彼女の名はエリスと言った。本来であるならば流れるような艶のある金髪を短く切り、ローブでまとっている。そう、わざと野盗に見せかけているかのようだった。それはまるで何かを隠しているかのように思えた。
彼女は宿から盗み取ってきた魔剣を懐に入れ(とはいえ実際に懐に入る程の大きさではないが)アジトへ帰還する。アジト。
そこは市街地から大分離れた場所にある廃墟だった。そこが盗賊団のアジトだった。いかにも盗賊団のアジトに相応しい所だった。
「よー。エリス、お早いお帰りだったじゃねぇか」
そう、一人の男に声をかけられる。バンダナを巻いた少年。どことなく軽薄そうだが、それでも馬鹿そうには見えない。この男が盗賊団のリーダーであった。名をロバートという。
盗賊団の平均年齢は若く、10代が殆どを占めている。政治が変わってからというもの、若年層の失業率は高く、また貧困層も多い。その結果、盗賊になり果てるものも多かった。
異世界とはいえ、現実世界と事情は変わっていないようだ。世知辛い世の中だった。
「ん? なんだそれは?」
エリスは剣を差し出す。
「ほー。こいつは貴重なものだ」
一目見て、ロバートはそう断言した。鑑定するだけの知識があるというのか。
「そうなの?」
「ああ。今から昔に俺達の知らない戦争があったのは知っているだろう?」
「ええ……」
歴史の勉強で習った事があった。かつてこの世界に戦争があったらしい。戦争。それもただの戦争ではない。人間達の戦争ではなかった。もっと超常的な存在。それは端的に言ってしまえば、神と神との戦争といえるのかもしれない。その激しい闘いの末に、神々は姿を消していったといわれ、現在では見る事はない。
「こいつはその戦争での遺産だ。つまりは貴重なものなんだよ。そう、きっとこいつは高く売れる」
「そう……」
「なんだ? 嬉しくないのか?」
「別に」
彼女はそう言った。恐らくではあるが、盗みで生計を立てる事に抵抗がないわけではないのだ。彼女にはそれくらいの良識というものが存在した。それが存在していないとすれば、畜生の中の畜生と言えよう。
――と。その時だった。
剣が光を放つ。
「ん? なんだ!」
二人は思わず、目を覆った。しばらくすると、そこには可憐な少女がいた。流れるような銀髪。宝石のような瞳。ただ残念な事に資金的な余裕がなかったからか、粗野な恰好をしている。それこそ金のない冒険者が無理やり着せたようなボロ布の服だった。立派なドレスコードを施せば、それこそ見事に映えるであろう。
「……へっ。こいつはすげぇや」
と、ロバートは言った。
「すごい? この女の子が?」
「ああ。太古の遺産の中でも、伝説では人間に変われる武器があるらしい。それは珍しくて貴重で、存在したのはせいぜい数振といったところだ。つまり、こいつは相当高値で売れるって事なんだ」
「へー……」
――とはいえ。窃盗のみならず誘拐にまで手を染める事になるとは。良識のある彼女の良心は少なくない痛みを覚えた。
「お前達、こいつを縛って捕まえとけ。逃げられないようにだ」
「「へい!」」
幾人かの男達はそう言って、その少女――魔剣ラグナロクを連行していった。
「けど、大丈夫なの? 彼女は強力な武器なんじゃ」
エリスはそう、もっともらしい事を言った。確かに的を得ている。
「心配するな。所詮、連中は武器だ。武器っていうのはつまりは道具だ。道具は使うものがいなければ機能しない。どんな強力な武器も使い手はいなければ意味をなさない」
なるほど、とエリスは思った。確かにその通りだ。一応、盗賊団とは言えリーダーを務められる男だ。やはりそれなりの知性は備わっているようだ。頭は回る。
ただ、その使い手というのは誰だったのだろうかというと。恐らくはあの宿屋で熟睡していた少年だろう。高いびきをかいて寝ていた。
今頃は恐らくは慌てふためいている事であろう。
ともかく、かくして魔剣ラグナロクはこうして盗賊たちにとらえられていったのだった。