落第騎士の師匠《グランドマスター》   作:Wbook

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 程なくして、《風の剣帝》と《紅蓮の皇女》の戦いの幕が上がった。

 

 注目のカードではあったものの、その片割れは前回の試合で《鋼鉄の荒熊》加我恋司を、黒乃の能力のおかげで助かったとはいえ——一時は心臓を潰して、殺してみせた王馬だ。

 無論、王馬が加我の命を奪おうとまでしたのには理由があり。加我が、王馬にそこまでさせるだけの価値がある騎士であった……というだけの話だ。魔導騎士達の中にはそれを理解し、認めている者も多くいた。

 

 一般人である非伐刀者の観客からみれば、ショッキングな光景であったのもまた事実。

 

 立ち上がりも歓声ではなく、沈黙によって迎えられる形となった。

 

 

「佐々木。そういえば貴様にはヴァーミリオンが世話になったらしいな」

 

 

 これも珠雫と有栖川から聞き出した話だ。

 なんであれ、黒乃にしてみれば教え子が立ち直る切っ掛けを与えてもらったことになる。

 

 礼の一つくらいは……と、彼女は常々から思っていた。

 

 

「ああ、なんかウチも聞いた覚えあるねぇ。あれ、アンタのことだったのか」

「どのように言っていたか……ふっ、それなりに予想はつくな。しかしまあ、感謝されるような謂れはなかろうよ。皇女殿には前々から興味があった。立ち合いの機会に恵まれた故、それを活かしたまで……」

 

 

 ステラの成長を望んでいたのは確かだが、それは駄目で元々程度のものであった。

 

 自身の中に武人としてのものとは“異なる感情”を見つけた今であればともかく、ステラと出会った当初はそのような自覚など無かった。無意識に行っていた可能性も無くはないが……やはりそれは不確かで。

 

 

「あの娘は間違いなく傑物たる器。私などの助言は、必要なかったであろうよ」

 

 

 ステラ・ヴァーミリオンは、そもそもの有り様が違う。

 世界最強の魔力を持ち、尚且つ一国を統べる皇族の一人である彼女は、それ故に誕生した瞬間から常人と同じようには生きられなかった。

 

 しかし、それにより磨かれた精神こそが彼女を支えている。

 そう有ったからこそ、高みを目指すために日本へと移り。一輝という異端の好敵手を得ることが出来た。

 

 彼女は、自身の行動によって自身にプラスとなる“運命”を呼び込んだのだ。

 

 或いは、自身と同じAランクでありながら自身を上回る実力を持った王馬と争い、敗れたことすら。

 贋物とはいえ、英霊の資格有りとされた人類最高峰の剣士である小次郎との出会いすら、彼女が引き寄せた可能性もある。

 

 

「既に“果て”に至った英雄であれば見たことはあるが……“成りかけ”の英雄というのを見たのは皇女殿が初めてだ。あれは持っているのであろうな——天運、というべきものを」

 

 

 一輝は気質こそ優れているが、生まれながらの英雄とは到底言えず。ステラと出会うまでの間は、彼に比するほどの実力者と相対する機会にも恵まれなかった。

 だからこそ、この試合には小次郎も注目している。

 

 何故なら。

 

 

「そして、あの“求道者”も持っているのであろうな。皇女殿と同じものを……」

 

 

 ——王馬もまた、英雄の器。

 

 その優れた血筋、Aランクの魔力量、強さを追い求める愚直なまでの信念はまさしくそれに相応しい。

 ともすれば、純粋に能力的な面だけをみたならステラと並ぶことの出来る唯一の学生騎士であるかもしれない。

 

 

「そういえば、貴様は黒鉄王馬ともやり合っていたな。はなから目をつけていたという訳か」

「何も、特別なことではあるまい。この世界の誰もがそうであるように、私もそうであったという訳だ」

「謙遜じゃのぉ。誰もがお前さんのように深くまで理解してはおる訳ではなかろうて。ほとんどの者は、額面上の数値だけであの子らを見ておる」

 

 

 南郷は自身が英傑であるが故に、小次郎と同じくそれを見抜いていた。

 戦い合う両者は、強者であることを“目指す”者たちとはまた異なる存在であることを。

 

 そして、二人の英雄が認めた通り、ステラと王馬の勝負は拮抗していた。

 

 それは一撃一撃が、並の伐刀者であれば必殺になり得る強烈なエネルギーのぶつかり合い。若き英雄達は、物理的な衝撃が伴うほどの轟音を響かせながら、剣を合わせ続けていた。

 寧音との修練を経て力を高めたステラは、今や上位者であったはずの王馬とまともに打ち合えるだけの地力を得ていた。

 

 しかし、小次郎は知っている。

 

 このまま戦っていたのではステラが勝利することは絶対に有り得ないということを。仮にも王馬を斬り捨てた経験があるからこそ、それを理解している。

 

 

「剣武祭前と比べれば雲泥の差だが……よもや、これで打ち止めではなかろう。王馬から見たなら、この程度は誤差に過ぎん」

 

 

 その言葉通り。

 

 初撃を貰ったのはステラであった。……いや、正確に言うならば、初めに決まったのはステラが放った一撃であった。

 しかしそれは王馬を傷つけることが出来ず、袈裟斬りは攻撃としては成立しなかったために彼の斬り返しがオープニングヒットとなったのだ。

 

 まさに、小次郎が想定していた展開そのままだ。

 

 間も無くして、その肉体の真相は王馬自身の口から語られた。

 彼の凄まじい肉体強度、膂力の真実……それは何ということもない。

 

 ——単にそれだけ、彼の肉体が優れているというだけだ。

 

 

「“求道者”とは、小次郎君も上手く言ったもんじゃ。莫大な大気圧を絶えず自身にかけ続け、その負荷に適応することで肉体そのものをより強靱に作り変えるとは……。古の僧兵のように厳格な小僧じゃの」

 

 

 “勝利”を求める一輝とは違い、王馬はそれ以上に純粋な“強さ”を追い求めている。

 それは勝つための“術”ではなく、一つの“道”である。

 

 そして、その道を欠片も迷わず突き進み、異形とまで称されるに至ったのだから……ストイックの一言に尽きる。

 

 

「色男、あんたアレ斬ったんだろ? 全くどういう剣筋してんだか……」

「私は刀を振る以外に能が無いのでな。斬れなければ話になるまいよ」

 

 

 文字通り、真実“鋼”に匹敵する肉体を苦もなく斬り裂いてみせた剣技は流石の一言だが。しかし、いま彼の行った“剣帝殺し”は重要では無い。

 

 興味があるのは——ステラ・ヴァーミリオンによる“剣帝殺し”。

 

 

「あるいは、その“逆”か。……西京殿、そなたは分かりやすいな。皇女殿の隠し球はそれほどのものか」

 

 

 この期に及んで、西京寧音は余裕の表情を崩そうとはしなかった。

 それどころか、歯を剥いて笑い。この展開を待ち望んでいたかのようにも見える。

 

 

「そう急かさなくても、存分に見られるさね。王馬ちゃんが強かったおかげで、ステラちゃんもようやく“本気”が見せられる」

 

 

 彼女は、ステラが勝利することを微塵も疑ってはいなかった。

 

 

「さあ、始まるぜぇ。——こっからはワンサイドゲームさ」

 

 

 《紅蓮の皇女》が《妃竜の罪剣》を——自らの腹へと突き立てる。

 その時、眩いまでの光とともに、彼女を中心とした熱波が会場全体を覆い尽くした。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「————ッ!!!」

 

 

 響き渡った咆哮は、少女の喉が奏でるような可憐なそれとは違い。

 それどころか、この世のどのような生物であれ、放てるはずもない轟音。

 

 いつの間にか、その手に持っていたはずの大剣は消え失せており。

 

 

「《紅蓮の皇女》……貴様、その、声は……」

「守りなさい。死ぬわよ」

 

 

 王馬はすぐさま、予感する。

 

 ステラ・ヴァーミリオンの警告は妥当なものであり。

 自身へ向けて振りかぶった拳は、十分に自身を破壊し尽くせる痛撃だと。

 

 王馬は腕をクロスさせ、それに備えたが——次の瞬間、理解した。

 

 

「ぐ、は、ぁあっ、ァアッ……!?」

 

 

 ——肉体を如何に鍛えたところで所詮は人間よ。それを上回る強大な獣が相手であれば歯牙にもかけまい。

 

 

(ああ、そうか。これこそが……)

 

 

 これこそが、かの侍が口にした獣なのだと。

 人の世の強者など虫ケラに等しく。築き上げた叡智を蹂躙し。物語に綴られる英雄達ですら策を弄してようやく滅ぼすに至った力の権化。

 

 まさしく、絶対強者の姿であると。

 

 

「これが……これが、貴様の正体か、《紅蓮の皇女》……!」

 

 

 あるいは、小次郎の言が無ければ思い当たることも無かっただろう。

 彼女の本来の力。それは炎熱を操る程度の生易しいものではなく。

 

 

「ええ、そうよ。“概念干渉系”——《ドラゴン》。神話の世界に住まう頂点捕食者の力をその身で体現する能力。それがアタシ、《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンの本当の力よ」

 

 

 自然干渉系の能力だと誤解される理由であった炎は、単なる『吐息』に過ぎなかった。

 彼女の本領は、『竜』という最強の幻想——その化身となり、圧倒的な暴力であらゆるモノを蹂躙し尽くすことにある。

 

 欠片に過ぎない力ですら強大であった身体能力は、従来と比べたなら数十倍にまで高まっていた。

 

 

「アタシ自身、まだこの力をコントロール出来ていないの。間違いなく、アンタを壊してしまう。もう二度と相まみえることはない。だから、最期にこれだけは言っておくわ。——アンタには感謝してる。アンタのおかげで、アタシはアタシを思い出せた」

 

 

 既に、その力は自分の対応できるモノではないと……半ば確信にも近い予測を立てる。そして、それは実に正しく。

 

 彼女の膂力、速力ともに王馬のそれを大きく超えており。

 霊装である大剣を手放したことなどまるでハンデになっていない。

 

 斬撃は見切られ、ステラの拳は刀の腹を正確に打ち払う。

 その度に跳ね上げられそうになる《龍爪》をどうにか保持し、斬りつけはするものの、間合いは確実に詰められていく。

 

 しかし、王馬も易々とは踏み込ませない。

 

 地力で劣っていようとも反撃の手段が無いわけではない。

 いくら太刀筋を重ねようとも、この小竜はものともしない。であるならば、そんなものは初めから捨て置けばいい。

 一撃に限ったならば、ステラの膂力も速さも置き去りに出来る自身が持つ剣戟の極地。

 

 

「旭日一心流・迅の極。——《天照》」

 

 

 筋肉を限界まで絞り、たわめ、背骨の関節すら捻りに加え、半ば敵に背を向ける形から放たれる奥義。

 旭日一心流が誇る、全身全霊をかけた最速の剣。

 

 その刃は、音すら生じさせずにステラを斬り裂いた。

 

 一刀に限るとはいえ、《比翼》の領域にまで至った王馬の一撃は、ステラの反応できる範囲を超えており、抵抗なくその身体に傷を付けた。

 

 

「——そこぉ!」

「ぐっ、ぅ!」

 

 

 それでもステラは止まらない。

 微塵も退くことなく距離を詰めると、彼女は王馬の脛を蹴り砕いた。

 

 そして気づけば、ステラの身体は傷一つない健常なものに戻っていた。

 

 竜という怪物が秘める生命力は、半端な負傷など苦もなく治癒してみせる。

 王馬の一撃など、ステラは初めから脅威とは捉えていなかった。

 彼の渾身程度であれば……たとえ届こうとも、彼女にとっては致命傷足り得ない。だからこそステラは躊躇なく踏み込んでくる。

 

 

(……しかし、何故だ?)

 

 

 王馬が訝しんだのは、ステラに対してではない。

 

 同じAランクであっても自分とステラには決定的な差がある。それはさながら、砂金と金塊ほどに大きな違いだ。

 たとえそうであっても打ち破る……その覚悟で挑んだ勝負であった。

 

 しかしそれは、とんだ思い違いで。

 

 現実には獅子に追い回される仔ウサギのような有り様だ。彼女と自分の“格”の違いを過小に見誤っていた。

 かつて挑んだ世界の頂点……《暴君》と謳われる男に触れることすら許されず打ちのめされたときのように、蹂躙されている。

 

 ——だというのに、不思議と身体は震えない。

 

 《暴君》に刻まれた恐怖。痛み。この上ない無力感。それらは、さっぱりと消え失せていた。

 あの日のトラウマを消し飛ばし、人外跋扈する天上の実力者達を超えるために鍛え抜いてきたというのに。

 

 

(……あの男、か)

 

 

 あの侍もまた目の前の少女や《暴君》と同じ領域の存在であったのだろう。その本領を自身は引き出せなかったが、本来であれば初めの一太刀で自身を斬り捨てることも出来た埒外の剣鬼だ。

 

 思えば自身は、“叱りつけられた”のだろう。

 

 王馬はステラとは真逆の形で視界を狭めていた。

 ステラは、力で劣るものの優れた技術を持つ人物に敬意を持てる謙遜さを持っていた代わりに、絶対強者としての傲慢さが足りなかった。

 王馬はといえば、大きな才能を持っていたために、幼少の頃より高みを目指す強者としての視点で世界を睥睨していた。《暴君》に敗れても尚それは変わらず、“弱者”としての見方を捨てていた。

 

 そして今、王馬はそんな弱者としてここに居る。

 

 

「……あの侍、余計な真似を」

 

 

 伐刀者としての佐々木小次郎は、まさしく弱者に他ならない。

 

 しかし、王馬はそんな彼に敗れた。思い返せば、傷一つつけられず、情けをかけられる形で見逃されたのだ。

 手も足も出なかった。全くの無力だった。

 

 ——自身が見捨てた弱者の力が、自身の信じた強者の力を斬り伏せた。

 

 認めない訳にはいかない。認めないのは現実を拒絶する、本当の弱者がする行いだ。

 人間とは、そうして弱さを認めることで進歩してきたのだ。

 

 いや、それは違う。正しくは、その弱さすらも加味して——。

 

 

「……そうか。そういうことか、あの妖怪め……」

「さっきから、ぶつぶつと。らしくないわね、オウマ」

 

 

 彼の様子を怪しんだステラは、その豪腕をひと時だけ納めた。今の王馬には、そうさせるだけの雰囲気がある。

 

 

「大したことではない。ここに来る前に出会った……馬鹿げた名前の剣士のことを思い出しただけだ」

「……なにそれ、すっごい心当たりあるんだけど」

 

 

 今ならば、あの魔剣士の真意が解る。

 

 

「何処まで言っても俺は人間でしかなかった……。貴様のような化け物にはなれなかった」

 

 

 しかし、そもそもそれが間違いであった。

 化け物に勝つには、自分もまた化け物になる他ない。王馬はそう考えていたが、それこそが大きな勘違いだ。

 

 

「行くぞ、化け物。貴様には、“人間の力”というものを教えてやろう……!」

 

 

 そもそも——人間が、化け物に勝てない道理はないのだから。

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