Armored Core Memoir of the Abyss 作:K-Knot
自分の全てを賭けても守りたいものがあるとして。
それに本当に命を賭けて守りきれて死んだら満足なのだろうか。
そうは思えない。暫くの間は自己満足にひたれても、意識があるのならばいつかは後悔が自分を蝕むはず。
やはり生きて一緒にいたかったと。何もかも命あってのことだったと。
だって、生きていなければそんな存在にすら出会えなかったのだから。
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フランスを出て10日あまり。ガロアはある男に連絡をしてラインアークに来ていた。
資金繰りをして裏ルートからノーマルACを手に入れ……などなど、やることは多々あったがようやく準備は整ったようだ。
「戦争でも始める気か?」
その男は二年前とさほど見た目に違いはなかった。
違うのはせいぜい髭を生やすようになったことと、伸ばしたブラウンの髪を後でまとめるようになったことくらいか。
「いいや、全然」
ガロアが連絡した男とはかつてのリンクス戦争の英雄、ジョシュア・オブライエンだった。
彼が歩く後ろをウォーキートーキーと共についていく。既に事態は動き始めているのだとは思えないほどに空は青かった。
「……ならば何故……いや、信じよう。『彼ら』が協力しているからには、何かしらの事情があるのだろう」
例えば――――『俺が帰ってこなかったらここに書いてあることをそっくりそのまま世界に向けて発信しろ』と、手紙を渡して言うことも出来ただろう。
だが、解決するにせよ出来ないにせよ、生きて帰ってくるつもりなのだ。伝える必要はない。独りよがりだが、誰にも言わないのは固い決心の表れだ。
ジョシュアや自分たちリンクス、そして事情を知る者たちが呼ぶ『彼ら』は一致している。
その『彼ら』の中の一人はそこで待っていた。
「よォー。暑いな、ラインアークはよ」
まず目に入ったのは顔を縦断する赤い『BADASS』の文字だった。上半身は完全に裸であり、下半身は何故か和服の袴をはいている。
『彼ら』、つまり『監視者』の一人であるカミソリジョニーである。アブからあの後メールが届いたのだ。『直接解決はできないが、協力なら出来る』と。
しかしそんな奇っ怪な格好よりもずっと目を引くものがあった。
その背中に二歳前後の幼児を抱え、五歳くらいの子供を肩に乗せ、七歳くらいの少女と手を繋ぎ、十五歳前後の美しい女の子と腕を組んでいる。
奇妙なことに全員が金色の目をした銀髪の女性であり、顔立ちもかなり似ている。女の子をはべらせている、という単純な言葉では説明できる状況ではない。
「お前さんとははじめましてだな、ジョシュア・オブライエン」
「あ、ああ……」
しっかりとした大人の挨拶をすることも忘れ、ジョシュアも呆気に取られている。
「なんだこの子どもたちは?」
その質問を待っていました、とばかりにジョニーは口角を上げた。
「テレジア、って言えば分かんだろ」
簡潔な答えだったが、その言葉で一気に記憶が蘇ってきた。
そういえばそうだった。倒したはずなのに何故か何人も、しかも同時に襲い掛かってきた化け物リンクスがあの時いた。
彼女もまたクローンで作られていたのだ。簡単なことだった。そして量産されていたのならば、残されたテレジアはどうなったのか。
簡潔な答えはその疑問に対しても答えていた。
「……立派だな」
「なーに……オイラ達も親を失って迷子……この子らも……」
「…………」
「恨んじゃいねえさ。感謝してもいねーけどな。生きる理由みたいなもんが無くなったわけだし。ま、でも金も時間も腐るほどあっからよォー、こいつらを全員一人前のレディにしてやるさ」
可愛がっているのだろう。テレジア達の懐き方からもそれは分かる。
だが妙なのは、二歳ほどのテレジアを除いて全員がガロアに敵意に近い視線を向けているということか。
「ねぇ、ジョニー……この人……なんか怖い……」
(…………)
世の中の全員と分かり合うことなど出来ないことなど知っているが、初対面のはずの人間にここまで嫌われるとは――――自分はそんなに人相が悪いのだろうか。確かに図体はデカイが。
「気にすんな。ウィン・D・ファンションにも似たような反応してたからよ」
(死の記憶を……共有しているのか)
なるほど、それならば確かに怖いだろう。
計五人殺しているわけだし、特に最後の戦いなんて自分でも人間を越えた何か――――鬼や悪魔に変貌していたと思えるほどなのだから。
「んじゃ、AC積み込むのがまだ終わってね―からお前さんはもうちょいそこで待ってな。来な、ジョシュア・オブライエン」
「分かった」
いよいよか、と心の中で思う。あと数十分後には自分は悪鬼犇めく地獄にまた向かうことになる。
身体のいろんな部位を失って、それでも命だけは失わずに帰ってきたのに。そんなところにまた自ら向かうとは、まったく自分の難儀な性格が嫌になってくるが今更変えることも出来ない。
一応は動かし方を知っている程度のノーマルでどこまで戦えるか。不安は止まないがここまで来たら悩んでいてもしょうがない。
(セレンが心配だ……外食でもいいから飯をちゃんと食べているのかな……)
心配なら電話でもなんでもすればいい。のだが。
「俺ってバカだな、ウォーキートーキー」
完全に電源が切れて画面から光が落ちている携帯を取り出す。
いつだかも同じことをやったが、家に携帯の充電器を忘れてきたのだ。そして早く会いたいなと思っているところまで同じとは。
古い型の携帯だからまずその辺で充電器は手に入らない。きっと数十回と着信が入っているのだろうに。
「頭の良さで言えばそうではアリマセン。デスがソレ以外の部分では一般的に言うバカそのものデショウ。何しろ愛する人に心配をかけ続けているのデスカラ」
「はっはっは……あー……ははは……ウォーキートーキー、セレンに電話……いや、これから突入するってメールしといて」
ウォーキートーキーが通話機としての機能を持っているのは知っている。
だが、ここで話せばまるまる会話をウォーキートーキーに聞かれる。
「拒否シマス。電話でお話しておくことをおすすめシマス」
「…………そうだな」
癖毛越しに頭をカリカリと掻いてから同意した。
なによりも自分が声を聞きたかった。
「デハ、かけますネ。プ、プ、プ、プ、プルルルルルル」
(バカにしてんのか)
とは思うが本人(?)は至って大真面目なのだ。
そういう作りの機械なのだから仕方がない。音楽再生機能はないのにビートボックス機能搭載などという明後日の方向にふざけた部分が満載なのだ。
作者がふざけた奴だからな、と思っていると電話が繋がった。
『このバカ!! なんで電話に出ない!? 充電器を忘れたんだろ!! どうしてお前はときどき完全にバカなんだ!!』
「うおっ」
ウォーキートーキーからかけている、と言う前に激しい怒りがスピーカーから言葉となって伝わってくる。
『飯はひとりじゃうまくないし! 洗濯物は溜まる!! や……やることもないから寝るしか……う、……あ……寂じい゙!!』
「ごめん……」
『かっ……』
「か?」
『身体を持て余す……頼むから無茶はしないで早く帰ってきてくれ……』
「う、うん」
言いたいことを言って満足してしまったのか、一方的に通話を切られてしまった。
もう既に爆発寸前だ。突っついただけで周囲300mが吹っ飛ぶだろう。帰ったらたくさん願いを叶えてあげなくてはならない。食べたいものを作ってあげて、気が済むまで夜も付き合ってあげて。
大学に行ったりして、ちゃんと勉強をしたいという気持ちもあるにはある。
だが本当はこの命の全部をセレンのために使いたいと思っている。
今だって、こんなところにいるのは元を辿れば彼女のためだ。
しかし、年々加速するどろどろべたべたの依存っぷりだ。
あの人は自分がいなくなったらどうなってしまうのだろう。
「まだまだ、まだまだ死ねないな」
「ガロア様……」
「なんだ」
「あんなに可愛いお子チャマだったノニ、いつの間にかコンナに女性をこますようにナッテ……」
「こますとか言うな」
(帰ったら大変だな……)
もう何をどれだけ要求されるかは予想が付く。
なぜなら、前にも一週間ほど留守にした事があるからだ。それも今回のように行ってくるとも言わずに置き手紙ひとつだけ残して携帯もワザと置いて消えたのだ。
そうして帰ったときはもう大変だった。基本的にずっと怒っていて、さらに爆発するかのように激怒したかと思えば夜も寝れないほどにべったり甘えてきてはまた怒り出し……収拾がつかなかった。
そういう性格だと分かっていたのに、何故そんなことをしたかと言うと――――
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まだあの家に引っ越して10日も経っていない頃にその手紙は来た。
『I know you,Galois Armenia Vedett』と書かれた一文の後に場所と時間を指定して。
自分は公式ではあの戦争で死亡したことになっている。
今でこそそこにはなんの意味もないが、企業からガロアの首にかけられた懸賞金は1000万コーム。
カラードで極秘裏に作成されていた危険人物リストでORCA旅団の首魁オッツダルヴァや、裏工作を繰り返していた王小龍を抜いて堂々のSランクだったのだ。
それほどまでに自分のしたことは企業連にとって危険極まりなかったのだ。どうしたって、死んだことにしておいた方がいい。
なのに自分が生きていることを知っているどころか、あまつさえ住処まで突き止めた人物がいる。
もうガロアは殺しをするつもりはなかった。だがそれは殺す必要が無くなったからだ。
自分達の安寧が脅かされるならば、それこそ殺してでも――――と懐に銃とナイフをしまってその人物に会いに行った。
「写真で見るよりもずっといい男だな…………やはりいくつもの死線を越えてきたからか……? その年で……フフフ……」
その場所で待っていたのは見た目で年齢の分からない女だった。
癖の強い亜麻色の髪に色素の薄い目は細められて愁いを帯びた表情をしており、ベージュ色のロングコートを着て茶色い革手袋をしているからほとんど肌の露出がない。
言葉からして、吸いかけのタバコを携帯灰皿に今入れたこの女が初対面なのは間違いないようだが。
「誰だお前は」
「まぁそう食い殺すような顔をするな。敵じゃない。もう、な」
「…………」
コツコツとヒールの音を鳴らして歩み寄ってきたその女から距離を取る。
ポケットに入れた両手は銃とナイフを握っており何かあればすぐに対処できる。
「私の名前は……スティレットと言えば分かるか?」
「知らん」
「そうか……。『また会おう』と言ったのだがな……。ならばこう言えばいいか?」
「?」
「霞スミカの元同僚のリンクスだ、私は」
(……!)
どうやって自分を見つけ出したのか、この人物がなんなのかという事以上に、何故この人物が霞スミカと自分の関係を知っているのか。
驚きに固まっているとスティレットと名乗った女は懐に手を入れてこちらに近づいてきた。
「!!」
「もう戦争は終わっているんだ。そう警戒するな……」
スティレットが懐から出したのは酒瓶だった。半分出しかけていたナイフをしまう。
念のために機械の右腕でその酒瓶を取ると何やらメモが付いていた。
「霞に家族はいなかった。友人も、恋人も。……天涯孤独だ。だからせめて、お前が行ってやれ。それは奴がよく飲んでいたブランデーだ」
「なにを言っている……?」
そのメモを開くとそこには細い筆記体で住所が書かれていた。
「霞はそこに眠っている……。じゃあな……これからの世界で、もう二度と会わないよう願っている」
「……なんだと…………」
小刻みに震えながらそのメモを凝視しているとスティレットはもうこちらに背を向け去ろうとしていた。
「待て! お前はどこへ行く」
「絶賛無職で時間だけはあるからな……紐のついていない、いい男でも見つけてそこに泊まるさ」
(そういうことを聞いているんじゃないんだがな……)
だがこれが普通なのかもしれない。戦争屋として育ちその素質だけで生きてきたリンクスが、平和になったから用済みなんて当然の話だ。
「それとも、お前が止まり木になってくれるのか?」
「……早く行け!」
「フフ……本当にいい男にはとうに紐がついている……」
そう呟いたスティレットは今度こそ去っていった。
あれから彼女と会ったことはないし、どこで何をしているのかも知らない。
その後ガロアはイタリア南部の海沿いにある小さな教会に花束を持って行った。
そこにあった墓の名前は『霞スミカ』とは全く別の名前だったが、単純に偽名――――リンクスネームという奴だったのだろう。
誰も訪ねてこないというのは確かだったのは見てわかった。薄汚れた墓を綺麗に磨き、それから一週間。
今までの分も含めてその場に通い、これまでに起きたことを話せるようになった口で呟いて報告をしながら墓の前で得意ではない酒を飲んだ。
ちゃんと義務を果たしているのかも分からない神父に『しっかりと仕事を果たせ』と金を叩きつけて、激怒しているセレンの待つ家へと帰ったのだった。
何をしていたのかと100回は問い詰められたが決して答えなかった。それでもやはり、セレンはいい気がしないだろうから。
結局、折れたのはセレンの方だった。
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(あんなところで、一人で眠っていたなんて……知らなかった)
天国や地獄、あるいは神の存在と言った超常的な存在や概念については猜疑的な方だと思う。
ただ、それでも小さく薄汚れた墓の下にいると知った時、溢れる感情が抑えられなかった。
それにそういった事を信じてないとは言っても、魂の存在なら信じている。何故ならば自分はあの最後の戦いで――――
「ほら、受け取れちんちくりん」
「ハイ」
ガロアが太陽の照りつける道っぱたで座って回想にふけっているといつの間にか戻ってきたジョニーがウォーキートーキーに何かを渡していた。
袋に入れられており、その中身は想像できない。
「なんだそれ」
「お前さんのじゃねーよ。そこのヘンテコロボへのプレゼントだ。来な。準備ができたぜ」
「……? 分かった」
相変わらず身体中にまとわり付いているテレジア達のことを気にも留めていないジョニーについて行く。
これだ、と言われる前に船着き場にあるどの潜水艦が自分が乗り込むものなのか、一目で分かった。
「見ろ……最高傑作だ……その名も……テレジア号!!」
「わぁー! すごーい!!」
頑丈なのは見て分かる。現存する潜水艦の中で一番高性能なのも見て分かる。
テレジア達もそれを見てはしゃいでいる。
「い……いやだ! 乗りたくない!」
だが絶対に乗りたくなかった。
その表面には一面に銀髪の女性――――つまりテレジアがデフォルメされた絵柄で描かれていたのだ。
なんという溺愛ぶりだ。それはいいから自分を巻き込まないで欲しい。
「ワガママ言うなよ。せっかく作ったのを持ってきてやったのによ」
ヘリの音が空から響く。あのジョシュアの操縦するヘリにこの小型潜水艦を積んで、目標地点で降ろすのだ。
「なんでこんなっ、普通の潜水艦にしてくれ!!」
「えー。まァ、別にいいけどよォー……なら必要経費はこちらになります」
「はごぁっ、がっ!?」
はい、と差し出された電卓にはもっとも高級な車のおよそ1000倍の数字が表示されている。
ガロアが稼いだ金が一発で吹き飛ぶだけの金額だ。それだけ高性能だということなのだろう。
それなのにこんなことをして台無しにしてしまうのか。やはり彼ら監視者とは相容れない部分が多々ある。
「ガロア様、ガロア様」
「ん?」
「昔から船には女性の名前を付けていたんデスヨ!」
「なっ……」
「ドウデス、物知りデショウ!」
(なんのフォローにもなってねえ……)
金はともかくもう時間がない。この痛潜水艦に乗るしか無い。
彼らの技術を信用していないわけではないのだが、それでもこんなふざけたデザインだと心配になってくる。
「大丈夫だろ。 多分」
「多分!?!?」
「今まで生き延びたお前さんの悪運の強さを信じな、イレギュラー。本物の神さんに嫌われてんだよ! まだ来るなってな…………ほら乗れよ」
**************************************
外からかなり小さくバラバラとヘリのプロペラの音が聞こえる。
潜水艦の中のACに乗っているからか、外の音はそれ以外にほとんど聞こえないが、今はもう既に太平洋の真上にいる。
『しかし、何故? マギーに頼めばよかったのに。会いに行けばきっと喜んだだろう』
「だから会いたくねーんだよ」
ACの中で武装をチェックして操作を思い出しながら確認していると、退屈したのかジョシュアが通信を入れてくる。
『気を使っているのか?』
(…………)
肯定など絶対にしないが、それもある。
奴は別だとしても、自分はあのマグノリアという名の子供には二度と会わないほうがいい。
『投下したら近くで待機している。何かあったらすぐに呼べ』
「そうか。助かる」
『……ふっ。助かる、か』
「何を笑っている?」
『ただひたすら強い子供、それだけだったのに……成長したな』
「余計なお世話だ」
『……マグノリアの写真を見てみるか? あの子は親に似てきっと美人になるぞ』
「いらん。…………。いや、やっぱり……見せてくれ」
脊髄反射で否定してしまったが、ここでその写真を見たからと言ってそれをベラベラと喋るような男でもないだろう。
答えるや否やスクリーンに写真が表示された。
「ワー! 可愛いデスネェ!」
狭いコアの中でウォーキートーキーがキャッキャとはしゃぐ。
「…………」
なんにでも興味を持って歩き回るくらいの年齢の女の子と、その子供に頬を引っ張られて年甲斐もなくデレデレの顔なジョシュアの写真が映っている。
柔らかそうな金髪に緑色の目。丁度両親の特徴を半分ずつ継いでいることが見ればすぐに分かる。
(……これで良かったんだ)
この子供は戦争を知らない。恨みも憎しみも。ならば、父のしていたことを真に理解することもないだろう。
そうなれば自分のような者の存在は一生想像もしないはずだ。これでいいんだ。綺麗事だとは分かってはいるが、こうして子供たちが少しずつ悪意の連鎖を忘れていけば――――
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ラインアーク南海岸。地面に敷かれたシートの上にその一家はいた。
やめたタバコの代わりに飴を舐め、マグノリアを抱きながらのんびりと釣り竿を垂らしていたマグナスはふと空を見上げる。
「…………そうか」
「どうしたの?」
隣で将棋盤に向かって悩んでいたフィオナが声をかけてくる。
強化人間ゆえに老いは無いにしても残り少ない命の日々を、マグナスは何をするでもなく趣味の将棋と釣りに没頭しながら家族と一緒に静かに過ごしていた。
「……あの日、奇跡を見た」
「……?」
何を言っているのか全く理解できていないフィオナの向き合う盤面に、新たに駒を投入する。
一気に形成が悪化したことを悟ったフィオナが丸い目を見開いた。
「もう一度、会ってくるといい」
そう呟いて再び釣り竿に意識を戻すと、腕がマグノリアに揺すられていた。
「おとーさーん。またあのおはなししてー」
「ああ……。神様は人間を救いたいと思ってた。だから――――」
だから、手を差し伸べた。
でもそのたびに、人間の中から邪魔者が現れた。
神様の作ろうとする秩序を、壊してしまう者。
神様は――――
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画面に表示される数字が増えていくに連れてスクリーンは暗くなっていき、とうとう完全に真っ暗になった。
「水深200m……もう地上の光は届きマセン……」
ウォーキートーキーがそう言う間にもどんどん加速していき、数字は4桁になろうとしている。
(俺は……生きて帰れるのか?)
別に攻撃など受けなくともここで少しでもヒビが入ればそれでぺしゃんこになって死亡だ。
ネクストに乗ってもギリギリの限界の先っぽまで出し切り死にかけたのに。
自分はかつて確かにこの海に飛び込んだが、あの時は信頼している相棒がいたし、死を恐れていなかった。
だが今は――――
「死ねないな……」
少なくとも、何が起きているかは掴んで帰らなければ。
「暗視モードに切り替えマス」
「…………!! うぉおおお!!」
真っ暗だった画面に緑を基調とした景色が浮かび上がる。
が、それも一瞬。目の前を巨大な何かが横切っていき、海が苦手なガロアの心臓を激しく跳ね上がらせた。
「マッコウクジラですネ。彼らは一生の半分以上を深海で過ごシ、2000m近くまで潜ることもアリマス」
「そうじゃねえ!! なんかあのっ、クジラの頭に張り付いていたぞ!!」
20m近くはあったように見えるクジラが目の前を横切っていっただけでも正直もう限界だったのに、その巨大な頭にまたまた10数メートルはある触手付きの何かが張り付いていたのだ。
「ダイオウイカですネ。肉食なのデスヨ。食事中だったのデショウ。貴重な映像なので保存しておきマショウ」
(だから怖いんだよ……)
あのバックですら4m前後だったのにその数倍の生き物がうようよしているのだ、海という場所は。自分は泳げないという事実がさらに恐怖を加速させる。
自分が泳げないのがそんなに愉しいのか、セレンはことあるごとに海に誘ってくる。意地でも行かないが。
そんなことを考えている間に水深は5000mを超えていた。驚異的なスピードだというのに潜水艦は軋みもしない。
(俺ほど数奇な人生を送った人間もそうはいまい)
生まれと育ちもそうだが、相棒と共に南国も北国も砂漠も海も、宇宙も深海も行った。
それが20歳になる前の話だというのだから恐ろしい。
「間もなく超深海帯(ヘイダルゾーン)デス。もうここまで来ると生き物はほとんどイマセン。安心デスカ?」
「んなわけないだろ。……そんなところにあの海底都市があったのか。名前……とかあったのかな」
「ハイ。ラプチャー、と管理者は呼んでイマシタ」
「ふん……あの監獄がラプチャーとは……とことん皮肉ってやがる」
そうしてラプチャーは見えてきた。
魚どころか海藻の欠片すらも生えていない海底にその都市は静かに在った。
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都市に突貫し壁に大穴を開けた潜水艦から飛び出す。
慣れないACの操作をして侵入したガロアは、想像以上に事態は深刻だとすぐに察した。
「浸水していない……いや、排水されたのか!」
内側には光が灯っており、暗くない。それだけでも驚きだが、あの時破壊して浸水したはずの都市から水が消えていた。
確かに水に浸かっていたことを示すように建物には特有の跡があるが、そこに苔の一つも生えていないのは深海だからか、別の何かのせいか。
どちらにせよこの場所が危険なのには変わりないが。
「行くぞ。最深部へ」
『ミッション開始!』、あるいは『システム、通常モード起動』。
懐かしい声のどちらも響かないノーマルACを戦闘モードに切り替えて進む。
左手にブレードがついているのは幸いだが、右手のライフルと肩のミサイルはうまく扱える自信がない。
だが文句は言えない。このご時世に裏からACを入手するだけでも大変だったのだ。
「ノーマルってのはこんなに鈍かったのか」
ブーストペダルを踏み込んで建物の間を進んでいくが、時速200キロも出ていない。
しかも踏み込みすぎると浮かび上がってしまうから調整が難しい。
四苦八苦とはいかないまでも少々忙しく手足を動かしていると――――
「うおっと!」
曲がり角に戦車とMTが待ち受けていた。
まさか、と思う前に徹甲弾とミサイルが発射される。
「スデに防衛システムが復活してイマスネ」
「前ほど苛烈じゃないが……クソッ」
同時に自分も前ほど強くはないわけだ。
落ち着いてジャンプを織り交ぜる基本的な動きで回避していく。
幸いなことに頑丈な型なので多少は当たっても問題ない。問題なのは――――
「当たらん!」
元々射撃が苦手だったのに加えて片目しか無いため遠近感がないのだ。
MTはともかくほとんど動いていない戦車にも攻撃が当たらない。
「ロックオンサイトに、この四角い部分入れてクダサイ!」
「分かっている!!」
MTから放たれるミサイルはエクステンションのCIWSが撃ち落としてくれるがそれも無限ではないしエネルギーを食う。
敵はほとんど動いていないのだ。落ち着いて旋回しながらロックオン完了した敵にミサイルを放った。
「よし! 当てられるぞ!!」
マニュアルで狙っても無駄だ。ロックオンサイトに完全に頼るしか無いが、とりあえずは戦える。
もしかしたら音で探知されるかもしれないと思い静かにブースターのみで動く。
「! こっちはダメだ、回り道をする」
曲がり角から覗くとぱっと見ただけで50機以上のMTとノーマルがいる。
ネクストならともかくノーマルでは勝てないし弾薬が足りない。自分は戦いに来たのではないのだ。
水に浸かったため、窓が全て割れて黒ずんでいる建物を注意深く見ながら東へ進路を変えると――――
「なんだこいつらは!?」
大きさの違う家々の壁、そして床と天井に数え切れないほど張り付いているのは緑色のダニのように見える。
ただし、全長2~3mはあるというのが異常だ。そのうち数匹がこちらを黄色い複眼ではっきりと見た。
「生物兵器、AMIDAデス!」
「ロックオンしねーぞ!!」
バタバタと虫が出せるはずのない大きな羽音を出しながら飛んでくる。
当然気持ち悪いので撃ち落とそうとするが、ロックオンサイトのど真ん中に入れているのに認識してくれていない。
「機械ではなく生物デスカラ。この時代のアーマードコアには生物をロックオンする機能はありマセン」
「だぁっ、もう!!」
数発撃ってようやく一発があたりAMIDAと呼ばれた虫は体液を撒き散らしながらはじけ飛ぶ。
絶対にいいものではないと確信できる液体を飛ばしてきたのを見て避けるとその液体は地面を溶かした。
「近づいてきやがった!」
やはり所詮は虫か。頑丈なACに対してこの虫が接敵して出来ることなど無いだろう。
遠くから酸を吐いていればよかったのに。慣れ親しんだブレードを振り上げる。
「攻撃してはダメデス!!」
(言うのが遅――――)
ブレードが突き刺さった瞬間AMIDAは爆発した。
「表面温度上昇! 熱暴走を起こしマス!!」
「煩わしい!!」
少なくともネクストには無かった数値がどんどん上昇していく。
表面の温度は一瞬で200度を超えた。ラジエーターがフル稼働を始めエネルギーがどんどん減っていく。
焦っているこちらの気持ちなど考えるはずもなく次々とAMIDAが飛びかかってくる。
「右デス! イヤ左!! ジャンプして避けテ! ハイ!」
「うるせ――――!!」
慣れないノーマルでさらに慣れない空中戦を強いられ混乱しているのをウォーキートーキーの声がさらに拍車をかける。
飛び上がりすぎて天井に頭をぶつけた。
「ヒェ~~~~~~ッ!!」
「頼むから今だけ機械らしく感情を失くしてくれ!!」
自機に取り付いたAMIDAを処理するのに数分かかった。
その頃にはAPが訳半分も削られていたのだった。
やはりここにいる敵を全員相手にすることは出来ない。
「……追ってこないな。他のMTやACも……。少なくとも音の方向くらいは分かっているだろうに」
「陽動は基礎的な戦術デス。つまり、全員が全員音のする方へ向かってその隙に中心に向かわれては意味がないからデス」
「なるほど……」
狩りすらもしなくなった自分はそんな基礎中の基礎とも言えることすらもすっかり忘れてしまっていたのか。
戦いから遠のきすぎた。それはいいことなのだが、今はよくない。
「タダシ」
「?」
「防衛役以外に遊撃役が当然いるハズデ――――」
ウォーキートーキーがそう言い、『確かにその通りだ』と思った瞬間に目の前の放送塔らしき物に横一文字に赤い線が入った。
すっかり思い出となってしまった建築物が崩れ去る轟音を出しながら、遊撃役の『それ』は現れた。
『――――ザッ――――ガガッ――』
「こ……こいつ……こいつは!!」
その複眼はかつての大企業、レイレナード社のネクスト・アリーヤに見られる特徴の一つである。
高速移動し戦場を撹乱することだけを意識した暗色の装甲。手にしたレーザーライフルもブレードも、あるいは肩のミサイルもグレネードもノーマルを数発で戦闘不能にするだろう。
その機体をガロアは確かに知っていた。かつてのリンクス戦争の英雄、アナトリアの傭兵が操っていたその機体は――――
「ルブニール!!」
逃げることは不可能だろう。ただ近づいてくるその速度だけでもこのノーマルの最高速度をやすやすと上回っている。
振りかぶってきたブレードに合わせてこちらもブレードを振り上げて弾く。
「……亡霊め、もうお前の居場所はこの星にはない」
ジョシュア・オブライエンの『何か』もかつて戦場でネクストに乗って表れたのだ。
今ここでルブニールが表れても全く不思議ではない。確かに、管理者は起動している。それも既に危険なレベルで。
「逃げられマセン!!」
「分かっている!! だが……」
勝ち目はある。ここも既に世界中に散布されたアンチコジマの影響下にあるのか、ルブニールはプライマルアーマーを展開していない。
クイックブーストもオーバードブースターも、コジマの力を利用した何もかもを利用できない。エネルギーの絶対量が減っているのか、ノーマルのブレードに力負けしたのだ。
何よりも――――急ごしらえなのか、APが3000程度しかない。
『――――ジジジッ――』
「エネルギーが足りないか? 間抜けめ」
レーザーライフルをこちらに向けたが、銃口に青い光が僅かに集まるだけで何も発射されなかった。
クイックブーストを使えない為に、ルブニールは次から次へとミサイルとライフルが命中していく。
ダメージは低いがこのまま行けば倒せる。だが、エネルギー兵器は諦めたのか肩のミサイルとグレネードをこちらに向けてくる。
「うぉおお! やばい!!」
ミサイル一発でビルが崩れ落ち、掠めていったグレネードが地面に大穴を開け半端な重さではないはずのガロアのACが爆風で吹き飛びそうになる。
地面にライフルを突き刺して転んだりしないように耐えていると再び大上段からブレードが振り下ろされた。
「このっ!!」
もう一度ブレードで弾く。使えることには使えるが出力は貧弱なようだ。
だがそれでも依然としてスピードはかなり違う。積極的に後ろを取るように動きロックオンサイトに入らないようにしてくる。
後ろに気を取られていたらまたグレネードが横を通り過ぎていった。ぎょっとしたのも束の間、致命的なミサイルが直撃する。
「AP、30%!! 危険デス!!」
『ザザ――――――ッ』
「くっ……どこに消え――――」
壁を背にしてルブニールを探すとその壁が崩れ落ちてくる。
かろうじて、ブレードを振り下ろすのが見えたが。
(やられた――――)
そのブレードは起動すらしていなかった。切り払うつもりだったガロアのブレードは空を虚しく切り、大きな隙ができる。
終わった。そう思った瞬間にレーザーライフルの銃口がコアに叩きつけられた。
「ぐぁっ!!」
ガインッ、という金属音が頭の中に響き周囲の音が聞こえない。
コアは激しく凹み、スクリーンの一部が表示されなくなった。何よりも破損したコアの中で様々な物が弾けガロアとウォーキートーキーに直接ダメージが来た。
壁に叩きつけられまだ体勢を立て直していないACの中でルブニールがグレネードをこちらに向けるのが見えた、その時だった。
カチッ、と音がなった。疑問は一瞬だった。
その音が弾切れを示す音だとすぐに気が付く。
強敵と対峙し肉体的に消耗したことにより、脳内麻薬が分泌されて時間をスローに感じていたガロアは考える前に正解の行動をしていた。
「くれてやる」
一瞬の隙に、切り落とした右肩のミサイルの弾倉を投げつけて撃ち落とす。
ルブニールは鬱憤を晴らすかのような大爆発に巻き込まれ、倒壊する建築物に押しつぶされた。
その間にAPが0になったのは確かに見えた。
「…………悪運を信じろか」
破損し使い物にならなくなったヘルメットを脱ぎ捨てて額から垂れる血を拭う。
「生きてるって感じがするな」
手持ちのハンカチを千切り、傷口を縛り止血する。
一分ほど崩落した建築物を見ていたが動く気配はない。
(ルブニール……必ず帰ってくる、か……)
今となってはその覚悟で戦うべきだったのか、死をも覚悟して突き進むべきだったのか。
どちらが正しいのかは分からない。亡霊と化したルブニールはこの地の獄で彷徨っていたが、当のアナトリアの傭兵は何をしているのだろうか。
ジョシュアの言葉の節々から察するに、きっと静かに家族と一緒に過ごしているに違いない。
(あいつにそれが許されるなら俺だって……)
今の自分は何をしているかって、セレンだけではなく『許した男』の平和も守るためにこんなところに来て亡霊共と戦っているのだ。
奴が平和に生きていくことが出来るなら、自分にも出来るはずだから。ちゃんと学校に行って、家で静かに過ごして、そしていつかは奴と同じように――――
(……? …………! 何故?)
マグナス・バッティ・カーチスが『アナトリアの傭兵』と呼ばれたのは彼が元々伝説のレイヴンだったからだ。
ふと湧いた疑問は芋づる式に次々と新たな疑問を呼び起こす。ノーマルの操縦に関しては奴の方が絶対格上なのに何故、自分だけに連絡が来た?
決定打は自分だとしても、ジョシュアもマグナスもここにいたはずなのに。ノーマルしか使えないならば、自分よりもマグナスが来たほうが絶対にいいのに。家族がいるのは同じなのだから。
痛む傷に思考を妨害されながらも推理を続けているとふいに機体が激しく揺れた。
「表面温度上昇! 天井デス!!」
「なに――――」
追ってこないはずのAMIDAが何匹も天井にいるのを見た瞬間。
スナイパーキャノンが直撃してガロアの乗るACは再び吹き飛んだ。
「うっ……くっ……」
メインカメラに障害が起きてしまったようだ。
ざらつくスクリーンに、こちらに向かってくる無数の戦車、ACが映っている。
さらに建物の屋上にはMTが待機しておりその銃口を全てこちらに向けていた。
遊撃役が破壊されたことで他の機体が遊撃役に回ったようだ。
「はぁっ、はぁっ……死なねえぞ……俺は……」
考えるのは後だ。遊撃に回っている分だけ防衛が薄くなっているはずだ。
今が突破するチャンスでもある。自分はまだ生きていたい。奴と同じように家族と一緒にいたいから――――
「指輪を買いに行くんだ……!!」
既に弾のほとんど無いライフルを敵の群れに向け、APが2000しかない自機にもう少しだけ頼むと想いを込めながら突撃した。
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暗い海の底の都市の更に地下にその空洞はあった。
今となってはこの場所が何の目的で作られたのかは分からない。
その天井の一部にACが一機入れるほどの穴が空いた。
「イヤ~~~~~~ッ!!」
「うぉおおおお!!」
尻から着地する前になんとかブーストで体勢を立て直しギリギリで着地する。
たった今ブレードで空けた天井の穴はあっという間に塞がった。
「なんか知らんが穴が空いてて助かっ――――」
敵の群れから逃げ回っている途中に地面に空いた大穴を見つけたのだ。
その底は塞がれていたが、イチかバチかでブレードで切り裂いたらこの空洞に通じた。
だが必死に逃げ込んだはずのそこにもACはいた。
「こいつ……ここは……そうか……」
ただし、『いた』と言っても残骸だ。上下に分断され、元の色も分からないほどにそのACは錆びついており、おまけに上半身は融解している。
妖艶な美女の描かれたエンブレムも掠れており、まさに盛者必衰の理と敗者の運命を示しているかのようだ。
それは、かつて『Z』と名乗った女の機体だった。
(この場所は……)
あの日、最後に立ちはだかったのはこの女だった。
こちらの土俵に引きずり込み、なんとか倒したものの失ったものも大きかった。この女に右目を潰されたのだ。
まさかまた、あの穴を通ってここまでやってくるとは。
「なぁ、ウォーキートーキー」
「ハイ」
「こいつらの魂は解放されたのかな」
「…………機械のワタクシに訊かないでクダサイ……」
「そうだよな」
錆びつきグズグズに溶けたACの上半身に近付く。その手の銃口は最後にこの女が力を振り絞って空けた大穴に向いていた。
戦士としての矜持である。あれが『死』だとして、また蘇り戦うなんてことが戦士にはあってはならない。己が強さを誇りとする者にとって、強者に敗れてもまた蘇るなど最悪の辱めだ。
「ガロア様ハ」
「今は話しかけるな」
「トテモ大人になりマシタ」
「……もう二十歳だからな」
「……デスガ冗談は通じマセン……」
(機械にそんなこと言われる俺って……。…………!)
ここには敵は入ってこないのは知っている。それよりも、また何かが聞こえた気がした。
この穴の向こうからだ。もう間違いない。最深部から、何かが自分を呼んでいる。あの日からずっと呼ばれていたのだ。
完全に沈黙しているそのACを横目に、自機のコンディションを確認したガロアはその穴に突入した。
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今まで生きてきて迷子になったことはある?
親に手を引かれてデパートに行ってはしゃぎ、走り回っていたらはぐれたり。
友達と一緒に線路沿いに自転車に乗って競争していると、いつの間にか一人になっていて辺りは暗くなっていて。
一緒にいればどこまでも行けると思ったのに。
はぐれてしまうと途端に動けなくなって。
一人になったら急に周囲の空気は重く冷たいものになってのしかかってくる。
それはまるで深海のように――――
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ガシャン、と着地の音がすると思ったが鳴ったのは水音だった。
どうやらここには海水があるらしい。人が歩ける程度の高さならいいのだが――――確認しようにも完全に暗闇で何も出来ない。
暗視モードにしてくれ、と言おうとした時。
「……!!」
雑多に壁に取り付けられた無数のスクリーンに光が灯った。
それはただの光ではなかった。幾つものスクリーンをまたいで巨大な目が色を変え点滅しながらこちらを見てくる。
この視線は知っている。かつて、夢か現実かも分からない世界で会ったあの男、『管理者』の目だ。
「…………ぁ……。……お……お前が……」
だがそんなことはもうどうでもよかった。『それ』を見たガロアは呼吸は浅く速くなり、震えが止まらなかった。
コアを開き上半身を出して外の空気に触れると、懐かしい駆動音が耳に入る。
『――――、――……』
「お前が俺を呼んでいたのか――――」
大人になったガロアを、この海の底で朽ちていくばかりだった『それ』は紅い複眼を光らせて見ている。
戦場を共に駆け抜けた思い出が閃光のようにフラッシュバックし、喜怒哀楽の全てを突き抜けた感情の記憶が脳を揺らし、眼帯に涙が染みていく。
『――――……』
「ゼロ…………!!」
そこにいたのはかつての相棒であり、半身であり、そして魂を吸ったが故に自分自身とも言える――――朽ちかけのネクスト、アレフ・ゼロだった。
左腕は引き千切られ、塗装は剥げ落ちところどころが茶色く錆びている。その右手は赤い謎のACに深く食い込んでいた。
ギシギシとヘッドを動かし、ガロアをその複眼の中心に捉えたアレフ・ゼロは数度複眼を点滅させた後、電源が落ちたかのように全ての動きが止まり眼から光が消えた。
「生きていたのか……!」
ガロアの呟きを、隣に座るウォーキートーキーは黙って聞いていた。
『ぜ……ろ……』
『壁を突き抜けたか……! 絶対に死なせやしないぞ』
『はな……せ…………くそやろう……』
あの時の記憶はほとんど残っていない。
ただ、燃え上がる光の柱に飲み込まれていくアレフ・ゼロに手を伸ばしても、届かなかったことだけは覚えている。
共に散るつもりだった。ずっと一緒にいたかった。それは他でもない、アレフ・ゼロによって拒否されたのだ。
ガロアの命を守りたい一心で自分と切り離し、この冷たく暗い海の底で敵と共に残ったのだ。
命があるとするならば、一人で。ずっと。
孤独がこの世で何よりも耐え難いものだということをガロアは知っている。
管理者が起動したと報告を受けた日からの全ての点が線で繋がった。
アレフ・ゼロが、管理者を起動したのだ。
どうしても、どうしてもまた自分に逢いたくて。
日の当たる世界で普通の生活を送っている自分を一目見たくて。
縛り付けたものを解放してまでも、自分の最後の仕事を放棄してでもガロアに逢いたかったのだ。
このネクストにとってはガロアが世界の全てだったから。
そして大人になったガロアの姿をその眼で見たアレフ・ゼロの意識は完全に――――消えてなくなった。
「ずっと一人で……ここで……」
最後の力を振り絞ったのだろう。アレフ・ゼロは沈黙し、スクリーンに映る巨大な目がただこちらを見ている。
まだ管理者の意識は出来上がっていないようだ。母の胎内の赤子の手足が先に出来て血が流れても意識はないように。
だが起動させられ、縛り付けるものも無くなった今、もうそれも時間の問題だろう。
「ルブニールは、そうか……ここにいた奴を……」
浮かんでは消えた疑問の一つ一つが消えていく。
ウォーキートーキーを見ると視線があった。
「ウォーキートーキー……お前……。アブ・マーシュも……」
マグナスやジョシュアには知らされず、ウォーキートーキーは自らついてくると言った。アブ・マーシュは『誰か』ではなく『何か』が起動したと言った。
彼ら監視者は自分を送ろうとしていた。簡単な理由だった。何が管理者を起動させたのか、知っていたのだ。
だからこそ、『責任は自分にある』と言ったのだ。
「知っていたのか」
「ハイ。知っていマ――――」
『ええ。まさに奇跡ねぇ』
いつから会話を聞いていたのか、それを聞くのは後だ。
涙を拭って浸水した床に飛び降りるとウォーキートーキーもついてきた。
脚部に近付くとそれだけでぶるりと震えた。この足の上に座ってパンを齧ったり、この出っ張りに汗で濡れた服をかけておいたり。
この傷の一つ一つまで、大切な思い出だ。全てを知っている。一緒に戦ったのだから。
敵は入ってこない。妨害もない。およそ機械に、戦闘兵器に抱くべきではない感情を隠そうともしないガロアを管理者の目は興味深そうに見ている。
「…………!!」
脚を曲げると機械の左脚がバネを限界まで縮めたかのようにギチギチと音を立てる。
そこに溜まった力を解放するとガロアは垂直に3mも飛び上がった。
「っと、……」
同じく、機械の右腕で出っ張りに手をかける。
100kg近いガロアの体重をモロに受けて軋むがこの程度で壊れるような設計ではないのは分かっている。
そのままアレフ・ゼロの半ばまで上り詰めて、背部が完全に破壊されているコアを覗き込んだ。
(…………)
赤い血の跡がそこら中にこびり付いているコアを見てまた唇に力が入った。
前部はブレードに切り裂かれており、切断されたコードが静かに揺れている。もう自分にこのコードを挿すジャックは無い。
このコアの内部を見れば誰がどう見たって、中身は死んでいると想像するだろう。だが現実、自分は生きている。何故か、なんて馬鹿げた疑問だ。
「ずっと……一人にして悪かった」
飛び上がったウォーキートーキーが後ろから無言で道具を差し出す。
それは単純な工具だった。破損が酷く、強制的に溶接されてしまっている部分は力づくで引き剥がし、回線を切りリベットを外していく。
現れたのはどのコンピューターでも一番大事な部分、CPUだった。そこにも浸水の跡が見られ、本来ならば動作どころか起動すらも不可能だったはずだ。
「……帰ろう、一緒に」
まだまだくっついている部分はあるはずなのに、そこに手を差し込んで軽く引くだけでCPUは外れた。
このたかだかティッシュ箱4個分ほどの大きさしか無い機械にアレフ・ゼロの全てが詰まっている。抱きしめるとまだほんの少しだけ温かかった。
「ガロア様、もう一つありマスヨ」
CPUを受け取って背負っていたリュックにしまったウォーキートーキーが語りかけてくる。
「分かっている」
コアから上は前傾姿勢になっているため、苦労なく登れた。
頭部にたどり着き、置き忘れてしまった父の形見に手を触れた。
ガロアが育った家から持ってきたネクストの頭部スタビライザーだった。
「もう、使うこともないけどな」
そのスタビライザーもやはりと言うべきか、軽く引っ張るだけで取れてしまった。
何か意味があるかどうかは分からない。足場にしている肩部も軽く足踏みするだけでヒビが入ったりしているから。
もう二度と動くことも無いであろう、アレフ・ゼロから降りてスクリーンをまたいでこちらを見る巨大な目と向き合う。最後の仕上げだ。
『自己修復プログラムは始まっている。そのうち『彼』が戻ってくるわ』
「…………」
防衛システムも動いている。
恐らくここまで来るチャンスは今日これが最後だろう。
『どうするかは……あなたに任せるわ。データを少し持ち帰るだけでも大金持ちよ。それにね……やっぱり人間は人間ね。クレイドルでは今もう既に――――』
「黙っていろ」
そんなことは分かっている。
人間はどこまでも愚かで、歴史を忘れて自分の欲求を優先して争い、反省しない生き物だなんてことは。
だが、自分は。
『お前は、幸せになっていいんだ』
『私はお前を愛している』
人間がどうしようもなく愚劣で救いがたい生き物だとしても。
それでも知っているのだ。
『愛しているんだ、君たちを』
人間は誰かの為にその命すらも懸けられる尊い存在だということを。
あの日、自分は――――人類はその手に希望の花束を受け取ったのだ。
もうそれを枯らすのも、世界中に咲かすのも人類が選ぶべき選択だ。
神は全てを人類に委ねた。
『さぁ。もう一度言うわ。責任はあなたにあると思わない? 空席の神の座に対して』
「……ウォーキートーキー。どこだ?」
「…………ここデス」
ウォーキートーキーが指し示した場所は一見何の変哲もない鉄に覆われただけの部分に見える。
他の床や壁と何の変わりもない。だがその場に歩み寄るガロアを巨大な目は何度も瞬きしながら見ていた。
「一緒に地獄に行くと言ったのに……。お互いにまだこの世にいるとは……皮肉だな」
そう呟いたガロアは弓を引くように右腕を後ろに大きく引いた。機械の軋む音が右腕と左脚から鳴る。
あの日、アレフ・ゼロに乗って放った最後の一撃を思い返す。同じ格好になるのはきっと偶然ではないだろう。
これで最後だと、心の中で呟きながら限界まで固く握りしめた拳を放った。
その一撃で今度こそ海底都市の全ての光が消えた。
中で蠢いていた亡者は沈黙し、再び海水が入り始める。
人類の永遠の栄光の約束は、完全に消えて無くなった。
「ゆっくり休め……。……ッ!」
二の腕まで突き刺さった右腕を引っこ抜くと人工皮膚は剥がれ落ちて血が出ており、いくつかの破損が認められた。
最深部を照らしていた巨大な目は消えたが、ウォーキートーキーが全身から発光しており周囲の状況は見える。
「仕掛けておきマシタ」
アレフ・ゼロの残骸のジェネレーターに爆弾がしかけられているのが見える。
あの時カミソリジョニーからウォーキートーキーが受け取ったのはこの爆弾だったのだ。
ここで簡易なコジマ爆発を起こし、全てを海底に沈める。後はアンチコジマが全てを浄化し、何も残らないだろう。
爆発までの時間は一時間となっている。もう敵は動いていないとはいえ、時間に余裕があるわけではない。
二人は急いでACに乗り込んだ。
「さぁ、帰ろう」
ウォーキートーキーから受け取ったリュックの中身に話しかける。
返事は無いがきっと聞いているはずだ。
「お前のおかげで……。俺はもう、一人じゃない」
たとえそれがただのアレフ・ゼロのワガママだとしても、迎えにこれたのだからこの海の底まで来てよかった。
ガロアはリュックを抱きかかえながら微笑み、オーバードブーストを起動した。
そしてきっかり一時間。
人類は今度こそ本当にその足で歩き始めたのだった。
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ずっと一人なら、あるいは生きていないのならば。
一人でも辛くはないのかもしれない。
ただ、どうしたって人間がこの世界で生きていくならば『一人ではない喜び』と『一人の悲しみ』を知るということから逃れられない。
それを知って、一人になりたくない、したくないと思うからこそ――――そういう相手を見つけられるからこそ人間は、人間として強くなっていく。
そんな簡単なことを教えてくれるのが何も人間に限ったことではないという事実もまた、この迷子になりやすい世界の広さを示している。
最後のミッションも完了した。置き去りにした迷子も見付けた。
少しだけ大人になったからか、自分もきっと父と別れてからずっと迷子だったのだろうとあれから思えた。
見つけてもらうのを待っていたんだ。一人で。
でも、もう二度と一人にはならない。
なぜなら――――それから一年後。
「ガロア、私……もしかしたら……」
「…………。……!」
もう、一人じゃない。
Armored Core Memoir of the Abyss
END.