──ぷに、ぷに、と。
ふと、頬を突かれる感覚を覚える。
聞こえてくるのは、誰かの話し声。
「……寝てるね」
「みたいだね。どうする?」
「まだ授業は始まらないし、そっとしておいたら?」
「んー、でも……」
声からして、千歌ちゃん達三人組だろう。
練習を終えて戻ってきたみたいだ。
「……起きてますよ」
のっそりと身体を起こし、彼女達を見上げた。
中途半端に寝たせいか頭がぼんやりとして、何だか気持ち悪い。
「あ、おはよ! 春太くん。ねね、これ見てくれる?」
ポケットから取り出したスマホの画面をこちらに向けて、動画を再生。
その動画に映ってたのは、中庭の桜を背景に軽快なリズムで踊る彼女達の姿。
表情は若干固いけれど、それでも踊りにはキレがあって思わず吐息を洩らす。
「……おぉ」
三十秒と短いものではあったものの、画面越しにも充分その魅力は伝わってきた。
「どう? 変じゃないかな……?」
感想を待つ千歌ちゃんは、緊張した面持ちで僕を見つめる。
「素直に驚きました。こんな短期間でここまで出来るなんて……ほんとに凄いです」
桜内さんが加入してから今日で一週間弱。そんな短い間に曲も振り付けも考えて、練習して……、とにかく凄いとしか言えなかった。
「やったぁ! 曜ちゃん、梨子ちゃん聞いた? 凄いって!」
小さな子供のようにはしゃぐ千歌ちゃんを見る二人は、まるで子を見る親のような優しい目をしている。
「良かったね、千歌ちゃん!」
「でも、まだまだ完全じゃないんだから安心しちゃダメよ?」
「だいじょーぶ! 気合入れて頑張るから!」
……気合でどうにかなるのだろうか。
いや、千歌ちゃんならなんとかなりそうな気がしてきた。これといった根拠は無いけど。
「頑張ってくださいね。応援してますから」
「うん! って、何で他人事? 春太くんも一緒に頑張るんだよ! スクールアイドル部の一員なんだし!」
正式に部に入った覚えはない。
確かに手伝うとは言ったけれども。
「いや、僕は……」
「……だめ?」
スカートの裾をギュッと掴み、潤んだ瞳の千歌ちゃんは僕を真っ直ぐ見つめてきた。
──その
「いや、ダメってわけじゃ……」
「じゃあ、良いの?」
「……はい」
マネージャーという立ち位置ならダイヤさんも認めてくれるだろう。それを最低条件である部員数にはカウントしないだろうけど。
「わーい! じゃ、早速名前書いて!」
鞄から取り出した濡れたりしてくしゃくしゃになった申請書。
新たに桜内さんの名前があり、その下に自分の名前を書き込んだ。
「はい、どうぞ」
と、渡したその時。校内放送のチャイムが鳴り響いた。
『──……高海千歌さん、渡辺曜さん、上里春太さん、桜内梨子さん、以上の四名は至急、理事長室へお願いします。繰り返します──』
この声は……ダイヤさんか。
それにしても、何の呼び出しだろう。
呼ばれたメンバーの共通点は……スクールアイドル部(仮)しかない。つまりは、そういう事か。
「何だろ? あ、スクールアイドル部を認めてくれるとか!」
「いやいや、それは無いでしょ……」
あくまでポジティブに考える千歌ちゃん。
そうあってくれれば良いんだけどな……と思いながら、理事長室へと足を運ぶ。
道中、少し迷いはしたものの無事に到着。
「うーっ、何だか緊張してきた……」
扉の前で、ノックする事を
「大丈夫ですよ、きっと」
「まぁ、そう思うしかないわ。行きましょ?」
頷き、千歌ちゃんは扉を二回ノック。
室内から返事が返ってきて、恐る恐る扉を開いた。
真っ先に目に飛び込んできたのは、歴史がありそうな大きな机に腰掛けてこちらを見るブロンドヘアーの女性。
三年生の制服を着ているということは、学生……何だよな?
漂う雰囲気はとても学生とは思えないけど、まさかコスプレじゃあるまいし。
「来ましたネ」
口を開き、こちらへと向かい──。
歩みを早めたかと思うといきなり抱き締められ、豊満な二つの胸で僕の顔を覆い隠した。
「むぐっ!」
何だ? 何で? 何が起こってるんだ?
息苦しさと、嗅いだことのない甘ったるい香水の香りが鼻腔をくすぐり、訳の分からない状態へと陥った。
「んん〜っ! やっと会えたわ、ハル!」
ハルって……! 誰だこの人は!
「ちょっ! 春太くん苦しそうじゃないですか! 離してください!」
千歌ちゃんが声を上げ、強引に引き剥がした。
「はぁ……はぁ……っ」
──死ぬかと思った。
「鞠莉さん……アナタと言う人は……。相変わらずですわね」
壁に背もたれて立っていたダイヤさんは、呆れた様子でため息を一つ。
「ソーリー♪ でも、そういうダイヤこそ、ここは相変わらずねぇ……?」
言いながら、ダイヤさんの胸を鷲掴み。
そのままわしわし、わしわし。
みるみる顔が赤く染まっていったダイヤさんは、手を払い除けると声を荒げた。
「やかましいっ! ……ですわ」
「It's joke♪」
二人は昔からの知り合い、なんだよな?
いきなり胸を揉むくらいだし。
「あ、自己紹介がまだだったね! 私は新理事長のマリー! 気軽にマリーって呼んでね♪」
新、理事長? マリー……? まさか。
「以前、電話してきた……」
「思い出してくれましたカ?」
「え、えぇ……」
どこかで聞いた声だと思ったら……そうか、マリーさんだったのか。
「まったく! 一年の時にいなくなったと思ったらこんな時に戻ってくるなんて、一体どういうつもりですの? それに、新理事長って……」
この件に関してはダイヤさんもわからなかったようで、問いをぶつける、が。
「シャイニー!」
問いに耳を傾ける事なく閉め切っていたカーテンを勢い良く開き、射し込む太陽の光。
やたらと眩しい。
するとダイヤさんは足早にマリーさんの元へ向かい、緑のネクタイを引っ張って顔を寄せた。
「人の話を聞かない癖も相変わらずですわね。とにかく、高校三年生が理事長なんて、冗談にもほどがありますわ」
腕を組み、あり得ないと首を横に振る。
確かに、生徒が理事長なんて聞いたことが無い。
「そっちはジョークじゃないけどね?」
「は?」
素っ頓狂な声を上げて、目を丸くしたダイヤさん。
「私のホーム、小原家のこの学校への寄付は相当な額なの」
どこからともなく取り出した一枚の紙。
そこには、『貴殿を浦の星女学院の理事長に任命します』と。
「嘘っ! そんな! なんで?」
まじまじと紙を見て、それが冗談では無いことを理解したダイヤさんは、目眩いを起こしたようにふらついた。
「実は……この浦の星にスクールアイドルが誕生したという噂を聞き付けてね。それと……ま、これは個人的な事なので省略しますケド」
一体どこから情報が流れたのだろうか。
正式に認められたわけでもないのに。
「つまり、ダイヤに邪魔されちゃ可哀想なので、応援しに来たのです!」
もしそれが本当なら、これ程力強い味方はいないだろう。
「ほ、本当ですか?」
千歌ちゃんは嬉々とした表情でマリーさんを見た。
「YES! このマリーが来たからには心配ありません! デビューライブはアキバドゥーム用意してみたわ!」
秋葉ドームって……いくらなんでもそれは無いだろ。
「えっ!? それは……」
「よ、よーそろー……」
「奇跡だよっ!」
曜ちゃんと桜内さんがたじろぐ中、千歌ちゃんだけは瞳を輝かせて、マリーさんが見せてきたスマホの画面に映る秋葉ドームを眺めていた。
「It's joke♪」
イタズラに笑い、スマホをポケットに戻すマリーさん。この人……Sだ。
「……ジョークの為にわざわざそんな画像見せないで下さい」
普段聞かないような低いトーンの千歌ちゃん。
これは怒っても仕方ない。
「実際には……ふふっ」
不敵な笑みを浮かべ、理事長室を出たマリーさん。
僕らは一抹の不安を抱えたまま、理事長室を後にした。
何だか久しぶりの投稿のように感じられます…