月日というのは意外とあっという間に過ぎるもので。
気づけば二年程の時間が流れていた。
「おめでとう、幹也殿。お主に教える事はもう無いわい。」
「ありがとうございます。」
ツクヨミにお辞儀をする幹也。
その姿を見て、ツクヨミは思わず涙を流す。
「うむ…何だか無性に寂しくなって来たわい。本当はこのままここに残る事が出来れば良かったんじゃが…」
「気にしないで下さい。本当に二年間お世話になりました。」
「幹也殿…しかし気を付けるのじゃぞ?これから行く世界は多くの危険が渦巻いておる。恐らくは他の転生者もいるかもしれん。お主の様な性格なら良いが、我欲に塗れた連中が襲いかかってくる事もあり得る。」
「その為の二年でしょう?」
ツクヨミの不安を払拭する様に笑う幹也。
実際不安はある。恐怖も同様だ。
けれど、そんな感情に押し流される事は無い。
今までの努力が、彼の中に根付いているのだから。
「幹也殿……あい分かった。もはや何も言うまい。これよりお主を転生させる。………達者でな。」
そして、月野幹也は転生した。
さて、月日というのは意外とあっという間に過ぎるもので。
幹也が転生してから十年が経過していた。
流石に十年も経てば赤ん坊も小学四年生になる訳で。
幹也は今日もランドセルを背負って帰路へとついていた。
(ランドセルって、こうしてみるとやっぱり重いな〜)
などとしみじみ思いながら幹也は曲がり角を曲がる。
ちなみにこの世界での幹也は孤児だった。
なんでも幼い時に町外れの孤児院に捨てられていたとか。
(まさかの孤児院スタートとは…)
最初こそ驚きを隠せなかったが、しかしそこは幹也の持ち前の適応力でカバーした。人間、何事も慣れである。
驚いたと言えば、幹也が一番驚いたのは、今まさにこうして何事も無く日常生活を送れている事だった。
(死亡フラグ満載とか言いながら、割と平和じゃないか…?まぁ、何事も無いならそれに越した事は無いけど…)
そんな事を考えたのがいけなかったのかもしれない。
ツクヨミという神によって鍛えあげられた幹也の感覚が、すぐ間近での戦闘を察知したのだから。
「あー、くそ、ちょっとぼやいたらこれかよ…」
幹也自身、極力関わりたいとは思わない。しかしだからと言って見過ごすことが正解だと一概にも言えないのが現実だ。
幹也は戦闘が行われているであろう場所へと猛スピードで駆け出す。
(関わるにしても無視するにしても、まずは現状の把握が最優先。蚊帳の外にいたと思ったら、実は戦場の真ん中でした、じゃ洒落にならないからな)
幹也は更に速度を上げる。屋根や塀を飛び越えながら、最短距離で目的地へと向かっていった。
そこは山の中腹辺りだった。鬱蒼と生い茂る木々の上を、幹也は跳躍して行く。
(あそこだ…あれは…着物?)
見れば、黒い和服に身を包み、頭から猫耳を生やし、腰の辺りから猫の尻尾を二本生やした女性が、蝙蝠の羽を生やした集団に囲まれていた。
(うわー、見るからにガラの悪そうな男だ…)
集団のリーダーと思わしき男性は顔や腕に大きめのタトゥーを入れた、ヤンキー風の格好だった。
(さてどうしよう…ぶっちゃけ、ガキの体でも勝てない事は無いだろうけど…)
この際勝算は関係ない。事によっては、負けそうでも挑むし、勝てそうでも逃げる。
幹也は情報を得るために感覚を研ぎ澄ます。
すると、ヤンキー風の男が喋り出した。
「ようやく見つけたゼェ‼︎大人しく投降しろよ、そうすりゃ、痛い思いはしなくて済むぜ?いや、ひょっとしたら気持ちイイかもなぁ〜?」
(かなりわかりやすいクズだな……)
男の下卑た言葉に、幹也は嘆息し、和服の女性は目付きを鋭くする。
「お断りにゃ粗○○ヤロー。そんな貧相なもんで何が出来るっての?」
「なっ、テメ…言わせておけば‼︎」
「事実にゃ。お前みたいなクズが、女を悦ばせる事なんて、出来るはずがないにゃ。」
遂に、男の顔が怒りによって赤く染まる。
「ぶっ殺せ‼︎‼︎」
「やってみろにゃ‼︎」
男の指示で、今まで遠巻きに構えていた部下達が一斉に和服の女性へと殺到する。
迫り来る集団に、一歩も引く気配の無い女性は、ぽつり、と小さく呟く。
「私は死ね無い…あの子の為にも。」
誰にも届く筈の無い呟き。
その言葉を。
「さて、行くか。」
聞いていた者がいた。
「あ?」
「にゃ?」
それはいきなり現れた。
殺到する集団と着物の女性、その中間に黒い刀を持った少年が割り込んだのだ。
『⁉︎』
突然の事に、僅かに一瞬、全体が硬直する。
「いや止まるなよ、的になるぞ。」
一閃。
あまりにも早く、鮮やかな一太刀。
たった一瞬で、三人の男から血飛沫が舞った。
「ウソ……」
目の前の光景が未だ理解できていないのか、着物の女性は呆けたように立ち尽くす。
そんな様子を気にした様子も無く、少年ーー幹也は声をかける。
「おい、猫」
「…私の事かにゃ?」
「他に誰がいるんだ?」
「…まぁいいにゃ。それで、なんだにゃ?」
「色々言いたい事とか聞きたい事はあるけど、とりあえず一つだけ。
ああいう決意表明は心の中だけにしておけ。」
「⁉︎まさか、聞こえてたのかにゃ…⁉︎」
「五感は鋭いんだ。これでもな。まぁ何というか、動物の映画で感動して号泣してしまう俺からすれば、ああいうのを聞いちまうと…」
言葉を区切り、集団のリーダーであろうヤンキー風の男に刃を向け、
「体が動いちまうんだ。どんだけ面倒な状況でもな。」
そう言い放った。
ヤンキー風の男はその言葉を受け、更に血管を浮かび上がらせる。
「おいガキ…泣いて謝れば半殺しで許してやるがどうするよ?」
「いきなり襲って悪かったな粗○○」
「殺す‼︎」
標的を変え、今度は幹也に突撃する部下達。
「だ、ダメ、逃げ」
「おい猫。」
女性の言葉を遮り、幹也は静かに告げる。
「すぐに終わる。じっとしてろ。」
直後に、刃が瞬いた。
(ひーふーみー、三人斬ったから残りはヤンキー合わせて七人か…)
まず幹也は一番近くにいた男を真一文字に斬り裂いた。
だん、
と、肉と骨を断つ鈍い音が辺りに響き渡る。
凄まじい勢いで切断された為か、男の上半身は下半身を残して宙を舞う。
「はぇ…?」
男からすれば唐突過ぎて意味がわからないだろう。
標的を見失った瞬間に、自らの視界が回転しながら、自分の下半身を眺めているのだから。
しかし幹也は御構い無しに、一息で左側にいた二人の首を刈り、刀を左手から右手に持ち替え、右側の一人の心臓を貫く。
「き、距離をとっーー」
近距離から遠距離に切り替えようとした男に刀を投擲し眉間を貫き、即座に刀を引き抜くと、そのまま自分の足下で腰を抜かしている男の頭蓋を蹴り砕く。
そして振り向くと、まさに先程斬り飛ばした上半身が、自らの頭より五センチ程高い位置にあった。男の顔は戦慄に染まっていた。
しかしそれも当然の事だろう。自らの仲間が、一瞬のうちに唯の肉塊へとなって行く様を見せられたのだから。
「じゃあな。」
断ッ‼︎
と、幹也は宙にある男の首を斬り飛ばした。
「さて、残ってんのは…」
瞬間、幹也に高密度の魔力弾が直撃した。
仕掛けたのは、いつの間にか蝙蝠の羽を広げて空を飛んでいた、ヤンキー風の男だった。
「バァカ。人間のガキが悪魔の貴族に逆らうからこうなるんだよ‼︎」
二発、三発、と幹也のいた場所に直撃して行く魔力弾。
「もうやめて‼︎」
「あー?」
その光景に耐えられなくなったのか、着物の女性が悲痛な声を上げる。
「ハッ、なんだ、ちっとはしおらしいツラもできんじゃねぇか……それじゃあお望みどおり、次はテメェにーー⁉︎」
獰猛な笑みを浮かべ、男が女性に飛びかかろうとした時、バランスを崩したのか、男が地面に落ちる。
「チッ、一体なんだって…」
男は自らの羽を見て絶句する。
右側の羽だけがーー無い。
「な、なんで…」
「なんでってそりゃあ、斬り飛ばしたからに決まってるだろ?」
あり得ない声と共に、男の顔から血の気が引いて行く。
見れば、そこには無傷で砂塵を鬱陶しそうに払う幹也の姿があった。
「な、なんで生きて…いや、そもそもどうやって俺の羽を…!」
「原理はあんたの魔力弾と一緒だよ。あんたと違うのは弾丸としてでは無く、密度と範囲を調整して、斬撃として放ったって所だな。」
「なっ…⁉︎んな事出来る訳…」
「出来るからあんたは今そこに倒れてんだろ?ああ、最初の質問に答えてなかったな?俺の魔力防御はそれなりに硬いから。悪いけど、あの程度なら、防御や回避どころか、そもそも届きすらしないよ。」
「は、はぁ⁉︎」
幹也の言葉に、男だけでなく、着物の女性ですら開いた口が塞がらない。
「さて、そんじゃ、そろそろ終わらせるか…」
終わらせる。その言葉に、男は自らの死を幻視する。
「ま、待て!」
「あ?なんだよみっともない。命乞いか?」
「そ、その女は『はぐれ』なんだぞ⁉︎なんで助けるんだ‼︎」
「なんだそれ?いきなりそんな専門用語言われても知らねぇよ。それに悪いけど、俺の知ってるはぐれは、もう少しメタリックだったしな。」
「クッ、オオオオオオオ‼︎」
男は足掻くように魔力弾を連射する。
ただしそれは幹也にでは無く…
「!」
幹也の足下にだった。
砂塵が舞い、幹也の視界が覆われる。
「鬱陶しい」
刀を振るい、砂煙を払うと、そこにもう、男はいなかった。
(意外だ…逃げるとは思わなかった…)
幹也は刀を自らの中に仕舞うと、着物の女性の方を見る。
「おいアンタ、大丈夫か?」
女性はしばらく呆けていたが、すぐに我に返り、コクコクと頷く。
「そうか。なら良いや。次は見つかんねぇようにな。」
そう言って、幹也はその場を後にする。
(あー、疲れた…もう関わる事も無いだろうし、帰ってのんびりしよう…)
所が、そううまく行かないのが現実の無情な所である。
「にゃ〜、待ってにゃ〜。」
「何で着いてくるんだよ…?」
先程の女性が着いてきてしまったのだ。それもご丁寧に猫の姿で。
「おい猫。何で着いてくるんだよ。」
「にゃ〜、私には黒歌っていう立派な名前があるんだにゃ。」
「………ハァ」
思わず溜息を吐いてしまう幹也。しかしそんな様子を特に気にせず、猫…黒歌は幹也の頭によじ登る。
「降りろ…」
「いやにゃ。」
「何で。」
「助けて貰った恩をまだ返して無いにゃ。私こう見えて、義理堅くて尽くす女なのよ?あなたみたいな強い男には特にね………あ、ねぇご主人様、お腹減ったにゃ。」
「今のお前の何処に義理堅くて尽くす女の要素があるんだよ⁉︎」
思わず大声でツッコミを入れてしまうのだった。
「ねぇご主人様〜」
「やめろ。ご主人様って呼ぶな。」
「じゃあ名前教えてにゃ〜。私は最初に名乗ったんだからにゃ〜」
「………月野幹也」
「んじゃ幹也って呼ばせてもらうにゃ。よろしくにゃ!」
「よろしくしたくねぇ…」
「ねぇ、幹也、お腹減ったにゃ。」
「まだ言うか…」
と、そんなやりとりをしていると、不意に黒歌が視線を上に向ける。
「幹也…あそこ」
「ん?何だよ……⁉︎」
一拍遅れて、幹也も気付く。不穏な魔力の流れがある事を。
「冗談だろ…まださっきの戦闘から三十分も経ってないぞ……!」
「どうするにゃ?」
「不本意だが行くしかあるまい。気を抜いた所に飛び火してもかなわんからな。お前はここで待ってろ。」
「私も行くにゃ。」
「大丈夫なのか…場所が場所だぞ?」
「大丈夫にゃ。今あそこは『正常に』機能してないから、悪魔の私でも入れるにゃ。」
「……わかった。ただ、ヤバいと思ったら引き返せよ?」
幹也の言葉に、黒歌は頷く。
それを確認した幹也は、即座に凄まじい速度で、目の前の石段を駆け上がって行く。
その横の看板にはこう書かれていた。
姫島神社、と。
何とか戦闘まで行けた…
評価コメントへの返信方法がわからないので、この場を借りて返させていただきます。
概ねその通りであっています。
ただ、説教というよりは、バッサリ斬り捨てる感じかもしれません…
評価コメント、ありがとうございました。