言いましたよ、言いましたからね。
責任なんて取らないからね。
「ヤッホーって、言ってみようか?」
「おのぼりの田舎者では無いんですから、態々叫ばなくても」
「そうだぞダスト。そこの金髪アベンジャーが例の事件を起こしたせいで私達はあまり目立てないんだからな」
「あー、そうだった、そうだった、そういやそうだ。こりゃ困った」
「そ、それを言われると弱いですね、けれどあれは5年前の出来事ですし流石に私の事を覚えている人は居ないのでは無いでしょうか?」
オラリオに聳え立つバベルの塔を見上げることの出来る場所で楽しそう?に話す男女の3人組。
3人がみな深々とローブを被りその顔を隠してはいるが誰もが端正な顔立ちをしている。
素顔を晒して大通りを歩けば誰もが振り向くだろうに顔を隠して小声で話し合う姿は不審者の集団としてオラリオの市民の目には映った。
「忘れるわけないだろうっ!お前は何をやらかしたか忘れたのかっ!例の事件で生き残った
小声で叫ぶという器用な真似をして黒髪のエルフの少女は怒鳴る。
「それそれ、懐かしいねそれ。確か
「なんだそれは?」
「あれっ?フィルは知らない?結構有名な事件なんだけど。通称『血の揺りかご事件』っていって残党達の妻達の中でも子を孕んでいた4人の妊婦達を当時のリューはサーチアンドデストローイでブッ殺して、態々腹の中の赤ちゃん達を引きずり出してオラリオの広場にある噴水の前に飾って【次はお前らだ】って血文字で愉快なアートを作ったんだよ」
「えっ、リューお、お前」
青年、ダスト・エウレカの話したよく言っても狂人の所業としか思えないほどエゲツない行為に黒髪のエルフ、フィルヴィス・シャリアは物理的にも精神的にも金髪のエルフ、リュー・リオンから一歩引く。
「ふっ、私はいつもやりすぎる」
「本当にやりすぎだっ!」
何故かドヤ顔で弁明?をするリューにフィルヴィスは顔を真っ赤にして詰め寄る。
そんな3人の話す言葉は小さくて聞こえなくても争っている雰囲気は掴めたのだろう、オラリオの市民は、
「喧嘩か、痴話喧嘩かっ?」
「修羅場なのね、そうなのね」
「疾風のリューナンチャラさんキター!」
と思い思いに3人を凝視しながら話し合う。
その野次馬の中にニタニタ笑う暇神が入り乱れているのもオラリオの良くある風景の一つである。
「うーん、なんか見られてね?」
「仕方がありませんね場所を変えましょう」
周囲の視線を集めているのを気づいた一行は取り敢えず近場の大衆食堂に入る。
3人が入った食堂は綺麗でお洒落といってしまうとお世辞が過ぎるがボロボロでは無い所だった。
「みんな何食べる?」
「そうですね、なら私はオムライスを頂きます」
「私は野菜炒め定食だ」
「オーケーなら、店員さーんオムライスと野菜炒め定食とハンバーグで」
「はいよー」
ダストの声に反応して腕を振って応える店主。
他の客が居ないので静かな店内で店主が作る料理の音をBGMにしながらダスト達は常識の範囲内で騒ぐ。
「やっぱり久しぶりのオラリオは疲れるな」
「そうですね、五年の月日が経ってもこの街は相変わらず騒がしい」
「五年前にオラリオを恐怖で騒がせた女が何をいっているんだ」
「私はいつもやりすぎる(震え声)」
フィルヴィスのジト目から逃げる様にそっぽを向くリュー。
「けど困った事にリューの正体はすぐにバレそうだね。さっきも野次馬の中に混ざって居た暇神がリューに感づいていたし」
ふうぅ…と溜息を吐きながらダストは乙女を思わせる長い赤髪を弄り机の上に寝そべる。
「行儀が悪いですよダスト」
「うーむ、だるーい」
「全く困りましたね」
「男ならしっかりしろダスト」
そう言いながらも嬉しそうにダストの頭を撫でるリューとフィルヴィス。
本来他人との接触を嫌うエルフにあるまじき距離感はリューとフィルヴィスがダストと情愛を交わし合う間柄であるのを分からせる。
男と女が組み合うのは自然の出来事だが1人の男を2人の女が寄り添うのは少なくとも健全とは言えない。
一言では表せない複雑な関係なのだろう。きっと雁字搦めの糸玉の如く。
それでも彼ら幸せそうだった。
「ごほんっお待ちどう!」
まあそんな事は食堂の店主には関係なかった。少なくとも注文された料理を作り上げていざ配膳してみればお客様は幸せそうにイチャついているのだ。
きっと店主の心にはそんな言葉が浮かんでいるのだろう。
そんな店主の心の声が聴こえたのか3人はテーブルに並んだ料理に目を輝かせながら喰らいついた。
勿論リューとフィルヴィスは気品を是とするエルフとして獣の様に卑しく食べる事はないがテーブルマナーを守りつつも料理を口に運ぶスピードはダストと変わらない。
無論、普段の彼女達はこんな醜態を晒す事は無いが今まで3人が住んで居た田舎町からオラリオまで歩いて5日間の旅は
確実に温かい食事への飢えを育んでいた。
「肉汁が舌で踊るっ!」
「−−−−−っ!」
「−−−−−−−−−−−−美味いっ!」
2分。
それが3人が完食するのにかかった時間である。
「……それでどうしますか?」
「何が?」
料理を腹に収めて人心地ついたリューはふと思い出した様にダストに問い掛けた。
「いえ、そもそも私達がオラリオに来たのはダストが古い知り合いから手助けを求められたからでしょう」
「そうだね、俺の友人、いや、友神から手助けのお手紙を貰ったからね」
【ヤバイよダストちゃん、助けてよダストちゃん、お願いだよダストちゃん、いつもの場所でスタンばってます】
「……これは神らしいユニークなお手紙ですね」
「……本音を言っていいんだぞリュー、こいつは間違いなくキチガイだ」
あんまりにもフワフワした手紙の中身にリューとフィルヴィスは頭を抱える。
ついでに言えばこんな手紙一つで今まで住んで居た住居を売り払いオラリオにやって来た馬鹿な男に頭痛を感じた。
友情に熱い男と言えば聞こえが良いがそれに付き合う女達はたまったものでは無い。
「……というかこれ、場所はダストが分かっていても何時に待ち合わせとか書いて無いですよね?」
「まあ彼の事だから手紙を送った日から毎日いつもの場所に通っているんじゃ無い?」
「暇神なんですかその方」
「俺の友神だぜ?」
「……ああ、つまりキチガイか」
キチガイはキチガイを呼び合う、つまりダストもまた頭のイカれた困ったちゃんである。
「……ですが私達は現在『恩恵』を失っています」
空気を入れ替える為にか、一呼吸空けてリューは3人の現状を整理する。
現状リューとフィルヴィスは『恩恵』を失っている。
「うん、だからさっき言った友神のファミリアに『
「なっ!」
余りにも軽い調子でダストから零れた言葉に思わずその端正な顔を歪ませるリュー。
だがその反応もおかしくは無いだろう。
リューにとって『
無論、オラリオの常識に添えば『
しかしそんな事は分かっているのだ。
それでもリュー・リオンの誇りにかけてそんな不義理な真似は出来ない。
愛する男の願いだ、リューだって勿論出来るならどうにかしてやりたい。だが、それとこれは別だ。
リューは思い出す、五年前の惨劇を、復讐の狂気に取り憑かれオラリオに恐怖を撒き散らした過去を。
そして何よりもその怨讐の果てにあったのは愛する神が天上へと送還されるという悲劇であった。
ヒトが死んで逝った。
男も女も子供も老人も正義も邪悪も死んで、壊れて、消えていった。
血を血で洗う闘争の果てにあったのは終わらない憎しみと悲しみであった。
それはリューでさえ変わりはない。
敬愛する主神アストレア、心強い戦友達、そして己よりも大切な親友。
土砂降りの雨に打たれながらアストレアの『恩恵』を喪いアストレアの消失を知ってしまった時、リューの心は最早壊れていた。
生きる屍と化したリュー、ただ肉体が朽ちるのを待つだけであった彼女を救ったのは1人のヒューマンだった。
縋った、依存した、恋を知った、そして男を愛した。
リューは男を真っ直ぐ見つめた。
リューに残された誇りの残滓を総動員して彼女は口を開いた。
「……それは出来ません」
「……うん?」
「……すみませんダスト、しかし私は……」
苦渋に満ちた表情だった。
血を吐くようなそんな顔。
恐らくリューがダストと出会ってから初めての明確な拒否の言葉、ダストは本当に驚いたようで呆けた顔を見せる。
「本当にすいません……」
「……へぇ」
頭を下げるリュー、それに対してダストが出した答えは暴力だった。
ダストの細腕がリューの髪を掴み力を込めてテーブルに叩きつける。
「……がっ!」
意識の暗転、そして次の瞬間激痛がリューを襲った。
「がぁっ、い、一体何を」
顔を上げたリューの顔は鼻から血を垂れ流していた。
突然振るわれた暴力にリューは目を白黒させダストを叱られた童子のように怯えながら見つめる。
「ふっ!」
ダストはテーブルに置いてあった食器をリューの頭に振り下ろす。
重く鈍い音が炸裂してリューは後ろにひっくり返って倒れる。
ガシャンガシャンとテーブルに置かれていた食器が落ちて割れる。
その音でやっと異常事態に気づいたのだろう店主が声を上げる。
「……あ、あんた何をしてんだよ」
「……邪魔をするな」
フィルヴィスが猫を思わせる俊敏な動きで駆ける。
フィルヴィスと店主の間合いが縮まるのはほんの一瞬だった。
細く白い腕が店主の首へと蛇のように這い寄る。
「ごぉうがぁ!」
「……眠れ」
窒息による意識の暗転。
例え『恩恵』失ったとしてもフィルヴィスにとって一般人を気絶させるなど容易い。
店主が倒れる音をリューはボンヤリとした意識の中で認識した。
ダストに殴打されたリューの頭はそこだけが別の肉体のように熱く鈍痛が襲っていた。
ドロリと紅い鮮血がリューの金糸を彷彿とさせる髪を汚す。
チカチカと瞬くリューの視界に影が覆う。
その影の正体はダストだった。
「……ねぇリュー」
「……は、はいっ!」
悪魔の声かと思うほど冷たい声。それが愛しき人から発せられた事に身震いしながらリューは処刑人に怯える罪人のようにダストを見上げた。
「なんでかなー、なんで俺のお願いを断るのかなー……ねぇそれは違うんじゃあないかい?」
「……わ、私はアストレア様の眷属です。例え貴方の願いでも、で、出来ません」
か細い声で、しかしハッキリとリューは断る。
その瞬間、ダストの顔から感情が欠落した。
蹴りがリューの細い腹を襲う。
「ぐぅぅ!」
「……巫山戯てる、可笑しい、あってはならない、許されない、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だろうが」
「ごふっ、がぁ、や、やめて」
何度も何度も、リューの懇願が聞こえないのか、或いは聞こえて尚執拗に蹴りが繰り返される。
「女が男に逆らっては駄目だろうが!」
「……そんな、なんで、ダスト」
余りにも一方的で身勝手な価値観。女を道具としか思っていない言い分は畜生のそれである。
「……はぁー、困ったなー、やっぱりちゃんと心を折っておけば良かったかな」
「……それでどうするダスト」
フィルヴィスがダストに問いかける。その顔には友人が理不尽な暴力に晒された動揺など一欠片も無い。
「……フィルヴィス、あ、貴方は良いのですか、貴方は『
リューが吠える。
同じ時代を正義の為に駆けた同士の友人に。
仲間を想う優しい少女に。
誇り高い同胞へ。
そんなリューの懇願をフィルヴィスは侮蔑の表情と共に切り捨てた。
「この、愚か者が」
「な、なぁ!」
「そんな事だからお前は駄目なのだ。正義?仲間?主神?誇り?……それはダストの女である事に比べて一欠片でも価値のあるものなのか?」
「……フィル…ヴィス」
「私達は女だろう?ならダストに捧げるべきだ、肉体も心も魂も、何もかも」
「……それは、ただの奴隷と変わりないでしょうっ!」
「だーかーらー、まだ分からないかなリューは」
「だ、ダスト」
「女は奴隷だ」
笑って、まるで当たり前の常識を知らない子供に言い聞かせるように優しい言い方だった。
「なんで、なんでですか!貴方は、もっと優しい人だと!」
「あーあ、面倒だ。フィル、リューを抑えてろ」
「了解した」
「な、なにを、離しなさいフィルヴィス」
「動くな」
暴力に晒され弱ったリューではフィルヴィスの拘束から逃れる事は出来ない。
「……さて、それじゃあ蕩けろリュー」
「だ、ダストっ!」
ゾッとするほど不気味なオーラがダストから漏れ出す。
放たれるのは悍ましき【呪詛】
【恥の多い生涯を送ってきました】
【自分には人間という生き物がよく分からないのです】
【酒に狂い薬に浸る私は癈人】
【濁って暗く相貌はのっぺらぼう】
【人は皆私をこう呼ぶのです】
【人間失格】
白濁した煙がリューを包み込む。
ヒトの尊厳を欠落させる非人の呪い。
理性は消え誇りは穢れて腐り落ちる。
溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける。
リューの人間性が崩壊していく。
「……さあ、初めまして。ハッピーバースデーだリュー」
「ああ、それでこそ私の友だリュー」
そこにいたのは女であった。
「……ふふ、うふふ、はい、初めましてダスト、フィルヴィス。ああ、清々しい」
ケタケタと嗤う。
ああそれは正しく、
人でなしの笑み。
そこはオラリオの都市の外れにある墓場であった。
時間は真夜中。
常闇の世界で墓場には1人、いや、一柱の神がいた。
「……あっ、あぁぁぁ!遅いよダストちゃん。ずっと待っていたんだから」
そこにいたのは退廃的で妖艶な男神であった。
男神は長い濃紫色の髪を振り回して不満を表す。
そんな男神の昔と変わらない身振りに赤い髪の男、ダストは軽薄な笑みと共に友神の名前を呼んだ。
「久しぶりタナトス」
「……ああ、久しぶりダスト」
おい誰だ「作者が人間失格じゃん」って言った奴は。
感想が欲しいのです。