「ふぅ……」
いつの間にか労働に勤しむ事になった、俺とラグナは使用人としての雑務を一旦終える。
給料も出ないのになぜこんな事をしなければならないのか? 神は理不尽だ。
俺は訴える。そう、正当な労働には正当な報酬が必要なのだ。用するに金を払えという事だった。ちなみにエリスさんは使用人に引っ張られていった。別の雑用があるとの事。使用人の仕事など雑用しかないのではあるが。
思わず、本来の目的を忘れそうになる。時刻は夕暮れ時を指示していた。そう、そこは長い廊下だった。窓からは夕日が差し込んできて、真っ赤に映る。
何となく情緒を感じるような光景だった。
――と。その時だった。気配を感じる。殺気じみた気配。それも単体ではない。複数の殺気だった。いつの間にか囲まれている事に気付く。
複数ある部屋のドアから男達が姿を現す。皆、武装をしていた。ブロードソードのような凡庸で無骨な剣。さらにはプレートアーマーを着こんでいる。いかにも兵士といった格好をしている。明らかに狙いすましたような登場だった。
「……くそっ。気付かれていたのか」
気付かれていた? いつ気付いたのか? それは恐らくは最初からだ。最初からあの男は――レオンは全てを見通していたのだ。見通されていた上で、泳がされていた。遊ばれていたのだ。
だとすると、彼女のエリスの本性もとっくに見通していたのだ。見透かされていた。
そうなると、彼女の身もまた危うかった。だが、今はそんな事を考えている余裕はない。
今はこいつ等を何とかしなければならない。
「ラグナ」
「うん」
名を呼ぶ。以心伝心というわけではないが、それだけで十分意味は伝わった。
ラグナは瞬く間に剣の形状に姿を変え――まるで魔法少女アニメの変身シーンのようだ。どうでもいいが――俺の手中に剣の形状になり収まった。
臨戦態勢完了――というところだった。
相手はあまり動かなかった。緊迫した空気になり、時間だけが無為に流れていく。躊躇っているのだろうか。
――と。一人の兵士が動いた。それが合図だったようだ。幾人かの兵士たちが各々の武器を持って俺に襲い掛かってくる。そう、剣だったり、槍だったりを持ってだ。
俺はそれをひらひらとかわしていき、と、それと同時に剣を放って行った。
「ぐあっ!」
「ぐおっ!」
兵士の男達はそれぞれが不細工な悲鳴をあげつつ、果てていった。
「安心しろ。峰打ちだ」
俺はドヤ顔で決めポーズをとって言った。
「なにそれ?」
剣になったラグナは言う。というか、その状態でも話せるのか。
「言ってみたかっただけだ。男の浪漫ってやつだ」
そもそも両端が刃となっている魔剣ラグナロクで峰打ちとはどうすればいいのか。側面でたたきつければいいのか。あれは日本刀特有の表現なのかもしれない。峰打ちというのは嘘だ。殺さない程度に斬っただけだ。
――と。その時だった。静まり返った廊下に、一人の少女が現れる。使用人と思われる少女だ。少女は幾人かの兵士が崩れ落ちているこの異常事態と思われる状況に際しても全く表情を変えていなかった。少しおかしかった。表情が変わらないというよりは表情がないような印象を俺は受けた。ついで、あの男が姿を現す。優男にしか見えない外観をした――だが裏のありそうな男。この国の現国王であるレオンという男だった。
「いやー。見事な腕前だ。我が国の精鋭達を歯牙にもかけないとは」
レオンはそう言って気のない拍手をする。まるで馬鹿にされているかのようだ。
「……これはお前の差し金か?」
「勿論だとも」
レオンは軽薄な笑みを浮かべる。
「お前達の狙いはわかっている。僕のこの魔剣が目当てなんだろう?」
「『この魔剣』?」
俺は聞き返す。
「まさか。まだ理解していないのか? だとしたら愚鈍にも程がある」
レオンはそう言った。薄々は気付いていたが、今では確信に変わった。あの少女が――恐らくはそうなのだ。
「グラム。お前の力を見せてやれ」
「了解しました。我が主様」
「我が手に顕現せよ。『破壊の魔剣グラム』」
それと共に、瞬く間に光の粒子のようなものに変換され、剣の形状になり、レオンの手に納まる。それは禍々しいフォルム、オーラをした剣だ。普通の剣でない事は一瞬で察する事ができる。まさしく魔剣といった様子だ。
「くっ……」
俺は身構える。今まで苦戦らしい苦戦をしてこなかった。それは武器の差があったからだ。俺の力ではない。魔剣ラグナロクの力があったからである。それは決して俺の力ではない。努力して培ってきたものではない。ある日唐突に手に入った力だ。
しかし、今回はいつもとは事情が異なる。なぜなら、相手も同じ魔剣の使い手だからだ。
武器の差は恐らくはない。苦戦は避けられないだろう。レオンは悠然とした様子で魔剣グラムを構える。
「来ないのか?」
恐らく、対面した事のない危機に無意識に怯えていたのだろう。俺は動けずにいた。先手を打てずにいた。
「だったらこちらから行くぞ」
そう言って、レオンは襲い掛かってきた。鋭い踏み込みからの一撃。俺はすれすれのところでそれをかわした。
しかし。後ろには人を模した彫刻があった。その彫刻は『破砕』した。そう、破砕したのだ。通常であるならば、剣で斬ったのである。ならば、斬れるのが普通ではないだろうか。
しかし。彫刻は破砕したのである。そう『壊れた』のだ。
「くそっ」
俺は吐き捨てる。あんなもので斬られたら無事ではすまない。普通斬られても体は真っ二つに斬れるかもしれないが、それでも五体は残る。あんなもので斬られたのならば、五体は満足に残らないだろう。粉々になる。つまりは一撃すらももらう事は許されないのだ。
「ふはは! どうした! 逃げ回っているだけでは話にならんぞ!」
そう言いつつ、剣を振るってくる。
俺はそれを剣で受け止めた。
カキィン。という、甲高い音がした。
それと同時に安堵をする。この魔剣ラグナロクまでもが粉砕されてしまうのだとしたら、もはや打つ手がなかった。そうでなければ、何とかなりそうではある。
「ふん。面白い。そうでなくてはな」
レオンは再度剣を振るう。そこからは激しい剣戟が繰り広げられた。鍔迫り合いが続く。お互いの剣は西洋刀ではあるが、状況としてはそんな感じが続いた。お互いの剣は必殺の剣であり、僅かにでもあたった時点で致命傷になりかねない。
息をつく暇もない程の膠着状態が続いた。しかし、徐々にではあるが俺は押されていった。
それは体力の違い、技量の違い。そして精神の違いだったのかもしれない。
ついには追い詰められ、俺は壁を背負う事になる。
「……まあ。それなりには楽しめたよ。だけど、そろそろ終幕フィナーレといこうじゃないか」
レオンは魔剣グラムを振り上げる。
くそっ。今日中で吐き捨てる。このままでは、まともに剣を食らってしまう。体は木っ端微塵になる事だろう。ゲームなんかとは違う、リアルな死の恐怖が襲ってきた。
走馬燈のようだった。一瞬の事だったはずなのに妙に頭が回る。相手の動きが遅く見えた。
その時思う。魔剣グラムが破壊の魔剣なのだとしたら。この魔剣ラグナロクはなんの魔剣なのだろうか。何かがなければおかしい。何かがあるから魔剣は魔剣と呼ばれるはずなんだ。そうでなかったら、これはただの剣である。ただ単によく斬れるだけの剣に他ならなくなってしまう。だったらなんだ? この剣のアビリティーってやつは。
そう思っているうちに、剣はゆっくりとではあるが迫りくる。やばい。死ぬ。マジで死ぬ。
思っていた時。魔剣ラグナロクは俺を守ろうとしたのか、その真の力を発揮した。
「なに?」
瞬く間に切り返し、相手の魔剣グラムをはじき返した。その時、俺はこのラグナロクの本当の力というものを理解した。俺は間違いなく、斬られるはずだった。そして死ぬはずだった。しかし、この魔剣はその『運命を強引に捻じ曲げた』。この魔剣の本当の力――それは。言うならば物事の道理を捻じ曲げる力だった。『事象改変』とでもいうのか。そう、この魔剣には運命を変える力があったのだ。
「な、なに?」
剣を無くしたレオンは一転して窮地に陥る事になる。
「終わりだ」
俺は剣を突き付ける。
「……くっくっく」
含みのある笑みを浮かべられる。気がふれたとか、そういう事ではないだろう。何か意味のありそうな笑いだった。
「何がおかしい?」
「なに。君は終わりだ、と言った。しかし、それはどちらにとっての終わりだ?」
「な。何を言ってるんだお前は。もう状況はどう考えても俺達の勝ちじゃないか。魔剣を失い、お前は手ぶら。どこに勝ち目がある?」
「僕は用心深い性格なんだよ。勿論、こうやって僕が窮地に陥る可能性も勿論考慮してきた。
自分が勝つ事、優位に立つ事だけを想定している凡俗とは違うんだよ」
「な。何が言いたい?」
「――つまり、こういう事だよ。おい! 出てこい!」
「はっ!」
そう言って、物陰から一人の兵士が現れた。
「なっ!?」
そして、兵士の男は一人の女性を拘束していた。その女性とは、元王女であり、俺達をここまで案内してくれた女性、エリスさんだ。気絶しているのだろうか。声もあげず、目も開いていない。ただ、呼吸している事はくみ取れた。命はあるのだろう。死んでいたら人質の意味をなさないはずだ。
「これでわかっただろ? 茶番は終わりだ。さぁ、武器を捨てろ。さもなくばこの女を殺す。くっくっく。これで僕の完全勝利ってわけだ」
「くそっ」
打つ手はないのか。俺はどうすればいい。このままエリスさんを見殺しにするしかないのか。しかし、そんな事できるはずもない。
そう、今度こそ、俺は絶体絶命の窮地に陥っていたのである。