僕と千歌、時々みかん。   作:猫の缶詰(新品)

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最初の一歩、確かな決意・5

「──ふぅ……」

 

 手元に残る5枚のチラシを見つめ、一息つく。

 慣れないながらも淡々と配り続け、千歌ちゃん達も同じくらいの枚数になった頃、一足先に配り終えた曜ちゃんが皆の分のジュースを持ってこちらへやってきた。

 

「みんなー、お疲れ様!」

 

 それぞれが受け取り、近くのベンチで小休憩。

「このペースだと、もう終わりそうだね!」

 

 千歌ちゃんは額の汗を拭い、笑顔を見せる。

 

「そうね。でも、皆来てくれるかしら……」

 期待と不安が入り混じった表情の桜内さんが、手元のジュースに目線を落としながらそう呟いた。

 

 確かに、配ったからといってみんながみんな来てくれるとは限らない。

 声掛けられたから貰っただけっていう人もいるだろうし。

 

「大丈夫だと思いますよ。多分……ですけど」

 

 根拠は無いけれど、この頑張りが無駄になるとは考えたくない。努力した分だけその見返りがあるのだと、僕はそう信じたい。

 

「そうそう! これだけ配ったんだし! 数撃ちゃ当たる、だよ!」

 

 なんとも千歌ちゃんらしい前向きな意見。

 それを聞いて、僕等は自然と笑みが溢れた。

 

「ふふっ……だね、じゃあ、頑張らないと」

 

 後5枚。一つ一つに気持ちを込めて、渡していこう。

 休憩を終えて再び配ろうと立ち上がったその時、千歌ちゃんが誰かを見つけたようで、大きく手を振った。

 

「あっ、おーい! 花丸ちゃん!」

 

 見れば、花丸さんとその後ろには隠れるようにしてルビィさんが居た。

 

 千歌ちゃんは急いで駆け寄ると、チラシを手渡す。

 

「はい、これ!」

「ライブ?」

 

 目を通し、不思議そうに顔を上げる。

「うん! 花丸ちゃんも来てね!」

 

 ライブ、と聞いてルビィさんが顔を出し、チラシを見た。

「やるんですか、ライブ! ……あっ」

 ふと我に返り、再び花丸さんの背後へと隠れる。

 千歌ちゃんはそんなルビィさんに近寄り、チラシを渡した。

 

「絶対満員にしたいんだ。だから来てね、ルビィちゃん」 

 

「あ……」

「じゃ、私また配らなきゃいけないから!」

 

 そう言って離れようとした千歌ちゃんを、ルビィさんは大声を出して呼び止めた。

 

「あ、あのっ! ……ぐ、グループ名は、なんて言うんですか?」

 

 はて? と首を傾げ、僕等はチラシに目をやる。

 

「グループ……名?」

 

 そして、今更ながらに気付いた。

 ──グループ名……決めてなかった、と。

 

 

 

 グループ名……かぁ。

 

 木目の天井を仰ぎながら、僕は一人、考えていた。

 

 ルビィさんの指摘により気付いたその問題。

 その場で考えても埒が明かないということで、各自で考えて明日発表する事になったのだが、如何せんアイディアが浮かばない。

 

 元々、僕はネーミングセンスが皆無だし、いい名前が浮かぶとは思ってない。けど、一人だけ案を出さないってわけにもいかないし。

 

「あぁー……思いつかない……」

 

 ゴロンと寝返りを打ち、目を伏せる。

 カチ、コチ、カチ、コチ、と等間隔に時計の秒針の音が、静かな自室に響き渡っていた。

 

 三人の特徴を付けた名前はどうだろうか。

 千歌ちゃんといえばみかん。曜ちゃんといえば、ヨーソロー? 桜内さんといえば……なんだ? ピアノ?

 みかん、ヨーソロー、ピアノ……。

 

「ダメだ……余計に分からなくなってきた」

 

 考えれば考える程アイディアが浮かばなくなる。

 こういうのは、一旦頭の中を空っぽにすべきだ。うん。 

 

 身体を起こし、部屋を出ようとした時。

 トントン、とノックの音が聞こえた。

 

「春太くん、起きてる?」

 千歌ちゃんの声だ。

 

「起きてますよ。どうかしましたか?」

 時間は夜の九時。寝るにはまだ早い。

 

 

「んーとね……とりあえず、入るね?」

 頭にタオルを乗せた風呂上がりの千歌ちゃんは、若干ふらつきながら僕のベッドに腰掛けた。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「だいじょーぶ、ちょっとのぼせちゃっただけだよ」

 

 パタパタと手で顔を仰ぎながら、軽く笑う。

  

「なら、良いですけど……。それで、何かありました?」

「あ、えっとね、グループ名の事なんだけど……ちょっと思いつかなくって」

 

 千歌ちゃんも僕と同様に、グループ名の事で悩んでたみたいだ。大方、のぼせたのもグループ名を風呂で考えていたらつい長風呂になった、とかだろう。

 

「あぁ、それなら僕も同じです。何か良い案が浮かばないんですよね……それに僕、ネーミングセンス皆無ですし」

「私も、ネーミングセンス無いんだよね……何回考えてもみかんが名前に入っちゃうし」

 

 それはネーミングセンス以前の問題ではないだろうか……。

 

「な、なるほど。この感じだと、曜ちゃんと桜内さんの二人に賭けるしかないみたいですね……」

 

 僕らには無理そうだし。

「だねー……あ、それとね、もう一つ話があるの」

 

 ギッ、とベッドが軋み、前のめりになりながらこちらを見る。胸元が開いた寝間着でそんな格好をすれば、自然と見えてくるその隙間。

 僕は視線を逸らし、悟られぬよう話を促した。

 

「それで、話って?」

「うん、春太くんはどうしてずっと敬語なのかなぁって」

 

 

 純粋な興味からであろうその質問に、僕は予め用意していた返答をする。

「……癖ですよ。癖」

 

 ──本当は癖なんかじゃない。

 ただ、楽だからだ。敬語だと、どんな人にも平等に接することができるし、必要以上に距離が縮まることも無い。だから、僕は敬語を使う。

 

「……春太くん、嘘吐いてるでしょ?」

 

 普段とは違う、人の心を見透かすようなその瞳は僕の瞳を捉えて離そうとしない。

 

 ──きっと、いつも通り根拠のない言葉だ。

 僕はそう思い、笑って言葉を返す。

 

「いやいや。嘘なんか──」

「だって春太くん、嘘吐くとき目をジッと見るもん」

「えっ」

 

 ライアーサイン、だったっけ。

 まさか、自分にそんな分かりやすい特徴があったなんて。正直今まで知らなかった。

 

「いや、その」

「どうして嘘吐くの?」

「それは……その……」

 

 ……参ったな。ここまで追及されるとは思ってなかった。

 

「別に、話したくないならそれでも良いよ? 嫌な事聞いたのなら謝るし……でもね、私は春太くんの事もっと知りたいから、その、えっと」

 

 言いたい事が纏まらないのか、指先を合わせて視線を落とす千歌ちゃん。

 

 何となく言いたいことは分かる。きっと彼女は気にしていたのだ。普通、同い年で一ヶ月近くも一緒に生活して、なのに未だに敬語な僕に対して、何か至らぬ所があったのではないか? と。

 僕の思い違いであれば恥ずかしい以外の何でもないが、恐らくはそんな感じの事を考えている筈だ。

 

「つまり、敬語は止めろって事ですか?」

「や、止めろとかは言わないけど……出来れば、私だけでも良いから普通に話してくれないかな、って……」

 

 語尾につれて尻すぼみに小さくなる声。

 

 ……別に、千歌ちゃんだけになら敬語じゃなくても良いのかもな。

 そんな考えが浮かび、普通に話してみることに。

 

「……千歌ちゃんがそう言うなら、良いよ」

 あんまり、困らせたくはないし。

 

「っ……! ほんとに?」

「うん。ただし、千歌ちゃんだけだ」

 

 悲しそうな顔から一転、ぱあっと明るくなる表情。

「やったぁ! じゃあ、今からいっぱい話そう!」

「え、いや、九時過ぎだしあんまり長くは……」

「だめ! 折角普通に話せるんだし!」

「えぇ……」

 

 結局、僕はそれから寝落ちするまで千歌ちゃんに付き合わされる事に。

 やはり、敬語は止めるべきでは無かったのかもしれない……。 

 まぁ、いいか。

 

 

 




後、二、三話くらいで終わるよう頑張ります。
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