僕の姉はチェルシーさん   作:いろすけ

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突然ですが英国=紅茶のイメージってありますよね
某戦艦の帰国子女とか、絶対紅茶を零さない人とか……あ、どっちも日本人だったわ


今回は謎の使命感のもと書き上げた紅茶の話です



6話 紅茶は英国市民の嗜みです

 ことイギリスにおいてティータイムとは特別な意味を持つ。ただ紅茶を飲むという意味だけではないのだ。その歴史はとても古く、アフタヌーンティーは19世紀半ばから行われているらしい。当時のイギリス人はディナーの時間が遅かった。だからランチとディナーの間の空腹を満たすため紅茶と共に軽食をとったのが始まりとされている。その後、時代と共にアフタヌーンティーは今のパーティーのような形式へと変化していったのだ。

 

 一口にティータイムと言っても種類は様々である。先に述べた「アフタヌーンティー」の他にも朝食時の「モーニングティー」、午前の一服「イレブンジズティー」、昼食時の「ランチティー」、午後5~6時の間にとる「ハイティー」、お休み前の「ナイトティー」等、本当に多くの種類があるのが分かる。一日に一人当たり平均6~7杯というのは流石に驚くだろう。

 

 それほどにまでイギリス国民は紅茶というものに目がない。ならば当然その淹れ方にも並々ならぬこだわりがあるのだ。実際イギリスでは紅茶を淹れるのが上手い=仕事ができる、という方程式が成り立ってしまうほど重要な技能なのである。チェスターもまた、英国紳士として、オルコット家に仕える執事として、紅茶のスキルを磨かなくてはいけない。今も特訓をしている真っ最中であった。

 

「…ふぅ」

 

 紅茶を淹れるにあたって、まず下準備しておくものがある。紅茶のベースになる水とその容器だ。カップに至っては一般的には内側が白いものを用いる。尚且つ浅い形であることが重要だ。これは紅茶の色が見やすくなることと香りを広がりやすくするためだ。水は絶対条件として軟水を用いる。汲みたての方が空気を多く含んでいるのでより適していると言える。水を火にかける際も細心の注意が必要だ。紅茶には適した温度というものがちゃんとあり、それは沸騰直後、つまり100℃だ。これは紅茶の香気成分が最も出やすい温度らしい。

 

 下準備が整い次第早速紅茶を淹れていく。だが、その前にしなければいけないことがまだ残っている。カップとポットに温めたお湯を注ぐのだ。これはあくまで容器を温めるためなのですぐに捨ててもらって構わない。面倒な作業だがこの工程をするとしないのでは最終的な味が大きく変わってくる。

 

「…よっと」

 

 温めたポットにいよいよ茶葉を入れていく。茶葉が大きければ普段より少し多めに入れてやるといい。すぐにお湯を勢いよく注ぎ、蓋をして蒸らす。この時間も茶葉の大きさで変わってくる。大きければ大きいほど時間を掛けなければいけないのだ。その際も当然ポットの温度が下がらないようにしなければいけない。そのためティーマットやティーコジーを使うのだ。後は茶こしで茶殻をこしながら濃さが均一になるように注ぐ。まわし注ぎをすればおのずと均一になるだろう。

 

「…できた」

 

 以上のことを踏まえて淹れられた一杯。まず間違いなく今のチェスターの最高傑作だった。

 

「どうぞ」

 

 上品な動作でカップを並べ、飴色の綺麗な紅茶をゆっくりと注ぐ。最後にティースプーンで軽くひと混ぜすれば出来上がりだ。自身の作品をチェルシーの正面に添えるように置く。チェルシーはゆっくりとカップに手をかけ、紅茶の香りを楽しむ。ほのかな香りが鼻孔を刺激する。それは茶葉本来の香りであり、またそれ以上のものでもあった。うまく引き立たせていると純粋にそう思う。

 

「……香りは合格ね」

 

 しかし問題は味である。チェルシーはカップを傾ける。口内に先程と同じ香りが広がり、充実感で満たしていく。ほのかに甘みがあり、それでいて大人のほろ苦さも感じさせる。どうやら味も申し分ない様だ。

 

 カチャ――――。

 

 やけにカップを置く音が響く。その空気感にチェスターは堪らず息を飲んだ。

 

「ごちそうさま。美味しかったわ、チェット」

 

 チェルシーのその言葉を聞いた瞬間、込み上げて来るものがあった。

 

「ホント!?やっったあぁーー!!」

「口調が乱れたので減点しましょうか」

「ごめんなさあぁいぃ!!」

「ふふっ、冗談よ」

 

 ここ数日、いや数か月ずっと紅茶の特訓をしてきた。それが今日、初めてチェルシーに認められたのだ。嬉しいなんてもんじゃない。人の目がなければここで小躍りしたいくらいにチェスターのテンションは高かった。多少の無礼は大目に見て欲しいものだ。

 

「これなら人様に出しても恥ずかしくはないでしょう」

「ありがとうございます。これも姉様のご指導のおかげです」

 

 深く一礼をする。そんな様子を見てチェルシーは表情を崩す。

 チェルシーのおかげで本当に上達した。もちろんまだまだなのは自覚しているが、それでも一つの区切りなのは間違いない。なら喜ばないと損だろう。

 

「チェルシーのお墨付きですの!?それは期待できますわね」

「あっ、セシリア」

 

 扉を開けて入って来た正体はセシリアだった。セシリアにもまた試飲の方を手伝ってもらったのだ。

 

「チェット!またお嬢様に向かって無礼な口の利き方を!」

 

 チェスターが使用人として働き出してからすでに数か月は経った。おかげで言葉遣いや礼儀作法の大体は頭に叩き込むことが出来た。実際に扱えるかはまた別の話なのだが、ある程度はマシになったはずだ。しかし、どうしてもセシリアに対して敬語を使うのが難しい。昔から付き合いがある分、今更変えるのは大変なのだ。

 

 当のセシリアは全く気にしていないようでチェルシーに「気にしなくていい」と言ってくれる。しかし、チェルシーもそこで折れるわけがなく「甘やかしてはダメです」と言葉を強めるのだった。最終的にはいつもチェルシーが勝つので結局拳骨をくらうハメになる。今回も同様で、チェスターは手痛いお説教をくらった。

 

「チェット、わたくしにもいただけませんか?」

「もちろん構いませんよ」

 

 頭部に若干の痛みを感じながらも先程と同様の動作で紅茶をカップに注ぐ。セシリアの目の前にゆっくりとカップを置くとその場で一礼した。セシリアがカップに手を掛ける直前、いつの間にか立ち上がっていたチェルシーが忠告するように声を掛ける。

 

「お嬢様、あくまで飲める程度になったところですので期待なさらず」

 

 にべもない。さっきはそこそこ褒めていたのに人に飲ますとなるとすぐこれだ。実際そこまで期待されるほどの完成度ではないので事実なのだが。少し面白くない。

 

「チェルシ-は本当に厳しいのですわね」

 

 セシリアとチェスターは何も言わず顔を合わせた。互いに苦笑いである。とはいえずっとアイコンタクトをしていると勘のいいチェルシーはすぐに気が付くだろう。一瞬で目線を外し、セシリアは紅茶に視線を戻す。一息香りを吸い込むとカップに口をつけた。

 

「美味しいですわよ。これなら毎日でも飲みたいレベルですわ」

「恐縮です」

 

 感想を述べつつもさらにカップを傾ける様子がチェスターの目に映る。少し褒め過ぎのような気がするが、そこに嘘や気を遣っている様子はないようなので安心する。少しして紅茶を飲み干したセシリアはカップをゆっくりと置いて言った。

 

「チェルシーは厳しすぎですわよ。こんなに美味しかったのに。もっと褒めてあげても―――」

「チェットはすぐ調子に乗るので」

「…うっ」

「それに、まだまだなのは事実ですので」

「…ぐはっ」

 

 淡々と語るチェルシーの言葉は着実にチェスターのヒットポイントを削っていく。当のチェルシーはこちらには目もくれず、セシリアと何やらチェスターの話で盛り上がっている。

 

「そうですわ!チェット!」

「は、はい!」

 

 暫くしてチェルシ-と話していたはずのセシリアが突然立ち上がり、チェスターに向かって呼びかける。チェスターは何事かと思い、反射的に応じる。視界に捉えたセシリアの顔は何やら自信に満ち溢れた表情をしていた。今までの経験則で何となく分かってしまう。セシリアがこういう表情をしたときは大抵ひどい目に合う。今回は外れてくれ、と真剣に願わずにはいられない。

 

「せっかくの紅茶にお供がないのはあまりに残念ですわ。ですのでわたくしが――」

「そ、そういうことでしたら私がご用意させていただきます」

 

 セシリアの言葉が終わるのを待たず、チェルシーが遮る。若干チェルシーの顔が引きつっているな、と冷静に観察している自分はきっともっと酷い顔をしているに違いない。そう他人事のように思う。

 

 はっきり言う。セシリアは壊滅的に料理の才能がない。いや、才能なんて次元ではない。一種の兵器と言っても納得してしまう自分がいる。一度料理しているところ覗き見したところ、どうやら見た目が最終的に本に近づけばいいと思っているらしく、ありえない量の調味料を投入していた。それもこれも料理はいつも身の周りの使用人、つまりはチェルシーやチェスターが行ってきたためこれまでしてこなかった、というのが大きな理由なのだが。

 

「そうですよ。僕も手伝います」

「チェルシーもチェットも休んでいてくださいな」

 

 最近はセシリアは率先して料理を作りたがるのだ。その原因はフローラにある。どうやら淑女とは何たるかを聞いたところ、「料理ができる人」と言われたらしい。それ以降から料理する、と言って聞かなくなったのだ。実のところフローラも料理ができないのだが、それをセシリアは知らない。羨望の対象であるはずのフローラも淑女とは何たるかを理解していないようだ。全く持って迷惑な話である。

 

 フローラが試食に付き合ってくれるのならいいが、試食役はいつもチェスターたちだ。この前なんか苦笑いしながら「料理の腕は私に似てしまったようね」なんて冷静に呟いていた。重ねて言うが全く持って迷惑な話である。

 

 いつもならこの辺でセシリアが折れてくれるのだが今日のセシリアは違った。

 

「チェットがここまで美味しい紅茶を淹れてくださったのですからわたくしも何か振る舞いたいのですわ。夕食までにはまだありますし、問題ないでしょう?」

「で、ですからお嬢様。それは僕たちに―」

「チェット、働き者なのはいいことですが、厚意に甘えるというのも大切ですわよ」

 

 内心は自身の体調のことを心配しているのだが、そんなこと言えない。このままではセシリアが料理をすることになってしまう。マズい。二重の意味でマズい。

 

「では私たちと一緒に作る、というのはどうでしょう?」

 

 やはりこういうときに頼りになるのはチェルシーだった。確かに自分たちがしっかりと監視していれば滅多なものはできないだろう。しかも、うまくいけばセシリアの料理の腕を上達させることだってできるかもしれない。みんなで作る、とても楽しそうな響きだしセシリアも乗ってくるだろう。誰もが得をする最高の案のように思う。こういう発想が咄嗟に出てくるのは頭の回転が速いからだろうか。どちらにせよ、今はチェルシーに最大限の感謝を送らねばなるまい。

 

「それはいい考えですわね」

 

 案の定、セシリアもその発案に乗っかってきてくれた。

 

「じゃあ、厨房に行きましょう。まあ、そこまで豪勢なものはできませんけど」

「いいのよ、チェット。こういのは楽しむことが重要なのだから」

「そうですわ。フフフッ、それにわたくしの手にかかれば例えどんなものだろうと美味しくさせてみせますのよ!」

 

 自信満々なセシリアの隣で冷や汗をかいていたのはおそらくチェスターだけではないだろう。チェルシーは完璧な笑顔だったがきっと内心は動揺しているはずだ。絶対。セシリアの自信に満ちた表情を見ていると、もういっそ本当のことを言った方がいいのではないかと思えてくる。もしかしたら将来自身の料理の腕に気付いて絶望する日が来るかもしれない。もし好きな人が出来た時に困るだろうな、そう思ってはいるのだが実際に指摘するとなるとやっぱり躊躇ってしまう。そもそもチェルシーがしていないのだからその方がいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 チェスターたちは厨房で料理をしていた。料理と言えど実際には簡単な軽食を作るだけなので手間も時間もそうかからない。ただしそれはセシリアがいない場合に限る。

 

「どうしてですの?」

「どうしてって……逆になんでマスタードがいるんですか!?」

 

 3人が作ろうとしているのはサンドイッチである。料理と呼ぶには物足りないと感じるくらいにシンプルで簡単なものだ。パンを切ってハムや卵と言った具材を挟む。それだけ。これはセシリアがいることを考慮して簡単なものにしたわけではない。本来イギリスのティータイムでとられる軽食は字の通り軽いものだ。あくまで一時の空腹を満たすためのものなのである。だからサンドイッチも薄いシンプルなものになる、というわけだ。

 

「黄色が足りませんので」

「卵で十分でしょ!」

「?…マスタードを使った方が鮮やかになりますわよ?」

「……」

 

 さっきからこの調子である。どうやらセシリアには見た目を写真通りに近づける気は合っても味を近づける気はないらしい。ハムを挟んだときだって赤が足らないからとタバスコを持ち出してきた。なんだかよく分からなくなって「だったらケチャップでしょ!」と突っ込んでしまったのはいい思い出になりそうだ。

 

 ちなみにさっきから一言も発していないチェルシーは完全に対岸の火事を見る目だ。本気でやめてほしい。

 

「……姉様」

 

 半ば睨むようにしてチェルシーに視線を向けると微笑んで返された。あれは完全にこちらを見放した顔だ。この時ばかりはさすがに怒りたくなった。だからといってこのままセシリアの暴走を止めないわけにもいかない。誰かがいずれ言わねばなるまいと思っていた。でもまさかそれが自分の役目になるとはチェスター自身思っていなかったのだ。しかしながら今ここで言わねばなるまい。セシリアに面と向かって不味い、と。料理が下手であることをセシリアに自覚させねばなるまい。

 

「お嬢様……お嬢様は………」

「……?」

「………………野菜を切ってください」

「お任せになって」

 

 言えるはずない。そんな勇気はチェスターにはなかった。

 

「チェット、あなたはよくやったわ」

「…こんなことで褒められたくありませんでした」

 

 チェスターたちの会話も全く耳に入っていない様子でセシリアはトマトを切っていく。その動作はとても慣れているとは言い難く、指を切ってしまうのではないかという不安が付きまとう。しかし、それは杞憂に終わったようで指を切らずに済んだようだ。

 

「では挟みましょう」

「はい」

 

 チェスターがセシリアに手こずっている間にチェルシーはすでにパンと具材のレタスとハム、それに卵を準備してくれていたらしい。相変わらず手際がいい。どちらかというとセシリアとのやり取りの際に手伝ってくれた方がよかったとは言えない。だってチェルシーはそれを知った上で行っているのだから言ったところで意味はない。

 

「私は紅茶の方を温め直しておきます」

「お願いします、姉様」

 

 チェスターの抗議の眼差しもどこ吹く風。そそくさと戦線離脱してしまう。とはいえ、さすがにあとは具材を挟むだけなので作業は終わりと言える。状況が違えばきっと気の遣える姉として映ったはずだ。

 

「お嬢様、人数分の食器を出してきますのであとはよろしくお願いしますね」

「ええ」

 

 セシリアの人懐っこい笑みにすっかり安心して、チェスターは食器を取りにその場を離れる。まさか数分後に後悔することになるとは夢にも思っていなかった。たぶんこの場を離れてしまったことこそがブランケット姉弟が犯した最初にして最大のミス。二人はセシリアという才能を侮っていたのだ。

 

「……やはり赤みが……となると黄色…緑も欲しいですわね」

 

 後日、チェルシーとチェスターが揃って体調を崩したのは偶然だと信じたい。

 

 




セシリアは果たして何を入れたのでしょう(震え
少なくとも私は緑色のものは思いつきません……
わさびはないでしょうからねぇー


真相はセシリアのみぞ知るのであった(多分セシリア自身把握してねえぞ)
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