僕の姉はチェルシーさん   作:いろすけ

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今回はチェルシーとチェットのお出かけ回です。
まあ、あくまで仕事ですけどね。

いつかプライベートのお出かけも書いてみたい…。


5話 外出しましょう

 何処を見ても人、人、人。景気のいい作業の音や活気に満ちた人の声がチェスターの耳を刺激する。そんな雑踏溢れる商業の中心地にチェスターとチェルシーは来ていた。

 

 学校でもそれなりに人混みというのは体験するし、元来そういうのが特別苦手というわけでもない。それなりに免疫はある方だと自負している。だが、目の前で繰り広げられている光景は容易くチェスターの想像を打ち破った。

 

「…うわぁ」

「ふふっ」

 

 二人は買い出しに街まで来ていたのだ。ハーティも一緒にだったのだが彼女は車を駐車するのに手こずっている。ならばと二人が率先して一足先にやって来たのだ。もとより別々で行動するつもりだったので何も支障はないのだが。あとで合流できるように連絡を取れるようにしておかなくてはと思い、チェルシーは携帯のマナーを解除したのだった。

 

「す、すごい人ですね」

「初めてだと驚くでしょ。私もそうだったもの」

 

 その言葉通りチェスターは場の雰囲気に完全に圧倒されていた。チェルシーは涼しい顔でそんなことを言うが慌ているチェルシーの姿はイマイチ想像することが出来ない。

 

「逸れないように、ね?」

「…う、うん」

 

 目の前に差し出された手を掴む。この歳で手を繋ぐというのはなかなかに恥ずかしいがそうも言っていられない状況だ。世間一般では11歳ならギリ大丈夫な年齢だとも思うが、そんなことはチェスターには関係ない。照れくさそうに握り返すとチェルシーは小さく微笑んだ。

 

(……………やっぱり恥ずかしい)

 

 チェスターは自身の頬が熱くなるのを自覚していた。

 

「こっちよ」

 

 チェルシーに手を引かれ、何とか歩き出すチェスター。

 買い出しといってもほとんどはネットで買うことが多い。もしくは予約を取ってこちらから出向くといった感じだ。今回はそのどちらでもない。所謂そういうことができないお店に行く。何故わざわざそういうことをするのかと問われればフローラのこだわり、と答える他ない。まあ、その裏にはまだ子供であるチェスターとチェルシーにいろいろな体験をさせたいという思惑があるのだが、それは二人の知るところではない。

 

「姉様。今回は何を買いに?」

「ハーブティーを少し、あとフローラ様からワインを頼まれているわ」

「お、お酒!?買えるの、それ?」

 

 当然のことながらチェルシーは未成年である。もちろんそれはチェスターも同様だ。ならばお酒なんて買えるはずがない。そう思ったのだが、それは杞憂に終わったらしい。

 

「大丈夫。フローラ様がすでに試飲して選んだそうよ。お店の方にも話は通してあるそうだから私たちは受け取るだけ」

 

 そう言って見せてきたメモ帳にはワインの銘柄が記入されていた。今回受け取るのがそのワインなのだろう。ワインについて全く詳しくないチェスターには分からない話だが。

 

「姉様、このワインはどのようなものなんです?」

「チェットにはまだ早いわ。子供はアルコールなんて飲んではダメよ」

 

 別にそういう意味で言ったわけではないのだがチェルシーは厳しめの口調でそう言った。そもそもチェルシー自身、未成年なのだから本来は偉そうなことは言えないはずである。とはいえチェルシーが言うとその通りにしなければ、と思わせる何かがある。実際、詳しいのではいかと感じてしまうほどに。まあ、当然そんなはずはなく、1つの銘柄をわざわざメモしているのがいい証拠なわけだが…。それにチェスターは気が付かない。素直にさすが姉様と呟く辺り、完全にチェルシーに丸め込まれているのがよく分かる。

 

 しばらく歩き、ある店の前で止まる。その店の外装はとても立派とは言えないような古ぼけた見た目をしていた。しかし、ここはイギリスでも屈指のハーブティー専門店であり、取り扱ってる数も種類もかなり多い。実際、フローラが気に入る程でもある。知る人ぞ知る名店というやつだ。

 古ぼけた看板を眺めているとチェルシーが扉に手を掛け、中へと入るのでチェスターもそれに続いた。

 

「…わぁ」

 

 鼻腔に香る微かなハーブの匂い。店内には様々な種類のハーブが壁一面に収納されていた。カウンターにはおそらくこの店の主人だと思われる老紳士がにこやかな笑みを浮かべている。人当たりのよさそうな老紳士はチェスターたちを見るといらっしゃい、と短く声を掛けた。

 

「フローラ様が好まれているのがローズマリー。香りが特徴的で、とても深い味わいが口内に広がるの。お嬢様はカモミール。青林檎みたいでほのかに甘みがあるからチェットももしかしたら好きかもしれないわよ。……あと、アーノルド様のはあっち。アーティチョーク。さっきの二つに比べると少しだけ苦みがあると思う。でもさっぱりしていて食後にはぴったりね」

 

 チェルシーが説明を交えながら今回購入するハーブを教えてくれる。しかしながらチェスターにはかなり難しい。そもそも店内にあるハーブの量も尋常ではないし、ハーブ自体の名前もややこしい。これをいずれ覚えるのか、と考えると今から憂鬱になってくる。

 

「そんなに構えなくとも自然と覚えていくものよ」

「そういうものですかね…」

 

 するとチェルシーは少しの間何かを考えた素振りを見せ、新たなハーブをいくつか取り出してきた。

 

「レモングラス。レモンに似た爽やかな香りがすることからそう呼ばれているの。比較的飲みやすい方だと思うし、チェットに合うと思わ」

「へ、へぇ…」

「それかオレンジピールかサンフラワーなんてどうかしら?」

「え、えっと…」

「オレンジピールは名前通りオレンジの味がするの。柑橘系独特の酸味や苦味はないし、後味もさっぱりしてる。サンフラワーは冷え性に効果的とされてるから女性に人気が高いわね。でも、まろやかな口当たりで飲みやすいから安心して」

 

 次々とチェスターが飲みやすそうな比較的敷居の低いハーブを勧めてくれる。その気遣いが嬉しくもあり、同時に少しだけ困ってしまう。普段冷静なチェルシーにしては珍しく、僅かながらテンションが高い。そんなお茶目な一面もチェルシーの魅力の一つなのかもしれない。

 

「じゃあ、姉様が好きなのはどれですか?」

「え?私………?」

 

 唐突なチェスターの切り返しに驚いたような声を上げるチェルシー。チェルシーは一瞬固まり、目をパチパチとさせた。しかし、そのキョトンとした顔も一瞬で、すぐに普段の優しい顔に戻る。少しだけ難しそうな顔をしたと思ったらおもむろに一つのハーブを指さした。

 

「私は………あれ」

「ローズヒップ?」

 

 指を差された棚に書かれた商品名をそのまま読み上げる。もちろんそれだけではどのようなものかは分からないのでチェルシーに聞いてみた。するとチェルシーは少しだけ言いにくそうにしながらも説明してくれた。

 

「A、B、C、D、E、Kとビタミンがとても豊富で………あと、美肌効果がある」

 

 後半の声量が少しだけ落ちたように感じた。そこには女性ならではの恥ずかしさがあるのだがチェスターには分からない。だからこそ次の一言は余計だった。

 

「なるほど。でも姉様は十分綺麗ですから必要ないような気もしますけど」

「……なっ!?」

「な?」

「い、いえ。なんでもないわ」

「……?」

 

 チェルシーはすぐに平静を取り戻したようだ。だがそれはチェスターによってペースを乱されてしまったことの証明でもあった。不意だったとはいえ実の弟の発言に慌ててしまったのだ。何故慌てたのかと問われれば、それはきっとチェスターが突然それっぽいことを言ったので驚いてしまったからだ。断じてときめいたとか、ドキッとしたとか、そういう類のものではない。…絶対。

 

 チェルシーの瞳にはローズヒップのハーブの香りを嗅いでいるチェスターの呑気な顔が映る。人の気も知らないで、と悪態をつく半面、今のようなことを無自覚で言う弟に不安を覚える。身内としての感情を捨ててもチェスターの容姿は結構いい線をいっていると思う。そんな彼がもし、他の女の子にしれっと口説き文句まがいなことを言ったらどうだろう。間違いなくモテる、と思う。いや、それはいい。むしろ姉として喜ぶべきところだ。ただ、チェスターの性格は知っての通り何処か抜けているところがある。心配し過ぎだと言われればそれまでだが、もし悪い女に引っ掛かったらと思うと………。

 

「姉様」

「ど、どうしたの?」

「僕も姉様と同じのがいいです」

「そ、そう?では二つ買いましょうか」

「はい」

 

 心の内を悟られないようにチェルシーはハーブティーを購入したのだった。

 もしかしたら自分はブラコンになりつつあるんじゃないか、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 無事ハーブティーを購入したチェスターたちはワインを受け取りにお店へと向かっていた。その途中、やけに大きな人混みに出くわしたのだ。様子を見る限り、どうやら近くで路上ライブが行われているらしい。

 

「路上ライブ?」

「そう。この辺りは結構多いのよ」

 

 路上ライブと言っても幅は広い。ミュージシャンはもちろんだが大道芸、ダンスやアートなどのパフォーマンスを行っている場合もある。今回はどうやら音楽のようでストリートミュージシャンと思われる男が歌っている。周りにいる人の数からしてストリートといえどかなり人気があるらしい。

 

「チェット、行くわよ」

「う、うん」

「チェット?」

 

 何となく目が離せなくなっている自分がいた。今まで音楽に興味を持ったことはなかったし、ましてやストリートなんてなおさらである。でも、不思議と興味を惹かれた。

 

「少し見ていく?」

「え、でも」

「まだ時間はあるし、少しくらいなら大丈夫よ。ハーティさんには連絡しておけばいいし」

 

 チェルシーはそういうと携帯を取り出してハーティに連絡しようとしている。そこまでされれば断るのは逆に申し訳ないのでチェスターは少し寄っていくことに決めた。まあ、興味が湧いたのは本当だし、それなりに楽しみではある。

 

 近くに行くとその迫力は比べものにならないくらい高まっていた。おそらくストリートミュージシャン自身の曲なのであろう、その曲をギターと歌声一つで最大限にまで高めていく。周りの歓声すらも味方につけて辺り一面を一体感で埋め尽くしていく。全身から鳥肌が立つのを感じた。それはミュージシャンに対してだろうか。それとも会場の雰囲気に対してだろうか。はたまた、その両方か。とにかくチェスターはどうしようもなく感動したのである。

 

「すげえぇ…」

 

 思わず言葉が漏れてしまう。すぐ隣にいるチェルシーにもその声は聞こえていたようで彼女はとても驚いた表情をしていた。きっとチェスターの知らない一面を垣間見たためだろう。でもそれはチェスター本人も同様だった。

 

「チェット、もしかしてあなた――――」

 

 チェルシーの言葉は続かなかった。それを不審に思いチェスターはチェルシーに視線を移す。するとそこには恐怖に歪んだチェルシーの顔があった。

 

「姉様?」

 

 突然のことについて行けず、視線を彷徨わせる。その途中でチェスターの目が彼女の腰あたりを視界に入れる。その瞬間、視線は止まった。チェルシーの腰、もっと言えばお尻に触れている誰かの手に。

 

「離しなさい!」

 

 瞬間、怒気を含んだ高圧的な声が聞こえた。そして遅れて男の呻き声も聞こえる。そこまで場が進展したところでようやく思考が追いついてきた。チェルシーが男の手を捻ったのだ。鮮やかすぎる動きに男の反応も遅れていた。当然そんな事態になれば場は騒然とする。ライブは実質的に中断され、全員の視線がチェルシーと男に集中した。

 

「チェット!」

 

 そんな状況でもチェルシーの判断は速かった。すぐさまチェスターの手を引き、観客の間をすり抜けるように離脱する。幸い周囲も状況を理解できずにいたようなので思いの他あっさりと道は確保できた。

 

「姉ちゃん!?」

「…ごめんなさい」

 

 手を引かれている途中、チェルシーはそんなことを呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 それから少し走って二人は人気のない路地にいた。お互い若干息は切れているがそこまでの支障はなさそうだ。落ち着いてきたところでチェスターは手を握りっぱなしだったことにようやく気が付く。握られた手から僅かな痛みを感じる。それほどまで強くチェルシーに握りしめられていたのだ。

 

「…姉ちゃん、痛い」

「あっ、ごめんなさい」

 

 思いの外強く握っていたことにチェルシーは気づいたのだろう。咄嗟に手を離して謝った。

 

「突然走らせてごめんね。もっとライブ見たかったわよね」

 

 申し訳なさそうには話すチェルシーはいつも通りのチェルシーで、謝っていることを除けば普段通りと言ってもいい。でも、それが余計にチェスターを不安にさせた。

 そっとチェルシーの手に触れてみる。ピクリと反応がある。その手は本当に僅かだが震えているような気がした。こんなのずっと一緒にいるチェスターくらいにしか分からないだろう。だが生憎目の前にいるのはその変化に気が付ける人物だった。

 

「どうしてわざわざ逃げたの?あんな奴そのまま警察に突き出せば―」

「そうはいかないわ」

 

 なんで?という言葉は出ない。チェスターだってそのくらいの見当はつく。おそらくあの場で男を捕まえることは可能だった。でもそうすれば勝手に事態は大きくなってしまう。そうなればハーティやフローラにだって迷惑をかけることになる。下手すればオルコット家にまで巻き込むことになるかもしれない。たかだが痴漢で考えすぎかもしれないが万が一ということもあり得るのだ。それに今はフローラ様にとって最も大事な時期。例のIS関係の件で現在多忙を極めているのだ。そんな彼女の心労を増やすことはできない。

 

「姉ちゃんのそういうとこはすごいと思うけど、僕は直して欲しい…かな」

 

 何処までも他人優先なのはある意味では美徳なのだろう。人によっては賞賛したかもしれない。でもチェスターはそんな姉が心配なのだ。チェルシーは自分が心配する必要がないくらい強いことは知ってる。それでも心配なものは心配だし、頼って欲しいとも思う。そんなチェスターの気持ちが伝わったのかは分からないが、チェルシーは優しく手を握り返した。

 

「そうね。お姉ちゃんはダメね」

「うん、ダメダメだよ」

「チェットには敵わないわね」

「それは間違いなく僕のセリフな気がするんだけど…」

 

 どちらかともなく笑い合う。すでにチェルシーの表情はいつも通りに戻っていた。だから、あえてこのタイミングで聞いてみることにする。

 

「姉ちゃんって……もしかして、男の人………苦手?」

「………」

 

 チェルシーは特に驚くことはせずに口を閉ざした。視線は下に下げられていたが表情は窺えた。やっぱりそこに怯えや不安といった負の感情はない。ただ、なんとなく寂しそうな気がした。

 やがてチェルシーはゆっくりと口を開いた。

 

「ええ、そうね。正直に言うとあまり好ましく思ってないわ」

「…そっか」

 

 冷たいわけでも温かいわけでもない言葉がチェスターを抉った。以前チェルシーが言っていた嫌いな人の存在を思い出す。あの優しく、人当たりの良いチェルシーにも嫌いな人がいると言っていた。ずっと不思議に思っていた。滅多な理由がない限り人を嫌いになどならないであろう彼女は一体誰が嫌いなのかと。

 その答えは酷く単純なものだった。男性である。もちろんセシリアのようにこの世の全ての男性が全く同じであるとは思わない。嫌うのはごく一部で、自身のことを性的な目で見る下心を持った男性だった。幸か不幸かチェルシーはそれを判断することができた。まだ少女と呼ぶべき年齢の彼女にはそれはあまりにも辛いことだろう。男性恐怖症やトラウマを抱えても何ら不思議ではない。なのにチェルシーは今まで誰にも相談することなく、それどころか誰にも気づかせないように隠してきたのだ。その辛さは最早語れるものではないだろう。

 

「…頼ってよ」

 

 チェスターに何ができるのかなんて分からない。おそらく大したことはできないだろう。それでも力になりたい。支えたい。心からの言葉だった。

 

「…ありがとう、チェット」

 

 感謝の言葉と同時にチェルシーの手が頭に触れる。優しく撫でられるその感覚にチェスターは自然と顔が綻ぶ。しかし、チェスターが一番聞きたかった言葉はありがとうではない。ただ「うん」と肯定して欲しかった。「これからは頼るわ」と、そう言って欲しかったんだ。

 

 でもその言葉がチェルシーの口から発せられることはなかった。

 

 




チェルシー=男性嫌いというのは完全なオリジナルです。
セシリアほどでないにしても同じ環境にいたので多少は男性嫌いのほうが自然かな、と思いまして。

原作のチェルシーならもっとうまく撃退したかもしれませんがこの作品のチェルシーの数少ない弱点なのでこういった形になりました。



なおチェルシーのお尻を触った不届き者は感想を聞いた後、抹消しましたのでご心配なく。
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