落第騎士の師匠《グランドマスター》   作:Wbook

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活動報告に小次郎の現在の基本スペックを記載しています。

今後の戦闘シーンでネタバレとなる可能性もあるので、ご了承ください。
目を通さなくとも、本編を読む際に何ら支障はありません。


夢舞台

 《無冠の剣王》黒鉄一輝は、《凶運》紫乃宮天音に勝利した。天音の理不尽な因果介入を物ともせず、圧倒的な差を見せつけての快勝。

 試合終了の宣言後に天音が起こした騒動すら、外部の手を借りることなく自らの手で幕を下ろした。

 

 ——しかし、その代償は大きかった。

 

 ……正確に言うなら、一輝が天音との延長戦に挑まなかったとしても結果は変わらなかっただろう。

 天音の解き放った“死”の概念は、一輝が主審を助ける際にその身を掠めていたのだ。その後の戦いで死神には指一本触れられていない以上、それ以外には考えられなかった。

 

 《一刀修羅》が解けた直後、倒れた一輝の呼吸は停止していた。

 

 すぐさま蘇生は行われたが、事態は難航していた。

 心臓を治せば脳が、脳を治せばまた別の場所が。いくら蘇らせようとしても次から次へと症状が増え続けるのではキリがない。

 

 なんとか一輝を死なせずに済んでいるだけで、終わりの無いイタチごっこが続いていた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 《白衣の騎士》薬師キリコは紫乃宮天音が彼女に試合を棄権させるために行った因果介入により、彼女が経営する薬師総合病院がある広島に戻っていた。否、戻らざるを得なかった。

 入院患者全員が危篤状態に陥るという、有り得ない事態に対応できるのは日本一の医師であるキリコだけだ。

 彼女は魔導騎士である以上に、医者である。患者を優先させるのはやむを得ない判断だった。

 

 幸いにも、早期に帰還したキリコの奮闘により患者達の命は救われた。彼女が駆けつけた以上、その結果は当然のことである。

 

 しかし、彼女も人だ。そのため、休息は必要不可欠。

 無理を通して医者が倒れたのでは意味がない。そうなれば、誰が患者を治すのか。

 医者の不養生という言葉すら、彼女には無縁のものであった。

 

 束の間の平穏。——それは、唐突に終わりを告げた。

 

 

「——薬師殿、説明は後だ。私とともに来てもらおう」

「は?——って、ちょ!?」

 

 

 ソファで仮眠を取っていたキリコは、突然窓から現れた男に連れ去られる。来た時と同じく窓の外へと飛び出し、おそらく彼が乗って来たのであろうヘリに乗り移った。

 横になっていた体勢のまま抱え上げられたのには面を食らったが、キリコは男の険しい表情を目の当たりにして気構えを改める。

 

 

「……どうやら、急患のようね」

「ああ、我が弟子の危機だ。最早そなたに縋る他ない」

 

 

 キリコを下ろし、彼女の正面に向き直ると、男は深々と頭を下げる。

 それ以外に、出来ることなど無いとばかりに。

 

 

「……頼む。私に出来ることなら何であれ叶えよう」

 

 

 彼に提示出来る、最大限の報酬だというのがキリコには理解できた。

 明確な理由など無いが、今この男が口にした言葉は紛れもなく真実であると直感した。

 

 

「たとえ救えずとも恨みは……」

「——あまり、舐めないでくれる?」

 

 

 信念は理解した。真摯であることも直感した。

 

 しかしだからこそ、その言葉は余計である。

 それは《白衣の騎士》薬師キリコにしてみれば、侮辱にも等しい台詞だ。

 

 

「——死神との戦いに限ったなら、私は天下無双ですよ」

 

 

 《白衣の騎士》の振るう“剣”は、敵対者を滅ぼすための物にあらず。

 患者に仇をなす傷を、病を……彼ら彼女らを脅かすそれ等全てを斬り捨てるためにあるのだから。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 一輝の心停止が確認された時点で、薬師総合病院への連絡は既に行われていた。

 

 しかしそれは、“偶然”にも発生していた通信障害の影響で不通に終わる。ネットを介しての連絡を試みるも、“運悪く”薬師総合病院のPCと薬師キリコ本人とスタッフが持つ携帯端末全てが故障を起こしていたため、返事が返ってくることはなかった。

 

 無論、“たまたま”で済む話ではない。

 

 不測の事態はいま挙げたものだけではない。ありとあらゆる手段を試したが、ついに薬師キリコに一輝の危篤を伝えることは出来なかった。

 

 やむを得ず大阪からヘリを飛ばすが、それも一筋縄ではいかず。機体の多くはトラブルにより発進が困難であり、ようやく飛ばせたのはマスコミの民間機であった。

 

 この民間機にしても、道中に突然飛行能力を有した伐刀者に襲われるなど危険が相次いだが。

 

 ——行く手を阻む全てが、同乗を志願した佐々木小次郎の手によって斬り払われた。

 

 そして、どうにか辿り着いた薬師総合病院から院長であるキリコを連れ出し、大阪上空へと到着するも。

 

 《過剰なる女神の寵愛》は、依然として一輝の生存を認めてはいなかった。

 

 一輝が運び込まれた医療施設に最も近いヘリポートは寸前に到着した緊急ヘリが使用しており、すぐに着陸できる状況にはなかった。

 それ以外に着陸可能な場所と言えば、剣武祭会場のリング等が最寄りになるが、車両が出払っているため、どうしても到着が遅れてしまう。

 

 しかし、それ以外に方法は無いと操縦士が判断した……その時だ。

 いまこの場で誰よりも気の立っている男が、とんでもない真似を断りもなく実行に移した。

 

 

「薬師殿、しばし辛抱してもらう。私に掴まれ」

「……ええ、やはりそれが一番速そうね。別に必要ないのだけど……せっかくなので、エスコートをお願いしますね」

 

 

 彼はキリコを抱えると、ヘリの扉を開け放ち、機外へ躍り出た。

 

 正気とは思えない行動に、操縦士は思わず顔を青くする。上空五百メートル近い高度からパラシュートも無しに飛び降りるという行為は、操縦士から見れば自殺以外の何物でもないのだから。

 

 だが、それは常人にしか当て嵌まらない話だ。

 

 小次郎は手近なビルの側壁に飛び移ると、三角飛びの逆の要領で周囲のビルを飛び交いながら勢いを殺し、何事も無かったかのように地面に生還してしまう。

 尚、キリコもまた自身の肉体を気化させる能力によって自力で地上に降りることは可能であった。

 

 

「佐々木さん。降ろしてください、私も走りま——」

「少し、口を閉じた方がいい。でないと、舌を噛むぞ」

 

 

 言うが早いか、小次郎はギアを切り替える。

 

 一般道を走る乗用車など言うに及ばず。およそ生物に似つかわしくない程の速力でキリコの目に移る全てを置き去りにした。

 

 そもそもが数キロと離れていない場所である。

 文字通り、瞬く間に一輝が処置を受けている医療施設へと到着した。

 

 

(この男、魔力による強化も無しに……?)

 

 

 戦闘に重きを置いていないとはいえ、キリコは一流の魔導騎士だ。そうであるからこそ、彼女の魔力探知はこの至近距離で魔力の行使を見逃すほど甘くはない。

 

 しかしだからこその戦慄だ。

 

 目の前の人物は果たして本当に、人間なのかどうか。

 すぐそばにいる患者のことを一瞬忘却するほどに、キリコは小次郎に興味を向けてしまう。

 

 

「薬師殿、一輝は中にいる。……何としても、救って頂きたい」

「……ええ、もちろんです。誰であろうと、命を救うことこそが私の使命ですから」

 

 

 それも束の間のこと。

 

 キリコには患者の命以上に優先するものはない。故に彼女は偉大な医師であり、日本一とまで呼ばれているのだから。

 

 ——そして宣言通り、彼女は一輝を救ってみせた。

 

 幾たびも迫る死神の手を振り払い。完膚なきまでに斬り伏せる。

 《白衣の騎士》薬師キリコは、形はどうあれ紫乃宮天音に対する雪辱戦に勝利した。

 

 未だ目覚めぬ天音に捨て台詞を一つ残し、彼女の意趣返しは完了したのである。

 

 

「かたじけない。礼を言わせてもらおう、《白衣の騎士》よ」

 

 

 通常は親族や学校関係者しか入れない待合室に「あやつの師だ」の一言で医者や看護師を黙らせて、手術が終わるまで居座り続けた小次郎の最初の言葉だ。

 

 普段は飄々としていても、その本質が武人である彼らしい……飾りのない感謝であった。

 

 

「いえ、結構ですよ。彼には借りがありましたし。……それに、報酬は頂けるのでしょう?」

 

 

 本来であればそんなものを取るつもりはなかったのだが。

 

 

「私、貴方に(生物学的に)興味があります。貴方との縁……それが報酬でどうかしら」

 

 

 佐々木小次郎という存在は異質である。

 単純に筋力が優れた人間であったなら、自重の影響であれほどの速度を出すことは困難だ。決して鈍重なわけでは無いが、黒鉄王馬などはその最たる例だろう。

 

 研究者としての一面も持つキリコにとって小次郎は、専門とする分野から少々外れているとはいえ、知的好奇心をくすぐる人物であるのは間違いなかった。

 

 

「……ふむ。どういう思惑があるのか知らないが、そんなことで良いのか?」

「ええ、連絡さえ付けば。たまに“診察”させてくれるだけでいいですよ。都合はそちらに合わせますし、たっぷりサービスしますよ?」

 

 

 冗談を忍ばせる程度には軽い雰囲気だが、その実逃がすつもりは毛頭ない。

 そこまでの行為が必要とも思っていないキリコではあるが、最悪“ある程度”であれば“事”に及ぶのも辞さない構えである。

 

 

「おお、それは大いに助かる。何しろ身元不明なものでな。何かしらの傷病を負った際は医療費も馬鹿にならん」

 

 

 しかし見た目は大人びていてもまだ学生でしかないキリコでは、見た目を遥かに超える“年季”を持つ小次郎を翻弄するには至らず。

 彼女としても、まさか額面通りの意味で受け取ったとしても小次郎に得があるとは思っていなかったが。

 

 

「ふふ……。ええ、もちろん。格安で治療させて頂きます。死んでさえいなければ、どんな傷や病であってもね」

 

 

 どうあれ、小次郎の行動範囲に広島が加わったのは紛れも無い事実であった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「——ちくしょう…………ッ!」

 

 

 それは、本心から零れ落ちた叫び声であった。

 

 無人の湾岸ドーム。月明かりが照らすリングには、黒鉄一輝ともう一人……決勝で彼と戦うはずだった人物。ステラ・ヴァーミリオンの姿があった。

 

 日付は準決勝の翌日。時刻は夜の十一時近かった。

 

 生死の境にいた一輝が蘇り、目覚めた時には七星剣武祭決勝戦が予定されていた時刻はとうの昔に過ぎ去っており。

 それでも尚、脇目も振らずに駆け出してきた会場には、最愛にして最強の好敵手が、ただ一人彼を待ち続けていた。

 

 ただ一言、不甲斐ない。

 

 それが彼の心情である。

 自身の足りない力がどうしようもなく恨めしかった。待ち続けた彼女に応えられなかった自身を、殺してやりたいと思うほどに悔しかった。

 

 ——しかし、それこそが……ここにいる“全ての者達”が望んだものである。

 

 

「その言葉が聞きたかった。謝罪なんかじゃ無い。イッキの心を」

「ス、テラ……?」

「聞いたでしょう! みんなッ!」

 

 

 彼女の呼びかけとともに、湾岸ドームを包んでいた夜闇が眩い光によって消し飛ばされ。

 数万にも及ぶ大歓声と拍手が、一輝の五体を打ち付けた。

 

 ——彼の決勝戦は、夢は……まだ終わってはいなかったのだ。

 

 不戦敗などという結果はこの場にいる誰一人として望んではおらず。

 会場にいる全員が彼の帰還を待ち続けた。彼の闘志を信じていた。

 

 七星剣武祭決勝戦は、選手両者のみならず。

 それを見守る全ての人物の合意のもと、翌日午後七時の開始が宣言された。

 

 学生騎士日本一。《七星剣王》。

 

 期間としてみればほんの短い……しかし、それを思わせないほど濃密な時間が流れた七星剣武祭。

 その頂点に相応しい人物が今、決まろうとしていた。




《過剰なる女神の寵愛》のスペックを原作より強化しました。

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