──夕陽が空をみかん色に染め上げる頃。
遠い目をして海を見つめていた僕の隣に、いつの間にか大きい犬が居た。
犬種は分からないけど、とにかく大きくてモフモフしてそうな──何だか不思議な犬。
「何だ、お前も一人か?」
問い掛けてみるけど、当然言葉は伝わらない。
ゆっくりとこちらを見上げて、ワンと吠える。
うん、だろうか。
「そっかそっか」
しいたけのキーホルダーがついた首輪が着けてあるし、野良犬……って訳じゃなさそうだけど。
「こらー! しいたけぇー!!」
ふと、遠くの方から女の子の声が聞こえた。
その声のする方を見ると、随分ご立腹な様子でこちらへ駆けてくる一人の少女の姿が。
髪はみかん色で、身長はそこまで高くない。
ピョコンと立ったアホ毛が特徴的な普通の女の子だ。
多分、年下だろう。
「そこの人ー! しいたけを抑えててくださいっ!」
目が合い、僕に大きく手を振る。
なるほど。しいたけとは、この犬の名前か。
理解して、僕は言う通りにしいたけの背に回り、その大きな身体を抑えた。
意外にもしいたけは暴れることなく、少女がリードを取り付けるまで微動だにしなかった。
「はぁ……助かりました。しいたけったら、散歩に行こうとリードを着けようとしたら急に逃げ出して……」
胸を撫で下ろし、汗の滲む額を拭う。
結構な距離を走ったのだろう。飼い主も大変だ。
「そうだったんですか。あ、そうだ。一つだけ聞いてもいいですか?」
丁度いい。ここら辺に住んでいるのなら、きっと知っているはずだ。今度から世話になる僕の下宿先を。
「ここ、なんですけど……」
スマホを取り出して、下宿先として母が提示した場所の写真を見せる。
木彫りの看板に『十千万』。
そのヒントを頼りにネットを見ながら沼津を歩き回ったが、
地図が読めないことと、極度の方向音痴。
それプラスの軽い人見知り。そんな僕に画像だけが添付されたメッセージを送り、さっさと外国に飛んでいきやがった母。
帰ってきた時には本気で殴ってやりたい。
拳を握り、母への怒りを抑えていた僕に対して少女が告げた一言は、まさに救いの言葉だった。
「ここ、私の家ですよ」
「……え?」
どうやら神様は、まだ僕の事を見捨ててはいなかったようだ。
助かった。本当に。
気付けば僕は少女の手を取り、頭を下げていた。
歩き回ること数時間。
舞い降りた女神は、目を白黒させて僕を見つめる。
見つめる、と言うよりは見上げる、か。
「え、えっと……」
「案内、お願いしてもいいですか?」
「良いです、けど……その」
手を見て、僕を見て。
少しだけ頬を朱に染める少女。
「あっ、すいません!」
ハッとして、僕は手を離した。
何て事を僕はしているのだ。
見る人によってはセクハラだ。
辺りを見渡して、誰もいないことを確認。
とりあえずは大丈夫か。
「あ、あはは……。案内、しますね?」
頬を掻き、しいたけを連れて来た道を歩み始めた。
その後ろに、僕もついていく。
ようやく、下宿先に行ける。
そんな気持ちで一杯だった。
プロローグみたいなものなので、短めに。