落第騎士の師匠《グランドマスター》   作:Wbook

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焼却

「——では、二つ目の用件に移らせてもらおう。私が《解放軍》と手を組んだ理由でもある」

 

 

 月影が突き出した両手。そこに月明かりの如き光が生まれ……。

 

 

「万象照らせ——《月天宝珠》」

 

 

 この内、親しい間柄であるはずの元教え子……黒乃と寧音ですら目にしたことの無かった固有霊装。人の拳程度の大きさの、水晶球。

 月影の前に滞空するそれは、非戦闘系と称された彼の能力を示すような武力の欠片も感じさせないもので。

 

 しかし、剣や槍とは比べようも無い……神妙な佇まいで鎮座していた。

 

 

「これが……先生の霊装……」

「ああ、私の霊装《月天宝珠》だ。その能力故に発現した時から日本の国家機密に指定されたため、君と寧音君にも見せるのは初めてだね。当然連盟にも詳細は伏せてある。……人前で見せるのは、私も久しぶりだよ」

 

 

 月影は、疲れたような笑みを浮かべながら、続ける。

 

 

「細かい説明は後にして……まずは、これを見てもらいたい」

 

 

 月影が滞空する水晶球を指で弾くと、その鏡面に俄かに波が立つ。そして、球体下部から一滴の雫が、床にこぼれ落ちた時。

 

 現出したのは——地獄であった。

 

 

「な、なによこれ……子供が……」

「ステラ……!」

 

 

 死体の山、臓物の川、亡者の叫び……この世のものとは思えない光景であった。ステラが動揺を示すのも無理はなく……戦場であっても、まだ大人しいだろう。

 単なる映像ではなく、嗅覚や聴覚……果ては温度すらも感じさせるそれは、まさしく地獄の再現である。

 

 誰もが人の残骸に目を奪われた……しかし、小次郎の——彼の目を、それ以上に引きつけたのは。

 

 

「——人理、焼却」

 

 

 絶えることのない業火に包まれた、人の世の終焉。

 

 補完された英霊ではなく、単なる亡霊であったが故……否。たとえ正しく英霊の身であったとしても、忘れることのできない鮮烈さ。

 思わず脳裏に過ってしまったのも、無理はない。

 

 しかし、連想されたそれも……既にその有り体を失っているとはいえ、ヒトが生きているという事実によって打ち消された。

 

 災厄の存在を頭の片隅に追いやり、小次郎は周囲を見渡すと。

 

 

「……日本、か。月影殿——これは、起こるのだな?」

 

 

 この場に居る誰彼の思考……その全てを置き去りにして、小次郎は月影を問いただす。

 

 

「君が今、口にした言葉……その意味はひとまず置いておこう」

 

 

 聞かれていたか……と、少しばかり迂闊を呪った。

 小次郎自身、素性を知られることに何ら問題はないのだが……それは、あまりに非現実的な話になる。

 誰一人として、まともに取り合おうとはしないだろう。

 

 

「これは、少なくとも起こりうる未来だ。《月天宝珠》は一定範囲内の人や場所の過去を覗き見る力を持つ。しかし、この因果を読み取る力は時折、予知夢という形で——未来を見せてくるのだよ。その夢を、私という人間の過去から再生した。……今のまま星の運命が進み続けたなら、この地獄はいずれ現実となる」

 

 

 一同は言葉を失った。

 

 

「私の力はただ、視るだけだ。理由は分からない……だが、今の世界情勢から推測することは出来る」

 

 

 月影は霊装を消して映像を閉じると、話を先に進める。

 

 

「ステラ姫は知っているだろうと思うが、この世界は三つの勢力が拮抗することで仮初めの平和を保っている。……だが、それはもう長くは続かない」

 

 

 日本の所属する《国際騎士連盟》。アメリカやロシア、中国といった大国が結んだ《大国同盟》。そして、闇の世界に巣食う超巨大犯罪結社《解放軍》。

 この三竦みこそが、世界の均衡をかろうじて維持していた。

 

 

「それは……」

「——寿命、だよ。どれほど強力な力を持っていても、生物である以上は避けられない。三勢力にはそれぞれ一人ずつ非常に大きな力を持つ《魔人》が存在する」

 

 

 軍事力の中核を担う伐刀者——その、真なる頂点に立つ者達。覆されることのない、無差別級の君臨者。

 

 

「《連盟》の現世界ランキング一位にして、連盟本部長——《白髭公》アーサー・ブライト。《同盟》には、若くして米国が誇る《超能力部隊》の長を務める男——《超人》エイブラハム・カーター。そして、第二次世界大戦以前より闇の世界に君臨し続けている《解放軍》の盟主——《暴君》。彼らの力は拮抗しているが……《暴君》は既にかなりの高齢。いつ、天寿を全うしてもおかしくない」

 

 

 もし《暴君》が死去したなら、次に始まるのは《解放軍》の残党を自勢力に引き込む囲い込み競争だ。

 しかし、《解放軍》に対して表向き明確に敵対姿勢を取っている《連盟》は間違いなく《同盟》に出遅れる。

 

 そしてそれは、既に——。

 

 

「戦力が傾いたその時、それは間違いなく……必然的に生じてしまう」

 

 

 即ち——第三次世界大戦。

 

 

 

「つまり先生は……《連盟》に組したままではあの未来は避けられないと思い、《同盟》に鞍替えしようと?」

「エイブラハム・カーターはまだ二十代……年齢的なリスクも少ない。《同盟》が《解放軍》と強く繋がっていることを考えれば、多少不利な条件を飲んででも《同盟》の側に付くことが最善だと考えた。そのための……暁学園だった」

 

 

 暁学園の力を示し、脱連盟の気運を高めることこそが目的であった。脱退には、国民投票の過半数を超える賛成票が必要だからだ。

 

 

「しかしもう、叶わぬ夢だ。世論は《連盟》の方針を再評価する方向に傾いている。過半数など不可能に等しい……」

 

 

 そうして溜息をつく月影だったが……。

 

 

「だが、後悔はないよ……。知ってしまったからね——新たな、可能性を」

 

 

 十年……たった十年で一国家の政治権力の頂点に昇りつめることがどれほど難しいかは、想像するまでもない。

 それでも尚、月影の言葉に嘘はなかった。悔いなど微塵もなかった。

 

 

「私の力は、星を巡る運命を視る力。運命から外れた《魔人》の過去や未来を視ることは出来ない。不確定要素……なんだよ」

 

 

 弱者の立場に生まれながら、自らの可能性を諦めずに運命の鎖を引きちぎった少年。あるいは、無名でありながら頂に上り詰めた異端の男。

 

 どうして悔いることなどあるだろうか。希望は、自身の知らぬ間に……逞しく根付いていたのだから。

 

 

「私は、君たちが作る未来に賭けることにした。——この国を、世界を……よろしく頼むよ」

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「……さて、ここにはもう私と君しか居ない。教えてもらおうか、君の言った言葉の意味を」

 

 

 月影は、座して待つだけの男ではない。そうであれば、滅びの未来に絶望し、とっくの昔に足掻くのをやめていただろう。

 一切の失敗が許されない十年間……成し遂げられたのは彼だったからこそ。余人では到底真似することなど出来なかった。

 

 そんな彼だからこそ、小次郎が口にした些細な違和感を無視することは出来なかった。

 

 

「“人理焼却”……随分と、物騒な言葉だ。物騒というだけで、済まされない言葉だ。——君は一体何者なんだ? 何を知っているんだ、佐々木小次郎君」

 

 

 それを白状するのは簡単なことであったが……。

 

 

「ふっ……こんな話、誰が信じるものかよ」

 

 

 まさしく荒唐無稽、与太話以外の何者でもないそれを、口にするのは憚られた。

 同じ世界の人間だったとしても、それを信じる者など滅多に居ない。仮に証拠を見せつけたとして、その証拠を真実だと認識出来る者が、一体どれほど居るというのか。

 

 真面目に話して聞かせる義理も無し……小次郎は、月影に背を向けた。

 

 

「——信じよう」

「……何?」

「信じる、と言ったんだ。君がどれほど奇々怪々な物語を語ったとしても、私はそれを真実だと受け入れる。——なに、狂人扱いされるのには慣れている。今更それが一つや二つ増えたところで、問題などある訳がない」

 

 

 振り向けば、月影は人好きのする笑みを浮かべていた。

 疲れ切ったあの笑顔とは違う。笑いながら泣いていたような、不安に駆られた貌とは違う。

 

 それを見て、思わず納得した。

 

 これが月影獏牙という男の本来の姿なのだろう。今のこの男ならば……黒乃が、寧音が慕うのも理解できる。

 エーデルワイスが懇意にするのも頷ける。

 

 

「ほざいたな、月影殿。知ったところで、そなたには何の得もない話だぞ?」

「得かどうかは私が決めることだ。それに……少なくとも、君の正体を知ることができる」

 

 

 一寸のブレも見せない月影の言葉に——小次郎は、応えることに決めた。

 

 

「ならば、聞かせよう。しかと耳を傾けよ。——焼き尽くされた人類史……その悉くを修復した、ただの“人間”の英雄譚だ」

 

 

 それは……死を憎み、終わりを蔑み、定命を憐れんだヒトならざる災厄。哀しみの歴史を憂うあまり、最期の最期までヒトの全てを理解できなかった魔神の王の物語でもある。

 

 愛故に人を滅ぼす、人に作られし悪魔……憐憫の理を司る者。

 ヒトの王たり得る素質をもちながら、全能であったが故にヒトの不完全を許容できなかった獣。

 

 ビーストⅠ——人理焼却式・ゲーティア。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「どうだ、中々に妄言じみていただろう? 信じるなどと酔狂なことを口にしていたが、さて——これでもまだ、信じられるか?」

 

 

 その言葉に、困ったような笑みを浮かべる月影であったが。

 

 

「そういう約束だからね。……しかし、実に壮大だ。その全てを証明することは私には出来そうもないが、少なくとも貴方については仮説が立てられる」

「ほう……?」

 

 

 真偽のほどはそもそも論ずるに値しないとばかりに月影は話を進めた。

 これは彼個人の問題であって、誰一人として巻き込まないな寝物語に等しいもの……信じると決めたからには、現実として彼は受け入れる。そうでなければ、起こらない可能性もあり得る予知夢のために、自分を殺し、十年もの歳月を国へ捧げることなど出来はしない。

 

 

「貴方が世界に保存された英雄の魂……それが実体を得たものならば、この世界に流れ着いた時点で《魔人》となるのも頷ける。なにせ、既に人生の最果てを知っているのだから、可能性を極め尽くすという意味ではこれ以上のものは無い」

 

 

 真実という前提のもとに理論を組み立てねば辿り着けない結論を、月影はいとも容易く手繰り寄せた。

 口だけではなく、本当に小次郎の語った英雄譚を信じている証拠であった。

 

 

「それに、聖杯というのは元々万能の願望機なのだろう? 貴方自身覚えてない何処かで、強者との立ち合いを願ったなら……それを聖杯が、まだ見ぬ異世界へ送り、肉体を与えることで叶えたとしたら……ここに貴方が居るのは、あり得ない話じゃない」

 

 

 無論。真相は定かでは無く、月影は知らないことだが聖杯とて限界はある。そのため、達成できるとは断言できないが……。

 それでも、可能性としてあり得る話を一つ一つ紐解いていく。

 

 

「妄想だと笑うのは簡単だが、貴方の話に筋道を立てるのだって出来ないことじゃ無いんだ。少なくとも一部のことにはね。なら、信じられるとも」

 

 

 一国の党首に収まる器としては、あまりに穏やかな男であった。

 

 

「君の語った“歴史”は、どれも希望があった。絶望に染まることのなく輝き続け、しかし何の変哲もない……ヒトがヒトとして抱く希望だ。最期までそれを語れる君は……恐らくはずっと、その若者に付き従ったのだろう?」

 

 

 恐らくは、この世界には関わりのない話であったが。

 

 

「妙な勘繰りをしてすまなかったね。……同時に、よく話してくれた。それは私の選択の正しさを証明してくれる」

「おや、やけに楽観的だな。とても、絶望に沈んでいた男の言葉とは思えぬが?」

 

 

 そうでもない、と月影は前置き。

 

 

「——若者が世界を救うのは、いつだってお約束だからね」




ああ……やってしまったな……と思いつつ書いてしまった。

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