落第騎士の師匠《グランドマスター》   作:Wbook

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独自解釈欄に追加を入れました。
以前感想で聞かれて本編でも何故か書いた気になってたものです。


剣鬼

 果たし合いに一切の揺らぎ無し。

 

 魔力放出によって底上げされた身体能力により、技量の差を埋め、攻め手に回ったエーデルワイスだが、いまだ小次郎を仕留めきれずにいた。

 大きな差ではないが、形勢は確実に逆転しており。細かい傷を付けることもあったが、それでも攻め切れずにいたのには理由がある。

 

 謂わばそれは、攻撃的防御。

 

 命は断てずとも一撃……あるいは深手を。そのような場面は幾つもあったが、それは食らいつくには少々リスクの大き過ぎる毒入りの餌でもあった。

 その一撃が決まれば、確かに勝負の明暗は分かれるだろう。

 

 ——引き換えに、自身の命が取られることになるが。

 

 

「貴方は本当に、恐ろしい人だ」

 

 

 小次郎の反射速度は常軌を逸していたが、速度域そのものは——トップレベルに位置する伐刀者に限るが——比較的常識の範疇だ。

 故に、如何に速く反応しようとも動作が追いつけない超速の剣の嵐によって攻防一体の檻を成していたエーデルワイスだが、決して余裕がある訳ではない。ほんの少しでも動作を誤れば、小次郎は即座に剣を翻し、彼女の首を落とすだろう。

 

 僅かでも隙があったなら、そこを突かざるを得ず——その一撃だけは、確実に小次郎に読まれてしまう。

 

 そこに置かれているのは相打ち覚悟の必殺の太刀。そのため踏み込みを緩める他なく、有象無象の剣戟と成り果てる。

 

 

「二番煎じ故、風情には欠ける代物だが……中々、悪くはないであろう?」

「いえ、とんでもない。素敵ですよ」

 

 

 一進一退。否、引くに引けず、出るに出れない……といったところか。

 

 一つ間違えただけで、文字通り首が飛ぶような斬雨の中。

 二人はまるで睦み合うかのように語らった。

 

 互いに……自身の土俵で互角の戦いが演じられる、ただ一人の人物だ。

 終ぞ、誰とも競うことなく事切れた侍と。全てを置き去りにし、望まざる頂点に君臨した剣姫。

 

 生い立ちの違い。時代の違いはあれど、どちらもその極まった才覚により、孤高となることは定められていた。

 少なくとも、“剣”という分野において彼らに並び立てる者など、人類史全てを見渡しても数える程度にしか存在しないだろう。

 

 ——その稀有なる人材が、どのような偶然か……時代を超え、世界を超え、巡り合ったのだ。

 

 たとえ殺し合いの中であっても、この短期間の内に二人の間には絆のようなものが芽吹いていた。あるいはそれは、血縁のそれよりも厚い信頼関係で。

 

 一撃必殺の刃を突きつけながらも……殺意ではなく、憎しみではなく、互いに“情”で剣を振るっていた。

 故に、ぐだぐだと、四の五のと。のんべんだらりと言葉を交わし。

 

 両者とも、歓喜の下に剣を振るっていた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「——凄い」

 

 

 ただ一言。

 

 彼はその言葉以上の物は、口に出すことが出来なかった。

 しかし、その言葉が出るだけでも彼の技量が凄まじいものであることが理解できる。

 

 その感動は——《無冠の剣王》黒鉄一輝だからこそのものと言える。

 

 ロングショットから見ても、並の伐刀者では捉えることの敵わない速度で振るわれる剣技。

 だが見えたところで、理解できないという点に変わりはない。

 

 七星剣武祭決勝戦……一輝とステラの試合であれば、極まった技術、極まった膂力のぶつかり合いとして、誰しもが美しいと感じることが出来た。

 

 しかし——目の前の殺し合いは既に、そのような次元の話ではなかった。

 

 未熟な者には何が優れているのか、何故勝負が成立しているのか理解できない。

 やたらめったに斬り合っているだけのように見えて、その実嵐のような剣戟全てが並の相手なら一瞬でなます切りに出来るような代物。それが今なお進化し続けているのだ。

 

 事実、自身の付き添いとして来た珠雫と、彼女のたっての願いでついて来てくれた《白衣の騎士》薬師キリコにはこの立ち合いの全容が測れなかった。

 二人は伐刀者としてはともかく、武芸者としては達人の域には達していない。それではあまりに不足。

 この戦いに戦慄するには、最低でも達人と呼ばれるレベルに居なくてはならないのだから。

 

 傷のことなど、一輝の頭の中からはさっぱりと消え失せていた。もはや痛みも認識していない。

 

 そして、思わず誇らしくなった。

 何せ自身が定めた頂点は、世界が認めた頂点と真っ向から張り合っている。

 

 目指す頂は——回り道などではなかったのだ。

 

 勝負の行方は一輝にもまるで読みきれなかった。このままエーデルワイスが追い落とすようにも思えるが、それでいてふとした瞬間に小次郎の刃が閃くのでは……。

 それは根拠も何もない、所詮は想像に過ぎないもの。結局のところ、全くの予測不能であった。

 

 

(だけど……)

 

 

 足りていない。この戦いの中には、一輝の持つ情報にある内、決定的に足りていないものがある。

 以前、ステラが彼に語った“怪異”。

 

 増える刀身の謎は、いまだに解けぬままである。

 

 あまりに洗練されているという点を除けば、何処までも基本的な技術を以ってしてあの場に至ったのが、一輝の知る佐々木小次郎という剣士だ。

 

 その彼が振るうとされる“魔剣”。——勝敗を決するとすれば、あるいは……。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「…………」

「どうしました?」

 

 

 黙りこくり、穏やかな表情のままエーデルワイスを見つめる小次郎に、彼女は訝しんだ。

 これが単なる殺し合い、果たし合いでしか無いなら、むしろ今までのようにぺちゃくちゃと馴れ合う方が不自然であったのだが、そもそも前提から異なっている。

 

 

「いや何……名残惜しいのだ、比翼よ」

 

 

 この素晴らしい時間が、終わりを迎えようとしているのだから。

 

 

「……そう、ですね。それは私も同じです」

 

 

 両者とも、体力に欠ける訳では無い。

 

 しかし全力の戦闘は、彼らから容赦なくスタミナを奪っていく。戦況は五分、増してや超音速という、およそ人が存在できる限界を超えた領域での勝負だ。

 おそらくは、互いに継戦能力を徐々に失い、失速していき……今すぐでは無いが、緩やかな決着を迎えるだろう。

 

 どちらが先に力尽きるか……それは、もはや当事者たちにすら判断できない。

 

 

「——やめだ」

 

 

 小次郎は、ふいに刃を納めた。

 

 ギャラリーからしてみれば正気の沙汰とは思えなかったが……現実、エーデルワイスは小次郎を斬り捨てることなく二刀を停止させた。

 

 実際のところ、二人の勝負は競い合いであり。相手を殺すことを最終目的とはしていない——死んでもやむなしとは思っていたが——以上、二人の間では当然のやり取りであった。

 

 

「どういうつもりか……聞かせてもらっても?」

 

 

 とかく、エーデルワイスが不機嫌になるのも仕方がない。

 

 それは突然お預けを食らい、斬り合いを愉しんでいた彼女の意思を蔑ろにした形となったのだから無理もなく。

 納得のいく理由が無ければ、到底許せるものではなかった。

 

 

「このまま、山も谷もなく雌雄を決するのは……あまりに無様であろう」

 

 

 全力が出せなくなった相手を斬って何の意味がある。

 小次郎は、暗にそう告げていた。

 

 で、あるならば。

 

 

「次の一合——全身全霊をかけた刹那の決着を望む」

 

 

 一瞬の……しかし、華々しいひと時こそを侍は提案した。

 

 

「——受けて立ちましょう」

 

 

 決断は早かった。

 

 戦乙女が紡いだ言葉には、一切の淀みなく。

 納得いくか否か、その以前に。自身の前に立ちはだかる剣士の全身全霊が見られるというのだから、断る理由などありはしない。

 

 もはや待てぬとばかりに、エーデルワイスは剣を構えた。

 

 

「そうこなくてはな……!」

 

 

 同じく、それに応える形で小次郎もまた刀を構える。

 

 両者とも、本来は無構えの剣士である。構えはその先にある太刀筋を読ませ、隙を生むことになる。

 故に、神域の剣士たる二人にとって、平時は不要なものであった。

 

 ——しかし、今この時ばかりは話が違う。

 

 全身全霊。全てをかけた剣戟。

 必殺を放つ以上、如何に無構えでも選択肢は限られ、平時より遥かに読みやすくなる。自身と同格の人物が相手なら尚更だ。

 

 故にエーデルワイスは小次郎の先読みを上回り、最高最速の太刀筋を以って斬り捨てる道を選択した。

 

 漠然とした危機感。しかしそれは馬鹿にしたものではない。エーデルワイスは直感していた。——あの一刀が放たれたなら、自身は必ず敗北することを。

 

 対する小次郎は、至極真っ当にして単純明解。

 

 

「一刀にて証を示す。——いざ、覚悟は良いか」

「それは聞くだけ野暮というもの。——天地を裂く我が剣戟。超えられるものなら、超えてみなさい」

 

 ——最も信頼する技。それを放つのに、構えは必須であったというだけのこと。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 踏み込みは完全に同時であった。

 

 その差は一刹那にも満たず、更には同一の速度域。この瞬間に限ったなら、もはや体捌きすら超音速の領域に至っていた。

 両者とも、極限の脱力からのスタートだ。

 

 互角——ではない。

 

 始まりが同じなら、加速を必要としない比翼の剣が先に当たるのは道理。

 むしろ、そのハンデを抱えておきながら体捌きで彼女に並び立てたこと自体が偉業である。

 

 これより放たれる一刀は、エーデルワイスが先んじることが決定している。

 

 事実、彼女は自身の剣が届く半径に飛び込み、過去最高速度の二刀を振るった。

 

 低い姿勢、腰だめに構えられた二刀を地面に滑らせ、擬似的な鞘とした。

 そして放たれたのは前代未聞——二刀流の居合抜き。原理は一輝の《追影》と同じく、地面と刀が接する抵抗を利用し、“弾く”ことで加速させたもの。

 

 ——その疾さは、もはや人智の及ぶものではなく。

 

 寸分違わず小次郎の肉体を両断した。

 

 

(——ッ!?)

 

 

 しかし彼の身体は、その場で霧散する。そして、その後方。自身の刀が振り抜かれたすぐ向こう。

 

 

「秘剣——」

(これは、《蜃気狼》……!)

 

 

 一輝の第四秘剣《蜃気狼》。

 奇しくも、頂点たる二人が用いた隠し球は、どちらも《無冠の剣王》が操るそれであった。

 

 

(しかし、それにしても速すぎる……!)

 

 

 通常、たかが緩急を用いた幻影程度にここまでの隙を見せるエーデルワイスではない。

 それだけ、小次郎の見せた体捌きが常軌を逸していたのだ。

 

 

(……ああ、そうか)

 

 

 そして気づく。小次郎が纏う、青く弱々しい魔力の奔流に。

 酷く無様で、目も当てられないような魔力操作。一輝と同等程度の魔力量。

 

 能力はおそらく、身体能力の倍加。それも効力はさほど長続きはしない。

 

 しかし、たかだか二倍と言えども。たとえほんの短い間であったとしても。——目の前の侍の、“佐々木小次郎”の二倍だとしたなら。

 

 

「——《燕返し》」

 

 

 出させてはならない技が放たれてしまった。しかしもう遅過ぎる。

 今の彼からは——逃げることなど出来るわけがない。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 それは、あり得ない現象であった。

 

 縦軸、脳天から股下までを断つ一の太刀を、左の剣で受け。

 そして、これを回避した者を襲うと思われる円の軌跡を描く二の太刀。これを右の剣で捌く。

 

 しかしどうしたことか。

 

 一の太刀、二の太刀を今なお抑え続けているにも関わらず、迫る三の太刀。

 横一線、恐らくは左右への離脱を阻む払いである。

 

 それは不可思議な……あり得ない現象だ。

 

 連続剣とはそもそも、初めの太刀を殺した時点で止まるか……または二の太刀に繋がるものであり。

 

 断じて——一の太刀、二の太刀、三の太刀を“全く同時”に繰り出すような怪現象では無いのだから。

 

 

『——私の、勝ちだ』

『ええ。——次は、負けませんよ』

 

 

 声に出した訳ではなく。しかし正しく、意図を理解する。

 

 天下分け目。現代にて再現された二刀と長刀の決戦は歴史を覆し、長刀使いの勝利で幕を下ろした。

 

 そして……世界に激震を与える。

 

 《比翼》を破ったFランクの長刀使い。

 異端の《魔人》。古の剣豪の名を持つ正体不明の剣士、佐々木小次郎。

 

 ——今ここに《魔剣士》の称号とともに、“世界最強の剣士”として名乗りをあげる。


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