やったあ‼︎
コトン、と音が響く。
チェスの駒を動かす音だ。
生徒会室で、幹也とソーナはチェスに興じていた。
一見するとにこやかに見えるが、しかし周囲の眷属達は驚愕していた。
(会長と、互角…⁉︎)
ソーナ・シトリーはチェスの名手である。
それこそ、自らの知略を鍛えるための思考鍛錬として、チェスを嗜んでいる節もある。
その実戦的な戦略の前に敗れ去った者は決して少なくはない。
だが、目の前にいる少年はソーナ相手に全く引けを取らない程の戦略で、互角に渡り合っている。
(すごい…けど…)
同時に。女王であり、副会長である椿姫は一つの確信があった。
(恐らく、この均衡はそろそろ崩れる。そして『本命』も、まもなく仕掛ける筈。)
全員が、張り詰めた空気に緊張していた。
(何だ?やたらピリピリしてるな…)
その空気の変化を、幹也も感じ取っていた。
しかし、何が原因かわからない以上、迂闊な発言も出来ず、ただ首をかしげるばかりだった。
「中々やりますね。正直、ここまで長丁場になるとは思いませんでした。」
そんな中、ソーナは感心したように幹也に話しかけた。
「お互い、まだそんなに駒は取れてませんし、少し消極的過ぎましたかね?」
「勘弁してくれ…こっちもなんとか凌いでるんだ。そっちはまだ余裕ありそうだぞ?」
「お互い様では?」
軽く笑いあいながら、二人は対局を再開する。
「時に…月野君に尋ねたい事があるのですが。」
眷属全員が表情を硬くする。
(…来た!)
椿姫はついに来たかと、身を引き締め、匙はいつでも動けるように少し足を開く。
「……?何だ?」
その様子に気付きながらも、とりあえず害はないと判断し、ソーナに続きを促す。
「月野君、貴方は何者ですか?」
ソーナはポーンの駒を動かしながら、そう聞いた。
「────。」
一瞬、しかし確かに言葉に詰まる幹也。
(……疑われている。或いは、気付き始めている?)
ソーナが抱いている疑念はどっちか、まずそこを明らかにしなければならない、と、幹也は立ち回りを考える。
間者か、監視か。
間者、他勢力からの回し者だと疑われているならば、幹也はその疑いを全力で晴らさなくてはならない。確かに三大勢力のパイプ役である以上、悪魔以外の勢力とも当然繋がっている。しかしそれは敵対では無く同盟の為。
故に、幹也の失敗で三大勢力の間に亀裂が入る事は避けなくてはならない。
しかし、監視だと疑われているならば、まだ余裕がある。しかしバレてはいけない事に変わりはない。下手をすれば、パイプ役を殺害する事で、三大勢力間の連携を乱されるおそれもある。何より、この町が本格的な戦場になる事は幹也自身が望んでいない。
「何者、か。中々深い問いだな。どんな意図でそんな質問をするんだ?」
手探りの戦い、加えて相手はあのソーナ・シトリー。
過去最悪の戦いを前に、幹也は冷や汗をかきながら応戦する。
「うまくポーンをブロックされてしまいましたね…。どんな意図、ですか?」
幹也の返しに、ソーナは盤面を見ながら思案する。
(ふむ…この返し。中々返答に詰まりますね…)
この言葉。
遠回しに、お前は俺を疑っているのか?と聞いてるようなものである。
そしてこれは、ある意味ピンチである。
(返答を誤れば、最悪皆殺しですね…)
頬を汗が伝う。
ソーナが考えたパターンは三つ。
幹也が悪魔と繋がっている可能性。
幹也が三大勢力全てと繋がっている可能性。
そして最悪なのが…
(もしも彼が、悪魔以外と繋がっていた場合…ですね。)
ここで迂闊には踏み込めない。
ソーナはブロックしているポーンをルークで取りながら、言葉を返す。
「言い方が悪かったですね。こう言い換えましょう。貴方には仲間がいるのでは無いですか?」
そのルークをビショップで取り、幹也は切り返す。
「根拠は?」
再びポーンをブロックされたソーナはその場を諦め、側面からポーンを進める。
「先のリアスとの交渉の際、貴方は眷属の立場の呼称をはぐれ悪魔から聞いたと言いました。ですが、はぐれ悪魔はかつての己の身分を好まない。それは彼らにとって忌むべき過去ですからね。」
「つまり、俺には悪魔、或いは悪魔に詳しい知り合いがいる…と。」
進められたポーンをナイトで取りながら、幹也は内心舌打ちした。
(くそ…迂闊だったか…つまんねぇボロ出しちまったぜ…)
「はい。そう考えると、色々と納得がいきます。」
ナイトをビショップで取りながら、そう首肯する。
「一概に、はぐれ悪魔って言っても、悪い奴ばかりじゃ無い。俺がそういう連中から話を聞いた、って事もあるんじゃ無いのか?」
ビショップをルークで取り、そう問いかける幹也に、ソーナは一切動揺しなかった。
「ふふっ」
「何がおかしい?」
いきなり笑い出したソーナに首をかしげる幹也。
「ああ、すみません。ですが、今の言い方だとまるで」
ソーナはブロックしていたビショップをクイーンで取りながら
「『そんな可能性もあるぞ』と、疑念を持たせる為に言ったように聞こえまして。」
「……‼︎」
見抜かれた。
幹也の背中に冷や汗が流れる。
「穿ち過ぎだよ、それは。」
クイーンの進路を塞ぐ形でポーンを配置しながらそう返す。
表情は平静を装うことが出来ているのは、もはや奇跡に近かった。
(やばい…、本当にやばい‼︎このままじゃ、俺の正体が露見する!)
頭をフル回転させて、打開策を思案する。
(落ち着け。冷静になれ!ここまで追い詰められたのは、確かに俺のミスだ。
けど、だとしても、俺の正体に当たりが付いているならここまで消極的な追い詰め方はしない筈!多分向こうも綱渡りに近い感覚の筈だ!)
逆転の目はまだある。
そう判断した幹也は、ソーナの表情を見て、その考えが、
「────ぁ。」
間違いだったと知る。
見れば、ソーナは薄く、本当に薄くだが、笑っていた。
(なん、だ?何で笑って…)
そこで、幹也は先の会話の内容を思い出す。
(っあ、ち、がう?こいつ、そうかこいつッ⁉︎)
(気付きましたね…?)
幹也の反応を見て、ソーナは少し息を吐く。
呆れ、では無く、緊張がほぐれたからだ。
(先の発言。普通私があそこまで踏み込んだ言葉を吐けば、敵対勢力なら即座に攻撃してくる筈。なのにそれをしなかった。)
(終えていた。あの時、こいつはもうその綱渡りを渡り終えていた!)
(しかし、悪魔単一の勢力に属しているなら、逆に口が固すぎる。喋り過ぎは愚行ですが、情報を渡さな過ぎるのも返って逆効果。つまり)
(見抜かれた。応手を間違えた‼︎こいつは)
(月野幹也は三大勢力のパイプ役。)
(俺の立ち位置を完全に把握した‼︎)
詰み筋は見えた。
であればここから先は千日手。
決められた手順を終えるか、凌ぐか。
「そうですね。確かに、穿ち過ぎかもしれません。では、穿ち過ぎついでに、私の突飛な考えを話しますね?」
進路を塞ぐポーンをクイーンで取りながら、ソーナは話し始める。
「数年前。貴方は三大勢力の誰かに密命を受けてここに来た。」
キングを守るようにナイトを配置しながら続きを促す幹也。
「密命の内容は…そうですね、領地運営に関する事…いえ、今のリアスが更迭されていないところを見ると、リアスのサポートの方がメインでしょうか。」
ナイトを無視して、空いた進路をポーンに譲るようにクイーンを動かす。
その間に、距離を置くようにキングを避難させる。
「その後、貴方ははぐれ悪魔を狩りながらその役目を果たし続けた。ですが、ここにはぐれ堕天使と、それに騙されたシスターが絡んだ事で、貴方の存在が龍王ティアマットと赤龍帝に捕捉された。」
ポーンを進めて、ソーナはポーンをプロモーションさせる。選択した駒はクイーン。
幹也はキングを下げようとしたが、自軍の駒が邪魔で動かせない。
故に、ナイトを壁のように配置。
「なんとかその場を脱した貴方を、しかし兵藤一誠は追尾。どのタイミングかはわかりませんが、これで正体不明のサポーターは貴方だと判明した。」
プロモーションしたクイーンで、まずナイトを撃破。
「その後、自身の立場を明かすわけにはいかない貴方は、リアス相手に自身行動制限に口を出さないように交渉。ですが、貴方が本当に後ろ盾も勢力のしがらみもない立場なら、そもそもこの交渉は不要なんです。昔ならばいざ知らず、今のリアスを無視したところで誰も咎めませんから。」
プロモーションしたクイーンを、自軍のクイーンで撃破する幹也。
しかし返す刀で、ソーナのクイーンが、それを更に撃破する。
そして。
「つまり、貴方は交渉の必要があった。公に領地運営に関わるための口実が必要になった。これが単一の勢力、悪魔に属するだけならややこしい口実は圧力でとうとでもなる。しかし敵対勢力ならば、そもそもここまで協力する義理は無い。─────つまり貴方は、三大勢力を政治的に繋ぐ、パイプ役にして実働隊。」
この駒の配置は。
「チェックメイト─────如何でしょうか?」
幹也(ヤベェ…汗)