投稿遅れてしまい誠に申し訳ない
それでも待っていていただいた方には感謝しかありません
今話から時系列が現代、つまり1話の続きに戻ります
かなり前の投稿なのでお忘れの方は1話だけでも読み直すことをお勧めします
お手数おかけします
未だ原作に突入していないという事実、信じらんねえぜ
「失礼します」
一言断りを入れてチェスターは扉を開ける。白で統一されていた昔と比べれば生活感が僅かに出た部屋だ。本人の趣味なのか、所々に青の要素が見受けられる。それでも一般人から見れば、しっかりと整理整頓されているのも相まって高級ホテルの一室にしか見えないだろう。その中でもひときわ目を惹くのが豪奢なあしらいが施された天蓋付きのベッドだ。そこで未だ横になっている我が主に溜息を禁じ得ない。
我が主、セシリア・オルコットはめっぽう朝に弱い。というのも安眠妨害を嫌うセシリアの自室に目覚まし時計はない。目覚まし時計は別に眠りを妨げているわけではないのだが、そんな我儘が通ってしまう辺りさすがは御令嬢といったところか。
とは言え、そのまま好きに寝させておくわけにはいかない。おかげでただでさえ忙しい朝の時間にセシリアを起こす仕事が増えたわけだ。今朝も扉越しからの呼びかけに反応がなかったので無礼を承知で部屋に入ったのだった。
「お嬢様」
チェスターの呼びかけに反応はない。端正な顔立ちにこの国では珍しくない金髪碧眼。しかしその容姿は凡庸なものではない。気品さ、高貴さ、上品さ、その全てを体現したかのような唯一無二の美しさが彼女にはある。そう考えれば寝坊の一つや二つ欠点にすらならない。
「起きてください、お嬢様」
「……ん」
呼び掛けると同時に肩に手を添え優しく揺らす。すると、凛とした美顔に亀裂が入ったように顰めるセシリア。大人びた雰囲気から一変、年相応の可愛らしさが宿った。
「おはようございます、セシリアお嬢様」
「おはよう、チェット。ずいぶん早いんですわね」
呑気な主に再び溜息が漏れる。今朝は早いどころか遅いくらいだ。
「お忘れですか、今日は――」
「日本へ行くのでしたね」
そう、セシリアは4月からIS学園という高校に通う。正確にはIS学園自体はどこの国にも属さない場所なのだが、セシリアの言う通り日本と表現して何ら差し支えないだろう。
IS学園とは世界で唯一IS操縦者を育成することを目的としてつくられた学校である。当然世界中から希望者は殺到し、毎年のこと倍率はすごいことになる。その中でセシリアは入試主席という成績で見事合格した。もっともこれは代表候補生でありIS適性Aランクのセシリアに言わせれば当然のことだろう。Aランクは非常に高い数値で
「本当におめでとうございます、お嬢様」
今一度我が主を称えるように賛辞を贈る。セシリアがIS学園に、代表候補生になった理由は究極的に一つ。オルコット家を守るためである。イギリス国籍を保持する代わりにオルコット家を守る。裏を返せば国としてはそれほどまでにIS適性の高い者、すなわち今のセシリアが欲しいのだ。
「……」
「お嬢様?」
ムッとしたように頬を膨らませるセシリア。どうやら機嫌がよくないらしい。当然ながらチェスターに心当たりはない。寝起きで機嫌が悪いという訳でもなさそうだ。
「チェットはわたくしがIS学園へ行くことに何も思わないんですの?」
「セシリアお嬢様が努力されていることは存じておりますので自身のことのように嬉しく思っております」
「……」
嘘偽りのない言葉だったがどうやらセシリアはお気に召さなかったようだ。なおも頬を膨らませながらお得意の不機嫌のポーズをとり続けている。
「へぇー、チェットはわたくしが遠く離れた異国で暮らすことになっても何も感じないと」
「いえ、ですから嬉しく思っておりますよ?」
「むしろせいせいすると」
「……お嬢様?落ち着いてください」
理解を超えたセシリアの解釈にさすがのチェスターも対応しきれない。最近はこのようなこともなくなってきたのだが、未だにセシリアの暴走にはついて行けない時がある。
「もういいですわ、チェットなんて知りません」
ジト目はそのままに気だるそうに立ち上がるセシリア。言わずもがな機嫌が悪い時の兆候だ。そして今までの経験則からセシリアは機嫌を損ねると長い。それはもう女性の中でも群を抜いて。
「な、なにか不手際がございましたでしょうか?」
「そうですね、あなたは不手際で構成されてるんでしたわね。チェルシーの言う通りですわ」
にべもない。何気に自身の姉からも遠距離狙撃を喰らった気がするが今はそれどころではない。案ずるなかれ、こういう時の対処法はすでに知っている。先ず第一に何がいけなかったのかを考える。もし分からないようなら迷わず本人に聞くべし。間違っても理由もなしに頭を下げてはいけない。一般的に正しい対処法なのかは分からないが、チェスターの周りには厳格な人間が多い。自分にも他人にも厳しい性分なのか有耶無耶を一番嫌うのだ。
「……何がいけなかったか聞いてもよろしいですか?」
「……」
どうやら効果はあったようだ。同じ無言であってもどことなく柔らかくなったような気がする。姉のご高説のおかげである。
「…………寂しいとは思いませんの?」
「それは、もちろん」
「ならいいですわ」
「え?」
言葉通りすっかり機嫌も戻ったらしいセシリアはそそくさと支度を始めてしまう。完全に置いてきぼりのチェスターだったが向こうが納得した様子なので深く聞きはしなかった。ただ少しだけ後ろ姿が寂しげに見えるのは気のせいではないだろう。
「お嬢様、寂しく感じる一方で先に述べた通り、それ以上に嬉しいのです。お嬢様のお心遣い、オルコット家を守らんとする強い意志、感服いたします」
寂しげな主を想っての素直な賛辞。執事とは主を精神的に支えるもの。これくらいのフォローをいれられない様では半人前以下である。内心得意げに、それをおくびにも出すことなく垂れていた頭を上げると、そこにあったのは予想外にも冷めた表情のセシリアだった。せっかく元に戻った眼もジト目へと逆戻りである。
「……あれ?」
困惑しているチェスターを他所にセシリアはズケズケと近寄ってきた。これでもかと言う程接近したかと思うと、あろうことかチェスターの足を踏みつけた。華奢なセシリアと侮るなかれ。専用機持ちの代表候補生に選ばれるために行った勉強の中には護身用の格闘技も含まれる。体重移動は心得ているのだ。
つまりどういうことかと言えば、単純明快、痛い。超痛い。
「お、お嬢様、不肖ながら一つ助言させていただいても?」
「……許可しますわ」
激痛に叫びたくなる気持ちを抑え、あくまで冷静に対応する。若干顔色が悪いのは気のせいだろう。
「新しい異国での学園生活、慣れないこともあるでしょう」
「……でしょうね」
なお、会話中もジト目+踏みつけは継続中である。
「新しい学友の方もできると思います」
「それで?」
「いくらストレスが溜まっていおいででも、ご学友の方々にはこのようなことは――」
「全く、チェットは馬鹿ですわね。こんなことあなた以外にわたくしがするわけないでしょう。喜びなさい、特別なのですわよ」
「わ、わぁー、嬉しい」
セシリアはグリグリと足を動かすことでさらに追加でダメージを与えてくる。心頭滅却、耐えること数秒、やっとこさ解放された。そのままセシリアが抗議の色を含んだ視線を向けて来るのでよく分からず見つめ返す。するとセシリアは視線をクローゼットの方に向けた。どうやら着替えたいらしい。話し込んでいたせいで思いの外時間が経ってしまったようだ。チェスターはその場で一礼すると部屋を後にする。
「チェットの馬鹿、シスコン」
「姉様は関係ないでしょ!」
「ふんっ。空港まで見送りに来ないと許しませんから」
「承りました。朝食はお嬢様の好きなポーチドエッグです。冷めないうちにお早めに」
「すぐに行きますわ。あ、今日は敬語禁止です、今決めました。もちろん守ってくれますわよね?」
「いや、それはさすがに……」
「よいではありませんか今日くらい」
セシリアの気持ちは分からなくはないが、それをあのチェルシー・ブランケットが許すとは思わない。当然と言えば当然だが鉄拳を喰らうのはチェスターだけである。嫌な想像をしてしまい体を震わせるチェスターを尻目にしたり顔をするセシリアなのだった。
主従という関係はあってもそれ以前に二人は良き友人であった。
◇
「それではチェルシー、チェスター君も、セシリア様を頼みましたよ」
オルコット家に仕えているメイドの一人、ハーティ・エヴァンスは恭しく頭を下げる。それに倣ってブランケット姉弟も頭を下げる。当主であるセシリアが高校三年間海外へ行かれるのだ。忙しい中、オルコット家総出で見送りしている最中だ。全盛期に比べると少し物足りなさを感じるが、それでも十分多い人数が押しかけていた。空港まで送り届けるブランケット姉弟に多少のプレッシャーがかかるのは致し方ないところだろう。とはいえチェスターは車内に座っているだけで特にすることはない。セシリアが何も言わなければ同行するのは運転手のチェルシーだけだったのだから。
イギリスでは普通免許が17歳から取得できる。チェルシーの免許歴は一年ほどしかないのだが、そこは持ち前の才能をいかんなく発揮し、熟練ドライバーと何ら遜色ないレベルまで達している。
「それでは行ってきますわ。家のことは任せましたよ」
「はい、お任せください」
セシリアの言葉に代表してハーティが答えた。それを確認するとチェスターは後部座席のドアを開く。自然な流れでセシリアが車内に乗り込むと、できる限り音をたてないようにドアを閉めた。
「それでは」
「はい」
ハーティたちに一礼すると自分たちも車に乗車した。
運転席にチェルシー、後部座席にセシリアとチェスターを乗せ、走り出す。本来なら使用人が隣に座ることなどありえないのだが、そうしないとセシリアの機嫌が悪くなる。
「お嬢様」
「……」
「セシリア様?」
「……」
どうやら本格的に敬語は禁止らしい。運転席に目をやるとチェルシーの笑いを堪えている姿がルームミラーに映っていた。少なくとも怒られることはないようだ。
「セシリア」
「何ですの?」
髪をかき上げ待ってましたとばかりに振り向くセシリア。なんとなくチェルシーが笑いを堪えていた理由が分かった気がした。
ふと、視線がセシリアの耳元で止まる。ここ最近ずっと肌身離さず身につけているピアス。綺麗な青色のそれはセシリアの瞳の色と同じで、身びいきを抜きにしてもとてもよく似合っていると思う。セシリアの専用機『ブルー・ティアーズ』の待機状態だ。
「ふふ、似合ってます?」
視線に気づいたのかピアスを見せつけるように首を傾げ、そんなことを問うてくる。その問いにはテストパイロットに決まったとき散々言ったはずなのだが、セシリアには関係ないらしい。
「似合ってるよ」
「まあ、当然ですわね」
チェスターの答えに満足したのか自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。いい意味でも悪い意味でも傲岸不遜なお嬢様に呆れるしかなかった。
「チェルシー、あれは何ですの?」
不意にセシリアが前方を指さす。そこには街の景観を壊しそうな程大きな看板があった。そこにデカデカと書かれている文字をチェスターは読み上げる。
「男性IS適性検査?」
「日本の少年がISを動かしたそうですので、第二の男性操縦者を発掘しようということでしょう。世界中でそのような動きがあるようですよ」
「へぇー、そんなの見つかるんですかね」
興味なさげに呟くチェスターとは対照的にセシリアは興味津々のようだ。
「チェットも受けてみればいいですのに。もしかしたら動かせるかもしれませんわよ?」
「いや、無理ですよー」
「もし動かしたらチェットもIS学園に……試しに受けてみるべきですわ!」
一人盛り上がっているセシリアの横で他人事のように考える。世界的に例のない事例が突如日本で発現したため世界中が我が国でも、と躍起になって検査を行っているのだろう。もう少しすれば検査を受けるのが義務化される可能性すらある。しかし、そんなことをしても効果はほぼないだろう。などと考えていると興味があると思われたのかチェルシーに声を掛けられた。
「チェット、今はオルコット家にとって一番と言っていいほど大事な時期。検査を受けている暇なんてないわ。ISを動かせるかどうかよりも考えることがあるはずよ」
相変わらず辛辣なお言葉である。念のため言っておくとまだ何も言ってない。しかし、そんな言い訳通用するはずもない。何せ相手は完璧超人のお姉様である。反論するだけ無駄だ。
「チェルシーは厳しいですわね。受けるだけですのに」
当主の意見にもブレることはないのが賢姉クオリティー。
「厳しいのはいつものことですけどチェルシーがチェットの意見を突っぱねるなんて珍しいですわね」
全く持って珍しいとは思わないのだが。あと重ねていうとまだ何も意見していない。
「別に突っぱねてはおりません。ただ、チェットはすぐに調子に乗るので厳しいくらいが丁度良いのです。それに万が一にも動かせないでしょうから時間の無駄にしかなりません」
「そんなの分かりませんのに。というか、なんだかんだチェットには甘いと思いますわよ?」
「えー、姉様が甘い?」
「ええ、チェットのことが大好きなんですわ!」
「そうは思えませんけどねー」
「ふふ、愛の鞭というやつです」
「チェット、お嬢様、運転中に手が滑るかもしれないのでその話は終わりにしましょうか」
「「は、はい」」
そこで耐えかねたのか強引に咳払いをして空気を変えるチェルシー。「話を戻しますが」と有無を言わせない口調で告げることによって二人を黙らせる。殺気に近いものを感じたのは気のせいだと信じたい。
「彼、織斑様もIS学園に入学するようですね」
「じゃあ同級生ってことですね、お嬢様の」
「どうでもいいですわ、男なんて」
「男の前でそれを言いますか」
「あら?チェットはチェットでしてよ。ねえ、チェルシー?」
「そうですね。男性の割には華奢で、優柔不断、いささか頼りになりません。あと背も低いです」
「身長はこれからです!」
二対一に回られると絶対に勝てない。もっとも一対一でも勝てる気はしないが。
「ですがお嬢様、せっかくご学友になられるお方なのですからあまり先入観を持たれるのは得策ではないかと」
「うっ、分かっていますわ」
そんなセシリアの言葉を聞いてチェルシーが笑みを浮かべたのがルームミラー越しに分かった。チェルシーはさらに「もしかしたら」と続ける。
「お嬢様と深い関係になるかもしれませんし」
そんな悪戯心に満ちた言葉に真っ先に反応したのは意外にもチェスターだった。
「お嬢様にもついに春が――痛ぁ!!!」
しかしその言葉は踏みつけられた激痛で遮られる。隣には顔を真っ赤にして怒るセシリアがいた。ちなみに痛さは今朝の比ではない。
「可能性はゼロじゃないでしょ!」
「ゼロですわ!」
「そんな断言しなくても……」
「ふんっ!」
完全に拗ねたモードに入ったセシリアにチェスターは疑問符を頭に浮かべている。ただ一人、チェルシーだけが笑いを堪えるの必死だった。彼女にしては珍しい、ささやかな仕返しだった。
フラグたつ!!
しかし、それを全力で阻止する姉様。
果たしてチェスターの運命は!!!
あー、セシリアかわいいー