僕の姉はチェルシーさん   作:いろすけ

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チェスターとチェルシーの幼少期のお話です。
今後も幼少期から1話に向けて話が進んでいきます。なので回想?がこの作品の主になると思います。



2話 似合っているわ

 ブランケット家は代々オルコット家に仕える由緒正しきお家柄の家系だ。一般的にはブランケット家の者は10歳になると使用人としての教育を受ける。専門的な学校に通って、基本的な礼儀や作法を教わるのだ。そして高校を卒業すると同時に正式にオルコット家に仕えることとなる。

 

 チェスターも例に漏れず、使用人としての教育を受けているのだ。ただ、チェルシーは違った。チェルシーは11歳の時にはすでに使用人として働いていた。理由は家庭環境にある。チェルシーとチェスターには親がいない。チェスターが小学校に入学して間もなく、父親は病死した。その後、母親もあとを追うように同じ病で他界したのだ。そのことをきっかけにオルコット家の当主、つまりはセシリアの母親はチェルシーに教養を与え、正式にメイドとして雇ったのだ。前述した通り、チェルシーが11の時である。

 

 実の親が亡くなったのにも関わらず、チェルシーはそこまで悲しいとは思わなかった。いや、正確にはそのことを考える余裕すらなかったと言った方が適切だろう。年端もいかない少女が生きるために一から未知の分野の知識を身につけるのだ。チェルシーは完璧などではない。そう見せているだけで内心では悲鳴を上げているのだ。だから、周りが見えなくなることもあるし、忙しすぎて悲しむ暇さえないことだってあるのだ。それだけ彼女もまた、必死だったのだ。

 

「よく似合っているわ。あなたもそう思うでしょ、チェルシー」

「…はい。ただ、着ているというより着られているような気もしますが」

「ふふふ、相変わらず厳しいお姉さんだこと」

 

 今、チェルシーと話をしている方こそがオルコット家当主のフローラ・オルコット様だ。娘のセシリアと同様に金髪のロールがかかった長髪が特徴的な彼女。絹のように透明感のある肌、少しだけ垂れている碧眼からは透き通った意志が感じられる。その容姿を一言で表すなら妖艶な女性だ。

 

 そんなフローラの横で何やら誇らしげな顔でタキシードに着られている少年こそがチェスターだ。彼はチェルシーが下した辛辣な評価に何やら不満があるらしい。唇を尖らせ、こちらに抗議の視線を向けてくる。

 

「…褒めてくれたっていいじゃん」

「そうよね。こんなに似合っているのに」

「でしょ!」

「こ、こら、チェット!フローラ様に向かってなんて口の利き方を!」

 

 あまりにもいつも通りの無礼な口調のチェスターにチェルシーは反射的に注意をした。しかし、それでもチェスターはあっけらかんとしている。というより何がいけないのか分かっていない顔だ。

 

「いい、チェット。あなたも11になったのだから今日から正式にオルコット家に仕えることになるのですよ。口の利き方はもちろん、態度も改めなさい。フローラ様に失礼のないよう――」

「うん、分かった、姉ちゃん」

「分かったじゃなくて、承りました、でしょ。あと私のことも職務中は名前で呼びなさい」

 

 正直なところ、チェスターには高校を卒業してから使用人として働いて欲しかったと思う。この歳で働くことの大変さはチェルシーが一番よく知るところなのだ。それにチェスターには普通の道を歩んで欲しい。姉として素直にそう思う。辛い思いをするのはチェルシー1人で十分なのだから。

 

 でもチェスターは働くと言って聞かなかった。それは単なる憧れなのかもしれないし、おそらくこの先の大変さは全く考えてはいないだろう。だからこそ止めるべきなのは分かる。でも、最終的にはチェスターの言う通りにしてあげるのは姉としての甘さなのかもしれない。

 

(もし、私のことを気遣っているのなら…)

 

 自分のやりたいことをして欲しい。少なくとも高校生までの間くらいは。チェルシーがチェスターの可能性を狭めている気がしてならないのだ。なのに、悲しまなければいけない場面なのに、そんなチェスターの心遣いを嬉しく感じてしまう自分がどこかにいた。

 

「えー、姉ちゃんは姉ちゃんでしょ」

「チェット!」

 

 なんとも仲睦まじい姉弟の言い争いが始まった。目の前にその敬うべき当主がいるのに二人は静まるどころかさらにヒートアップしていく。そういったことに気が付かない辺り、しっかり者のチェルシーもまだまだ子供ということだ。そんな様子すら愛おしそうにフローラは眺める。この二人の姉弟喧嘩は見ていて自然と顔が綻んでしまう。フローラ自身が一人っ子だったことがおそらく影響しているのだろう。

 

「いい加減にしなさい!チェット!」

「いたっ!?」

 

 どうやら決着が付いたらしい。いつも通り、言うことを聞かないチェスターに痺れを切らしたチェルシーが軽く拳骨をお見舞いする。それを受けたチェスターはそれ以上何も言うことなく、ただ抗議の視線を送るだけ。反撃はしても無駄だと知っているのだ。この歳ながら姉弟間の力関係は決まってしまったらしい。

 

「も、申し訳ありません、フローラ様」

 

 すぐに我に返ったチェルシーは未だ反省の色をみせないチェスターの頭を強引に下げさせながら謝罪の言葉を述べた。もちろんフローラは怒ってなどいない。むしろ楽しんでさえいたのだが、そこは姉弟の前では伏せておくことにする。

 

「いいのよ。それより今日はチェスターの就任祝いなんだから喧嘩なんかしないの」

「も、申し訳ありません」

「チェスターもお姉ちゃんの言うことはしっかり聞くのよ。あと、言葉遣いはゆっくりでいいから直していきましょうね」

「はーい」

「チェット!」

「承りましたー」

 

 とりあえず言ってみただけの敬語に思わず笑みが零れる。本当に大丈夫かと不安になる反面、さっそく姉の言うことを素直に実行している辺り案外問題ないと思っている自分がいる。どちらにせよ、いい姉弟であることには変わりはない。フローラは二人の頭を順番に撫でてから微笑んで言った。

 

「今日からお仕事頑張るのよ。分からないことがあればチェルシーに聞きなさいね」

「うん!」

「だからチエット!」

 

 また始まった姉弟喧嘩にさすがのフローラも苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

(………本当に、大丈夫…よね?)

 

 一抹の不安を抱きながらフローラはその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「チェット、その恰好はなんですの?」

「ん?羊服だよ」

「……ひつじ?執事ではなくて?」

「そうとも言うね」

 

 ここはセシリアの自室である。さすがに有名貴族のお嬢様だけあってその部屋はとても豪華に飾られていた。ガラス張りのテーブルに明らかに質のいいクッションを使用している椅子、おそらく特注だと思われる鏡台は真っ白で統一され、清潔感とロイヤルさが絶妙にマッチしている。その中でも一番目を惹くのはベッドだ。鏡台と同じく白を基調としており、全体にレースのあしらいが確認できる。まるで童話のお姫様が寝ているのではないかと思ってしまうような外装だ。そこにセシリアが腰掛ければ身内としての贔屓目無しにしても童話のお姫様そのままだった。

 

「今日から働くんだよ!すごいでしょ、セシリア」

「すごいですわ!で、具体的には何をしますの?」

「えーっと、使用人は家主の命令を聞くのが仕事なんだよ」

「命令…ですの?」

 

 うん、と元気良く返事をするとチェスターは立ち上がる。セシリアはチェスターが突然立ち上がたことの意味が分からず、驚いたように目を丸くしている。それに対してチェスターは服装を正す真似をして大げさに一礼してみせた。

 

「セシリアお嬢様の命とあらば謹んで」

「まあ、すごいですわ、チェット!」

 

 覚えたてで雰囲気のままに使った敬語。真似というよりイメージに近かった動き。実に粗のある礼儀作法だったがセシリアにはウケたらしい。純粋な目をさらに輝かせてセシリアは賞賛の言葉を並べた。それに気をよくしたチェスターは同じ言葉をもう一度繰り返した。

 

「セシリアお嬢様の命とあらば謹んで」

「うふふ、似合ってますわよ」

 

 満足げに頷くとチェスターは気が済んだとばかりに腰を下ろした。満面の笑みでセシリアを見るが、次に発されるセシリアの言葉でチェスターは完全に固まってしまうことになる。

 

「じゃあ、チェットはわたくしの命令に絶対従うのですわね」

「え?」

「何をしてもらいましょうかぁ」

 

 目の前に映ったのはチェスター以上に満面の笑みを浮かべたセシリアの顔だった。その顔は何かを企んでいるようであり、純粋に何をしてもらうか決めかねている様にも見える。いや、きっとどっちもだ。純粋に何をしてもらうか企んでいるんだ。それが無性に怖い。何となくその笑顔はセシリアの母親であるフローラを連想させた。

 

「では、チェット」

「は、はい」

 

 チェスターはこの時初めて背筋が凍る感覚を知った。そんな様子を知ってか知らずか、なおも素敵な笑みを浮かべるセシリア。ゆっくりと立ち上がり、チェスターの前まで歩み寄る。その一歩一歩がチェスターの心の内に鳴り響く警告音を大きくしていく。

 

「まずは――」

 

 セシリアが何かを言いかけたその時、救いの神が舞い降りた。

 

「こら、チェット!こんなところにいたのね。まだ掃除は終わってないのよ!」

 

 救いの神、もといチェルシー・ブランケットが現れた。

 

「チェルシー?」

「お嬢様、無礼と存じますが失礼させていただきます」

「ええ、それは構わないのだけれど…」

 

 チェルシーはセシリアの了解を得るとすぐさま部屋の中へと足を運んだ。瞬間、流れるような動作でチェスターの頭部を鷲掴みにする。一切の隙もなく行われた動作にセシリアもチェスターも一歩も動けず、息を飲むことしかできなかった。鷲掴みにされている当のチェスターは息を飲むどころの話ではないのだが。

 

「セ、セシリアァー、た、たすけてぇー」

「お嬢様に対してその口の利き方はなんですか!ふざけているの!謝りなさい。そして二度と無礼な真似はしないと誓いなさい!今ここで!」

「痛い、痛い、頭割れるよ、姉ちゃん」

「安心しなさい。人の頭はそう簡単には割れないのよ。あと姉ちゃんは止めなさいと今朝も言ったでしょ」

 

 じゃれ合う、にしてはあまりにハードすぎる目の前の光景に若干引いているものの、その光景が微笑ましいものだというのは今のセシリアでも十分に理解できた。

 

「二人とも本当に仲がいいのね」

「どこがなのさ!」

「あり得ません!」

 

 二人は即座に否定の言葉を口にしたがそれもまた照れ隠しのように思えてくる。セシリアは少し考えた後、未だに取っ組み合い(チェルシーの一方的な攻撃)をしている二人に向けて思いついたように声を掛けた。

 

「二人とも、命令です!」

「「え?」」

 

 チェルシーとチェスターの声が重なる。セシリアのあまりに突飛な発言にチェルシーですら素頓狂な声を上げてしまった。対するセシリアは妙に自信に満ちた表情で、胸を張る。余程いいことを思いついたのだろう。僅かな笑みすら浮かべている。

 

「喧嘩は止めて仲良くしなさい」

「「………」」

 

 数秒間の沈黙が生まれた。ポカンとして返事をしない二人にセシリアは先程の自信はどこへやったのか、急にオロオロと慌て始めた。その姿はとても愛らしく誰の目から見ても可愛らしいの一言に尽きるだろう。ただ、今セシリアの目の前にいるのは使用人である。まあ、一人は未だに友達感覚なわけだが、問題はそこじゃない。目の前で慌てふためく主を何としてでも落ち着かせなければならない。万が一でも泣かせたりしたら…。チェルシーの額に嫌な汗が流れる。チェスターも理由は違えど状況を理解したようで姉弟はお互いの顔を見合わせる。そこからの行動は早かった。

 

「お、お嬢様、落ち着いてください」

「そうだよ。僕たち超仲良しだから!喧嘩とかしないから!」

 

 必死に肩を組んで仲良しアピールをするブランケット姉弟。セシリアはなおも疑り深い視線をこちらに向けている。その光景はなかなかに奇妙なものだろう。

 

「本当ですの?」

「本当ですよ」

「も、もちろん」

 

 セシリアの問いにコンマ数秒の速さで返答するも、セシリアは俯いて動かない。もしや、と最悪の事態が二人の頭に浮かんだ時、セシリアがゆっくりと顔を上げた。

 

「では信じます。もう喧嘩はダメですわよ」

 

 笑っていた。そこには確かに満面の笑みを浮かべるセシリアがいた。どうやら一難は去ったらしい。一気に肩の力が抜けたような気がした。

 

「「は、はい」」

「あとチェルシー、チェットの呼び方は許してあげて」

「い、いや、ですが」

「チェットにとってあなたは間違いなく姉なんですもの」

「………」

 

 チェルシーはセシリアの提案が受け入れ難いようで少しの間考えていたようだが、すぐに折れたようで口を開いた。

 

「分かりました」

「本当―――」

「ただし条件があります」

「…条件?」

「はい。姉様、なら最悪妥協します」

「…それでどうかしら?」

 

 最終決定権は何故かチェスターにあるようでセシリアもチェルシーもこちらを窺ってくる。しかし、セシリアに此処までしてもらってさすがに否定はできそうにない。何よりチェルシーのことを名前で呼ぶことに抵抗があるだけでそれ以外なら別に構わないのだ。

 

「うん、じゃあそれでお願いします、姉様」

 

 元気よく返事をするとセシリアは笑みで返してくれた。チェルシーは呆れたような顔をしていたが、あれはおそらく口調をどうやって直させようか、と考えているに違いない。

 

「では、お嬢様。私たちは職務に戻らねばなりませんので、失礼いたします」

「ええ、頑張ってください」

「そんな、もったいないお言葉」

 

 チェルシーは自身のペースを取り戻したようで礼儀正しくお辞儀をすると、そのまま部屋を出て行った。もちろんチェスターを回収することも忘れずに。

 

「……なるほど。命令するのにもコツがあるんですわね」

 

 そんなセシリアの呟きは二人には聞こえることはなかったという。

 

 

 

 




幼少期セシリア…。
絶対可愛いですよね!


さっそくオリキャラが登場しました。
セシリアの母親、フローラ・オルコット。
名前は作中で出てこないので作者がつけさせていただきました。

あと父親も出すつもりでいます。
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