落第騎士の師匠《グランドマスター》   作:Wbook

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少々短いですが、閑話です。思いつく度に書いていこうかと。
本編は落第騎士次巻が発売されたから更新になるかと


閑話
28話『鵺』アナザー


「ふむ……私はそこらの居酒屋で構わなんだが……」

「ははは、それは私も同じだよ。しかし、立場が許してくれない。世知辛い話だけどね」

 

 

 場所は、首相公邸。現在月影が居を構えている場所だ。万全のセキュリティと整った設備を兼ね備えた……しかし、下品にならない程度に豪華な屋敷。

 そこにあるのは、湾岸ドームでの密会を終えた小次郎と月影の姿だ。

 

 今日に限って言えば、護衛として配されている人員も最低限のそこは……それでも、世界有数の安全地帯であった。

 世界一の剣士の存在は、それほどまでに大きい。そもそも護衛のような真似は、彼にとって十八番と言える。

 

 

「かけていてくれ。いま、酒と肴を持ってくるよ」

 

 

 そう言って月影はキッチンの方へと消えていく。

 手持ち無沙汰の小次郎はソファーに腰掛けながら、辺りを見渡していた。

 

 

「……質素なものよな、一国の長にしては」

 

 

 調度品の数々は、やはりこの豪邸に相応しい代物であったのだが……それ以外が余りにも足りな過ぎる。

 決して、生活感がない訳ではなかった。にも関わらずこの家は、何処か侘しさを感じさせる。

 

 

「未来を知ってからは、趣味とは無縁の生き方をしていたのでね……」

 

 

 乾き物をテーブルに置き、月影は杯を日本酒で満たした。

 

 

「酒だけは置いていたが……それは、不安を紛らわせる為のもの。嗜好品として嗜むのは本当に久しぶりだ。今夜は、付き合っていただきますよ、佐々木さん」

「ふっ……そうか。ならばこちらも、胃もたれするぐらいに濃い肴を出させてもらおう。潰れるなよ、月影殿」

 

 

 乾杯を交わし、二人は杯を傾ける。

 小次郎にとってはいつも通りの……月影にとっては久々の、美酒であった。

 

 

「さて、英雄達について聞きたいのであったな……」

「……なんで少し躊躇ってるんだい?」

 

 

 小次郎が躊躇うのも無理はない。

 連中は何かと話題に尽きない、とびっきりに個性的で濃厚な人物達だが——何事も、過ぎたるは及ばざるが如しと言う。

 月影の目の輝きは、まるで子供のようでは無いか。期待に胸を躍らせているのが容易く理解できた。

 

 これを裏切ることになるやもしれないと思うと……下手な奴は、口にすることも憚られる。

 

 まず第一に、黒髭はダメだ。あれはあれで悪い男では無いし、紛う事なき英傑なのだが……ともかく、黒髭はダメだ。

 

 

「さ、佐々木さん……? 随分と難しい顔をしているが……大丈夫なのか?」

「……無論だ。しかし何せ遠い記憶なのでな。時間をもらえるか」

「ああ、そういうことなら話は分かる。夜はまだ長い、存分に悩んでくれて構わないとも」

 

 

 楽しげな月影の顔を改めて見て、小次郎は黒髭を記憶から一時抹消した。

 

 もっと……THE・英雄といった者達が居るはずだ。

 どうしてもキャラクターの濃さで勝る連中が浮かんでしまうのは仕方ないことだが、そういう連中はもう少し酒が回ってから出すべきイロモノだ。

 

 自身も偽物のイロモノ英雄であることを棚上げして、心の中で言いたい放題の小次郎であった。

 

 記憶を巡らせ、英雄らしく……かつ、インパクトのある人物を懸命に探す小次郎。

 そして、はたとひらめいた。

 

 

「ランスロッ——」

 

 

 いや待て。小次郎はどうにか踏みとどまった。

 

 ——円卓はダメだ。

 

 何がダメってもつれにもつれた人間関係がダメだ。

 ベディヴィエール卿辺りはまだ良いのだが、彼の話をしたとしても他にも触れざるを得なくなる。それはいけない。

 ほぼ全員が、何かしら致命的なことをやらかしている集団だ。少なくとも、このような明るい酒の席で話すことではないだろう。

 

 

(ならば誰だ……。誰ならば月影殿の興味を満足させ、かつ気落ちさせずに済むのだ……?)

 

 

 ……ふざけているように見えるが、本人は至極真面目であった。彼が言えることでも無いが、何かと問題のある人物が多いのは確かなのだから。

 

 

「……ギリシャの大英雄、ヘラクレス殿などどうだろう?」

「おお、神話の英雄ヘラクレス! 実在していたのか!」

「英霊は非実在であっても知名度(信仰)さえあれば、存在できる可能性がある。あの御仁は確か、その口であったはずだ」

 

 

 彼は狂化していたために、自身を語る言葉を持たなかったが……その有様は、実に雄弁であった。

 

 

「まさしく天下無双の武人であった。バーサーカーというクラスに収まってしまったがために狂い、技を失っていたが……それを差し引いても、白兵戦では最強クラスのサーヴァントと目されている」

「それは……貴方でも、ということだろうか?」

「おお、その通りよ。今でも一騎打ちでは勝てる気がせん。悔しいところだがな」

 

 

 信じられないとばかりに目を見開く月影は、しかしそれまで以上に瞳を輝かせていた。

 彼が聞きたかったのは、まさにヘラクレスのような豪傑の真実なのだろう。それが、別世界の別人であったとしてもだ。

 

 

「怪力無双、電光石火、類稀なる闘争本能……加えて、一級品の攻撃以外は弾き返すうえ、十二度殺さねば倒せぬと来ている。もっと言えば、一度受けた攻撃には耐性を持つ」

「いや無敵じゃないか!?」

 

 

 実際問題、ヘラクレスを単独で屠れる者など人類史を見渡してもそうは居ない。

 

 

「それでもなお、敗れる時は敗れるのだ。相性というものもある故な」

「なるほど……それは伐刀者(ブレイザー)の世界にも通ずるものがある。規模は違えど、道理は違わないということか」

「闘争の世界など、そんなものよ。無敵の存在などそうは居ない」

「しかし、そのような人物を倒せるとなると……相手もまた一角なのだろう? 一体どこの英雄なんだい?」

 

 

 かの人物も中々に問題はあるが……肴としては楽しめるだろう。

 いきなり出すには少々……いや、かなりパンチが効きすぎていたので避けていたが。

 

 

「世界最古の英雄。英雄王ギルガメッシュだ」

「おお、知っているよ。ギルガメシュ叙事詩の主人公のことだね。最古の物語の一つとしても有名だが、なるほど。流石は最古の英雄、伊達ではないということか」

「いや、本人自体はてんで弱いのだ」

「弱いのかい!?」

 

 

 嘘は言っていない。実際剣一本持たせて戦ったなら、聖杯戦争に参加するような英雄は、大抵彼に勝利できる。

 起こり得ないことを言っても仕方がないのだが、ギルガメッシュ自身の技量は小次郎から見たなら児戯に等しいのも確かだ。

 

 

「弱いが……それを補って余りあり過ぎるほどのものを持っている。ギルガメッシュはこの世の全てを手に入れた王だ。それ故の戦い方がある」

「全てを見た人……確かに、そういう解釈もあるが……」

「ギルガメッシュは自身が収集した、のちに英雄が用いるであろう武具の原典を己が宝物庫より呼び出し射出する戦法を好む。あれは……なんと言ったか? おお、そうだ。戦闘機の絨毯爆撃のようなものだな」

「……ちょっと待ってくれ……私のギルガメッシュ像がいま崩壊した。時間をくれ」

 

 

 月影は杯の中身を一気に臓腑へ流し込むと、続けてくれとばかりにこちらを見た。

 

 

「加えて、騎士王の聖剣を上回るほどの一品を切り札として持っている。あれも私では勝てないサーヴァントの一人よ」

「……ギルガメッシュ王はもっと肉体派だと思っていたんだがなぁ……」

「かの者は戦士ではなく王だ。人柄には些か……かなり……すごく……。ともかく、少々問題はあったが、あれはあれで英雄王と呼ばれるに相応しい度量を持っていた。……少々人間に対する好き嫌いがはっきりし過ぎていて傍若無人なだけで、根っこは善性……の、はず」

「ところどころ怪しい言葉が混じっているんだが……」

 

 

 擁護しようにもギルガメッシュの普段の行いがそうはさせてくれなかったため苦しいものとなってしまった。

 

 

「……おお、そうだ。英雄王の財宝の話などは、かなり興味を惹かれる代物だぞ?」

「露骨に話を晒したね……まあ興味はあるから構わないよ……」

「あれの正体は、人類の知恵の原典であると、マスターに聞いた覚えがある。ありとあらゆる技術の雛形……それを収めたがために、現人類が作り出す全ての物が入っていると」

「なんと! それはつまり、“何でも”入っているということじゃないか!」

 

 

 ついつい大きな声を出してしまう月影。その目の光は、また始めの頃と同じものに戻っている。

 疲れや哀愁など微塵も感じさせないそれは……何処か、本人を若々しく見せていた。

 

 恐らくはそれこそ、月影本来の姿なのだろう。

 

 

「と、私は聞いている。どのような危険食材であれ至高の料理へと変えるシュメールが誇る全自動調理器、念入りに下処理すれば食べられるらしいヒュドラの肉、あとは……望んだ料理が出てくるテーブルクロスなどを自慢しておったな」

「ははは、素晴らしいな、シュメール文明!…………あれ、前述の二つ、要らなくないか?」

 

 

 こうして夜はふけていった。

 長々と続いたため割愛するが、二人は朝日が昇り始めるまで飲み交わした後に別れ……月影は、総理となって——いや、絶望の未来を見て以来初めての休みを取った。

 

 頭痛には苦しむ羽目になったが……存外、気分は悪くなかったという。


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