コガラシを温泉まで案内したヒビキは自分の部屋に向かうため、廊下を歩いている。
「う〜ん……ツチグモ相手だから遅くなるとは言ったけど、やっぱ帰る時くらい連絡するべきだったかな?仲居さんにもみんなにも迷惑はかけたくないし……いや、呑子さんと夜々は気にしないか……」
腕を組んでぶつぶつ言っているヒビキ。
魔化魍を退治すると言う仕事柄、ゆらぎ荘を留守にすることが多い彼だが、電子機器などの機械の類がどうも苦手で、携帯を持っていない。
その為、連絡が疎かになりがちになっている。
やはり持っておくべきかと頭を掻きながら考えていると
ビュッ!!
と、空中を切り裂く音が頭上から聞こえてくる。
その何かはヒビキの後頭部目掛けて一直線に迫っている。
「ふっ!」
しかしヒビキは動じず、腰に装備している三枚の銀色のCDディスクの内の一枚を取り出し、その何かに向けて投げる。
ガキンッ!!
と、金属同士がぶつかり合う音がする。
かと思うと、ディスクとヒビキの後頭部に飛んできた何かがカランッと音を立てて床に落ちる。
ディスクと一緒に落ちてきたのは、一本の《くない》だった。
忍者が手裏剣と一緒に使用したとされている投擲用の武器である。
このような代物は映画やドラマなどでしか見られないが、今それが後頭部を狙って飛んできた。
普通なら大騒ぎになるかもしてないが、ここはゆらぎ荘であり、彼はそのゆらぎ荘の住人。
彼にとってはこのようなことは日常茶飯事である。
「はぁ……まったく、こんな所でこんな物投げるなって前から言ってるだろ?床に傷がついたらどうすんだよ!修理するの俺なんだぞ!?」
特に慌てる様子もなく、ヒビキはディスクとくないを拾い、後ろを向くと、怒りまじりに喋り出す。
すると突然風が起こり、その風にまぎれて人影が現れる。
「ふん。三日も連絡してこなかった奴が何を言ってるんだ」
現れたのは女の子だった。
長い紫の髪を左側に縛ったサイドテールが特徴的で、それがその小さく整った顔をより引き立てている。
「お前なぁ、それとこれとは関係無いだろ?挑戦はいつでも受けるとは言ったけど時と場所を考えろよ!」
文句を垂らすヒビキはその女の子に、彼女が投げたであろうくないを渡す。
「だが、ああもあっさり防がれるとは……私もまだまだ……!」
「そりゃまぁ、鍛えてますから、シュッ」
くっと悔しそうに拳を握る女の子に対して、ヒビキはスナップを利かせながら敬礼のような仕草をする。
「馬鹿にしてるのか!?前から言いたかったがその仕草が妙に腹たつ!」
「ちょ、そんな言い方ないだろ癖なんだから!あ、そういえば、そっちも仕事は片付いたのか?狭霧」
話を晒し女の子ーーー狭霧をなんとかなだめるヒビキ。
「ああ。あれしきの仕事どうと言ったことはない。それで、そっちはどうなんだ?ずいぶん時間がかかったようだな。ツチグモが相手だから大丈夫と言っておいて……」
ジト目で睨む狭霧にヒビキは苦笑いする。
「いや、それがすんごい山奥に隠れていて、ディスク達も捜索に時間がかかってさ……」
後半しどろもどろになってるヒビキに狭霧は、はぁとため息をつく。
「まあいい。それで、さっき温泉に入っていった奴は何者だ?」
「コガラシのことか?今日からここに泊まる新しい住人だよ。ちなみに、俺の知り合いな」
ヒビキの説明に狭霧はふむ、と顎を手に乗せて、ぼそぼそと小言を呟く。あまりに小さいのでヒビキはよく聞き取れない。
「男が増えることは風紀が乱れるのではないのか……?いや、仮にもヒビキの知り合いだ。そんな不埒なことはしないはず……それに来たのが女じゃなくて良かったとか別にそんなことは………って!何を考えているんだ私は!?と……とにかく!男である以上、警戒するに越したことはない……それに、ヒビキが来た時だって……」ブツブツ
「狭霧?狭霧って!おーい狭霧さーん?起きてますかー?」
何度呼んでも、顔の前で手を振っても狭霧は反応しないので、仕方なく顔を覗き込むヒビキ。
「っ!?……なにをしとるんだーーー!!!」
「ごふぅ!?」
顔を覗かれた狭霧は顔を真っ赤にして、怒鳴りながらヒビキの腹に強烈なストレートパンチを決め込む。
突然のことと、至近距離であったこともあってヒビキは避けることができず、体がくの字に曲がる。
「は……腹はやめろよ……腹は……」
「ふんっ///」
腹を抑えて蹲るヒビキ。狭霧は顔が真っ赤のままそっぽを向く。
すると、
『やっぱり見えてるじゃないですかああ!!』
どが!どが!どが!どが!
『どああああ!?』
奥から女性の悲鳴とが聞こえたかと思うと、今度は大量の打撃音とともに男の絶叫が聞こえる。
「!今のは幽奈の声!?」
「コガラシの声も聞こえたけど……ってまさか風呂で鉢合わせになっちまったか!?」
「くっ!」
狭霧はなにを思ったのか急いで悲鳴が聞こえた方角へ走って行ってしまった。
「あっ、ちょ、狭霧!」
ヒビキもその後を追った。
その後、風呂場に駆けつけると、身体中キズだらけで、頭に大きなこぶをつくり気絶したコガラシが発見された。