僕と千歌、時々みかん。   作:猫の缶詰(新品)

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その下着、桜色につき・終

 さて、場所は代わり千歌ちゃんの旅館前。

 歌詞の作成の為にと訪れた旅館を前にして、桜内さんが声を上げた。

 

「あ、あれ?ここ、旅館でしょ?」

「そうだよ。ここなら、時間気にせずに考えられるから。それに、バス停近いし、帰りも楽だしね」

 

 へぇ……と驚きつつも理解し、表玄関から志満さんが僕らを迎えてくれた。

 

 

「いらっしゃい! あら曜ちゃん、相変わらず可愛いわね」

 

 曜ちゃんは恥ずかしそうに頬を掻き、笑っていた。

「えへへ…」

 

「そちらは千歌ちゃんが言ってた子?」

「うん! 梨子ちゃん、志満姉ちゃんだよ!」

 

「あ……桜内梨子です」

 

 丁寧に頭を下げて、挨拶。が、その目線は志満さんでは無く右奥──しいたけの犬小屋へと向かっていた。

 

「まぁ、こちらも美人さんね」

「そうなんだよ! 流石、東京から来たって感じでしょ!?」

 

 興奮気味に千歌ちゃんが紹介していたが、当の桜内さんはしいたけをジッと見つめている。

 

 その目には、怯えの色が見える。

 まさかとは思うが、犬が苦手なのだろうか。

 

「ふふっ、そうね。何もないところだけど、寛いでいてね」

 

 自己紹介が終わり、いざ旅館の中へと足を踏み入れようとすると、プリン片手にスプーンを咥えた美渡さんが現れた。

 

「おひゃふはん(お客さん)?」

「美渡ねぇ、そのプリンって……もしかして!」

 

 やばっ、と声を上げ、そそくさと逃げ出した美渡さん。それを追いかける千歌ちゃんは、いつもの二割増声が大きかった。

 

「待って! 私のプリン!!!」

 

 追いかけっこを始めた二人は置いといて、志満さんが案内をと先に進む。

「さ、どうぞ」

 

 目線は外さず、抜き足差し足で進もうとした桜内さんに向かい、吠えたしいたけ。

「ひいいっ!!」

 

 と、あらぬ声を上げたかと思うと桜内さんは全力ダッシュで旅館の中へと向かっていった。

 

 

 

 

 二度目となる千歌ちゃんの部屋。

 みかんの香りが漂うこの部屋で、詞の作成に取り掛かる。

 

「──酷すぎるよ!志満姉が東京で買ってきてくれた限定プリンなのに!そう思わない?」

 

 千歌ちゃんは口を尖らせて愚痴を溢し、エビのぬいぐるみを抱き締めていた。

 よほど食べたかったのだろう、呪文のように愚痴を吐き続ける。

 

「そ、それより、作詞を──って、えっ!」

 

 桜内さんの背後、襖が勢い良く開き、突如現れた美渡さん。そういえば僕の部屋、反対側の隣は美渡さんの部屋だった。

「いつまでも取っとく方が悪いんです―!」

 

舌をちろっと出して、挑発。

「むーっ! うるさい!」

 

 千歌ちゃんは抱き締めていたエビのぬいぐるみを美渡さん目掛けて投げた──までは良かったのだが、如何せんぬいぐるみが軽いせいで軌道が変わり、桜内さんの顔面にヒット。

 しかも奇跡的にエビの腹が顔を覆い被さるようになり、顔に張り付いていた。

 

 仕返しにと美渡さんが投げたのは浮き輪。

 なぜ浮き輪がそこにあるのかは置いといて。

「甘いわ! とりゃっ!」

 

 これまた桜内さんへ向かって飛び、丁度輪の中に身体が入った。

 

「やばっ……」

 流石に今のはわざとではないだろうか。

 そう思えるくらい、見事にすっぽりと。

    

 

「──失礼します」

 スッと立ち上がり、襖を閉めた桜内さん。ぬいぐるみで顔が隠れて表情が見えないものの、声のトーンからして静かに怒っていることが伺える。

 

 

「さ、始めるわ──」

 気を取り直して、と声を掛けようと振り返れば、話の途中だというのに千歌ちゃんは曜ちゃんの新調したスマホに夢中になっていた。

 

「曜ちゃん、もしかしてスマホ変えた?」

「うん! 進級祝い!」

「いいなぁ」

 

 ──ヤバい。桜内さんの纏っていた雰囲気が一瞬で変わったのを肌で感じた。

 

 次の瞬間、ドンッ! と強く床を踏み鳴らし、落ちたエビのぬいぐるみ。顕になったその顔は、あまりにも恐ろしいものだった。

「は、じ、め、る、わ、よ?」

 

「あう……はい……」

 

 こうして(ようや)く、歌詞作りが始まった。

 

 

 

 シン──と静まり返る室内。

 三人が丸い小さなテーブルを囲み、それぞれ一枚の紙に向かいながら暫し。

 

 僕は一人ベッドに腰掛けて、そんな三人の様子を横目にスマホに目を通していた。

 無論、遊んでいた訳ではなく、歌詞の手助けになるような情報をネットから探していたのだ。

 とはいえ、ろくな情報がなく力になれていないわけなのだが。

 

「うぅうぅ……」

 

 みかん色のシャーペン片手に、唸りだした千歌ちゃん。先程から書いては消し、書いては消しと。

 歌詞の作成は一向に進んでいないみたいだ。

 

「……やっぱり恋の歌は無理なんじゃない?」

 その悪戦苦闘する様子を見て、桜内さんはため息を一つ。

 

「嫌だ!μ'sのスノハレみたいなの作るの!」

「そうは言っても、恋愛経験ないんでしょ?」

 

 恋の歌を作る上で重要なのが、恋愛経験。

 よりリアルな心情を歌詞にする為には、恋をする他無い。想像は所詮、想像でしかないから。

 

 言われてムッとする千歌ちゃん。

 田舎は何かと早いと聞くが、経験が無いのだろうか。

 

「なんで決めつけるの?」

 

「じゃあ、あるの?」

「ない、けど……」

 

 そこで何故僕を見る……。

 

「言っておきますけど、僕はありますよ」

 中学一年の頃だから、恋愛というよりかは友達以上恋人未満、みたいな曖昧な関係ではあったが。

 それに、数週間という短い期間だけ。

 

「そう、なんだ……」

 

 意外、といった風に僕を見る三人。

 何だかその視線がむず痒い。

 千歌ちゃんに至っては何故か睨むように目を細めている。

 

「と言っても、手を繋ぐとかその程度の事しかしてませんけどね」

 

「……随分とピュアな恋愛ね、それ」

「えぇ、まぁ」

 

「ん? でも、て言うことは、μ'sの誰かがこの曲を作ってた時、恋愛してたってこと? ……ちょっと調べてみる!」

 

 黄色いノートPCを開き、『μ's 恋愛』と検索を始めた千歌ちゃん。

 

「いやいや、なんでそんな話になってるの? それよりも作詞でしょ?」

「でも気になるし!」

 

 桜内さんの指摘を跳ね除けて、画面に食い付く。

 余程気になるようだ。

 

「あはは……千歌ちゃん、スクールアイドルに恋してるからね」 

「本当ね……」

 

 ハッ、と顔を合わせた曜ちゃんと桜内さん。

 二人は何かに気づいたようで、未だ画面から目を離さない千歌ちゃんを見る。

 

「千歌ちゃん、今の話聞いてなかった?」

「え?」

 

「例えばほら、スクールアイドルにドキドキする気持ちとか、大好きって感覚とか……それなら書ける気しない?」

 

 つまり千歌ちゃんは今現在、スクールアイドルに恋をしている、と言う事か。それなら、ある意味で恋愛かもしれない。

 

「あ! ……うん! 書ける! それならいくらでも書けるよ! えっと、まず輝いているところでしょ? それから……えへ……後ね……ふふっ……ふふふっ!」

 

 何やら独り言が始まった。

 そして、先程まで止まっていたペンはスラスラと白紙を埋め始め、あっという間に一つの曲の歌詞を書き上げた。

 

「はい!」

「あ……もうできたの?」

 

 首を横に振り、紙を桜内さんに手渡す。

「参考だよ。私、その曲みたいなの作りたいんだ」

 

「『ユメノトビラ』?」

 

 それは、μ'sの曲の一つ。

 確か、秋葉原UTX屋上で歌った曲だ。

  

「私ね、それを聞いてね、スクールアイドルをやりたいって、μ'sみたいになりたいって、本気で思ったの!」

 

「μ'sみたいに?」

 

「うん! 頑張って努力して、力を合わせて、奇跡を起こしていく……私でも出来るんじゃないかって……今の私から、変われるんじゃないかって、そう思ったの!」

 

 言葉から伝わる、今の自分からの脱却への強い思い。

 変わりたいと願う、千歌ちゃんの意思が溢れ出していた。

 

「本当に好きなのね……」

「うん! みんな私と同じような、どこにでもいる普通の高校生なのに、キラキラしてた……スクールアイドルって、こんなにも、キラキラ輝けるんだって! だから、私はスクールアイドルが大好き!」

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 僕は中々寝付けないでいた。

 

 理由は一つ。風呂で裸の千歌ちゃんとばったり出くわしてしまったからだ。

 

 その際に受けたビンタのおかげで左頬が未だにジンジンと痛み、それと同時に目に焼き付いた彼女の身体が頭から離れず悶々としていた。

 

 思えば、全て美渡さんが悪い。

 

 ──『バスタオルのストックが無いから、持っていっといてー』と、渡されたバスタオルの束。

 しっかりとノックを二回、入りますよと声を掛けて入った僕の目に映る、一糸纏わぬ姿の千歌ちゃん。

 

 一瞬で顔が真っ赤に染まり、飛んできた平手打ち。

 ここに越してきて二度目のビンタも、かなり痛かった。

 

 それにしても、だ。

 幼い顔付きの割に、デカい。何かとは言わないが、とにかくデカかった。

 ボディラインも相当なモノで……って、ダメだ。

 

 考えちゃダメだ。明日はテスト。

 寝不足で受ければ確実に赤点だ。

 

 別のことを考えなければ……と。

 その時ふと、どこかで聞いた話を思い出した。

 

「寝付けないときは外の空気を吸ってみろ、だっけ?」

 

 その話の信憑性は定かではないが、少しでも寝れるようになるのなら試す他は無い。

 

 きっと寝てるであろう千歌ちゃんを起こさぬ様、足音立てずに一階へ。

 

玄関を出てすぐ月の見える夜空を見上げて、深呼吸。

 

「……はぁ。綺麗だな」

 

 澄んだ夜空に浮かぶたくさんの星。

 どれも月に負けぬようにと輝きを放っている。

 まるで、千歌ちゃん達とμ'sのような、そんな関係性を感じた。月がμ'sで、星達が千歌ちゃん。

 

 ……例えが下手だな、僕は。

 さて、と。踵を返して部屋に戻ろうとしたその時。

 

 誰かの話し声が聞こえた。

 

 こんな夜中に、誰だろう。

 気になり、その方へと歩みを進める。

 見えてきたのは、隣の家。

 声は、その上の辺りから聞こえて来ていた。

 

「……ん?」

 見れば、ベランダ越しに千歌ちゃんと桜内さんが話しているではないか。

 

 

 今千歌ちゃんに顔を合わせるのは気まずい。

 僕はすぐに見えない所に隠れて、様子を伺った。

 

 

「──今の、『ユメノトビラ』だよね!」

「えっ?」

「梨子ちゃん歌ってたよね!?」

「あ……いや……それは……」

 

 たじろぎ、ベランダの手摺りを握る桜内さん。

 聞かれたのが恥ずかしかったのか、それとも。

 

「ユメノトビラ、ずっと探し続けていた」

 

 それは、ユメノトビラのワンフレーズ。

「その歌、私大好きなんだ! えっとね、第二回ラブライブの──」

 

 語り出した千歌ちゃんの言葉を遮るように、桜内さんが言葉を重ねる。

 

「高海さん……私、どうしたらいいんだろ? 何やっても楽しくなくて……変われなくて……」

 

 変わりたい。でも、変われない。

 変わることは、簡単じゃない。

 そんな思いを吐き出して、涙声になりながら俯く。

 

「梨子ちゃん……ね、やってみない? スクールアイドル」

 

 優しく語り掛けるその声。

 ただ人が足りないから誘ってるわけではなくて、きっとそれは純粋に彼女を思えばこその言葉だ。

 

「だめよ……このままピアノを諦めるわけには……」

 

 以前のような拒絶は無いにしろ、やはり彼女の中ではピアノの存在があまりにも大きくて何にも変えられない物である以上、その気持ちは変わらないし、変えられない。

 

 

「やってみて、笑顔になれたら……変われたらまた弾けばいい。諦めることないよ……」

 

「でも……失礼だよ。本気でやろうとしている高海さんに……そんな気持ちで、そんなの、失礼だよ……」

 

 嗚咽混じりの、彼女の声。

 中途半端な気持ちではやりたくないという意思がひしひしと伝わってくる。

 

「梨子ちゃんの力になれるなら、私は嬉しい……それにね、みんなを笑顔にするのが、スクールアイドルだから!」

 

 ベランダの手摺りに乗り上げて、手を伸ばす千歌ちゃん。桜内さんも応じて、手を恐る恐る伸ばした。

 

 

「千歌ちゃん……!」

「それって、とても素敵なことだよ!」

 

 手は段々と、近付いて……けれど、あと少しの所で、手が止まる。

 

「っ……さすがに届かないね……」

「待って! だめっ!」

 

 限界ぎりぎりの所まで、乗り上げた千歌ちゃん。

 気付けばその手は、桜内さんの手に触れていた。

 

 

「あ……っ」

 

 諦めなければ、きっと手は届く。

 千歌ちゃんはその事を身を持って証明したのだ。

 

「……や、やばい、かも」

 

 様子がおかしい。千歌ちゃんがぷるぷると震え、そして次の瞬間──グラリと身体が前のめりになる。

 

 

「やばっ……!」

 

 高さはそこまで無い。が、2、3メートル程上から人が落ちてきたとして、それを下で受け止める時の衝撃は──なんて考えてる暇もなく、僕は全力で駆け出し、見事に下敷きになった。

 

 遠退く意識の中、柔らかな感触が、いつまでも僕の手の中にあった。

  

 




アニメ2話の最後、あれ千歌ちゃんどうやって戻ったんでしょうね?
未だに謎です
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