人生はままならない   作:んみふり

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波乱の幕開け 長すぎる一日 後編

ガブリエル。

神に仕える四人の大天使の一人。

数多くある神話の中でも、類を見ない程に暴力的な後方の青。

力、或いは裁き、粛清の逸話が多く聞こえる熾天使の一角。

それが幹也の目の前にいる女性の正体だ。

「───────。」

思わず息を呑む。

柔和な笑みに不釣り合いな重圧。

加えて余りにも不自然な登場のタイミング。

身構えない方がおかしな話だった。

「落ち着いてください、私はあなたと戦いに来たわけではありません。」

「……じゃあ何の用だよ。」

すると、ガブリエルはゆっくりと頭を下げる。

「先ずはお礼を。あの親子を助けていただき、ありがとうございました。」

「知り合いだったのか」

「はい、朱璃とは神社の仕事や、彼女の夫である堕天使とのパイプ役として、深く親交があったのです。」

「…成る程、だから混じり物と…」

「愛の形は人それぞれ、それを非難する権利は誰にもありません。」

「当然だ。別にとやかく言うつもりはねぇよ。話はそれだけか?」

「いいえ。もう一つは……」

「俺の力の事か?」

その問いに、しかしガブリエルは首を横に振る。

「それもありますが……」

そこで言葉を一旦切り、幹也の頭の上にいる黒歌に視線を向ける。

「そこのはぐれ悪魔を、こちらに引き渡してくれませんか?」

先程の慈愛に満ちた目とは違う。

それは敵を滅する冷徹な大天使のそれであった。

「にゃぁ、ここまでみたいだにゃぁ…」

そう言うと、黒歌は幹也の頭の上から飛び降り、人の形に姿を変える。

「バイバイ幹也、助けてくれて、嬉しかったにゃ。」

悲しそうに、惜しむように、彼女は笑う。

そして、大天使に向かって歩みを進める────

「いや待てアホ猫。」

直前、襟を掴まれて後ろへと引き戻された。

「にゃ⁉︎何するにゃ⁉︎」

思わずそう叫ぶ黒歌に、幹也は呆れたように返す。

「いやいや、お前義理堅い猫とか抜かしてたくせに、何一つ恩を返さずに立ち去るつもりか?」

「っ、私が死んで、貴方が生きる!それで貸し借りは無し!それでいいじゃない‼︎」

「いや、だからな?何で俺が生きるのに、お前が死ぬ必要があるんだよ?」

「はぁ?」

ここに来て、黒歌はいよいよ幹也の事が分からなくなった。

一体この少年は何を考えているのか?

熾天使と相対して、勝てるつもりでいるのか。

そんな疑問を無視して、幹也は言い放つ。

「おい、ガブリエル。悪いけど、こいつを渡すつもりは無いから。」

「……正気ですか?彼女は自らの主人を殺して追放されたはぐれ悪魔。言ってしまえば、超危険人物なのですよ?貴方の身にも危険が及ぶかもしれません。ですから」

「見たのか?」

「…は?」

ガブリエルの言葉を遮るように幹也は問いかける。

「お前は、こいつが罪を犯す瞬間を見たのかと聞いている。」

「いえ……」

「だろうな。見たとしたらそんなありきたりな言葉は出てこねぇ。こいつの事を何も知らない証拠だ。糾弾するのはいい。侮蔑するのも勝手にしろ。だがな、こいつの事を何も知らずに断罪する事だけは許さない。」

幹也は刀を抜き放ち、ガブリエルに鋒を向け宣言する。

「あんたがこいつを殺すってんなら…俺は容赦なくあんたを斬るぞ。」

その言葉に、黒歌は瞠目する。

「にゃっ、幹也正気なの⁉︎相手は四大天使の一人、天界最高戦力の一角なのよ⁉︎いくら幹也でも死んじゃうにゃ…」

「知らねぇよ。黒歌、俺はな、一つだけ心に誓った事がある。それは悔いの無いように生きる事だ。ここでお前を渡して生き延びても、俺はきっと後悔する。後悔したまま生きるのなんざ御免だ。だったらここで全力出してこいつを倒した方がまだマシってもんだぜ。」

「幹也……」

「それにな、さっきから負ける前提で話してるけどよ…存外、勝ち目も多いかもしれんぞ?」

直後に、幹也の体から莫大な光の奔流が溢れ出す。

『────‼︎』

その光景に黒歌だけでなく、ガブリエルも戦慄する。

(何という魔力…いえ、これは、魔力と神気が混じって…⁉︎)

質、量、共に一級品。ともすれば単体で勢力図を変えかねない程の力。

しかしその発生源たる当人は、

「全盛期の七割ってとこか。まぁ、切り札全部使えば勝てるだろ…」

と、やや不満げに呟いていた。

(まだ何かあるというのですか…⁉︎)

その呟きに戦慄するガブリエル。

しかし彼女とて一勢力の最高幹部、その動揺の一切を表情には出さない。

そしてガブリエルは意を決して一つの問いを投げかけた。

「一つだけ、聞いてもよろしいでしょうか?」

「何だよ?」

「仮に彼女が貴方を騙していて、貴方を裏切ったとしたら、貴方はどうしますか?」

その問いに、しかし幹也は一切の迷いもなくこう答えた。

「そん時は、こいつを殺して俺も死ぬよ。」

『‼︎』

黒歌とガブリエルはその答えに目を見開く。

「助けるだの、救うだのには必ず責任が生じる。漫画や小説じゃないんだ、救ったらハイおしまい、って訳にはいかない。最低限救った奴を安心して置ける環境を整える義務がある。さっきの親子も、保護してくれる所があったから放っておいたものの、そんな場所が無かったら、しばらく側についてたくらいだぜ。」

「───────、」

その答えはガブリエルにとって衝撃だった。

何故ならそれは天界が志す理想の救いの定義そのものだったからだ。

(こんな子供が、何故…)

ガブリエルは疑問に思う。一体どんな人生を送れば、この歳でここまで達観出来るのか、と。

まさか幹也が転生者だとは微塵も思わないガブリエルはそんな事を考えてしまう。

そんな様子を気にせずに幹也は続ける。

「俺は黒歌(こいつ)を信じてる。わずかだが背中を合わせて戦ったからな。だからこいつが本当に道を外していたなら、そん時は俺が斬る。そして、こいつを信じて野放しにしてしまった俺も腹切って詫びるよ。責任ってのはそういう物だろう?…だからガブリエル、あんたには渡さない。黒歌を罪人としか見ていない奴に、渡す訳にはいかない。こいつの本当の姿を見ようともしない奴に、こいつを裁かせるたまるかよ────!」

『─────。』

二人は沈黙した。

一人は少年の背に庇われながら涙を流し、

一人は少年の高潔な在り方に心を打たれて。

そしてガブリエルは一言、こう呟いた。

「美しい…」

「……は?」

予想外の一言に、幹也はそんな間の抜けた声を出してしまう。

そしておもむろに近づいて来たガブリエルの胸元に抱きしめられた。

「むガァ⁉︎」

「ニャァ⁉︎」

幹也と黒歌はまさかの展開に驚愕の声を上げる。

(息が!く、苦しい…)

「私、感動致しました。貴方がどのような人生を送って来たかは判りません、けれど、その歳でそれだけ達観するという事は、きっと壮絶な人生だったので

しょう。それでも貴方は腐らずにその清く気高い心を保ち続けた。私は貴方に最大の敬意を表します。」

「わ、わかった、わかったから一旦離し…」

「幹也を離すにゃ!このおっぱいおばけ‼︎」

若干呼吸困難になっている幹也の声を遮りながら近づいてくる黒歌。

しかし、離す気配の無いガブリエルを見ると、黒歌は幹也の後ろから抱きつく。

「んあ⁉︎」

豊かな双丘に前後から挟まれる形になった幹也。

呼吸が更にきつくなる。

「幹也は私のにゃ!絶対渡さないにゃ!」

「縛り付けるのは良くありませんよ?しっかりと彼の意思も尊重しなくては。」

幹也を挟んで言い合う二人に、ついに限界が来た幹也は、自らを挟み込む双丘をがしり、と掴む。

「ぁっ…」

「にゃ…」

甘い刺激に声を漏らす二人に対し幹也は、

「いい加減にしろよ?な?」

静かに怒りを込めた声で二人竦ませる。

『はい…』

後に二人はこう語る。あの目は本気だった…と。

 

 

 

 

さて、熾天使との激突という神話さながらの戦いは回避できたものの、問題はまだ残っている。

黒歌の指名手配の事だ。

それをガブリエルに話すと、柔らかな笑みで、

「私が魔王に頼んでおきましょう。」

と言った。

「……は?」

その言葉に思わず首をかしげる幹也。

「え、いや待て、なんで天使と魔王が知り合いなんだ?」

「そうですね…それについてはまず先の大戦について話さなくてはなりません。」

「続けてくれ。」

「はい。今よりおよそ数百年前、天使、悪魔、そして堕天使の三大勢力は永きに渡り戦争を行なっておりました。ですが、全ての者たちが戦争について賛同していたかといえば、それは違います。中には望まない戦いをしていた者も多くおりました。そして大戦は三大勢力の衰退という形で、停戦になったのです。そしてその大戦で戦争推進派の多くが死に絶え、戦争反対派が勢力のトップに就きました。現魔王と、天界のトップ、堕天使の総督ですね。今の各勢力のトップは、昔馴染みのような関係なのです。だからこそ停戦が成立した、という見方も出来ますね。」

「なるほど…大体わかった。それならなんとか…」

「いや、多分無理だにゃ。」

幹也の安堵を、黒歌は否定した。

「いかなる事情があれ、私が主人を殺したのは事実だにゃ、無罪放免とはいかない…」

暗く、沈んだ声に幹也は、

「まぁ、そりゃそうだな。」

と、軽く返す。

その返しに、黒歌は更に暗くなるが、

「けど、むしろそっちの方が都合が良い。」

そう続けた。

その言葉に、黒歌は顔を上げる。

「にゃ?それってどういう…」

「言葉通りの意味さ。ガブリエル、三大勢力のトップの性格を教えてくれ。上手くいけば───」

幹也はそこで不敵に笑って、

「全部解決するかもしれん。」

そう告げるのだった。

 

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