恐らくは予想だにしなかった幹也の返答にこめかみをひきつらせるリアス・グレモリー。
否、驚いているのは彼女だけではない。
兵藤一誠と龍王ティアマットを除いた、それこそ生徒会役員を含めた全員が顔色を変えていた。
「願い下げ…とは、どういうことかしら?」
「そのまんまの意味だ。俺はあんたの下につく気はない」
先程よりも深い笑みを浮かべながら問うリアスに、幹也もまた平然と返す。
「理由を聞いても?」
「あんた達が信用できない。それだけだ」
全くの嘘、というわけでもない。
以前までの彼女ならまだしも、現状のリアスを信用することは、領主としての彼女を見て来た幹也にはできなかった。
「そう…それは残念ね。でも、だからと言ってこのまま帰す訳にもいかないわ」
「だから生徒会と協力して俺を潰すと?」
空気が張り詰める。
一触即発という言葉がシトリー眷属の頭をよぎる中、その空気に待ったをかけたのは当事者の二人ではなく、生徒会長支取蒼那こと、ソーナ・シトリーだった。
「ご安心を、月野幹也君。我々は今回の話し合いについて極力口を出すつもりはありません」
その言葉は幹也にとっては少々意外な発言だった。
「意外だな。あんたも悪魔なんだろ?だったらリアス・グレモリーに協力するのが普通なんじゃないのか?」
「私はあくまでも補佐、それもリアスだけでは処理しきれない事態が起きた場合のみに動くだけです。本分を逸脱した行動は良い結果を生みませんから」
「なるほど」
表情には出さないが、この時幹也は内心安堵していた。
もし今回の話し合いにソーナが介入していれば、どんな結果になるか、幹也は予想出来なかったのだ。
(取り敢えずは一安心か…ここで正体がバレたらどうなるかわかったもんじゃ無いからな…)
不安要素はとり除けたが、しかし本番はこれからだ。
まだ探り合いは始まったばかりなのだから。
「それじゃあ始めようぜ、あんたは何が聞きたいんだ?」
ソファに腰掛け、そう切り出す幹也。
「あなたの正体。それだけよ」
対して、リアスもまた簡潔に返す。
「人間だよ。ちょっと腕が立つだけのな」
「嘘ね。ただの人間が五大龍王と渡り合える筈がないわ」
「偏見だな。人間が本当に弱いならエクソシストだの退魔士だのが成り立つ筈がないだろうが」
この辺りの問答は想定済みなのか、幹也は平然と返していく。
それが気に食わないのか、リアスの表情は対照的により険しくなる。
しかし幹也は気にもせず、淡々と言葉を投げかける。
「おい、まさかとは思うが、そんな浅くて狭い考えで俺を追い詰めるつもりだったのか?」
拍子抜け、そう言わんばかりの幹也に、言葉に詰まるリアス。
その時だった。
「言葉に気を付けた方が良いんじゃないかな?」
横から兵藤一誠が口を挟んで来たのは。
「イッセー…!」
恐らくは、想い人からの助け舟に潤んだ瞳を向けるリアス。
「いきなり割り込むなよ。驚くだろうが、下っ端」
「あいにくと、僕は部長の『女王』だ。その事に、恥じ入る点は一つもないつもりだよ」
歯の浮くようなキザな台詞だが、リアスとティアマット、アーシアは恍惚とした表情をしている。
それ以外は険しいが。
「生憎と、お前の身分なぞ興味は無い。言葉遣いに関しては生まれつきだ。癇に障ったとしてもこっちの予定無視で呼び出されてんだから文句の一つくらい聞き流せよ」
「君は自分の立場が分かっていないのかい?これだけの人数に囲まれて、前のように逃げ出せるとでも?」
「生徒会をさりげなく巻き込んでるけど、それとも自分の主人さえ良ければ後はどうでも良いタイプか?」
会話を聞いていたソーナは思わず顔をしかめた。
(ここで戦闘になれば、どれだけ被害が出るかわからない…何としても衝突だけは避けなくては…!)
当事者のだけ済めばまだ良い。だが、無関係な者にまで危害が及べば確実に死者が出る。
それは最も避けたい最悪のシナリオだった。
「僕としては構わないよ?今ここで始めても」
そんな考えを、周りの意見すらも聞かずに勝手に始めようとしている兵藤に、遂に我慢の限界なのか、生徒会の少年が前に出る。
「おい兵藤、少し」
「匙くん、生徒会は口を出さないんじゃ無かったのかい?」
宥めようとした少年、匙を睨みつけながら一蹴する兵藤。
だが、幹也もまた、一般人への危害を考えていた。
(この手の奴には普通に言ってもつけあがるだけか…)
幹也は手法を変えて切り込む。
「別に俺も構わないぞ?恥をかいても良いならな」
「へぇ…余程自信があるんだね?」
「いや?流石に真正面からかち合えば、流石に俺も勝てねぇよ?」
先程までの自信とは程遠い発言に全員が困惑する。
「実力があるとは言っても所詮は一人。数の暴力には勝てねぇよ。精々何人か道連れにする程度だ」
だが、とそこで幹也は言葉を区切る。
「俺からすればそれで充分だ。それだけでリアス・グレモリーの地位は確実に失墜する」
「どういう事だい?」
「簡単な事だよ木場。人間との融和政策が行われている現状で、ただ強いというだけ人間と戦い、眷属の大半を失ったとなればどうなるか?
政策を進めている魔王からはペナルティを受け、人間差別をしている悪魔からは後ろ指を指され続ける。人間風情に情けない、ってな」
それは、決してありえない話では無い。寧ろ高確率で起こり得る話だった。
「………」
「分かって貰えたようで何よりだ」
押し黙った兵藤に、もはや興味は無いと、幹也は次の話題に移ろうとした時、ソーナがふと気付く。
「随分、悪魔の内情に詳しいのですね?」
「はぐれ悪魔がそんな感じの事を喚いてたんだよ。やれ現魔王に従順な主には付き合いきれないだの、転生悪魔と同列に扱われたくないだのってな」
「───そうですか」
ソーナの疑問に平然と返す幹也。
一見するとその態度にはおかしな点は見受けられない。
だが、ソーナはこの時ある事に気付いていた。
(表情が強張っている……?)
僅かにではあるが、幹也の表情が硬い。いや、それは今に始まったことではなく
(さっき兵藤君と一触即発の空気になった辺りからずっと余裕が無いように思える……)
明確な変化、とまではいかないものの、確実に表情が違う。
ソーナがこの変化に気づいたのは、チェスの対局で鍛えれた洞察力と、持って生まれた才能のおかげであろう。
加えて立ち位置も関係している。
相手と向かい合うような対面ではなく、盤面を俯瞰する位置取りだからこその落ち着いた視点だったからである。
しかし、だからこそ、ソーナは分からなかった。
(何故…?ここまでの流れは常に彼に傾いている。なのにどうして、彼の表情には余裕が無いの?)
どれ程思い出しても、幹也が不利になった場面は一切無かった。
にも関わらず、幹也の表情は僅かに険しい。
そしてそれは、
(何かあるというの?ここからひっくり返るかもしれない、逆転の一手が)
ソーナにとっては充分すぎるほどのヒントであった。
この時、幹也にとって不幸だったのは、そのソーナの疑念が的を射ていた事であり、
また同時に幸運だったのは、ソーナがこの交渉に一切の手出しをしなかった事である。
何故ならこの交渉は、
幹也にとって、圧倒的に分が悪い戦いだったからである。
こんだけ待たせて1話に収まりませんでした!
マジですいません…
さて、今回の会話で、幹也君はある致命的なボロを出しましたが、それはなんでしょう?
ヒントは、はぐれ悪魔が言わない事です。
答えは次回、交渉の終わりとソーナの考察にて。
どうかお楽しみに!