少年は少女から何を得て、何を失うだろうか……。
いつからだろう、僕はただひたすら砂漠の道を歩いていた。
商いをする訳でもなく、かといって行き先も、目的がある訳でもなく……
第三者から見れば、宛のない旅人だと評せる存在だった。
出会いは唐突だった。
強い風が吹き、訪れる砂煙の蜃気楼―――――
最初は幻かと自分の目を疑った。
砂煙の中――ついさっきまで無人だった場所――に少女が佇んでいるのだ。
僕は知らない内に歩くのをやめ、
1分、2分……彼女を見つめていた。
そして、ゆっくりと彼女の元へと足を進める。
近づく意味なんてなかっただろう。
だけど僕はただ砂漠を歩く存在で、
彼女はただ砂漠に佇む存在で……。
それらが交わった時にだって意味など生まれないと思った。
近づくと、彼女の姿がクッキリと見えるようになった。
大きな瞳、鮮やかな銀色の髪……。
ここに存在することそのものが異質であるような美しさを放ち、
微笑みの表情を浮かべていた。
僕がしばらく呆然としていると、
不意に彼女は言葉を発した。
「あなたの願いは何ですか?」
願い?
そんなものはない。だって僕は目的のない旅人だから。
だから……その時その瞬間、初めて、願い事を考えた。
「……。
街……。」
普段人と喋る機会がないからか、なかなか上手く言葉が出ない。
その最中でも彼女は微笑みを崩すこと無く、言葉を待ってくれている。
僕は意を決して喉の奥から音を絞り出していった。
「……。街を、作りたい。ここはあまりにも寂しいから……。」
僕は、自分の言葉で、自身が寂しいという感情を抱えていたことを知った。
「よいでしょう」
「へ?」
自分でも変な声が出てしまったと分かる。
だけど、まるで些細な頼み事を聞いたかのような彼女の反応に、心底驚いていた。
「街を作りましょう」
「だけど、あなたは一つのものを失うことになる」
「とても大切な……何かを失うことになる」
「ちょ、ちょっと待って……。」
突然まくし立てられても、意味が分からなかった。
「考える時間をくれ」
彼女は未だ微笑みの表情を崩さず黙って頷いた。
街は作れる、それによって何かを失う……。
僕はただ歩くだけの旅人で、持たざる者として過ごしてきた。
家族も、一銭の富も、水も、食べ物も、何一つとして持ち歩いてはいない。
失うとしたら、僕の命ぐらいなものだった。
「命の心配はないのか?」
「ないわ」
即答だった。
ならば僕から引き換えるものは何一つとしてない。
どうせ何もないのだから、何か起こる方に賭けた方がいいだろう。
僕は代償を受け入れ、街を作ってくれるように頼んだ。
問題は……。
「……街はどうやって作るんだ?」
「簡単です」
彼女の答えには迷いが生じない。
僕が質問を重ねようと勘える暇もなく、
ゴゴゴゴ、大きな地鳴りが聞こえた。
「……っ!」
僕は立つことすら出来ず、膝から崩れ落ちた。
地面から街が生えてくるとでも云うのか?
そんな馬鹿な話があるか……と思うが、とても目を開けられる状況じゃない。
それでもなんとか、何が起きているか確認したい。辛うじて、目を開ける……
僕の瞳には、彼女の微笑んだ顔が映った。
その微笑みに……僕は得も言われぬ恐怖を感じた。
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「……う」
いつの間にか、気を失っていたようだった。
ここはどこだろう。
僕は寝そべっていて、地面がひんやりして気持ちが良かった。
地面がひんやり……?
全く経験したことのない感触にハッとなって身を起こすと、彼女はそこにいた。
「街、できたよ」
(街……?)
僕が頭に疑問を浮かべている間に、彼女は立て続けに言葉を発する。
「街、出来たからどこかに行こう」
「街には色々な人がいて、施設があって」
「だから、色々な所に言って、色々な話をしよう」
僕は状況を全く理解できないまま、黙って頷いた。
よく見ると、ガヤガヤと人が行き通っており、
出店のようなものが立ち並んでいる。
砂漠では滅多に見かけない水が、たくさん湧き出ている。
(後で知ったが、これを噴水と呼ぶらしい。)
「……街だ」
僕が言い出したのだから当たり前だが、
そこには僕が想像し得る限りの街の光景が広がっていた。
「驚いた?」
「……驚いたよ」
当たり前だ。
砂漠を歩き続けるだけの存在だったのだから。
早速僕は、『彼女に』、『彼女が作り出した街を案内』してもらっていた。
なんだかデートみたいだな、と思うと顔が熱くなりそうだったので、
慌ててその思考を振り払ったりなんかしていると、
「そういえば、貴方の名前は何というの?」
いきなりそんなことを尋ねられた。
「えっ」
「あら、どうかした?」
ここで変な態度を取ったらもっと恥ずかしいことになる。
軽く深呼吸して、冷静さを取り戻した。
「……。僕に名前なんてない」
「僕は、旅人としか呼ばれたことがない」
彼女はくすくす、と笑い、
「じゃあ、旅人さんって呼ぶね。 私の名前はアリーナだよ」
「あ、ああ……、分かった。よろしく、アリーナ」
色々と急すぎて、自己紹介を全くしていない事なんてすっかり忘れていた。
しばらく歩き回っていた後、彼女が休憩しようと言い出したので、
近くに設置されていたベンチに腰掛けることにした。
「旅人さん。あとは……何が見たい?」
「……。学校が見たい」
「学校……」
流石にアリーナも逡巡していた。
確かに、問いに対する答えとしては、自分でもおかしな選択だな、と思う。
なぜだか、頭に思い浮かんだのだ。
学校に通った記憶のない僕のことだから、憧れや未練があったのかもしれない。
「この街に、あるんですか?」
「ええ」
「行きましょう」
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学校に行った時は驚いた。
まるでそれは昔からあったかのように。
彼ら彼女らの日常が、そこにあった。
「一体、どうやって……。」
そう聞こうとしてアリーナの方を見ると、違和感に包まれた。
(消え、そう……?)
おかしい。
彼女は間違いなくそこにいるし、声を発しているし、姿が見える。
なのに、何故そんなことを思ってしまったのだろう?
「ねえ」
(っ……!?)
この声はアリーナのものじゃない。
声がした方を向くと、一人の女子生徒が立っていた。
「ここは学校なんですよね」
「ええ」
アリーナが素早く応じた。
「なら、教えて下さい」
「人って、何の為に生きているんです?」
別の声も混じった。
「人はどうやって生きてるんですか?」
「人の存在はなぜ証明し切れないんですか?」
「私は誰?」
「人は何?」
「誰が何のために?」
「俺はこんな所に通い続けるために生きているんじゃない!」
「死んだ方がマシなんじゃ……」
「実力がなければ存在価値がないんだよね」
「死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい」
「俺達は生きてるんじゃなく、誰かのどうでもいい使命によって生かされている」
「人間の意思など死に対して全て無抵抗だから、価値がない」
「抗えない」
「では何のために生きてるの?」
「だから……私は。。。。。。。。。」
「私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は
私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は
私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は
何のため生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる」
「「何のため何のため何のため何のため何のため何のため何のため何のため何のため」」
生徒の数は増え続け、いつの間にか集団と化し、暴動となっていた。
「あ……ああ……。」
「た、たす……助け……」
僕は背筋が凍って動けなくなった。
「旅人さん!」
アリーナが声を張り上げた。
「逃げましょう」
ま、待ってくれ。
そう叫ぼうとするも、口がパクパク動くだけで、声にならない。
逃げなきゃいけないのは誰が見ても分かるが、腰が抜けてしまっている。
「っ……!」
僕が立ち竦んでいる間に、
アリーナさんも生徒に取り囲まれていた。
僕のせいだ。
「くそ……!」
震える脚に鞭を打って走り出す。
生徒らの叫びは既に支離滅裂になっていて何を叫んでいるのか分からない。
ただとても悲痛な心の痛みがこちらまで伝わってくるようだった。
そんなことよりも、このままだとアリーナさんが危険だ。
(アリーナさん……)
僕はただ、彼女の特徴を思い浮かべ生徒を押し分けて進んだ。
「アリーナさんっっ!」
彼女は群衆に呑まれかかっているところだった。
僕はなりふり構わず彼女に抱きついた。
彼女はこんな状況にも関わらずいつもの微笑みを見せ
「来てくれたんだね……」
「うん、あの、もう、大丈夫だからっ……、?」
自分でも何が言いたいのか分からなかったが、
同時に何が起きているか分からなかった。
抱きついた彼女の身体は砂へと変わり、崩れ去ってしまったのだった。