僕と千歌、時々みかん。   作:猫の缶詰(新品)

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その下着、桜色につき・4

 「ばいばーい!」

 

 小一時間ほど松月で他愛のない話をした後、曜ちゃんはバスにて家へ帰っていった。

 

「……結構金飛んだな」

 

 僕は幾分か軽くなった財布を眺め、苦笑い。

 予定ではみかんジュースだけだったのだが、松月に着くや否や二人はみかんパウンドやタルトを頼み始めた。

 

 結果、予算を大きく超えてしまい、今に至る。

 安易に奢るなど言ってはならないのだと僕は今回の事で学んだ。

 

「ごちそーさまでしたっ、春太くん」

 隣を歩く千歌ちゃんは、お腹を擦りながら満足げに笑う。

「はは……どういたしまして」

 まぁ、喜んでくれているならいいか。

 

 少し歩くと見えてきた内浦の海。

 今日も相変わらず綺麗だ。陽も良いぐらいに落ちてきて、みかん色に染まる海。

 

 何度見ても飽きないその景色の傍らに、一人の少女。

 

「桜内さん、かな」

 

 後ろ姿しか見えないけれど、多分、彼女だ。

 以前海に飛び込んだ時のように、静かに海を眺めている。

 

「行こっ、春太くん」

「は、はい」

 僕の手を引き、彼女にバレぬよう気配を隠しながら背後に迫る。

 

 そして、何を思ったのか千歌ちゃんは桜内さんのスカートの裾に手を掛けて──。

 

「まさか、また海に入ろうとしてるの?」

 大胆にも、上に引き上げた。

 

 見えたのは、桜色の少し大人っぽいレースの下着。

 止めるまでもなく、驚いた桜内さんはスカートを手で抑えるとこちらに振り返った。

 

「してないですっ! ……って」

 

 千歌ちゃんだけだと思ったのか、僕の姿を見て硬直。

 口を開いたまま、みるみる内に頬が紅潮していく。

 

「……み、見た?」

 

 ──ここは素直に見たと言うべきか。それとも、見てないと頑なに認めないか。

 どうする?

 脳内に浮かび上がる二つの選択肢。

 

 僕が選んだ答え、それは。

「えっと……可愛い下着ですね」

 

 素直に認めることだった。

 ここはあえて褒める方向に。

 でも、その選択肢は間違いだったみたいだ。

 

「っ……!」

 

 その直後、左頬に走る衝撃。

 結構な威力があり、一瞬気が遠くなった。

 

「ちょっ、梨子ちゃん! 私が悪いんだよ! 何も叩く事は……!」

「だ、大丈夫です。見た事は見たんだし」

 

 手で制して、無理やり笑顔を作る。

「あ……ごめんなさい、私……!」

「いえ、大丈夫ですから気にしないでください」

 

 ほんとは無茶苦茶痛い。頬をぶたれた事なんて生まれてこの方一度も無かった。相手が女性とはいえ、こんなに痛いとは……。

 

 何だか妙な空気になり、それを変えようと千歌ちゃんが声を上げた。

 

「えっと……そう言えば、海の音は聞くことは出来た?」

「……ううん、まだ」

 

 そう簡単に聞けるものでは無いのだろう。

 第一、海の音が何なのか分からないし。

 

 だが、千歌ちゃんはそれに心当たりがあるらしく、じゃあ、と腕を後ろに組む。

 

「今度の日曜日のお昼に、ここに来てよ。海の音っていうの、聞けるかも知れないから」

 

「でも……聞けたらスクールアイドルになれって言うんでしょ?」

 

 交換条件として提示したのだろうと、勘付く桜内さん。確かに、それなら丁度良い。

 

「うん、だったら嬉しいけど……けどね、その前に聞いて欲しいのっ、歌を」

 

「……歌?」

「梨子ちゃん、スクールアイドルのこと全然知らないんでしょ? だから、知ってもらいたいの!だめ……?」

 

 知ってもらって、気に入らなければやる意味はない。

 本心からやりたいと思わなければ、きっと続かないだろうし。

 

「あのね、私ピアノやってるって話したでしょ?」

「うん……」

 

「小さい頃からずっと続けてたんだけど、最近いくらやっても上達しなくて、やる気も出なくて……それで、環境を変えてみようって……。だから、海の音を聞ければ何かが変わるのかなって……」

 

 その為に東京からこっちに越して来た、ということか。それなら、海に飛び込もうとする気持ちも少しは分かる気がする。多分、彼女は焦っているのだ。

 

 変わると信じてやって来たのに、未だにその成果が挙げられないことに。

 

「変わるよ、きっと!」

 

 千歌ちゃんは真剣な眼差しを桜内さんに向けて、その手を取る。

 

「簡単に言わないでよ……!」

 

 手を振り解こうとして、けれど、千歌ちゃんはその手を離そうとはしない。

 

「分かってるよ。でも、そんな気がする」

 

 根拠のない言葉ではあったが、どこか説得力のある千歌ちゃんの言葉。

 

 クスりと笑い、目を伏せる。

「変な人ね、あなた。……でも、スクールアイドルなんてやってる暇はないの、ごめんね……」

 

 さっきよりかは柔らかくなった彼女の反応。

 後一押しってところだろうか。

 

「んー、分かった! じゃあ、海の音だけ聞きに行ってみない? スクールアイドル関係なしに!」

 

 条件を無しにして、彼女に問い掛ける。

 流石にこれなら大丈夫なんじゃないだろうか。

 

「聞きに行くだけ行ってみるのも、ありなんじゃないですか?」

 

 渋る彼女にひと押し。

 俯くその顔には、迷いがあった。

 

「ね、いいでしょ?」

 

 ついに根負けしたようで、短いため息の後、彼女は顔を上げて一言。

 

「ほんと、変な人……」

 

 呆れた様子で、微笑んでいた。

 

 




後、一、二回で終わります。多分。
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