「ったく、なんなんだよアイツらは……」
「あはは……まあ、気にするなって。ここに住んでる人たちは俺も含めてみんなちょっと特殊だから」
ヒビキはコガラシを連れて四号室のある二階に向かっている。
コガラシは興が冷めかのような態度で出て行った狭霧達のことをヒビキに愚痴り、話を聞いてヒビキは思わず苦笑いになる。
「そういえば、ここの霊のことについて聞きそびれちまった。ヒビキは何か知ってるのか?」
「うーん知ってるといえば知ってるけど……これからお前が寝泊まりする四号室と関係してるってことだけ言っておくよ」
「なんだよ、煮え切らねぇな」
「まあ百聞は一見に如かずってこと。さ、着いたぞ」
話している間に目的の四号室に着いたようだ。
響の話を聞いたコガラシは鬼が出るか蛇が出るかと思いながら恐る恐る襖を開ける。
「おお……!」
コガラシはその部屋の内装を見て思わず声を漏らした。
部屋はこれ以上にないほど綺麗に整理整頓され、しばらく誰も住んでいなかったのだろう。まるで使用された跡が見当たらない。更には小さいがテレビやエアコンも設備されている。
正直高校生一人が住むには充分すぎる部屋だった。
「今日からここが俺の部屋……!!畳の上で寝られるとかどんな贅沢だよ……段ボールよさらば!!」
「大変だったんだな……」
嬉しさのあまり涙を流すコガラシを見て、ヒビキはまた苦笑いを浮かべる。
ヒビキが彼と初めて出会った時も、軽く数ヶ月以上山での野宿が続いていたと聞いた際には激しく同情してしまったこともある。
それだけ辛い人生を送ってきた彼にとっては宿に住めるというのはこれ以上にない幸せなのだろう。
しかし、ここでコガラシは自分の右斜め上から何かの気配を感じ取る。
(なんだアレ?)
コガラシはその場所を見上げると、思わず目をひん剥いた。
(壁からおしり!?)
コガラシの視線の先には、壁からおしりと足の様なものが生えているという奇妙かつ不可解極まりない光景が広がっていた。
ヒビキもそれに気づいたのか片手で顔を覆い、あちゃーとでも言いたげな表情をしている。
「……」
普通の人間ならビビって部屋を飛び出すかもしれないが、彼は肉体派霊能力者。
怯むことなく壁から生えている二本の足をガシッ、と掴むと、そのまま力一杯引っ張る。
「はう!?」
引っ張ると同時におしりから女性の声が聞こえる。
「え!?なんでさわれ……やめっ……」
おしりは抵抗しようとするが、足を掴まれているため何もできずやがてその全体像が明らかになる。
「やっぱりオマエ……」
現れたのは肩まで伸びた白髪と、私は幽霊ですとでも言っているかのよう天冠が特徴の女性だった。
「露天風呂の幽霊女!?」
どうやらコガラシはこの女性のことを知っているようだ。
「コガラシ、もう放してやったらどうだ?」
「あ……ああ」
ヒビキに言われてコガラシは手を離す。
解放されたその女性は一息つくと、律儀に正座する。
「そ……それでは改めまして。わたしはゆらぎ荘の地縛霊、湯ノ花幽奈と申します!」
「はぁ〜……驚きました!コガラシさんは霊能力者で、しかもヒビキさんとお知り合いだったんですね!」
「まぁ一応な」
「でも幽奈、なんで壁なんかに隠れたりしたんだ?」
「す……すみません!怖がらせちゃいけないと思って隠れてたんですけど……っ」
「いや、頭隠して尻隠さずだったよ」
「はうぅ!?」
ヒビキに指摘されて、幽奈はショックで思わず涙目になった。
「あの……じゃあちょっと確認させて頂きたいんですけど、わたしのことどんな風に見えてます……?」
「どうって……浴衣着てる女子高校生?」
「本当に見えてるんですね!男の人にちゃんと見えてるなんてヒビキさん以来です!」
コガラシからちゃんと認識されていることがわかって、幽奈は少し感動する。
「わたしって霊感の弱い方には見えても白い人影らしくて……声だっても死神みたいって……だからみんなわたしを怖がってすぐ引っ越されてしまって……わたしいつも申し訳なくて……っ!」
説明しているうちに幽奈の表情は徐々に暗くなる。
本当に申し訳なく思っているのだろう。
かと思うと、何かをも思い出して顔が真っ赤になる。
「は!でもだとすると露天風呂の時もしっかり見られ……ああっ、嬉しいような恥ずかしいような……!」
「落ち着けよ幽奈」
「でも!わたしヒビキさんの時もやっちゃったし……」
「それは言わなくていいの!」
その時のことを鮮明に思い出し、あわあわと顔を抑えて慌てる幽奈
にそれをなだめるヒビキ。
(うーむ、まずいな……非常にまずい)
一方コガラシは顎を手に乗せて一人考えている。
「あっあの、安心してくださいね!わたし呪ったりとか祟ったりする気全然ないので!ただの善良な地縛霊ですから!」
「(いつもならぶん殴ればそれで済む話だけど……女は殴れねぇ!!)お前も幽霊なら呪い殺すくらいの気合い見せろよ……!」
「ええっ!?すっすみません!……あれ?」
「おい」
コガラシの発言に幽奈は思わず謝るが、すぐにおかしいことに気づき、ヒビキもコガラシにつっこむ。
「(くそっ!どうする!どうすりゃすぐに除霊できる!?修行中は悪霊どもをぶん殴ることしか考えてなかったからな……強制成仏やら結界やらの小難しいことはろくに考えてねーぞ……あ、そうだ!)ヒビキ、ちょっと」
「なに?」
コガラシはヒビキを呼びつけ、幽奈に聞こえないように耳打ちする。
「たしか音撃って霊とかも清められるんだよな?もしかしてお前がここにいるのもそのためか!?」ヒソヒソ
女性を殴れないコガラシはヒビキに淡い期待を抱くが、
「却下」
現実は非情だった。
「なにぃ!?」
ヒビキの答えに思わず大声を出してしまうコガラシ。その様子に、ヒビキは呆れてため息をつく。
「お前なぁ、悪事を働いてないを霊を音撃で清めるのは禁止されてるんだ。そもそも俺がここにいるのは、俺の師匠である先代のヒビキさんにここに住むことを勧められたから。それ以前に俺は幽奈を除霊するとか絶対ないから」ヒソヒソ
「ぐぅ……」
ヒビキに言われて、コガラシはなにも言えなくなる。八方塞がりとはまさにこのことだ。
「お二人ともどうしたんでしょうか?」
幽奈はそんな二人を不思議そうに見つめていた。
ボーン……ボーン……ボーン……
その時、部屋にある古時計が鳴る。針はちょうど日付が変わる深夜12時を指していた。
「あ……もうこんな時間!すぐ準備しますね!」
「準備?」
コガラシが何のことかわからず首を傾げている間に、幽奈はいそいそと押入れから布団を二つ取り出し、畳に敷く。
「……おい?どういうことだ……?」
「はい?見ての通りお布団を……あ!」
幽奈の行動がわからないコガラシ。
その様子を見て、ユウナはなにを思ったのかドヤ顔になって自慢げに話す。
「ふふふ……驚きました?わたし幽霊ですけど触りたいものにはちゃんと触れるんですよ〜!幽霊歴も長いんで!」
「いや、そうじゃなくて」
「幽奈、コガラシはなんでここで寝るのかってことを訊いてるんだと思う」
ヒビキがコガラシの心情を代弁する。
「あ、そういうことでしたか!実はこの四号室は、生きていた頃わたしが泊まっていた部屋なんですけど。そのせいかわたし、ここでしか眠れないんです」
「生前の生活習慣に縛られてるわけか。まあ地縛霊にはよくある話だな(……ん?てことは……)」
幽奈の説明を聞いて納得していると、コガラシはあることに気づいた。
「……同じ部屋で暮らすのか……俺たち……!?」
「!」
そう、コガラシがここで泊まる以上、それは避けられないことだった。
「……えと……そっそうなりますね……結果的に……///」
コガラシの発言で、さっきまで当たり前のように二人版の布団を用意していた幽奈も顔をほんのり赤く染めている。
ただでさえ女と関わることがなかったコガラシにとって、これから同じ部屋で毎晩共に暮らす。
そんなことを考えただけで……
(ヤバイ……急に意識してきちまった……!)
冷静になれるわけなかった。
そうだ!と、コガラシはこの部屋の鍵を渡した張本人を問いただそうと振り返る。
「おいヒビキ!お前……っていねぇし!?」
しかし振り返った先にはヒビキの姿はなかった。
気を使ったのか、それとも面白がっているのか、それはわからないが、今コガラシはヒビキを思い切りぶん殴ると心に決めた。
「あ……あの、やっぱりご迷惑でしょうか……?」
幽奈の表情がまた暗くなる。それを見て、さすがに迷惑だという気にはならなかった。
「(……ってアホか俺は。いくら可愛くったて幽霊だぞこいつは!!)……べ、別に気にしねぇよ……!」
「ほんとですか!?よかったです!」
半分開き直り気味に答えたコガラシだったが、幽奈はとても嬉しそうだった。
「頑張りなよ……特にコガラシ……」
こっそり部屋を出て行ったヒビキは二人の会話を聞いて、ボソッと呟いた。