僕と千歌、時々みかん。   作:猫の缶詰(新品)

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初日の災難・終

  千歌さんと初めて出会った海を横目に、肩を並べて帰路に着く。

 夕陽は色濃くなり空も、より一層みかん色に染まっていた。

 

「どうにかしなくちゃなぁ……せっかく見つけたんだし……」

 少しくたびれた部活動申請書に目線を落としながら、トボトボと歩く千歌さん。

 どう声を掛けていいのかも分からず、とりあえず海に目を向けた。

 

「ん……?」

 視界に映ったのは、制服姿の一人の女性。

 あまりはっきりとは見えないが、長髪で色白な人。

 と、僕が立ち止まったのに気付き、千歌さんも同じ方向を見た。

 

「んん?」

 

 すると。何を考えているのか、その女性は突然制服を脱ぎだしたではないか。

「嘘だろ……?」

 

 露出狂? いや、決めつけは良くない。

 というかあれ……。

 

 スクール水着だ。多分。なら大丈夫か。

「って、そんなわけないよな……!」

 

 今の季節は四月。冬が明けたばかりの海は、まだまだ冷たい。

「あっ、待って春太くん!」

 

 距離はそう遠くは無い。運動神経はクソだが、この距離ならまだ……!

 だが、相手は女性。身体に触れても良いのだろうか?

 

「いやいや、死んだら元も子もないだろ……っ!」

 ほぼ同時、彼女が声を上げて駆け出し、海に飛び込むまで後少しという所で彼女の身体に掴みかかった。

 

「待て! 待ってくれ!」

 この際、敬語なんて関係ない。

 

「は、離してっ!」

 ジタバタと抵抗をする彼女の裏拳が、僕の顔面にクリーンヒット。

 女性の一撃とはいえ、構えもしてない状態に受けるのは痛い。

 

 腰を掴む手が離れ、千歌さんだけが彼女を捕まえていたその時。二人の足がもつれてそのまま海へと──。

 

「っ! 千歌!」

 咄嗟に千歌さんの手を掴むが、その勢いには勝てずに僕も海へと放り込まれた。

 

「うわぁぁあっ!!」

 

 盛大に水飛沫を上げて、三人ともびしょ濡れに。

 ……とんだ災難だった。

 

 

浜辺に響く、可愛らしいくしゃみ。

 

「──はい、これ。何も無いよりは温かいと思いますので」

 脱ぎ捨ててあったブレザーを肩に掛けて、腰を下ろす。心地良かった筈の春の風が、今は憎いほど冷たく感じた。

 

「あ、ありがとう……」

「これ使って、髪とか拭いてね。風邪引いちゃうから」

 

 いち早くその場から離れていた千歌さんは家からバスタオルを三つ持ってきて、僕等に配ってくれた。

 自分だって濡れていて寒いというのに。

 

「はい、春太くんも」

「ありがとうございます。千歌さん」

 

 震えも幾分か収まる頃、千歌さんが口を開いた。

「全くもう、沖縄じゃないんだから。海に入りたいのならダイビングショップだってあるのに」

 

 小さな子供を叱るように、腰に手を当てて彼女を見下ろす。

 

「……海の音が聞きたいの」

「海の、音?」

 

 海の音ってなんだ。さっぱりわからない。

 

 小さく頷き、目線を砂浜へと落とす。

「どうして?」

 

 千歌さんが訊ねるものの、顔を上げようとはしない。

 

「分かった、じゃあもう聞かない……あ、海中の音ってこと??」

 

 彼女が求めていた答えだったのか、ふふっ、と笑い顔を上げた。

 

「私……ピアノで曲を作ってるの。でも、どうしても海の曲のイメージが浮かばなくて……」

 

 だから海に飛び込んで直接聞こうって……いくらなんでも無茶すぎる。けれど、その顔は真剣そのもの。

 

 

「あぁ、曲を……作曲なんてすごいね!」

 目を輝かせて、再び質問をぶつける千歌さん。

 

「ここらへんの高校?」

「……東京」

 

 東京から沼津に来てまで海に飛び込むなんて。

 美人さんなのに、頭のネジはぶっ飛んでるなんて。

 勿体無いな。

 

「えっ、東京!? わざわざ?」

「わざわざって言うか……」

 

 どうも歯切れが悪い。言えないような事でもあるのだろうか?

 

「そうだ! じゃ誰かスクールアイドル知ってる?」

「スクールアイドル?」

「うん! ほら! 東京だと有名なグループたくさんいるんでしょ?」

 

 例えるならば、A-RISEや、μ'sのようなグループだろう。スクールアイドルをあまり知らない僕でも流石にこの二つのグループは知っている。

 

 

 だが、彼女は予想外の事を口にした。

 

「何の話?」

「へ? ……まさか知らないの? スクールアイドルだよ! 学校でアイドル活動をして、大会が開かれたりする、あの!」

 

 力説する千歌さんの勢いに押され、猫のように目を丸くする彼女。

 

「ゆ、有名なの?」

「有名なんてもんじゃないよ! ドーム大会も開かれたこともあるくらい超―人気なんだよ! って……私も詳しくなったのは最近なんだけど……」

 

「あ、そうなんだ……ごめんね、私ずっとピアノばかりやってきたから、そういうの疎くて……」

 

 東京に居てスクールアイドルを知らないなんて。

 そんな事があり得るのか。

 

「んー、じゃあ……見てみる? きっと、なんじゃこりゃってなるから!」

「なんじゃこりゃ?」

「そう、なんじゃこりゃ!」

 

 よく分からないやり取りをして、スマホの画面を見せた。

 そこに映し出されたのは、九人のスクールアイドル『μ's』。

 

「これが……」

「どう?」

「どうって……なんというか?うん……普通?」

 

 なんとも微妙な反応。

 

「あ、いいえ……その。悪い意味じゃなくて……アイドルって言うから、もっと芸能人みたいな感じかと思ったって言うか……」

 慌てて訂正を入れるけれど、千歌さんは表情を変えることなく頷き、笑う。

 

「だよね……」

「えっ?」

「だから、衝撃だったんだよ……」

「えっと……」

 

 一呼吸置き、海を眺めながら静かに口を開いた。

 

「……あなたみたいにずっとピアノを頑張ってきたとか、大好きなことに夢中でのめり込んできたとか……将来こんな風になりたいって夢があるとか……そんなもの一つもなくて……。私ね、普通なの。私は、普通星に生まれた普通星人なんだって……」

 

 自分の胸に手を当てて、自分の事を淡々と語る彼女の後ろ姿は、いつもよりも小さく見えた。

 

「私はどんなに変身しても、普通なんだって。そんな風に思ってて、それでも何かあるんじゃないって……思ってたんだけど……。気がついたら、高二になってた。まずっ! このままじゃ、本当にこのままだぞっ! 普通星人を通り越して、普通怪獣千歌ちーになっちゃうって!」

 

 クルリと振り返り、それまでの真面目な雰囲気を取っ払うように彼女は両手を上げて声を上げた。

 

「ガオーッ!」

 千歌さんなりの怪獣の真似。怖さは決して無く、むしろ可愛い。

 

「ふ、ふふっ……」

 それを見て、静かに笑う彼女につられて千歌さんも笑う。

 

「えへへ……。でね、そんな時、出会ったの。あの人たちに……。みんな私と同じような、どこにでもいる普通の高校生なのに……キラキラしてた!」

 

 何かを思い出すように、両手を広げる。

 そして、強く拳を握った。

 

「それで思ったの! 一生懸命練習して、みんなで心を一つにしてステージに立つと、こんなにも格好良くて! 感動できて! 素敵になれるんだって! スクールアイドルって……こんなにも……こんなにも……こんなにも……っ! キラキラ輝けるんだって! 」

 

 何かに取り憑かれたように、想いを全力で語る千歌さん。その姿はあまりにも眩しくて、僕にはとてもじゃないけど直視出来なかった。

 

「気づいたら全部の曲を聞いてた! 毎日動画見て、歌を覚えて、そして思ったの! 私も仲間と一緒に頑張ってみたい……この人たちが目指したところを、私も目指したい! 私も、輝きたいって!」

 

  夢中になって語る千歌さんに見えているのは、きっと未来の自分だ。彼女が目指すμ'sと同じ、光り輝く舞台に立つ自分の姿だろう。

 

 千歌さんは本気なんだ。本気で、μ'sを目指すつもりなのだ。

 

「……ありがとう。何か頑張れって言われた気がする、今の話」

「ほんとに?」

「えぇ! スクールアイドル、なれるといいわね」

 

 それまでの暗い雰囲気は何処へやら、彼女は笑って千歌さんを見上げていた。

 

「うん! あ、そうだ……私、高海(たかみ) 千歌(ちか)! あそこの丘にある浦の星女学院って高校の二年生なの! ちなみに、隣にいる春太くんも同じ学校なんだ!」

 

 思い出したように名前を名乗り、手を差し出した。

 

 「同い年ね! 私は桜内(さくらうち) 梨子(りこ)、高校は──音ノ木坂学院高校」

 

 その手を取ると二人は向き合い、固い握手を交わした。

 

  それから少し後に、僕と千歌さんは音ノ木坂学院高校がμ'sの居た学校であると知るが、それはまた別の話。

 

 

 

 翌朝。やたらと早く起きた千歌さんに起こされて、眠気冷めやらぬままバス停の停留所に腰を下ろす。

 

 その隣に、ずっと早いバスでわざわざ家にやって来た渡辺さんとこれからの事を語る千歌さんの姿が。

 

「もう一度?」

「うん! ダイヤさんの所に行って、もう一回お願いしてみる!」

 

 昨日の出来事もあってか、その決心は固いようだ。

 

「でも……」

 

 渡辺さんの反応は微妙。

 だが、それもその筈。生徒会長──黒澤 ダイヤさんにキッパリ認めないと言われたから。

 だがしかし、そんなものは関係ないとばかりに千歌さんは豪語する。

 

「諦めちゃだめなんだよ!あの人たちも歌ってた! その日は絶対来るって!」 

「……本気、なんだね」

 

 小さな声で、渡辺さんはそう言うと千歌さんの持つ部活動申請書を奪い取った。

 

「ちょっ……!」

「──私ね、小学校の頃からずっと思ってたんだ。千歌ちゃんと一緒に夢中で、何かやりたいなって」

 

 背を向けて、鞄から取り出したペンで名前を記入。

 よし、と。一度頷き、千歌さんを見た。

 

「曜ちゃん?」 

「だから、水泳部と掛け持ち……だけど!」

 

 微笑みを浮かべ、差し出した申請書。

 そこには、しっかりと二人目の名前が刻まれていた。

 

「曜ちゃん……曜ちゃん……っ、曜ちゃん!」

 

 身体を震わせて、申請書を手放して渡辺さんに飛び付く千歌さん。

 思いっきり抱き締めていたせいか、渡辺さんは苦しそうな、それでいて嬉しそうな不思議な表情をしている。

 

「く、苦しいよ……」

 そうは言いつつも、顔はニヤけていた。

 やはり、渡辺さんは千歌さんが大好きなのだろう。

 

「よーし!絶対すごいスクールアイドルになろうね!」

「うんっ!」

 

 そんな、微笑ましい光景に目を奪われていて気が付かなかったが、手放した申請書は地面にあった水溜りにとっぷりと浸っていたわけで。

 

 

 

 

「よ……よくこれでもう一度持ってこようという気になりましたわね」

 

 濡れてしわくちゃになった申請書に目を落とし、顔を引き攣らせていた生徒会長。

 

「しかも一人が二人になっただけですわよ」

「いえ、春太くんも合わせて三人です!」

 

 いきなり名前を出されて、つい変な声が出た。

「うえっ!?」

 

 千歌さんはグッと拳を握り、一歩前へ出る。

「やっぱり簡単に引き下がったらだめだって思って! きっと生徒会長は、私の根性を試しているんじゃないかって思ったんです!」

 

「違いますわ! 何度来ても同じとあの時も言ったでしょう?」

「……どうしてです?」

 

 睨み合う二人。

 止めるべきではあるが、僕には止められそうにない。

 

「この学校にはスクールアイドルは必要ないからですわ!」

「なんでですーっ!?」

 

 二人は机に乗り上げて、鼻がつく程顔を近付けていがみ合っていた。

 

「ま、まあまあ……」

 

 僕と渡辺さんの二人で肩を抑えて、一旦引かせる。

 

「あなたに言う必要はありません! 大体、やるにしても曲は作れるんですの?」 

 

「……曲?」

 

 生徒会長は呆れたようにため息を吐き、窓の外を眺めながら語り出した。 

「はぁ……。ラブライブに出場するには、オリジナルの曲でなくてはいけない。スクールアイドルを始める時に最初に難関になるポイントですわ。東京の高校ならいざしらず、うちのような高校だと、そんな生徒は……」

 

 一人もいない……か。確かに生徒会長の言う通りだ。

 結局、何も言い返せなくなった僕らはその場を引き下がる事に。

 

 

「大変なんだね……スクールアイドルを始めるのも」

 

 教室。一番後ろの席にて、僕らはどんよりとした空気の中、机に伏していた。

 

 ちなみに席順は千歌さんが窓際一番後ろで、その前が僕。渡辺さんは千歌さんの隣という感じ。

 

「んー……こうなったら! 私が、何とかして!」

 

 そう言って取り出したのは音楽の教科書。

 しかも、低学年向けの物だ。

 

「できる頃には卒業してると、思う!」

「だよね……。春太くんも無理そう?」

「すいません、曲作りは全く……」

 

 さて……どうしたものか。

 

 そんな時、急に担任から声が上がった。 

「はーい、皆さん! 突然ですがここで、転校生を紹介します」

 

 開かれた扉。ゆっくりと黒板前まで歩き、生徒達を見渡す。その顔に、その姿に僕は見覚えがあった。

 というか、昨日会ったばかりだった。

 

 

「今日からこの学校に編入することになった……くしゅん! 失礼……東京の音ノ木坂という高校から転校してきました、桜内梨子です。よろしくお願いします」

 

 ガタン! と、背後から一際大きな音。

 続けて、千歌さんの声が教室中に響き渡る。

「き、奇跡だよ!!」

 

 一斉に視線が千歌さんに集まるが、そんな事はお構い無しに千歌さんは瞳をキラキラと輝かせていた。

 

 桜内さんも気付き、後退りしながら驚く。

「あ、あなたは!?」

 

 昨日の海岸と同じ様に手を差し出して、彼女はこう訊ねた。

「一緒に、スクールアイドル、始めませんか?」

 

 ──それが、全ての始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやく一話部分終わった……
文が単調になってますが、いつか加筆修正をしたいと思います
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