とある六兄妹と名探偵の話   作:ルミナス

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第27話〜命懸けの復活 約束の場所〜

米花センタービルの展望レストラン。そこでは蘭が1人、事件解決へと向かった新一を、下の夜景を見ながら頬杖をついて待っていた。勿論、考えるのは彼女が呼び出された『話』のことだ。

 

(なんだろ?新一の話したいことって)

 

話したい内容を彼女が考えている時、フッと頭に浮かんだのは、先程、スタッフの女性から聞いた内容と、その際に言われた『プロポーズ』という言葉。勿論、意味はきちんとわかっている。分かっているからこそ、彼女はないと首を振った。

 

(第一、私達、まだ高校生じゃない…)

 

彼女は頬を少し赤らめるもそう考え、退屈からか、少し体を伸ばし、また頬杖をついて景色を見続けた。

 

 

 

 

 

事件現場では、新一が事件のことを考えている。彼の中では既に、犯人が誰かの特定が済んでいた。

 

(社長を射殺したのは、大場さんで間違いない。残る疑問は1つだけ)

 

そこで彼が思い出すのは、社長のシャツの袖のボタンが外れていた事。これはどう考えても社長自身の行動だが、何故そんな事をしていたのか。

 

そこで、天の助けならぬ関係者の助けか、第一発見者の女性があっと声を出し、会話しだす。

 

「ねえ、もしかしてアレじゃない?大場部長、パーティーで着ぐるみの中に入ってたでしょ?」

 

「あ、そっか!服を着替えるチャンスがあるって事ね!」

 

その言葉に、目暮が真実かと問えば、肯定する女性。今夜の会社のパーティーは、実はその会社の新しいマスコットキャラのお披露目会でもあったらしく、そのキャラはずっと壇上にいたという。そこでその中身が大場である事が話されたのか、驚いたという女性2人。

 

「なるほどな…同じ服を2着持っておけば良いっていうことか…」

 

「ああ、そういう方法もありましたね!」

 

松田と瑠璃が納得するが、それに無理だと答えたのは発見者の男性。彼はどうやら着ぐるみを着る前に、その男性ともう1人の社員に自身の背広とズボンを手渡していたという。それでも女性2人は怪しいと言う。それに男性は大場もウケを取ろうと頑張っていたと言うが、そのフォローに納得がいっていない様子の2人は、ウィンクがそうなのかと言う。どうも、最初はウケていたらしいが、何度もウィンクをしていたらしい。そこで新一が着ぐるみを見たいと言えば、その着ぐるみがあるステージ袖まで最初に着ぐるみの話を始めたショート髪の女性が案内してくれた。そこには淡いピンク色の肌と、唇が緑で緑の長靴を履いたカエルの着ぐるみが座り込んでいた。。

 

「し、シュールな着ぐるみですね…」

 

「可愛いでしょ」

 

「う〜ん、可愛くない」

 

「感想そこじゃねえよ」

 

「色合いが不可だね」

 

「だからそこじゃねえよ」

 

頑張って高木が濁した言葉を瑠璃が一刀両断で言ってしまい、最終的には松田が拳骨を入れて黙らせ、彼女は頭を抑えて座り込んだ。その間も新一と彰、伊達は着ぐるみを観察する。

 

「あの、このパーティーを仕切っていたのは?」

 

「大場部長よ」

 

そこで新一はカエルの口に左腕を突っ込み、中にある仕掛けを手動で動かせば、カエルの右目がウィンクする。それに彰、伊達、松田、そして新一がニヤリと笑う。そんな4人を、頭をさすりながら見ていた瑠璃は首を傾げながら見ていた。

 

「で、何か分かったかね?」

 

「ええ、大体は」

 

そこで袖から出ながら、新一が暑いと言う。しかし現在の季節的に言えばまだ寒い時期。暑いわけもなく、しかも人数的な密閉からか逆に暑い空間を冷やすために、クーラーを効かせている。その事を目暮が伝えれば、汗を流している新一が驚愕を表す。それに首を傾げて、下から顔を覗き込む瑠璃。

 

「新一くん、もしかして熱があるとか?」

 

「え、そんなまさか…っ!?」

 

その瞬間、心臓に鋭い痛みが走り、思わず彼は胸を押さえた。

 

「し、新一くん!!?」

 

瑠璃が驚いたように叫んで彼を支えれば、その声に瞬間的に振り向いた彰が近付く。

 

「おい、大丈夫か!??救急ー」

 

「ーーだ、大丈夫、です!!へ、いき、ですから!!!」

 

新一はそう言って彰達を、その腕を伸ばして自身から離す。しかし頭の中では焦りが募る。

 

(おい…マジかよ…冗談じゃねえぞ!!こんな時に…こんな…こんな、大事な時に!!クソッタレ!!!)

 

「おい、大丈夫かね?」

 

目暮までも声を聞いて振り返り、心配そうに声を掛けるが、彼は今、それに返答できる程の余裕がなくなってしまっていた。そこに別の警官が目暮に、大場から硝煙反応が出なかった事を伝える。

 

「そうか、分かった」

 

「目暮警部。金目当ての外部犯の可能性も、まだ残ってますが…」

 

「そうだな…可能性がある以上、このビルに出入りした不審人物を洗うぞ」

 

その目暮達の言葉に新一が待ったをかける。ずっと荒い息を吐く彼を、瑠璃は心配そうに見つめる。汗もひどい。彼女はその汗を、自身のハンカチで拭った。

 

「あ、ありがとう、ございます、瑠璃刑事…警部、その必要はありません。犯人は我々の手の中…さあ、上がりましょうか。真実を解き明かす、ステージの上へーー」

 

 

 

 

 

少しして、高木と目暮、彰が大場と、彼の側にずっとついていた社長の娘を連れたって、事件現場のエレベーターへと移動した。その間、ずっと彼は硝煙反応がなかった事を理由にもう解放しろと言うが、それを彰が瑠璃の『硝煙反応のつかない方法』の説明を借りて、もう一度その説明をすると、黙ってしまった。しかし、それに女性が代わりに『大場は犯人ではない』と言う。エレベーターまで辿り着いても言ってのけた。彼女はずっと大場と一緒にいたこと、彼が着ぐるみに着替える時には一緒ではなかったが、部屋は密室で他の社員もいたこと。その2点を伝える。

 

「それともなに!?私が嘘を!!?」

 

女性がそこで目暮にそう怒りながら近づけば、目暮が後ろに仰け反る。そんな2人のやりとりに、少し顔色の悪い新一が待ったをかける。勿論、女性が嘘を言ってないことも肯定した上で、だ。

 

「貴方はずっと大場さんと共に行動していたと思いますーー貴方のそばで犯行が行われた瞬間もね」

 

それに女性が、大場と共謀して自分の父親を殺したとでも言いたいのかと叫べぶ。それに瑠璃が首を横に振った。

 

「だ、大丈夫ですよ!!貴方が言うことは本当だとこちらも信じていますし、貴方が殺す事が出来るなんて、そんな事はきっと彼も思ってないですよ!!っね!?」

 

瑠璃がそこで新一に返答を促せば、彼も頷く。

 

「ええ。瑠璃刑事の言う通り、僕が言いたいのは、犯行は貴方の側で行われたけど、貴方はそれに気づかなかったという事です。そのとき貴方は目を閉じ、エレベーターを背にして、大場さんと口付けを交わしていたんですから」

 

それに目暮が驚き、高木は動揺する。しかも少し照れている。どう見てもウブな反応に、佐藤との関係が進んでいない事を理解してしまった彰達が天井を仰いだ。

 

「そう…」

 

そこで新一が女性に近づき、体を寄せ、左腕を首に回してどのように口付けていたのかを説明するが、それに慌てるのは目暮だ。その行動は、どう見ても彼女に口付けしかけているようにしか見えないのだ。それでも彼は説明しながら、空いていた右手で後ろのエレベーターのスイッチを押した。そうすれば、扉は開き、それを見て彼は指で拳銃の形を作り、射殺した事を伝える。勿論それが、大場がやったということも。それに女性が目を見開き、信じたくないという様子で大場に顔を向ける。その大場はといえば、どこも動じた様子がない。なにせ、硝煙反応のあの話はまだ『可能性』の範疇。焦るようなことではないのだから。

 

「しかし、いくら耳を塞ぎ、サイレンサー付きの拳銃で撃ったといっても、人が撃たれて倒れれば、少しくらい音が…」

 

「ええ。彼女には微かな音くらい、聞こえていたと思いますよ」

 

「警部、だからこそーーこの男は、発砲の瞬間をパーティーの直前にしたんだろうよ」

 

「よく頭が回る奴さんだ。クラッカーの音と共に塞いでいた手を解けば、微かな音を気にしないだろうって計算を立ててたんだからな」

 

「勿論、手を離すのはエレベーターの扉が閉まったのを確認したあと、ですがね」

 

新一の言葉を引き継ぐように、松田と伊達が大場を見据えながら喋り、最後は新一がそう締めた。しかし、大場はその推理を鼻で笑った。大場は言う。社長は体調を崩したために帰宅したのだと。下に降りるためにエレベーターに乗った社長を、どうやって撃ったのかと。上がるのを待てば時間がかかる。どころか、社長が降りる可能性の方が高い。それなのにどうやって、と。

 

「まさか僕に、射殺されるために残っていたなんて、言うんじゃないだろうね?」

 

大場が余裕な笑みを浮かべて言うが、新一も不敵な笑みを崩さない。彼にはもう、この事件の真相が見えているのだから。

 

「ーーその通り。社長は下に降りずに、エレベーターの中で待っていたのですよ。あの『着ぐるみ』を着た貴方が、ここに来るのをね」

 

そうして自身の後ろへと視線を向ければ、其処にはあの、会社の新たなマスコットキャラがいた。新一の推理は、社長がエレベーターの中に残っていたのは、彼との『ドッキリ』をするためと言う。体調不良は嘘で、本当は、大場の『着ぐるみの中身を交代して、社員を驚かせよう』というその提案に乗り、待っていたのだと。

 

「じゃあ、まさか遺体の衣服が乱れていたのは…」

 

「ええ。社長は着替える準備をしていたのですよ」

 

「なるほど、エレベーターが待機中なら、到着音の『チンッ』という音もしないということか…」

 

「しかも今日は会社のパーティーの日。パーティーが終わるまで誰も乗らないだろうことを計算に入れた上で、大場さんはーー」

 

そこでまた大場は鼻で笑った。しかし顔色はどこか悪い。余裕がなくなってきている。

 

「…硝煙反応は?そこの女性の刑事さんが、確かに硝煙反応の出ない方法を説明してくれた。だがそれを示す証拠なんて、出てないじゃないか」

 

新一はそれを聞くと、自身の手に白い手袋を着け始めた。

 

「ーー貴方、ウインクしていたそうじゃないですか」

 

「…何?」

 

「社員の方が言ってましたよ。貴方が入った着ぐるみは、ウインクばかりしていたと。それでピンときたんです」

 

そうして彼はカエルの着ぐるみに近付き、先ほどウインクをした左目ーーではなく、動かなかった右目に手を掛けた。

 

「ーーウインクはウケ狙いなんかじゃなく、貴方が『何か』を着ぐるみの目の中に隠した為に、仕掛けが動かなかったんじゃないか、てね」

 

そうして右目の蓋を取り、そこから『何か』ーービニール袋と、その中に入っている黒い手袋と4つの輪ゴムを取り出した。

 

新一の推理はこうだ。黒い手袋を予め右手に装着し、その上からビニールを拳銃ごと覆い、外れないように輪ゴムで止める。そうすれば大場に硝煙反応は出ず、薬莢も地面に落ちずに回収が出来る。勿論そんな事を女性の前でしていれば不審に思われるが、現場は照明が消えていた。暗闇の中では黒い手袋は闇に紛れて見えない。そうして彼女にネックレスを贈れば、彼女がネックレスをつけるためにトイレまで案内してくれて、彼は彼女と話し、且つ離れることなく、拳銃をダストシュートに捨てられる、と。

 

「大場さんが彼女の耳を塞いだり、ピアスに触ったとき、左手は素手だった筈。つまり、べったり付着してるはずなんですよーーこのビニール袋に、貴方の指紋がねッ!!?」

 

その瞬間、心臓がまたも剣山にでも刺されたような痛みを新一に訴えた。流石の彼も、その痛みに耐えれずに、心の臓の辺りを掴んだ。それに気付いた瑠璃が心配そうに新一を見つめる。

 

「ふっ、ビニール袋に僕の指紋だって?そりゃついてるよーー僕だって、そのビニール袋に触ったんだからね。着ぐるみを着るのを手伝ってくれた、部下達と一緒にね!」

 

「うわ、言い逃れ始めた。しかもドヤ顔」

 

「あの顔、なんか殴りたいな…」

 

「やめとけ。警察が警察に取っ捕まえられるぞ」

 

彰があからさまな嫌悪の顔を浮かべ、松田がイラっとしたのか腕を組んでいたその手に力を込め、それに気付いた伊達が腕を掴んで宥めた。そんな会話を聞く余裕など最早ない新一は、大場の言葉に内心で驚いた。そんな説明はここまでの間に全く出てこなかった。

 

「大場さん。そういう大事な事は言ってくださいませんか?」

 

「おや、言ってませんでしたか?」

 

「ここまでの会話とここまで来る道中で一切出てません。断言します」

 

瑠璃が目を細めて大場を見れば、大場は余裕綽々な様子で肩をすくめながら言い、それが瑠璃の癇に障ったのか、あからさまに顔を顰めて断言する。大場はその強気な言葉に少し狼狽えたが、関係はないと少し首を横に振る。そして後ろにいた発見者の男性に、同意を促せば、彼もまた肯定する。どうやら大事な部品と思われて、そのままなされたらしい。

 

「いやどう考えてもこれ大事な部品じゃないように見えますが…失礼ですが、眼科に行かれた方がいいのでは?」

 

「瑠璃、煽るな、罵倒するな。毒を吐くな!!」

 

瑠璃が喋った直後に彰が頭に拳骨を入れる。彼女はそれでまたも蹲ってしまい、瑠璃の代わりにと彰が大場に頭を下げて謝罪する。瑠璃も痛みから頭を抑えながらも、なんとか謝罪した。それを見て、怒鳴ろうとした大場は取り敢えず怒りを収めた。

 

「まあとにかく…僕ならこう推理するね。僕に恨みを持った誰かが、僕と彼女がトイレに行る隙に、下の階で社長を殺害し、僕に罪を着せるために、着ぐるみの中にそれを隠した、」

 

着ぐるみは、自身が入るまで着替えの部屋にずっと置いてあったと、大場は言う。キスの最中に射殺すると言うナンセンスな話よりも、現実味があると。

 

「お、おい、工藤くん…」

 

「さあ新米警官くん、どうする?随分と元気が無くなったようだけど、もうネタ切れかな?もっとも、僕は君の馬鹿げた100の問いに、100の答えを返せす自信があるがね」

 

その大場の自信満々な顔に、瑠璃が内心で悔しがる。彼女もまた、彼が犯人だろうと当たりはつけている。しかし、証拠がないこの状況では、彼女は何も言えない。

 

(…もう!こう言う時に修斗がいたら!!!)

 

彼女の願いはもちろん届く事はない。そもそも彼は一般人。新一のような探偵でもなければ、警察でもない。事件現場に立ち会えば彼女も無理矢理にでも協力させる方法はあるが、彼は今、この場にいないのだ。

 

(早く、解決しないと…新一くんを、病院に行かせないといけないのに!)

 

瑠璃も新一の症状がおかしいのはよく分かっている。だからこそ、病院に行かせたいのだ。しかし、それを彼は断るだろう。それでもと、彼女は考えた。なんとしても、病院に行って貰うべきだ、と。

 

その間も、彼は大場に問いを返さない。それに本当にネタ切れかと大場が鼻で笑った瞬間ーー場が一転する一言を、彼は発する。

 

「ーーピンクパール」

 

「ッ!?」

 

「大場さん。貴方、ここで彼女にネックレスを贈ったとき、こう言ったそうですね。『君のピアスと同じ、ピンクパールのネックレスだよ』と」

 

「…あっ!!」

 

「なるほどな…」

 

それは彰達も疑問に思ったこと。そう、大場は確かに当てたのだーーこんな薄暗い廊下の中で、彼女のピアスを。

 

「…どうして分かったんですか?彼女のピアスが、ピンクパールだと」

 

その新一の問いに、大場はまた鼻で笑って、見ればすぐにわかると言って女性を見てーー驚愕した。

 

ーー分かるわけがないのだ。薄暗い廊下の中で、蛍光塗料すら塗ってないピアスの色や種類など、全て黒い石に見えてしまうのだから。

 

そこで新一も立っているのが辛いのか、エレベーターに少し体を預け、荒い息を吐きながらも、懸命に推理を続ける。

 

「…そのピアスは、彼女が貴方と落ち合う前に、衝動買いして買ったものだそうです。つまり、貴方はそのピアスを、ここで初めて目にした訳だ。闇に限りなく近いこの空間では、ピンクパールはただの黒ずんだ玉ーーここでそれをピンクだと判別する術はないんですよ」

 

大場の顔が青ざめていく。実際に黒ずんだ玉にしか見えないのを見て仕舞えば、彼は言い訳が効かない。出来るわけがない。

 

「そう…あの時ここで、貴方が彼女と口付けを交わした時にー」

 

そうして新一は体重を預けるのをやめ、後ろのエレベーターのスイッチを押しーー光が徐々に、彼を照らした。

 

「ーーこの、光の扉を開ける以外にはね!!」

 

その説明に、彼女は信じられない様子で、大場を見る。

 

「…大場さん。貴方、まさか…」

 

そこで先程までは黒い石をしていたピアスは、光が当たりーーピンクの色を、取り戻した。

 

ーーしかし、それも一瞬。エレベーターが閉じると共に光は無くなり、黒い石へと逆戻りした。

 

「さあ、答えてもらいましょうか、大場さん。貴方が何故、その時に、扉を開けたのかを」

 

それに彼はーーフッと、笑った。

 

「…なぜ開けたのかだと?そんな答えは簡単さ」

 

そんな大場の態度に、少し安心したような様子を見せた女性。しかし、彼の表情はーー憎悪に染まっていた。

 

「ーー父に誓ったからだよ。必ず復讐を遂げるとね!!!」

 

それに女性はショックを受け、新一は真実を究明できた事への安心からか、フッと笑みを浮かべた。

 

ーー廊下の照明が、点灯する。

 

「…父の復讐」

 

「…ええ。僕の父も、結構大きなゲーム会社をやってたんです…20年前、あの社長に、合併の話を持ちかけられるまでは」

 

彼が言うには、この米花センタービルに、彼らの城ーーゲーム会社を作ろうと誘われたらしい。しかしそれは合併ではなく実際は吸収で、大場の父の構築したノウハウは全て奪われ、その会社の社員達は次々とリストラされたらしい。

 

「そして、名ばかりの副社長だった父は、失意の末…自殺」

 

「でもパパはあんなに貴方に目を掛けてーー」

 

「ああ。僕の父に対して負い目があったらしく、社長は僕をドンドン昇進させてくれたよーー社長を殺害し、君を手に入れ、会社を乗っ取ろうと目論んでいたーーこの僕をね」

 

「そ、そんな…」

 

その言葉に、ショックどころか絶望の顔色を出す女性。その目には涙が浮かび、その声も微かな声で、音場にも聞こえたのかどうか怪しいぐらいだ。

 

「全てはゲーム…復讐の為に悪魔の力を借りた主人公が、魔王を退治する物語さ…ふっ、しかし、エンディングまで父と一緒とはね」

 

その大場の言葉に、瑠璃は首をかしげる。

 

「父と一緒って…」

 

高木の疑問に、大場は返す。その『エンディング』を。

 

「父は他殺と見せかけて自殺したんです…20年前、此処で、社長に殺されたと見せかけて」

 

しかし、それは見破られたというーー今夜の彼と同様に、頭の切れる若い男に、真相を明かされて。

 

「…悪魔の力を借りたしっぺ返しが来たってわけですよ」

 

「そ、そうか!!思い出したぞ!!!」

 

突如として声をあげた目暮に、彰達が目を向ければ、その若い男は、当時の刑事達に口を挟んで事件を解決したその男はーー工藤優作だ、と。

 

「あ、あの、推理小説家の!?」

 

「へぇ、古い友人だとは一度聞いたことありますけど、そこまで切れ者とはな」

 

高木の驚きに、松田もサングラス越しに少し目を見開いて驚きを露わにした。小説家だからと誰しも頭がいいわけではないのだが、優作ほどのキレ者もまた、珍しい部類だ。

 

「…つまり、あの人が親から継いだこの復讐劇を、親子二代に渡って暴かれた訳ですか…」

 

彰は、警官に連れられて去っていく大場を見据える。その目に乗る色はーー憐れみと羨望。

 

(…なんというか、そこまで父親の為に復讐できるなんてな。俺には…いや、俺達兄妹には無理だし、きっと、大多数の母親達だって無理だろう…大数は金と名誉の為の結婚で、少数はむしろ親父に恨みを持ってる奴もいるだろうし…)

 

そこで思い浮かんだのはーー雪男と雪菜の母親だ。

 

(あの人は、殆ど親に売られた形で親父の愛人枠に収まったらしいし、本人には拒否権すら与えられなかったらしいし…まあ、体が弱い人だから、それどころではないかもしれないが)

 

そこで新一がいるエレベーターへと視線を向けーーしかしその場に彼の姿は、なかった。

 

 

 

 

 

男子トイレの中、新一は、鏡に震える手を付け、なんとか息を整えようとするが、全く上手くいかない。どころか、心の臓の痛みは、増すばかり。

 

(ーー頼む!もう一度、治ってくれ!!彼奴が…彼奴が、待ってるんだ!!!)

 

その彼の願いはーー届かない。

 

『コナン』に戻る訳にはいかないと、歯を食いしばって鏡を見ればーー時刻を見ている『コナン』の姿をした哀が、後ろに立っていた。

 

「は、灰原っ、お前ッ…どう、して…」

 

そこで遂に立つ力もなくなってしまったのかーー倒れてしまった。

 

(…24分オーバー。これくらいは許容範囲ね)

 

そこで彼女はもう自身の役目は終わりと認識しーー笑みを浮かべて、眼鏡を取った。

 

(ーーこれは貸しにしておくわよ。江戸川くん)

 

 

 

 

 

「ねえ聞いた?事件解決したらしいわよ」

 

展望レストランでは、蘭がその事を、ウェイトレスから話を聞いていた。その言葉に蘭は振り向き、ウェイトレスを見る。

 

「ようやく会えるわね、貴方の彼に!」

 

「そんな、彼なんかじゃーー」

 

その会話を聞いていた梨華はニヤニヤと笑い、修斗はーー可哀想なものを見るような目で、蘭を見ていた。

 

(事件は解決。で、此処に来る前に咲から聞いた話を総合的に考えて…タイムオーバー)

 

その考えと共に、小さな足音が近付きーーコナンが姿を、表した。

 

(…やっぱりな)

 

そこで修斗はもう見ていられないのか、立ち上がった。

 

「…帰るぞ、梨華」

 

「え、でも新一くんが…」

 

「ーー戻ってこねえよ」

 

その言葉に梨華が目を見張り、その隙に彼女の腕を引っつかんで、レストランを後にした。

 

そんな2人に気づかない程に慌てていたのか、荒い息を吐き出すコナンに、蘭は目を見開いて見つめる。

 

「こ、コナンくん…」

 

そこでコナンは手を伸ばしーークレジットカードをテーブルの上に乗せた。

 

「…はいっ。これ、クレジットカード。新一にいちゃんが渡しといてくれって。小五郎のおじさんに頼まれて様子を見に来たら、新一にいちゃんと会ったんだ」

 

「え、お父さん来てるの?」

 

「う、うん…下の駐車場に」

 

「ーーそれで、新一は?」

 

蘭が笑顔で問いかけてきたその言葉に、コナンの笑顔が固くなる。しかし、女優の息子は、その演技の才能を生かし、子供らしい態度でーー傷付けると分かっている言葉を、並べる。

 

「あ、うん…なんか新一にいちゃんの携帯に電話が掛かってきて、この前まで、関わってきた事件が大変な事になったって、慌てて出て行ったよ」

 

その言葉を聞いていくうちに、蘭の顔がどんどんと悲しみに暮れていく。

 

「……そう」

 

その蘭の表情に、なんとか元気を出させようと、コナンらしく振舞う。

 

「…新一にいちゃんも馬鹿だよね!蘭姉ちゃんを放っぽって行っちゃうなんて!」

 

しかしーー蘭は涙を堪えた表情で、顔を俯かせる。

 

「……また、置いてけぼりか」

 

その言葉に、罪悪感に駆られたのかーーコナンは、新一としての本心を、願いを、口にする。

 

「…あの……新一にいちゃん、言ってたよ」

 

「ーーーいやだ!!やめて!!!聞きたくない!!!!」

 

しかし、蘭は首を振って耳を塞ぐ。

 

「…もう聞きたくないよ……言い訳なんて」

 

彼女の堪えていた涙は、遂に目の淵に溜まっていた。まだ流れてはいないが、それが余計にコナンには辛い。しかし、コナンは言うしかないーー例えそれが、苦しい事でも。辛い事でも。

 

コナンは顔を俯かせ、子供らしい演技はそのままに、しかし真剣にーー蘭に届くように、伝える。

 

「ーー新一にいちゃん、言ってたよ……いつか…いつか、必ず、絶対にーー死んでも戻って来るから…だから……だからーーーそれまで、蘭に、待ってて欲しいんだーーーって」

 

蘭はコナンの言葉の途中で、コナンと目を合わせる…その顔は、とても真剣な顔で…コナンに心配をかけたくなくて、彼女は淵に溜まった涙を指で拭った。

 

「…くすっ…馬鹿ね、コナンくんがそんな顔する事ないのよ。悪いのはーー事件と聞けば地の果てまで飛んでっちゃう、あの大馬鹿事件推理の助なんだから!」

 

その言葉に、新一本人でもあるコナンは、微妙な笑みで固まった。

 

(す、推理の助…)

 

そこで蘭がコナンにデザートを食べるかと聞き、それにコナンが頷くと、どうやら空気を読んでくれたらしいウェイトレスがメニューを持ってきて、蘭がそれを受け取り、注文する。そこには笑顔が戻っており、それにコナンは一先ず安心した。

 

自身で曇らしてしまった表情を、笑顔に戻せてーー彼の好きな表情に戻せて、安心したのだ。

 

 

 

 

 

その後、デザートを5皿も頼んだ蘭は、そのうち4皿を食べ尽くし、5皿目を食べながらも愚痴を零していた。

 

「全く!なーにが『待ってて欲しいんだ』よ!!私はあんたのお母さんじゃないっての!!」

 

(はは、これで5品目…)

 

「でもなんだったんだろ?新一の『大事な話』って?ーーねえ、コナンくんは気にならない?」

 

それにコナンは固まった。そもそも本人なのだから、気になるはずもない。特に気にならないと返せば、今いない『新一』に対して文句を垂らす。

 

「ま、言わずにいなくなっちゃうんだから、碌な話じゃないんでしょうけど!!」

 

それにはコナンも流石に乾いた笑顔を浮かべる。

 

「たくっ、なんでこんな高い店にしなきゃいけないのよ!大した話もないくせにカッコつけちゃって、バッカみたい!」

 

その言葉を聞きながら、コナンは苦笑を浮かべる。

 

(…言えるわけねえよ。父さんお母さんの、想い出のこの場所で、願を担いだなんてな…)

 

 

 

 

 

あのカップルの話が新一の両親であったことを、果たして蘭が知る日が来るかどうかは分からない。

 

そしてーー小五郎が駐車場で待っていることを思い出すのが何時間すぎるかもーー分からないのであった。




この話を最後まで見た後の、倉木麻衣さんの『Secret of my heart』を聞くと、ちょっと涙が浮かびました。しかもアニメの最中のあの曲。調べたら『愛はいつも』という曲らしいですが、私はアレが一番心にも記憶にも残った曲で、もう自然と涙が出てしまいました…この曲の効果すごい。そしてあのベル姐さんの映像が頭に流れた…まだ早いよベル姐さん!

ちなみにちょっとした小話ですが、命懸けシリーズの黒衣の騎士の最後。『戻らなかった』ですが、実はアレに二重の意味を重ねてました。

1つは新一はコナンに『戻らなかった』。そしてもう1つは、新一には『戻らなかった』。この2つの意味を私の中で重ねてたのですが…ちょっと無理矢理ですかね?私としては違和感ないなと思って書いたのですが…。

今回の修斗くんの最後の台詞もちょっと隠してます。『新一の姿では』戻って来ねえよ…って。やっぱり無理矢理ですかね?やっぱり違和感ないと思って書いたのですが…。

それでは!

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