落第騎士の師匠《グランドマスター》   作:Wbook

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一話を少しだけ変更しています。

※H29.2/20…若干の修正をしました。


山中の天

「ぐっ……!?」

 

 一輝は思わず膝をつく。

 その手に握る固有霊装(デバイス)《陰鉄》は、刀身を半ばほどで断たれていた。

 

 如何に強固な精神力を持つ一輝と言えど、魂の具現たる固有霊装(デバイス)を破壊されては揺るがぬはずもない。

 直前まで発動していた……肉体のリミッターを外すことで少ない魔力でも一分間だけ身体能力を十数倍に跳ね上がる伐刀絶技(ノウブルアーツ)——《一刀修羅》が解けたことによる疲労までもが重なることとなり、現在の一輝は意識を保つことすら困難な状況であった。

 

 

「……その齢でよくぞここまで磨き上げたものよ。その剣筋は我流か? 感服したぞ、良い剣だ。私もまた教えを授かってはおらぬ身だが、そなたほどの多彩さは身に付かなかった」

 

 

 手放しの賞賛。一輝は思わず歯噛みした。

 感心したなどとよくも言う……と。

 

 “三度戦い、三度に渡り刀を折られた”。

 

 いずれも同じ状況であり、何の対策も講じることが出来なかったのだから、完敗という他ない。

 どれほど讃えられたところで、一度たりとも五体を両断されていない以上、敵とすら見られていないのは明白であった。

 

 その刀にしてもそうだ。折られた……と言うには、少し語弊がある。砕かれるでもなくへし折られるでもなく、斬り捨てられ、寸断されたと表現するのが正しい。

 今の今までに幾多もの豪剣を捌いてきた一輝であったが、防ぐことすら満足に儘ならず、遂には立木を斬るが如き所業を見せつけられた。

 

 悔しさを通り越し、怒りすら滲んでくる。

 

 

「どうやら類稀なる“眼”を持っているようだが……私の太刀筋はそう軽々に見切れるものではないであろう。コレはそういうモノ故に、な……」

 

 

 その通り、事実……一輝には彼の剣を見極められなかった。

 長刀から繰り出される神速の斬撃。その閃きを眼で追うことは出来ても、その術理を理解することは出来なかったのだから。

 

 伐刀絶技(ノウブルアーツ)……では、無いのだろう。そのような素振りは見受けられなかった。

 そもそも、一輝と同じく彼はFランク相当の魔力しか持っていない。伐刀者としては、剣筋を完全に隠蔽するほどの能力は無いはずだ。

 

 であれば、やはり敗れたのだ。——純粋なる剣技において。

 

 

「努々、腐らずに精進するのだな。お主の剣は天稟を持っている。生きるに難かった私などよりも、余程上達は早いであろうよ」

 

 

 簡単に言ってくれる、と一輝は心中で悪態を吐く。

 

 しかし同時に、血が滲む程の努力の先に、あまりに高い頂きが——先の見えぬ程の成長の余地が残っていることを思い知った。

 

 一輝は、自身の口端が釣り上がり、好戦的に歪むのを感じた。

 

 たとえFランクであっても。落ちこぼれと罵倒されようとも。

 少なくとも、磨き続けたならばあの場所までは手が届く。

 

 そう、自身が垣間見た——最強の、一端に。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「それにしても、まさか自身が痛めつけ、気を失ったまま放り捨てるのも忍びなしとウチで寝かせてやった小僧が、翌朝には朝食を準備して私を師匠などと呼び始めるとは思わなんだ……」

「痛めつけられたなんて……。そんなことは思っていませんでしたよ。一年前、山奥に隠れ住んでいるという剣豪の噂を聞いて訪ね、いきなり勝負を挑んだのは僕ですから」

 

 

 小次郎と一輝は、ともに茶を啜り、息を吐く。

 

 

「それにしても幻想形態とは便利なものよな。斬らずに斬るか。強者が増えるのも頷ける。技量を磨くには悪くないものよな」

「むしろ、知らなかった貴方に驚きましたよ」

 

 

 相手の身体を傷つけることなく、精神ダメージを与える幻想形態。伐刀者(ブレイザー)にとっては知っていて当然の常識であった。

 

 ところで。

 

 

「一輝よ。お主、何故ここへ? 七星剣武祭はどうした?」

「はい、無事、代表に選ばれました。強化合宿も終えて少しだけ時間もできたので、今日はその報告に……」

「知っているとも。そんなもの、いつもなら電話で済ましているであろうに?」

 

 

 驚くことなかれ。世捨て人など名ばかりである。

 如何なる手段を用いたのかはのらりくらりと躱されるものの、戸籍も持たないくせに彼はスマートフォンを持っていた。

 そもそも金はどうしているのか……疑問は尽きないが、一定量の資産も所有しているようだ。

 

 それどころか、小屋のわびさびとした風情を壊さぬ範囲でテレビや冷蔵庫程度の文明の利器まで備えている。電力は発電機頼りだが、山中であっても電波は届くようだ。なんならパソコンだってある。

 

 生活と、ある程度の娯楽を補償するための電子機器。

 それらを否定するほど男は頑迷では無かった。肉の身体を持つに至った今では食事や睡眠を当然のように必要とする。

 

 無いなら無いでどうとでも出来るが、あるモノを使わないのは愚かしい。

 

 

「それと、そこの美しい女子よ。先ほどから拙者に睨みを利かせて今にも噛み付いてきそうな有様だが……はて、とんと心当たりが無いのでござるが……」

「は、はは、ははは…」

 

 

 男が“拙者”だの“ござる”だのと言い出すときは、おふざけか挑発と相場が決まっている。

 その証拠に、男の顔には軽薄な笑みが浮かんでいる。

 

 前述の通りここにはテレビだってパソコンだってある。目の前の人物が誰なのかなど承知の上なのだ。

 そもそも、テレビやパソコンはメディアに露出のある強者の動向を探るため。

 将来有望な《紅蓮の皇女》という逸材を見逃すはずがないのである。

 

 なんなら、一輝とステラの関係だって知っているであろうに。

 

 

「いくら一輝が付いているとはいえ、こんな山中に“か弱い”女子が来るものではないぞ。転んで怪我でもしたら大変でござるからなぁ、はっはっは」

 

 

 そして当然、煽られているのは“あの”ステラ・ヴァーミリオンであって。

 

 

「上等じゃない……その喧嘩、買ってあげるわよ!! か弱いかどうか、試してみなさいよ!!」

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 頭に来て勢いに任せて言ってしまったステラだが、そもそもの目的は手合わせなのだから問題ない。

 直情径行を若干反省しつつ、林の中、開けた場所まで移動すると、件の自称“佐々木小次郎”と相対する。

 

 一輝はここには来ていない。彼は最愛の人ではあるが、いずれは戦うことになる最強の好敵手でもあるのだ。

 この場で手の内を明かすのは愚の骨頂。それを理解しているからこそ一輝本人も小屋から出ようとはしなかった。

 

 とりあえず、少し関わっただけでも食えない男だというのは理解できた。

 一輝が気を許している以上、悪人でもないのだろう。

 

 色々とふざけた人物ではあるが、自身を《紅蓮の皇女》と認識した途端に眼の色を変えた点を見るに、根っからの武人であるのは間違いなさそうだ。

 

 ステラは気を引き締め直す。

 

 

(相手はエーデルワイス級の埒外の剣士。一輝がそう言うなら、きっと間違いない……)

 

 

 勝機はないと考えていいだろう。

 

 だが、一矢報いる。一輝とてエーデルワイスに僅かとはいえ届かせてみせたのだ。

 ならば自分も……そう思わなければ嘘だろう。

 

 

「準備は出来たか、皇女殿?」

「ふん、やっぱり知ってたんじゃない……」

「うむ。ニュースでな」

 

 

 和装に長髪。まるで時代劇から飛び出して来たかのような風体であるくせに俗っぽいことを言う。

 

 

「準備ならとっくに出来てるわよ。傅きなさい! 《妃竜の罪剣》!」

「おぉ、それはすまなかった。待っていたつもりが待たせていたとは。——落とせ。《物干し竿》」

 

 

 幻想形態の固有霊装(デバイス)を呼び起こす。

 

 男の手に現れたのは長大な日本刀。やはりと言うべきか、名を物干し竿。

 ここまで来れば予想も付いていたが、こうまで佐々木小次郎をなぞるのはどういう訳か。

 

 構えはしない。否、無形こそが実体なのだろう。

 

 

「一輝もそうだが、そなたも躊躇が無いな。学生騎士とやらは許可なく霊装(デバイス)を抜けないのでは無かったか?」

「違反者がよく言うわ。アタシなんかより貴方の方が余程問題よ」

 

 

 なにせ、完全未登録の伐刀者(ブレイザー)だ。

 その力を軍事力の一つとして数えられている以上、見つかれば国が黙ってはいない。

 

 

「くくっ。いやまさにその通りよな。しかしそんなものはこの場では些事に過ぎん」

「ええ、貴方を叩き潰すこととは——一切関係ないわねっ!!」

 

 

 言うが早いか、ステラは侍に斬りかかる。

 

 読み合いにおいて自身の遥か上をいく剣士である一輝ですら見切れない剣技に、待ちの戦法など通じるはずもなく、そもそもソレは“ステラ・ヴァーミリオン”の戦い方ではないのだから。

 

 開幕直後、全速全力での初撃。

 

 策などとは到底言えない特攻だが、下手な小細工など弄するつもりはない。

 しかし、一撃で決める決意で打ち込む最高の一打である。

 

 膂力に優れる自分が取れる唯一の手段——その筈だった。

 

 

「なっ!?」

 

 

 ステラの振るう大剣……正しくは振るおうとしていた大剣は力の乗り切る以前に、大上段の位置で堰き止められていた。

 知覚することも儘ならない神速にして理解不能の斬撃。

 先に踏み込んだはずの自身を軽々と追い抜き、出鼻を挫かれてしまう。

 

 身体強化の兆しは見受けられなかった。素の能力でこれほどの速度を実現するなどまさに人外。

 一体どのような技術、身体能力を以ってすれば可能だと言うのか。

 

 先の先である自身の“初め”の一撃が後の先である男の一撃に潰される異常事態。

 しかし、問題なのはそこではない。状況を理解するまでに要した数瞬こそが致命的であり。

 

 

「——」

 

 

 気づけば、首が落ちていた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「……ここ、は……?」

 

 

 見慣れない天井。

 朧げな意識を目覚めさせ、記憶を辿り、ようやく理解する。

 ここは、あの男の住む山小屋だ。

 

 

「……これほど、差があるのね……」

 

 

 何が一矢報いるだ。

 

 蓋を開けてみれば、剣を振ることすらさせてもらえなかった。

 訳も分からないうちに放たれた二の太刀によって首を断ち切られ、容易く意識を奪われていた。

 

 そして、ステラは無意識のうちに首を撫でていたことに気づく。

 

 幻想形態であったというのに、実際に斬り落とされたかのように錯覚していた。あの瞬間には、身体を置き去りにして首が落ちていくような光景さえ幻視してしまった程。

 

 佐々木小次郎の斬撃は、それほどに神がかっていた。

 

 

「ステラ。気がついたんだね」

 

 

 振り向くと、いつも通りの優しげな微笑を浮かべる好敵手が立っていた。

 

 

「……コジロウは?」

「師匠なら修行だよ。戻るのは夜になるから、目を覚ましたら勝手に帰れってさ。七星剣武祭にも顔を出すって言ってたよ」

「そう……」

 

 

 あまりにそっけない。

 自身に対する興味を失ってしまったのだろうか。

 

 

「悔しい……!」

 

 

 あの侍を失望させてしまったのなら、これほど悔しいものはない。

 ステラは再び自身の弱さを恥じ入った。

 Aランク騎士……最大級の魔力量という最高のアドバンテージを持っていながら、この体たらく。情けなさの余り涙すら滲んでくる。

 

 

「ステラ。師匠からの伝言がある」

 

 

 一輝に手紙を渡されるが、開く気にはならなかった。

 

 しかし、だと言うのに、一輝はおもむろに手紙を広げると、中身を読み上げ始めた。

 

 

「そなたの剣は本質を違えている。故にそれほどまで小さく収まっているのだ。それを理解したならば、また挑むがいい。……次こそは、拙者を驚かせてくれることを祈っているでござる」

 

 

 ……上から目線も甚だしい。それにまたござるござると、全く舐め腐っている。

 

 

「追伸、帰り道で転ばぬよう気をつけるでござるよ」

「あんのゴザルぅぅぅぅうう!!!!」

「ちょ、ステラ、僕じゃない! 僕じゃ——ぐぇっ?!」

 

 

 一輝の首をキュッとしていることにも気づかず、ステラは闘志を燃やす。

 見返してやる。世界最強何するものぞ。そうと決まれば《風の剣帝》など踏み台でしかない、易々と超えてやろうではないか。

 

 

「イッキ! アタシ、先に帰るわ! 腹が決まった、七星剣武祭で会いましょう!!」

 

 

 あの不愉快な侍との出会いが刺激になったかはともかくとして。

 ただ少なくとも、元気だけは戻ってきた。身体中に漲ってくる程に。

 

 

「ありがとう、イッキ。……あと、ついでにゴザルも……」

 

 

 そうしてステラは、全速力で山を駆け下りて行くのであった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「む? なんだ一輝。まだ降りていなかったのだな、今日は泊まっていくのか?」

「…………」

 

 

 “不慮の事故”で恋人に絞め落とされた《落第騎士(ワーストワン)》は、山中の小屋で一夜を明かすこととなった。


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