太古の昔から、奴らはすでに存在していた。
森や山などに現れ、人間を喰らい、災いをもたらしてきた自然界の脅威。
人々はそれを《魔化魍》と呼び、恐れていた。
だが、その魔化魍に唯一対抗できる者たちがいた。
それは、己の体を極限にまで鍛え上げることによって、人間を超えた力を得た存在。
人々は彼らを《鬼》と呼んだ。
人が滅多に来ないような山奥。
そこで人ならざるものが、人を食らうために山から降りようとしていた。
その異形の者を一言で表すなら《蜘蛛》。
たが、普通の蜘蛛との違いを述べるであれば、それは身体の大きさだろう。
その蜘蛛は体長8mをゆうに超えている。
虎のような模様に、8本の長く巨大な足、そして赤く怪しく光る六つの目が不気味さを漂わせている。
蜘蛛は虎のような鳴き声をあげながらその巨体を動かし、人里に下りようとしている。
その時、蜘蛛の前に一人の少年が、颯爽と現れた。
「やっぱ《ツチグモ》だったか……また随分でかくなりやがったな!」
十代半ばだろうか。そんな少年が目の前に迫る巨大な蜘蛛に臆することなく堂々と立っている。
少年は腰からぶら下げている音叉のようなものを手に取る。
そして音叉を近くにある木に当てる。
すると、音叉から不思議な音色が響く。
鳴らした音叉を額にあてがうと、音叉から発生した音の波動を受け、額に鬼の顔が浮かび上がる。
その刹那、全身が紫の猛火に包まれ、火塊の中で少年の体は変わっていく。
「はああああああああああぁぁぁぁぁ………はぁっ!!」
右手で炎を振り払うと、そこには少年の姿はなかった。
頭に二本の銀の角を生やし、鍛え抜かれた紫の肉体には銀の襷が掛かっている。
その姿はまさに、災いを齎し、人々から恐れられる存在。
《鬼》
そう呼ぶにふさわしい姿だった。
「さてと……いくぜ」
ツチグモと呼ばれた巨大な蜘蛛はその鬼の姿を見て、虎のような鳴き声をあげて、突進してきた。
この巨体で体当たりなど喰らえばひとたまりもない。
「よっと!」
だが、鬼は脚力に力を込め、一気にジャンプする。一気に20メートルは越えようかという高さまで飛び、近かにあった木の上に飛び乗った。
標的を失ったツチグモはスピードを抑えることができずに目の前の大木に直撃した。
鬼はその隙をついて、木からツチグモの背中に飛び移った。
「うおっ!?」
背中に鬼が飛び乗ったことに気づいたのか、ツチグモはその巨体を激しく揺らし、振り落とそうとする。
「このっ、大人しくしろ!」
鬼は赤くゴツゴツした右手の甲から4本の鋭い爪を出し、ツチグモの背中に突き刺す。
突き刺された箇所がよほど激痛だったのか、ツチグモは悲鳴をあげてもがき苦しむ。
傷口から白い液体が吹き出し、返り血のように鬼の体にかかる。
刺しどころが良かったのか、ツチグモの動きが急激に鈍くなる。
「よし!」
鬼はこの瞬間を好機と捉え、その巨大な背中に腰の装備帯の中央に取り付けてある円盤のようなものを取り付ける。
取り付けられた瞬間、円盤は回転しながら巨大化していく。
そして同じく装備帯に取り付けてある、紅く、先端に鬼の顔を模した石が取り付けられた2本の棒を握り、大きく振り上げる。
「《音撃打・火炎連打の型》!!」
技の名前を叫ぶと、巨大化した円盤に棒を交互に叩きつける。
それはまるで太鼓を叩いているかのようだ。
「はっ!たあっ!せいやっ!」
鬼が円盤を叩くたびにツチグモの体に、悪しき者を打ち払う聖なる音 《清めの音》が流れ込んでいく。
「はあああああああ………はぁっ!!」
そして、最後に棒を勢いよく叩き込まれ、ツチグモは爆散する。体は粉々になり、土塊へと変わる。
鬼は重力に従い、地面に着地する。
ツチグモの土塊が降り注ぎ、自然へと還っていく。
「ふぅーーーー」
安堵の声を上げる鬼。
すると、鬼の顔が光に包まれ、先ほどの少年の顔に戻る。
「ま、ざっとこんなもんかな」
棒を装備帯に戻し、少年は山を降りようと歩き始めるが、あ、そういえばと何かを思い出し、歩みを止める。
そして、装備帯にある音叉を取り出し、語りかけるかのように喋りだす。
「最近、“彼”が街に来ているみたいです。もしかしたら同じ下宿に泊まることになるかもしれませんね。面白い奴だったから、あなたにも会って欲しかったですよ……ヒビキさん」
少年は微笑むと、音叉を戻し再び歩み始める。
「さてと、帰ってゆっくり温泉にでも入ろうかな」
ぐっと背伸びをすると、少年は曰く付きの激安下宿に帰っていった。