落第騎士の師匠《グランドマスター》   作:Wbook

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進境

「そぉらああああ!!」

 

 

 途切れることのない刺槍の嵐。それは、さながら流星群の如く。

 《浪速の星》諸星雄大の槍捌きは、剣武祭の最中にあった時よりも冴え渡っていた。《無冠の剣王》と《紅蓮の皇女》の戦いは、彼に対して大きな影響を与えたようだ。

 

 そして、彼女もまた。

 

 

「——シィッ!」

 

 

 当初、《雷鷗》による遠距離支援に徹していた刀華だが、それだけでは不足と判断し、間合いを詰めていた。

 

 これもまた、試合前に諸星が提示していた策の一つである。格上を相手に様子見などするつもりは毛頭無いが、慎重さは必要だ。

 一輝から聞き出した小次郎の剣技……その最大の特徴は、見切りという行為を無にする特異な技法にあった。もし真実であれば、達人と言われる類の人間にとって、これほどやり辛いものはない。

 

 こちらは手の内を知ることが出来ず、逆に相手は一方的に情報を引き出し続けるというのだから悪夢でしかないだろう。優れた武人の中には先読みを重視する者も多い。《完全掌握》を身につけた一輝などは、その究極系の一つと言えよう。

 

 初めは半信半疑であった《魔剣士》の邪剣も、今は真実だと理解できている。しかしそうなると、如何にフォローが入るとはいえ、諸星一人で前線を維持出来るとは言い難い。

 

 この状況を想定していた諸星と事前に示し合わせていた通り、刀華は彼の僅か後方に立ち位置を移していた。

 

 佐々木小次郎という稀代の剣士を前にして諸星は良くやっているが……それでもまだ足りない。リーチにおいても同等に近いこともあって、時折閃く人外の剣が諸星の身を捉えんと迫る。

 

 

「——《雷切》」

 

 

 後出しであれ、《一刀羅刹》という集中の極地を以ってしてようやく対応できた超速の居合は、音速を上回る小次郎の剣を見事に払いのけてみせた。

 

 斬れ味こそ、《魔剣士》の斬撃は神がかっていたが、肉は斬れてもBランクである刀華の霊装を斬ることは、小次郎の貧弱な魔力量では不可能。

 そして——単純な威力、衝撃力を比べたなら《雷切》がその上をいく。

 

 居合抜きである以上、連発は利かず。そのうえ角度や立ち位置を間違えたなら、《雷切》が大気を切り裂く際に起きる衝撃波に諸星が巻き込まれてしまう。タイミングは一切誤れない。

 それを見極める力は、やはり以前の刀華には無かったものだ。

 

 もっとも、刀華としては甚だ不服である。

 自身が放つ必殺の威力程度、苦もなく捌いてみせると言わんばかりの侍に、より一層……凍えるほどの殺気を放っていた。

 

 

「ふ、はは。やはり若人は侮れん……!」

「そういう余裕がっ!」

「気に食わんのやぁぁぁああッ!!」

 

 

 弾かれたように飛び出す諸星。それに追従する刀華。雷光を纏った猛虎は、《物干し竿》が形作る剣戟の結界を食い破らんとしていた。

 しかしもし仮に、純粋な体技のみで相対していたなら二人はとっくの昔に斬り伏せられている。

 

 それを支えるのは、ひとえに伐刀者としての力量。諸星が《暴喰》を一瞬でも解いたなら、彼の槍はそれこそ瞬く間に攻略されるだろう。刀華が遠近両方の戦闘で適切な伐刀絶技を、適切なタイミングで発動させていなければ、《暴喰》があったところで長くは保たなかったはず。

 

 ——それは、小次郎には無い強さだ。

 

 次の瞬間には、目まぐるしく前衛を入れ替える多段特攻の型へと切り替わる。前衛に居たはずの諸星は刀華の背後に陣取り、上下左右へ牽制の刺突を放ち、彼女の間合いの不利を補った。刀華は《雷切》からスタートし、特殊な磁場を形成することで肉体限界を超えた斬り返しを可能とする伐刀絶技《稲妻》により小次郎に肉薄する。

 

 本来であれば《稲妻》は手首へ凄まじい負荷を掛けるもので、連発は悪手なのだが、今はそうも言っていられない。見切れぬ剣閃に対して長期戦はそれ以上の悪手となるのだから。

 

 初めから二人は、短期戦に主眼を置いていた。

 

 刀華の負担が限界に至る直前には諸星にスイッチ。刀華は《雷鷗》による支援に戻りつつ手首を休め、諸星は形振り構わぬ魔力放出で小次郎との力量差を縮め、虎の大牙を振りかざす。

 

 ——若き血潮が、老練たる無名の達人へ迫る大活劇。闘技場に集まった者たちの目にはそう移っていた。

 

 事実、小次郎の表皮の一部は雷の余波で焼かれ。そのところどころには槍と刀による細かな傷が目立っていた。

 

 

「——実に、震えるな」

 

 

 身震い。しかし、無論のこと恐怖から生じたものではなく。正真正銘——飽くなき、闘争心そのもの。

 

 達人が老練だなどと誰が決めた。そもそもが、彼らをストイックに走らせる原因とは、類稀なる闘う心。恵まれたのは才能だけでは無い——闘争心こそが、彼らを達人足らしめる極意。

 

 あの《比翼》のエーデルワイスでさえ、その本能を隠し持っていた。

 

 ならば……ならば、この男は。

 

 

「——せぇあっ!」

 

 

 ——どれほどの戦意(けもの)を、その身に宿しているのか。

 

 諸星の《虎王》に触れたなら剣を溶かされ、刀華の《鳴神》は一度弾いた程度では《稲妻》の効力によりすぐさま復帰してしまう。

 そのうえで小次郎がとった手段は奇策も奇策。

 

 大きく弾いた《鳴神》を、《虎王》の餌食にするというものであった。

 

 

「ちっ、しまった——!」

 

 

 警戒していた展開ではあった。しかしそれを帳消しにするほど刀華との擦り合わせを行い、刀華を前衛とした際には《稲妻》による起動制御で事故を防止する予定だったのだが。

 

 

「〜〜っ!?」

「東堂、お前……!」

 

 

 辛うじて刀の柄は握っていたが、その手はひどく痙攣を起こしており、鬱血した手首は実に痛々しい。《稲妻》による負荷は大きなものだが、短時間でこれほどのダメージは無いはず……。

 

 

「——そろそろ、決めさせてもらうとしよう」

 

 

 至近距離から突き出された掌底に、刀華は顎を正確に撃ち抜かれ、後頭部を叩きつけられる形で地面に追突。

 抵抗する術を失っていた刀華は、呆気なく意識を奪われた。

 

 しかしそれで怯む諸星では無い。

 

 彼は小次郎が刀華にトドメを刺す隙を見逃さず、全力の刺突を叩き込んだ。

 残る魔力を全て注ぎ込んだ一撃。魔力喰いの獣を纏った槍は、この後に及んでこの日一番の冴えを見せつける。

 

 

「悪いが私は、これ以上の槍を知っている。——まだまだ、お前達には負けてやれぬよ」

 

 

 《暴喰》は固有霊装と、そこから放たれる伐刀絶技に対して絶対的な優位性を持つ技ではあるが、それ自体には何の破壊力も秘めてはいない。肉を突く際には、単なる槍と変わらないのだ。

 しかしそれを操るのは、諸星雄大という一流の槍使い。

 

 ——柄とはいえ、素手で掴み取るような男は……彼を置いて他には居まい。

 

 無防備な姿を晒した諸星の胴を一薙ぎ。唖然とする観客を他所に、勝者はつつがなく定まった。

 

 直前に幻想形態へ切り替えた一撃であったため、それに伴う血光が飛び散るだけで外傷は見当たらず。

 諸星本人もまた、打撃により物理的に昏倒させられた刀華とは違い、精神ダメージを受けた以外に心身に支障はなく、強靭な意志力により何とか意識を留めていた。

 

 

「……わかったで。《毒蛾の太刀》とおんなじ原理やな……」

「おうとも、その通りだ。よく気がついたな」

 

 

 浸透勁による内部破壊。ここに来て、太刀筋が読まれないという点がさらなるアドバンテージとなる。

 そうで無ければ、太刀筋の違和感に気づけた可能性もあったのだから。

 

 

「東堂の奴は知らず知らずのうちに、毒入りの餌を食わされとった……っていうわけか」

 

 

 手首への負担だと思い込んでいたそれは、小次郎が仕込んだ毒の効果が混じったもので。

 刀華自身も《稲妻》を連発するのはほとんど初めての試みであったため、単なる負担の積み重ねだと思い込んでいたのだ。

 

 

「意外と頭つかうやないか……てっきり、ゴリ押しで叩き潰されるもんやと思っとったんやけどなぁ?」

 

 

 確かにそんな回りくどい真似をするまでもなく、身体能力と技量により押し切ることも出来ただろう。積み重ねた年月と戦闘の純度を比べたならば、伐刀者としての実力差を引いたとしても小次郎に分があった。

 

 それをしなかった理由は他でもない。

 

 

「私は、伐刀者としては半人前にも及ばぬ男だ。それ故に弱点も多い」

 

 

 正攻法。向かい合い、真正面からの戦いであれば、こう言っては何だが——佐々木小次郎という剣士を破れる存在は限られる。

 

 この世界でそれを成す可能性があるとすれば……現時点で小次郎が剣を合わせた中では、彼に比する剣士であるエーデルワイス、そして無限回復によりおよそ通常の物理攻撃では倒すことができないアスカリッドくらいのものだ。

 

 しかし、形振り構わぬ殺し合いとなれば話は別だ。

 

 隕石を斬り捨てることなど、今の自分には不可能であり。空間を破壊する一撃には及ぶべくもなく。気体と化した“彼女ら”が待ち伏せなど仕掛けようものなら、その場で息の根を止められかねない。

 

 これまで小次郎がそれらの天敵と相対せずに済んでいたのは、運が良かっただけに他ならないのだ。

 

 

「ああ、認めるとも……しかしな——私には、それが酷く気に食わん」

 

 

 さらなる高み。まだ見ぬ領域。小次郎はそれを求めていた。

 

 

「天下無双……些か、青臭い憧憬よな」

「……青臭いんは青臭い。けど馬鹿らしい話でもないなぁ? なんせ、ワイもそこで寝とる東堂も——」

「寝てません、起きました! ええ、そうですとも。私だって目指してます」

 

 

 頂点を目指すのは、小次郎一人ではない。

 

 

「ったく……手ェ抜いたなんてぬかしよったら今は無理でもそのうちブチ殺したろう思っとったんやけどな」

 

 

 手抜きとはまた違う。強さを求めるが故の制限。……枷を外すほどに追い詰められなかったのは、諸星にしろ刀華にしろ、悔いるに足る事実であったが。

 

 

「ちっ、まあ今回は負けや負け! こないな大勢の前で言い訳なんぞ出来へんわ!」

 

 

 気づけば、周囲は歓声に包まれていた。

 

 四方八方から叩きつける音の衝撃には、覚えがある。思い返すは遥か古代、浪漫の国——ローマ帝国のコロッセオ。

 いつの時代においても、勇士達の戦いは讃えられるのだろう。

 

 

「なるほど——いや、成り行きとはいえ……せっかく魔導騎士になったのだ。そのうち、リーグ参戦というのも面白いやもしれぬなぁ」

 

 

 今はまだ、小さな噂程度。

 ネットの海に落とされた一雫。それは奇しくも、弟子である黒鉄一輝と同じ流れを辿る。

 

 《魔剣士》の名は、俄かな広がりを見せ始めていた。


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