落第騎士の師匠《グランドマスター》   作:Wbook

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前回のことはギャグだから本当に真面目に考えないで下さいね




「——ああ、愉しかったわぁ。あんな顛末になるとは思ってなかったけど」

 

 

 ——その者、諸悪の根源なり。

 

 

「でも、一輝くんには悪いことしちゃったかしらねぇ……」

 

 

 混沌とした黒鉄一輝の祝勝会。エーデルワイスの正体を隠すべく、師たる侍を迷わず売り払った彼の手際は見事であったが、如何せん悪手となる。

 結果として、荒れ狂った酔っ払いどもにより収拾のつかない事態となり、果てはエーデルワイスの正体もバレるという有様で。

 

 一輝の自業自得。——と言うのは、事情を理解していない者のみだ。彼は最善を目指し……そして、選択を誤っただけ。

 

 付いてくると言い出したエーデルワイスを止めなかった小次郎。自身の身の上を理解しているにも関わらず、魔が差したように同行を決意したエーデルワイス。

 

 そして——。

 

 

「巻き込まれる前に逃げたけど、今頃一輝くんどうしてるかしらぁ。……やけ酒? まあ、そうよねぇ。ふふっ」

 

 

 そもそも——エーデルワイスをそそのかし、祝勝会に潜り込ませた少女こそが。

 

 

「さあて、何処にいるのかしら、あの二人。そう遠くには……ああ、やっぱり居るじゃない」

 

 

 殴り倒した後、衝動的に引っ張っていったのだろうが……短時間でアレだけのアルコールを摂取して、まともでいられるはずがなく。見た限りでは、さほど強くもなさそうだったことを加味したならば。

 

 恐らくは……と、少女は——薬師キリコは半ば確信を持っていて。

 

 

「……結局どこに行くつもりだったのかな……。やっぱりラブホテル?」

 

 

 道端で酔い潰れて、傍らで伸びている小次郎と二升瓶を抱きしめながら寝こけている、エーデルワイスの姿があった。

 

 

「引っ掻き回した責任もあるし……連れて帰りましょうか」

 

 

 電話でタクシーを呼び、二人のそばに座り込むキリコ。

 エーデルワイスの頬を突っついて、呻く彼女で遊び、小次郎の方も……と思い、やめた。

 

 

「あんまり悪戯心満載でちょっかい掛けると、反射的に斬られたりしそうよね……」

 

 

 エーデルワイスの方は悪意が無ければ大丈夫そうだが、小次郎の許容範囲は予想が出来ないため、少々危うい賭けになる。

 気体に変じれば一度や二度斬られても問題はないが、避けるに越したことはない。

 

 そんなことを考えながら、ふと……。

 

 

「あ、一緒のベッドに放り込んだら面白そう」

 

 

 気に入ったオモチャは長いこと手放さず、大事に大事に遊ぶのが、薬師キリコという少女であった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「ここは……?」

 

 

 目覚めた小次郎は、見慣れぬ部屋のベッドに寝かされていた。見れば、何処かのホテルの一室のように思える。

 

 

「やれやれ……酔い潰れでもしたか。不覚よな……」

 

 

 昨夜の記憶はどうにも朧げで、よく覚えていなかった。

 諸星ら学生騎士に追われていたことは覚えているのだが、その後のことはハッキリしない。

 

 

「ずいぶん飲み過ぎたらしいな……少しばかり、頭が痛い……」

 

 

 後頭部に俄かに鈍痛を感じて頭に手を当てるために、身体を起こす際に使った左手とは逆の手……右手を毛布から出しそうとしたのだが。

 

 

「……む?」

 

 

 ——右手が、動かない。

 

 

「……はて?」

 

 

 正確に言えば、何かに固定されているような感覚で。

 

 毛布を、めくってみると——。

 

 

「……これは」

 

 

 すやすやと寝息を立てて小次郎の腕を抱き締める、エーデルワイスの姿があった。

 

 

「いやはや、勿体無い。全く覚えておらぬとは……フェルグス殿なら号泣ものだぞ……」

 

 

 すぐさま当たりを付ける。おそらくは酔った勢いで“致して”しまったのだろう……と。

 小次郎は老年まで生き抜いた人格を持っているが、肉体は全盛時のもの。そういう事態とて起こりうるだろう。

 ここに居ない性豪の話はともかくとして……霊体の頃ならいざ知らず、今の小次郎にはその手の欲求も人並みに存在するのだから。

 

 

「ん……?」

「おや、目を覚ましたようだな、エーデルワイス殿」

 

 

 小次郎が動いた気配で目覚めたのだろう。

 彼女は可愛らしく目をこすり、年齢の割りにあどけない表情を浮かべながら小次郎を見やり。

 

 

「ササ、キ……? なぜ貴方が私の家に……家? いや……私の家じゃ、ない……?」

 

 

 寝ぼけているのか、なかなか状況を把握できないエーデルワイスであったが、それでも徐々に意識はハッキリとしていき……。

 

 

「……なんで、私と、貴方が……」

 

 

 一緒に寝ているのですか?……とまでは言葉に出来ず。

 

 

「おお。——どうやら、そういうことらしいな」

 

 

 などと、目の前の男がのたまうものだから。エーデルワイスも“そのように”思ってしまって。

 

 

「ん? どうした、エーデルワイス殿?」

「…………」

「エーデルワイス殿?」

 

 

 瞬き一つせず、寝起きのままの半眼で固まっている。

 流石におかしいと思った小次郎が呼びかけるが、一向に反応がなく。

 

 

「う」

「う?」

 

 

 みるみるうちに茹で上がったタコのように真っ赤に染まり。

 

 

「うあぁぁぁぁ……っ!」

 

 

 なんとも情けない、絞り出すようなか細い声を上げながら布団の中に篭ってしまった。

 全身に毛布を被って完全防御体勢を取ったエーデルワイスは、ゴロリと転がってベッドから逃げ出すと、壁とベッドの隙間に身を隠した。

 

 

「なんだ、そなた……生娘であったのか?」

「……っ!?」

 

 

 ズバリであった。

 

 この時代の人間であったなら余程抜けていない限りは口にしない台詞だが、そこは安土桃山。現代におけるデリカシーの概念などあろうはずもない。

 現代知識はともかく、その辺りのモラルまでは授からなかったようだ。

 

 

「いや、それは知らなんだ。だとすれば、覚えていないというのも些か具合が悪いか」

 

 

 どうだ、と気安い声で。

 

 

「——これから改めて……というのも、一興であろう?」

 

 

 生娘には少々……刺激の強い一言であった。

 

 

「なっ……な、な、な……っ!?」

 

 

 ガバッと布団から飛び出して、様々な感情がないまぜになった……説明しづらい表情を浮かべたエーデルワイス。

 真っ赤だった顔は、動揺のあまり青くなったり土色になったり忙しい。

 

 

「そ、そんなこと……できる、わけ……!?」

「おや。それは残念だ。——もっとも、流石に余人を交えてというのは私も忍びない。……薬師殿、居るのだろう。随分と上手く気配を隠していたが……今の一瞬、漏れていたぞ?」

「え?……あっ!」

 

 

 無論、それはエーデルワイスに向けた小次郎の言葉のせいで。

 予想外の展開と、エーデルワイスの動揺した姿を愉しみ過ぎたためにバレてしまったのだ。

 

 

「——あら、バレてしまいましたね」

「ここは、そなたの部屋か?」

「ええ、そうですよ。お二人とも酔い潰れてしまったので、私が」

 

 

 真実ではないものの、二人にそれを知る術はなく。言われたままを受け入れる他なかった。

 

 

「なるほど。ふっ……エーデルワイス殿、どうやらそなたの貞操は無事なようだぞ?」

「……。あ、あまりそういうことを気安く口にしないでください!」

 

 

 キリコは見逃さなかった。エーデルワイスが、一瞬だけ残念そうに顔をしかめたのを。

 

 

「今からでも遅くはないと思いますよ? まあ、この部屋では遠慮して欲しいけれど」

 

 

 その展開自体は美味しいものだが、彼女とて男性経験は無いのだから、エーデルワイスのことは言えない。

 もっとも年齢的な差異が存在するため、二人が同等とも言い難いが。

 

 とはいえ事後の部屋など使う気にもならないし、流石に倒錯し過ぎている。

 

 

「し、しません! 私は……もう帰ります!」

 

 

 居たたまれなくなったのか……エーデルワイスは窓を開けて飛び出してしまった。純情な彼女らしいといえば彼女らしい。

 普通であれば自殺だが、彼女にしてみれば逃走経路。問題なく逃げおおせるだろう。

 

 

「エーデルワイス殿!」

 

 

 彼女を呼ぶその声は、佐々木小次郎その人。宙に身を躍らせながら、エーデルワイスは思わず振り返った。

 

 

「また会おう、次は落ち着けるところでな!——良い酒を、土産に持っていく!」

「——はいっ!」

 

 

 今度こそ、エーデルワイスは街の中へと消えていった。距離が離れてしまえば、もはや小次郎ですらその姿を追うことは出来ない。

 

 

「……決めるところは、綺麗に決めるのね。デリカシーは足りないけれど」

「ははっ、許せ許せ。今まで人とさして関わらず生きてきたのだ、修行不足故な。その分、機は逃さぬよう徹しておるだけのこと」

「……まあ、素敵だと思いますよ。生娘を籠絡できる程度には?」

 

 

 それは少しだけ、嫌みの混じった言葉であり。

 

 

「ふむ……やはりアレは、そうなのか」

「佐々木さんって、微妙に女心分かってませんよね」

「そこはほれ、難解だからこそ魅力を感じるのだろうよ」

 

 

 伊達男は気取っていても、現代社会でそれを活かすにはまだまだ学ぶことが多いようだ。

 

 小次郎は、剣士であるとともに風流人。

 

 どちらかが隠れ蓑という訳でもなく、TPOに応じて使い分けているに過ぎない。軽薄な言動も、武人としてのそれも……全て、彼の本性であることに変わりないのだ。

 

 

「生娘を籠絡できる程度には……と、言っていたが。そなたはどうだ?」

 

 

 暗に、お前も生娘だろう?と言っている辺り、学習が足りていないように思える。

 デリカシーの無さを再び咎めるべきか、あちこちで女に粉をかけていることを咎めるべきか……。キリコは頭を抱えたくなったが、とりあえず真面目に答えてやることにした。

 

 説教などより、そちらの方が余程聞くはずだ……と。

 

 

「……私は、不養生な人は嫌いです」

 

 

 なんとも彼女らしい……医者らしい断り文句で。小次郎も苦笑を漏らした。

 

 

「それはいかんな……。病はともかく、傷の方は約束できそうもない」

「ええ、知ってます」

 

 

 普段の飄々とした小次郎は、一風変わった男であれど、魅力のある人物だ。キリコとしても、口説かれたなら満更でもない。

 

 しかし剣士としての小次郎は、恐らくはこの先……気にかけるのも馬鹿らしくなるほど傷を負うだろう。彼は紛れもなく強者だが、それは剣士としてだけで……伐刀者としては限りなく底辺に近い。それこそ、《落第騎士》以下だろう。

 

 弱点を突くのは、勝負の常。彼は不利を強いられることとなる。

 

 勝ち負けはともかく、無傷で済む戦いばかりではない。

 そんな男に四六時中気を取られている暇など、キリコには無い。その時間を有効に使えば、何人もの患者を救えるのだから。

 これは、キリコ一人の問題ではなく。《白衣の騎士》の戦力を減ずるというのは、日本医学会にとっての損失であり。

 

 

「私、それほど安い女では無いので」

 

 

 と、いうことらしい。

 

 高慢ちきに聞こえるが、彼女に関しては確かな真実で。

 それを理解できるほど小次郎は事情通ではないが……理性はともかく、直感できるものはあったようだ。

 

 

「ふっ。どうやら、そのようだな。いや、昨日は世話になったな。またそのうち……」

 

 

 小次郎はそう言って笑い、部屋を後にする。

 

 実際、残念だとは思っているのだろうが……それはその他大勢に対するものと同じ。

 その程度の執着では、キリコとしても。

 

 

(身体を預ける気には、ねぇ……?)

 

 

 彼女にとって、やはり小次郎は観察対象でしかなく。

 

 

「まあ、患者としては貴方は興味深い方ですから。いつでも、我が医院にお越し下さい。——うちに来る限りは、何があっても死なせませんから」

 

 

 扉を出る直前の背中に、そう声を掛ける。

 聞こえたかどうかは分からないが、キリコにとってはそれでいい。どちらでも構わないからだ。

 

 しかし、もし縁があったなら……そう思ってしまう辺り。

 

 

「ま、私も十分絆されてるってことよね……」

 

 

 ——浪漫も何もあったものじゃないが、自分はあの侍が気に入っているらしい。




まだギャグ書いた弊害が残ってる気がして。

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