兜のままで、火を見るだけの状態で座っていた。
「確かに不気味だったけど、いろんなお話を聞かせてくれたんです。異国の人なのか、信じられないようなお話もあって楽しかったです」
しかし、ついに訪れた理不尽に村が呑まれる。
「皆がそろそろ村を出ようと考えてた日の夜、あの盗賊達が現れたんです」
盗賊達は村人が寝静まった夜を狙った。盗賊の考えでは、火を放ち村人が混乱した内に多くを殺し女達を攫うつもりであった。しかし大きな誤算があったのだ。
「嫌な予感がしたのか、たんに寝付けなかったのかわからないですけど、夜中に偶然起きた時窓からフワフワと何と言うか……火の玉の様なものが村を飛んで行ってて、その後をあの人が歩いていたんです」
少女は不思議に思い、家の外に出るとその後を追った。その男は、村の外に出てしばし林を見つめ、その火の玉はその林の中に消えていった。その時男が少女に気が付いて言った。
「”賊だ。今すぐ村の人間を起こして、とにかく逃げろ”って」
男の鬼気迫る様子に疑う暇もなく少女は村中を駆け叫びまわった。なんだなんだと起きてきた村の人間は、しかしすぐに聞こえてきた賊達の叫びと飛来した火矢に驚き、慌てて持てる荷物を持ち賊がいる方向とは別の場所へと逃げだしていった。
「あたしも家族と逃げたんです。あの人が残ってるって言ったんですけど、とにかく逃げるしか無くて」
しかし逃げ切れず命を落とした者は少なからずいた。それでも不思議な事に、賊の追手は来なかったのだ。
「あの時逃げれた人はみんな見ました。村の中で落ちる雷、燃える炎、青白い閃光を」
一度は足を止め、その信じられない光景を少女と村人達は見た。しかしそれが果たしてあの旅人の行いなのかは分からず、だとしてもその彼が逃げろと言った今立ち止まる事は出来ず再び走り出したのだった。
それが、少女の見た最後の村の光景だった。
■■■
「信じられない景色でした、でも村の人は覚えてます。夢かとも思ったけど、今生きてる事であれは嘘じゃないと思えて……」
彼女達は逃げに逃げて、それぞれが途中他の村や町で別れ、彼女とその家族はついにこの町へとたどり着き、彼女はこの店で働いていた。
「今更村に帰る事もできないし、まだあの盗賊達が退治されたとも聞きません。だから、様子を見に行くこともできません」
「そのような事が……」
「お姉さんたちは、村に寄ったんですよね……村は、どうなってました?それと、あの人は……」
少女の話を聞いて、3人はこの運命的な出会いに驚くばかりだった。しかし彼女が見たと言う突然の雷、燃える炎、青白い閃光。それは間違いなくあのスカラーの術である。趙雲はどこか腑に落ちた様子で頷いた。
「彼ほどの者が、あのような賊になぜ一度やられたのか、気になってはいたのだ」
「え?」
「ああ、いやなんでもない」
スカラーは強い、それは間違いない。ただの寄せ集めの盗賊であればその術を駆使し倒せるだろう。しかし彼は護る戦いをしたのだ。少女とその家族、村人を護るための戦いを。
(ギリギリまで賊を村に入れず、村人が殆ど逃げたのを確認している間に討たれたか)
そして気が付けば賊は去り、あの王の剣を取られた後に生き返ったのだろう。そして、趙雲達と出会ったのだ。
(火にあたる場所だけで……お人好しが過ぎますな、スカラー殿)
不死だ不死だと自分を卑下する男だった。だがしかし、やはり案外人間味の残る男だったのだと、趙雲だけでなく、他の二人も内心で苦笑した。
「村の事は残念だった……ほとんどが朽ちていたよ」
「そうですか……」
「だが、その男の事なら心配はいらないだろう」
「え?」
3人は今頃、果たしてどこを歩いているのか分からぬ探究者の姿を思い描く。もう既にこの世界を去ったのか、或いはまだいるのか。
「今頃、どこぞで火に当たっているに違いないよ」
真名を授けておいても悪くはなかったなと趙雲は思い、何時か現れるかも知れない足元の文字(サイン)を待ち遠しく思った。
■■■
あの日、4人で篝火を囲んだ最後の時。
月と幾つかの星だけが彼らを見守る。もう、夜も深まった。最後に、一つ聞きたいとスカラーは言う。
「さて、俺からも聞きたいのだが」
「なにか?」
「答え合わせだ、お前達の答えを聞こう」
スカラーにそういわれ、すぐに3人は昨日のスカラーの問いを思い出す。王とは、なんであるかを。
「聞かせてくれ、お前達の答えを」
昨日と変わり、兜越しではない瞳で強く見つめるスカラー。その瞳は亡者の姿が嘘の様に爛々と輝き、強い熱意があった。
最初に答えたのは、趙雲であった。
言うなれば、趙雲は義の人である。一見して陽気な彼女だが内に燃える義の意思は熱く、そしてそれを表現する武を持っている。故に答えた。
「考えましたが、やはりこの武を授けるに相応しく、人を惹きつける者。それが培われたものか、天性のものかわかりませぬ、しかし王たるのであればただ支配するでなく、王に人の方から集うような方がよいでしょう、今の世を思えばなおのこと」
「ふむ、ならば趙雲……お前にとって王とは、仁の者か」
「左様ですな」
趙雲は、「仁」に王を見出した。人を縛る事をせず、ただその者が持つ人徳によって人が魅せられる才能。はたしてそれを持つ者が世にいくらいるだろうか。それをスカラーは否定するでも肯定するでもなく、成る程なというだけだった。
次に答えたのは、程立だった。
言うなれば、程立は智の人である。そののんびりとして、人に対しぬらりくらりとした様に反し、彼女の英知は飛びぬけている。その掴み所のない性格でさえも、智の表れである。故に答えた。
「私は、たまに夢を見ます。でっかい熱い太陽が私の上に昇ろうとするのです。それは、きっと私が仕えるべき人なのでしょう。世を照らす光となる人、しかし熱き炎を秘めた太陽のような方。それが私にとっての王なのでしょうねぇ~」
「太陽か……つまり程立、お前は太陽、つまり「天」に王を見たのか」
「そうなりますかねぇ~」
程立は人の上にある「天」に王を見出した。それは決して楽な道ではなく、まさに苦難の道。天を統べる事は、世を統べる事。それは正しく覇道の道である。
次に答えたのは、戯志才であった。
言うなれば、戯志才は理の人である。洞察力に優れ、その瞳は鋭くものの本質を見極める。そこからもっとも必要とされる策を生み出す術、それを可能にする智を彼女は持っている。故に答えた。
「世は乱れ、弱き民が食い物にされる事がまかり通ろうとしている。しかし、世を統べるのが強者ならば、その強者が通る跡に道ができるのであれば、その道を造る者を支え仕えるのが私の願い」
「成る程、戯志才……つまりお前は、「覇」に王を見たか」
「はい、そしてその誰かが、まだ見ぬ王が道を誤るならば、正すのも私の願い」
戯志才は「覇」に王を見出した。それは程立と似て、しかし彼女の見た先は天ではなく、覇道を歩む者、覇王そのもの。覇道とは、孤独である。それを支える事はできるのか。
仁、天、覇。それぞれに王を見出した3人。スカラーは、「うむうむ……」と頷きながら篝火を見た。
「成る程……よく聞かせてくれた。お前達の答え、しかと刻んだ」
「納得いただけた様でなにより」
「ああ……王とはなんであるか、それにただ一つの答えなど無い。もしただ一つの答えしかないのならば、俺の身に宿るかつての王達のソウルは何だ。たとえ毒に呑まれようと深き地を統べた者が王でない筈は無い。熔けた土に沈んだ愚者であろうと、鉄を生み騎士を率いた者が王でない筈は無い。混沌に沈もうと、自らを捧げそれを防いだ者が王でない筈は無い。禁忌を犯し虚ろに成り果てようと、呪いを統べ始まりの火を目指した者が王でない筈が無い」
「では、王とは……スカラー殿、貴方の「王」とは」
戯志才が聞いた。ただそれだけが、彼の口から最も聞きたい答え。
「王とは―――」
彼の答えに、3人は納得したのだろうか。だがこの奇妙な放浪者との出会いと会話を、彼女達は忘れる事はなく、心許した幾人かにスカラーの事を話した事がある。だが、その時の彼の答えは、一切の記録に無い。
かつて一人の不死が王へと近づいた
だがその不死は玉座を捨て、
火と呪いの因果を探す旅にでた
彼がその旅で得たのは、なんであったのか
それを知る者は無く、
しかし彼を知る者は多く、記憶に残った
絶望を焚べる者の名と共に
一応これで終了です。前後さらに分けようかと思いましたが、まとめました。
ただもっと整理したいなと思いつつ、今は展開が思いつかないのでその内別Verを書くかもしれません。誤字などは見つけ次第修正します。
ちなみに、趙雲達に上げた指輪はそれぞれが、「三匹目の竜の指輪」「英知の指輪」「抵抗者の指輪」です。はじめ、郭嘉には、血咬みの指輪あげて出血耐性上げさせようと思いましたが、そこ掘り下げても意味ないので没。指輪のチョイスも、まあこれならそれぞれで役立つだろうぐらいで、深い意味も無いです。
スカラーを主役にするものを続けるかはともかく、色々短編クロスネタは思いつく。
アルトリウス&シフが蜀。キアランが魏。ゴーが呉。オーンスタインが袁家なネタ。
董卓軍に鉈と盾持ちヨーム現る。
ジークバルト&一刀君西涼に現る。
展開思いついてかければやるかもしれません。
2017.04.04 追記 「スカラーの知識について」
改めてダークソウル2関連情報を見直すと、グウィンはじめ多くの神族の名、武器、魔法関連の伝承は失われています。スカラーがそれらを知っている様子なのは、2本編から更に時間が経ち、ダクソ3直前かそれより前のため色々歩き見て知り得たと妄想しています。