僕と千歌、時々みかん。   作:猫の缶詰(新品)

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その下着、桜色につき・3

 まだ日も暮れぬ頃、本日の全科目が終わった。

 数日後のテストを前に、各自自宅にて予習復習をするようにと授業自体の時間が大幅に減らされたお陰だ。

 

「んーっ……はぁ」

 

 座りっぱなしで硬くなった身体を解し、後ろを向く。

 

「やっと終わったよぉぉ……」

 ぐでっと机に突っ伏した千歌さん。アホ毛が弱々しく上下していた。

 

「千歌ちゃん大丈夫?」

 渡辺さんは特に疲れている様子もなく、千歌さんの髪を撫ぜていた。

「へーきへーきー……」

 

 ちっとも平気そうには見えない。

 渡辺さん(いわ)く、昨日は夜遅くまでダンスの練習をしていたようで、その疲れが一気に来たのだろう。

 

「あぁ、そうだ。千歌さん、今朝のお詫びに松月でみかんジュース奢りますよ」

 

 疲れた身体を癒やすのにも丁度いいだろうし。

 と、アホ毛が一本の針の如くピンと立ち、目を輝かせた千歌さんが僕を見上げる。

 

「ほんと!?」

「えぇ。疲れも取れるでしょうし」

 

 さっきまでの疲れは何処へやら、いつも通りの元気な千歌さんに戻った。

 

「よーっし、すぐ行こう!」

「あはは……じゃ、私もみかんジュースね!」

 

 ビシッ! と敬礼し、流れにのる渡辺さん。

「りょ、了解です」

 

 

 

 部活動生達で賑わう校舎を後に、軽い足取りの千歌さんについていく形で僕と渡辺さんが肩を並べて歩く。

 向かう先はバス停。

 

「ね、前から思ってたことがあるんだけどさ……」

 

 特に何を考えるわけでもなく、歩幅を合わせて歩いていると、僕を見上げる形で一つ疑問をぶつけてきた。

 

「はい?」

「どうして千歌ちゃんは千歌さん呼びなのに私は渡辺さん呼びなの?」

 

「あぁ、それは千歌さんには兄妹がいるからですよ。志満さんと美渡さん、それに理恵さんを呼ぶ際に高海さんって呼ぶと誰を呼んだか分かりませんからね」

 

 あぁ、と納得したように頷き、でも、と再度僕を見る。

 

「私は春太くんって呼んでるし、それに渡辺さんって呼び方だとなんか他人な感じがして嫌だから、これからは曜って呼んで? 呼び捨てが恥ずかしかったら、曜ちゃんでも良いけど」

 

 ……いきなり呼び捨てはハードルが高過ぎる。

 かといって、曜ちゃんってのも……。

 

「よ……曜さんじゃ、駄目ですか?」

「ダメ」

 

 ジッ……と、アイスブルーの瞳が僕の瞳を捉えて離さない。

 こんな可愛い子と至近距離で見つめ合うというのは中々に心臓に悪い。

 僕は観念して、ちゃんを付けて呼ぶ事に。

 

「じゃあ……曜、ちゃん」

 

 いざ言葉に出してみると、結構恥ずかしいものだ。

 みるみる内に顔が熱くなってくる。

 

「……よ、よーそろー?」

 

 何故か曜ちゃんの方も顔が真っ赤に染まっていた。

 なるほど、言われる側も恥ずかしいのか。そうか。

 

「──ね、二人で何話してるの?」

 

 ビクッと身体が跳ね、声のする方へ──ジトっとした目付きの千歌さんが僕と曜ちゃんを交互に見ていた。

 

「あ、いや、これは……曜ちゃんが」

 

 言い訳のように、僕の口から飛び出した言葉。

 それを聞いた千歌さんは目を細め、後ろに腕を組みながら、ふーん、とだけ言って振り返り、歩みを進める。

 

 何だか怒っているように見えたけど、気に触るような事を言ったのだろうか。

 

「あ、あの、千歌さん?」

「……」

 

 返事は無い。ただの千歌さんのようだ。

 ……じゃなくて、やっぱり怒ってるみたいだ。

 

「僕、何か間違ってました?」

「呼び方、だね」

 

 呼び方? ……あぁ、そういう事か。

 

「ち、千歌ちゃん」

 僕の呼び掛けが聞こえていたのか、怒っているような笑っているような……そんな複雑な顔をして、僕を見つめる。

 

「聞こえなかったからもう一回」

 

 絶対嘘だ。

 けど、言わなければ機嫌が悪いままだしな。

 意を決し、真っ直ぐ顔を見て、恥じらいを捨てて一言。

 

「千歌ちゃん」

「……っ、まぁまぁだね」

 そう言う割には、顔が真っ赤だけど。

 

 

 さて、そうこうしている内にバス停に到着。

 ベンチに腰を下ろし、一息吐く。

 

「ふぅ。それにしても、前途多難ですね。アイドル部の承認も、桜内さんの勧誘も」

「だよねぇ……」

 

 

 5人のメンバーの確保と、作曲する事ができる桜内さんの説得。段取り的に優先すべきは桜内さんの勧誘だが、今の様子だと無理な気がする。

 

「んー……ん?」

 

 ふと、千歌ちゃんが立ち上がり、その視線の先を追う。

 道路を挟んだ向こう側、木の木陰に花丸さんとルビィさん。

 

「あっ、おーい!」

 

 すかさず勧誘をと、声を上げた。

 するとルビィさんは木の裏側に隠れ、ひっそりとこちらの様子を伺っている。

 

「むっ……そうだ」

 千歌ちゃんが取り出したのは、棒付きのアメ。

 流石にそれに釣られて出てくるのは……。

 

「ほーらほーら、おいでー?」

「わぁっ……!」

 

 嘘だろ。食い付いちゃったよ。

 

「ほっ!」

 

 まんまと道路まで出てきたその時、上空へアメを放り投げる。注意が逸れたそのスキに、千歌ちゃんが彼女を捕まえた。

 

「わわわっ」

「捕まえたーっ!」

 

 なんと驚く事に、ジタバタと抵抗をする彼女の口に、放り投げたアメが入ったではないか。

 と、曲芸士もビックリな技を見せた所で、タイミング良くバスがやって来た。

 

  

 

 

「──スクールアイドルですか?」

 

 帰りのバス車内。最後部座席に座り、その前の席に座る二人へ千歌ちゃんが問い掛ける。

 

 

「すごく楽しいよ!興味ない?」

「丸は、その……図書委員の仕事があるずら……あ、いいや、あるし……」

 

「そっかぁ……ルビィちゃんは?」

 

 ビクッとして、ルビィさんがたどたどしく答える。

「えっ? あ……え、と、ルビィはその……お姉ちゃんが……」

 

 姉が居たのか。でも差すかな妹って感じはするし、いてもおかしくないか。

 

「お姉ちゃん?」

「ルビィちゃん、ダイヤさんの妹ずら」

 

「えっ!? あの生徒会長の?」

 

 ……まさか、あの生徒会長のだったとは。

 とてもじゃないが似ても似つかない。

 

「なんだか嫌いみたいだもんね、スクールアイドル」

 

 曜ちゃんはそう言うが、それは逆だ。

 むしろ好きなのだ。でなければあそこまで熱弁出来ない。

 

「……はい」

 ルビィさんは、暗い表情のまま呟く。

 

 何かしらの理由があったんだ。

 でも、それはきっと詮索してはいけない事だと思う。

 

 

「それに今は、曲作りを先に考えたほうがいいかも。何か変わるかもしれないし」

 

「そうだね……あ、花丸ちゃんはどこで降りるの?」

「今日は沼津までノートを届けに行くところで……」

 

 欠席した人でもいたのだろうか。

 

「ノート?」

「はい……実は入学式の日に善子ちゃんが──『堕天使ヨハネと契約して、あなたも私のリトルデーモンに、なってみない? うふふ……ピーンチッ!』って、変な自己紹介してそれきり、学校に来なくなったずら」

 

 あぁ、あの中二病の子か。どうやら、高校デビューを失敗したようだ。

 

「そ、そうなんだ……」

 

 何とも言えない表情の千歌ちゃんと、苦笑いの曜ちゃん。

 

 それから少しして、僕達は目的地に着いた。

「さ、松月にしゅっぱーつ!」

 

 着くや否や、一足先に松月に走り出す千歌ちゃん。

 

「ほんと、元気ですよね……」

 

 その元気が羨ましく思える。

 どんな時でも明るくいられそうだし。

 

「千歌ちゃんは太陽みたいなものだからね。いっつも明るくて眩しくて……そんな千歌ちゃんの親友でいられて私は幸せなんだ」

 

 いつもの笑顔とは少し違う、本心が垣間見える不思議な笑み。曜ちゃんは千歌ちゃんを本当に大切な人だと思ってるんだ。

 

「きっと、千歌ちゃんも同じ事を思ってますよ」

 まだ少ししか知り合っていない自分が言うのもなんだけど。

 

「ふふっ……だったらいいなぁ。あ、春太くんも、大事な友達だよ!」

「無理に付け加えなくても良いですよ。まだ知り合って間もないんだし」

 

「そうかもしれないけどさー……ま、いっか」

 

 これ以上言うのは無駄だと察したようで、止まっていた足を動かし始めた。

 

 ──大事な友達、か。

 

 純粋に嬉しかった。けど。

 素直に喜べない自分がいた。

 

 

 

 

 

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