「──ふぅ……」
手元に残る5枚のチラシを見つめ、一息つく。
慣れないながらも淡々と配り続け、千歌ちゃん達も同じくらいの枚数になった頃、一足先に配り終えた曜ちゃんが皆の分のジュースを持ってこちらへやってきた。
「みんなー、お疲れ様!」
それぞれが受け取り、近くのベンチで小休憩。
「このペースだと、もう終わりそうだね!」
千歌ちゃんは額の汗を拭い、笑顔を見せる。
「そうね。でも、皆来てくれるかしら……」
期待と不安が入り混じった表情の桜内さんが、手元のジュースに目線を落としながらそう呟いた。
確かに、配ったからといってみんながみんな来てくれるとは限らない。
声掛けられたから貰っただけっていう人もいるだろうし。
「大丈夫だと思いますよ。多分……ですけど」
根拠は無いけれど、この頑張りが無駄になるとは考えたくない。努力した分だけその見返りがあるのだと、僕はそう信じたい。
「そうそう! これだけ配ったんだし! 数撃ちゃ当たる、だよ!」
なんとも千歌ちゃんらしい前向きな意見。
それを聞いて、僕等は自然と笑みが溢れた。
「ふふっ……だね、じゃあ、頑張らないと」
後5枚。一つ一つに気持ちを込めて、渡していこう。
休憩を終えて再び配ろうと立ち上がったその時、千歌ちゃんが誰かを見つけたようで、大きく手を振った。
「あっ、おーい! 花丸ちゃん!」
見れば、花丸さんとその後ろには隠れるようにしてルビィさんが居た。
千歌ちゃんは急いで駆け寄ると、チラシを手渡す。
「はい、これ!」
「ライブ?」
目を通し、不思議そうに顔を上げる。
「うん! 花丸ちゃんも来てね!」
ライブ、と聞いてルビィさんが顔を出し、チラシを見た。
「やるんですか、ライブ! ……あっ」
ふと我に返り、再び花丸さんの背後へと隠れる。
千歌ちゃんはそんなルビィさんに近寄り、チラシを渡した。
「絶対満員にしたいんだ。だから来てね、ルビィちゃん」
「あ……」
「じゃ、私また配らなきゃいけないから!」
そう言って離れようとした千歌ちゃんを、ルビィさんは大声を出して呼び止めた。
「あ、あのっ! ……ぐ、グループ名は、なんて言うんですか?」
はて? と首を傾げ、僕等はチラシに目をやる。
「グループ……名?」
そして、今更ながらに気付いた。
──グループ名……決めてなかった、と。
▽
グループ名……かぁ。
木目の天井を仰ぎながら、僕は一人、考えていた。
ルビィさんの指摘により気付いたその問題。
その場で考えても埒が明かないということで、各自で考えて明日発表する事になったのだが、如何せんアイディアが浮かばない。
元々、僕はネーミングセンスが皆無だし、いい名前が浮かぶとは思ってない。けど、一人だけ案を出さないってわけにもいかないし。
「あぁー……思いつかない……」
ゴロンと寝返りを打ち、目を伏せる。
カチ、コチ、カチ、コチ、と等間隔に時計の秒針の音が、静かな自室に響き渡っていた。
三人の特徴を付けた名前はどうだろうか。
千歌ちゃんといえばみかん。曜ちゃんといえば、ヨーソロー? 桜内さんといえば……なんだ? ピアノ?
みかん、ヨーソロー、ピアノ……。
「ダメだ……余計に分からなくなってきた」
考えれば考える程アイディアが浮かばなくなる。
こういうのは、一旦頭の中を空っぽにすべきだ。うん。
身体を起こし、部屋を出ようとした時。
トントン、とノックの音が聞こえた。
「春太くん、起きてる?」
千歌ちゃんの声だ。
「起きてますよ。どうかしましたか?」
時間は夜の九時。寝るにはまだ早い。
「んーとね……とりあえず、入るね?」
頭にタオルを乗せた風呂上がりの千歌ちゃんは、若干ふらつきながら僕のベッドに腰掛けた。
「だ、大丈夫ですか?」
「だいじょーぶ、ちょっとのぼせちゃっただけだよ」
パタパタと手で顔を仰ぎながら、軽く笑う。
「なら、良いですけど……。それで、何かありました?」
「あ、えっとね、グループ名の事なんだけど……ちょっと思いつかなくって」
千歌ちゃんも僕と同様に、グループ名の事で悩んでたみたいだ。大方、のぼせたのもグループ名を風呂で考えていたらつい長風呂になった、とかだろう。
「あぁ、それなら僕も同じです。何か良い案が浮かばないんですよね……それに僕、ネーミングセンス皆無ですし」
「私も、ネーミングセンス無いんだよね……何回考えてもみかんが名前に入っちゃうし」
それはネーミングセンス以前の問題ではないだろうか……。
「な、なるほど。この感じだと、曜ちゃんと桜内さんの二人に賭けるしかないみたいですね……」
僕らには無理そうだし。
「だねー……あ、それとね、もう一つ話があるの」
ギッ、とベッドが軋み、前のめりになりながらこちらを見る。胸元が開いた寝間着でそんな格好をすれば、自然と見えてくるその隙間。
僕は視線を逸らし、悟られぬよう話を促した。
「それで、話って?」
「うん、春太くんはどうしてずっと敬語なのかなぁって」
純粋な興味からであろうその質問に、僕は予め用意していた返答をする。
「……癖ですよ。癖」
──本当は癖なんかじゃない。
ただ、楽だからだ。敬語だと、どんな人にも平等に接することができるし、必要以上に距離が縮まることも無い。だから、僕は敬語を使う。
「……春太くん、嘘吐いてるでしょ?」
普段とは違う、人の心を見透かすようなその瞳は僕の瞳を捉えて離そうとしない。
──きっと、いつも通り根拠のない言葉だ。
僕はそう思い、笑って言葉を返す。
「いやいや。嘘なんか──」
「だって春太くん、嘘吐くとき目をジッと見るもん」
「えっ」
ライアーサイン、だったっけ。
まさか、自分にそんな分かりやすい特徴があったなんて。正直今まで知らなかった。
「いや、その」
「どうして嘘吐くの?」
「それは……その……」
……参ったな。ここまで追及されるとは思ってなかった。
「別に、話したくないならそれでも良いよ? 嫌な事聞いたのなら謝るし……でもね、私は春太くんの事もっと知りたいから、その、えっと」
言いたい事が纏まらないのか、指先を合わせて視線を落とす千歌ちゃん。
何となく言いたいことは分かる。きっと彼女は気にしていたのだ。普通、同い年で一ヶ月近くも一緒に生活して、なのに未だに敬語な僕に対して、何か至らぬ所があったのではないか? と。
僕の思い違いであれば恥ずかしい以外の何でもないが、恐らくはそんな感じの事を考えている筈だ。
「つまり、敬語は止めろって事ですか?」
「や、止めろとかは言わないけど……出来れば、私だけでも良いから普通に話してくれないかな、って……」
語尾につれて尻すぼみに小さくなる声。
……別に、千歌ちゃんだけになら敬語じゃなくても良いのかもな。
そんな考えが浮かび、普通に話してみることに。
「……千歌ちゃんがそう言うなら、良いよ」
あんまり、困らせたくはないし。
「っ……! ほんとに?」
「うん。ただし、千歌ちゃんだけだ」
悲しそうな顔から一転、ぱあっと明るくなる表情。
「やったぁ! じゃあ、今からいっぱい話そう!」
「え、いや、九時過ぎだしあんまり長くは……」
「だめ! 折角普通に話せるんだし!」
「えぇ……」
結局、僕はそれから寝落ちするまで千歌ちゃんに付き合わされる事に。
やはり、敬語は止めるべきでは無かったのかもしれない……。
まぁ、いいか。
後、二、三話くらいで終わるよう頑張ります。