他の作品から数えれば一年以上たつのに…。
今回はセシリアが出ますよ!
「………フンッ」
今、チェスターの前にはセシリアがいる。それだけなら何ら問題はないのだが、明らかに空気がおかしい。腕を組んで顔を思いっきり背ける。誰がどう見ても怒っていますのポーズをとっている。もちろんチェスターに心当たりはないし、見当もつかない。ただ事実としてセシリアはチェスターに対して激怒しているということだ。
現在地はセシリアの自室だ。アーノルドと話を終えてチェスターは庭の手入れに向かった。向かう途中でセシリアと出くわし、すぐさま自室へと誘拐され、今に至る。
「……」
「……フンッ」
おかしい。今一度振り返ってみても自身に非があるどころか、セシリアが怒る理由すらないように思う。それでも放置は流石にできないので一応理由を聞いておくことにした。
「……セシリア?」
「……」
「お嬢様?」
「………」
話しかけても反応がないようでは聞くに聞けない。セシリアは相も変わらず怒っているようだ。幼いセシリアが腕を組んで顔を背けている光景は傍から見れば子供が拗ねているようにしか見えないだろう。その愛らしさが微笑ましくもあるのだが、同年代の尚且つ従者としての立場であるチェスターにはその光景を楽しむ、なんて余裕は当然ない。
以前チェルシーが言っていた女心は秋の空、という言葉を思い出す。聞いた時はありえないだろうと馬鹿にしていたが、目の前で実際に女心とやらに対面してみると笑えない例えだとしみじみ思う。チェスターはこのとき心の底から天気予報士を尊敬した。
「怒ってる……よね?」
「怒ってませんわ」
嘘でしょ、という言葉を寸前で飲み込む。実際チェスターの言う通り嘘に違いはないのだが、それを指摘すると怒るのも女心というものなのだ。
「えっと、どうして怒ってるのか教えてもらってもいい?」
「ですから怒ってなどいません!」
これは流石に参った。取り付く島もないとはまさにこのことだ。多分チェスターはこの11年間の人生で一番頭を使ったと思う。チェルシーやフローラ、さらにはハーティまで引っ張り出して今この状況に該当する女心を検索していく。結果的に該当なしと表示されたが、頭を抱えている暇はない。
そこでチェスターは聞き方を変えることで状況が改善されないかと試みる。ここまで来たら実際にやってみる他ない。最後に信じれるのは結局自分なのだから。頭の中にあった誰の言葉か分からない名言を根拠に自信を取り戻す。
「じゃあ、僕に言いたいこととかあるかな?」
「言いたいこと、ですか?」
「そう!お嬢様の要望を聞くのも僕の仕事のうちだからね!」
「そうですね、では…」
苦し紛れな一言だったがセシリアは思いのほか好感触だ。何よりこの状況では反応があったことを喜ぶべきだ。
「お父様と話すのは止めなさい」
「え?」
お父様。チェスターの頭の中で何度も同じ言葉が反芻される。しかし、何度繰り返しても一通りの意味しか思いつかない。つまりはセシリアは自身の父親であるアーノルドと話すな、と言っているのである。ますます意味が分からない。
「ですから、お父様と二度と話しをしてはいけないと言ったのです」
セシリアはチェスターから返事がないことを不審に思ったのか、組んでいた腕を解き、激しく上下させることで憤慨の意を示す。腕と一緒にセシリアの長い髪が激しく揺れた。
「なんで?」
「なんでもです」
セシリアはそれだけ伝えると先程までと同様に腕を組み、顔を背ける見慣れたポーズに戻ってしまう。用件は聞けたけど意味は分からない。どうしてその考えに至ったのかプロセスがチェスターにはさっぱりだった。
しかし、このまま黙られるとさっきと何も変わらない。それどころか悪化すると言っていい。とはいえ今のチェスターにこの状況を打開できる案など浮かぶはずがない。また膠着状態に入ると予想したが、その予想は裏切られることになった。
「あの人と一緒にいるとチェットまでダメになってしまうからですわ」
ダメ、というものが具体的にどのようなものなのかはチェスターには分からない。ただ、セシリアがアーノルドのことを毛嫌いしているのは何となくだが気が付いていた。そしてその対象は父親だけではなく男性だということも容易に想像できる。セシリアは家庭環境ゆえ、異性と接する機会が極端に少ない。女子校に通っているセシリアにとって異性と言えばそれこそ父親かチェスターくらいだろう。それに対して女性はフローラにチェルシー、ハーティに学友と優秀な人が数多い。だから男=不出来という極端なイメージがついてしまったのだと思う。
「チェットはあんな人のようになってはダメですわ、絶対」
幸い、という表現が適しているのかは謎だがセシリアにとってチェスターは嫌悪する対象にカテゴライズはされていないらしい。使用人というよりも友人としての意識が強いからなのかもしれない。
「どうしてそこまで嫌いなの?」
「そ、それは…情けないからですわ」
セシリアの表情に影が差す。その表情を窺う限り、心の底から嫌っているように見える。言い知れぬ不安に襲われる。
「いつも周りの顔色ばかりを気にして…最低ですわ」
セシリアがどうとか、アーノルドがどうとか、もはやそんなレベルではなかった。少なくともチェスターはアーノルドに対していい印象を持っている。それがまさかここまで異なった考え方をしている人がいることにチェスターは衝撃を受けた。
「いや、でも、アーノルド様だって…」
言葉は続かなかった。一瞬、セシリアの視線がアーノルドに向けているものと全く同じ、軽蔑を含んだものに変化したような気がしたからだ。
「チェットにはあの人みたいになって欲しくはない。ただそれだけですの」
「………」
何も言えなかった。肯定も否定も出てこない。
「分かってくれますわよね?」
ただ一つ、真剣な顔でこちらを見つめる彼女はチェスターが知っているセシリアではなかった。
◇
オルコット家の庭園はかなりの広さがある。ただ、だだっ広いというわけではない。大きな門から屋敷まで整えられた石畳。その左右には客人をもてなすかのように植えられた草木。緑の塀に囲まれた中には息を飲むほどに色とりどりの花が咲く。その中でも草木で象られたオブジェは一際目を惹いた。オブジェは一口に丸型と言ってもさまざまである。球のように均一に揃えられたものもあれば上に行くほど尖がったドングリ型もある。他にも楕円など種類は様々だ。
「…よっと」
チェスターはその手入れをしているのだ。遠目で見れば整っていて手入れの必要はないようにも感じるがそうはいかない。近くで見ると一部が飛び出ていたりと、意外に粗は多い。それを手に持っている枝切ばさみで整えていくのだ。時に手の届かない場所は脚立に乗りながら、と地味な割にハードな仕事だったりする。もちろんそれなりに練習したし、実際これも初めての作業ではない。だが11歳の子供がこなすにはやはりかなり大変な仕事だ。
「よっ…はっ、はっ……」
丁寧にかつ大胆にハサミを入れる。意外と長く時間をかけてやるよりこっちの方がうまくできたりするものなのだ。今回も例に漏れず、テンポよくこなしていく。
………………チャキッ、チャキッ、チャキッ、チャキッ。
機械的に紡がれる枝を切る音。切られた枝はハラリと舞って地に落ちる。それを眺めていると何となく虚しい気持ちになる。いや、正しくは先程のことを思い出しただけでこの光景にそこまで悲観的になれはしない。そこまで考えたとき、チェスターは背中に何かが触れる感覚を覚えた。
「?」
反射的に手を止め、首だけ向けることで後ろに振り返る。するとそこにいたのはチェスターのよく知る姉の姿だった。
「手が乱れているわ。もっと丁寧に」
そう言いながらごく自然な流れで後ろから両腕を回すチェルシー。真後ろから抱きしめるようにしてチェスターの手に自身の手を添えた。
「ゆっくりと、枝を切るというより葉を梳いてあげる感覚ね」
チェルシーの声と温もりを感じると先程の嫌な感情はどこかへ行ってしまったようで、不思議と落ち着けた。そしてようやく自分は勢いに任せて雑な仕事をしていたことに気が付いた。
………………チャキッ………………チャキッ………………チャキッ………………チャキッ。
さっきと同じ機械的な音が、けれども心地よいテンポで流れる。
それから少しの間枝切ばさみを動かした。ある程度整え終えるとチェルシーはチェスターから手を離した。少し離れてオブジェ全体を確認してみると驚くほど均一に整えられているのが分かった。誰がどう見ても直しはいらないくらい完璧だった。
「今みたいな覚よ。私も手伝うから、ゆっくりコツをつかみましょ」
人の心の機微に鋭く、それでいて無理に聞き出そうとしない。むしろ逆。とても自然に心の中に入り込んで相手が話してくれるまでそっと待つ。話せば親身になって相談に乗ってくれるし、そうでないなら気づかないふりをしてくれる。にっこりと微笑むチェルシーにはやっぱり敵いそうにない。改めてそう認識すると同時に誇らしくも思う。自慢の姉だと。
「ねえ、姉ちゃんは誰かを好きなったことある?」
「ええ、もちろん」
意外な返答が返ってきた。チェスターにはチェルシーが誰かに恋をしているところなんて想像できない。というかチェルシーが好きになるなんて一体どれだけすごい人なのだろうかと思う。身内びいきも多少は入っているかもしれないがチェルシーに釣り合う男なんているのだろうかとさえ思えてしまう。
「……ど、どんな人?」
「そんなのチェットに決まっているでしょ」
しかし、望んでいた返事ではなかった。その好きはまず間違いなく家族としての好きだ。むしろ違う意味だったら問題だろう。ムスッとした顔で睨むとチェルシーは少し困ったように笑った。
「…男の人、となるといないかもしれないわね」
「じゃあ、嫌いな人は?」
「…どうしてそんなことを聞くの?」
チェスターが一番聞きたかったことがこれだ。しかしその質問はチェルシーによって質問で返されてしまう。
「…………」
でも、その答えを正直に言うのには抵抗があった。いくらチェルシーに対してでも言いにくいことはある。特に今回の根源はセシリアだ。セシリアがアーノルドを嫌っていることをどうにかしたい。お節介な上にセシリア個人の感情を晒さなければならない。そんなことはできないし、したくもない。
言葉に詰まったチェスターの気持ちを察してくれたようでチェルシーはそっと頭に手を添える。
「人間なんだから苦手な人くらいいるわ」
「え?そう、なの?」
「ええ。大切なのはその後」
「……あと?」
「嫌いな人とどう関わっていくか」
どう関わるか、それは暗に人が人を嫌いになることは仕方のないことだと言っているようなものだ。その考えを理解するにはチェスターは幼すぎる。いろいろと経験が足らなすぎるのだ。
「確かに嫌いにならないことが一番いいのだと思う。でも、それってかなり難しいことなのよ」
「…そう?」
「ええ、とっても。それができるのはあなたが優しいからよ、チェット」
撫でられるチェスターにはやっぱり分からない。これもハーティが言うように分からなくてもいいことなのだろうか。
「…難しく考えなくてもチェットはそのままでいいのよ」
そうは言っても今回はセシリアとアーノルドの問題なのだ。チェスター自身は直接的には関係がないと言っていい。裏を返せば、それは今まで通りでは状況は何も変わらないということでもある。
「いいえ、今まで通りでいいのよ。チェットがチェットらしくしていれば、いずれお嬢様も気が付くはずだから」
「…そうかな」
「そうよ、お姉ちゃんが保証してあげる」
不思議な温かさを持った言葉だった。このままでいいとは思えないのが正直なところだけど、チェルシーにここまで断言されると自信が湧いてくる。なんとかなる、大丈夫だって。
「って、なんで知ってんの!?それに心読まないで!!」
「ふふっ」
いいことを言われたせいで流しそうになったけど突っ込まずにはいられなかった。当のチェルシーはいつもの笑みを浮かべているだけで何も言わない。どこか楽しそうに笑うチェルシーに、一体どこまで見透かされていたのだろうかと冷や汗を流す。相変わらず人間離れしていらっしゃる姉を前にため息が漏れずにはいられない。
「…はぁ」
「幸せが逃げてしまうわよ」
普段は真面目なのにこう言ったメルヘンなことも自然と言えるのが純粋に凄いと思う。そしてそれが似合っているのだから何も言えない。そこいらの男ならイチコロだろうな、と齢11歳にして感じ取る。
チェルシーは先程好きになった人はいないと言っていたが、逆は多いだろうなと勝手に推測する。きっと告白されたことだってあるに決まってる。そしておそらく撃沈したのだろう。そう思うと姉の学友の方に少し同情してしまう。
「姉ちゃ――」
不意に唇に人差し指をあてがわれる。もちろんチェスターの唇に、チェルシーの指があてられているのだ。こんなシチュエーションは恋愛漫画だけの話かと思っていたが実際に起きうることなんだとチェスターは驚愕した。これが姉でなかったらさぞ嬉しいことだろう。しかし、現実に目の間にいるのは自身の姉、チェルシーである。嬉しさなんてものよりも困惑の方が先行していた。
「口調、気をつけなさい」
「ふぁ、ふぁい」
この状況で何を言われるのかと思いきや、出てきた言葉はお説教だった。今更な気もするが、いや、逆に言えば今まで注意せずにいてくれたのだ。もしかしなくても気を遣ってくれたのだろう。何度も繰り返すようだが敵う気がしない、切実に。
「きっと姉様が姉でなかったら僕も惚れていたかもしれませんね」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね」
最後に放った渾身の嫌味も華麗に流されてしまった。
原作でもあるようにこの作品でもセシリアは父親のことが嫌いです。
だから異性というより友人のカテゴリーであるチェスターにはこれくらいの態度が妥当かなぁー、なんて思ってます。
チェスターが関わることで原作と違う展開になればいいですねー。円満なオルコット家とかある意味新鮮ですよね…。
最終的にセシリアがどう変わるのかも楽しんでいただければと思います!