翌日の放課後、ダンス練習を終え内浦の海を眺められる海岸沿いにて砂浜に各々が昨日考えてきたグループ名を書き連ね、どれが良いか見比べていた。
「制服少女隊……は、無いね」
「無いわね」
千歌ちゃんと桜内さんは顔を合わせ、曜ちゃん発案のグループ名を否定。
「えぇーっ!?」
二人はああ言うが、当の二人も中々に酷いネーミングセンスをしていた。
千歌ちゃんは浦の星スクールガールズ、桜内さんはスリーマーメイド。
僕も……まぁ、同レベルくらいの名前だ。
「もぅ、皆だめだめじゃん! これじゃいつまで経っても決まらないよ~……」
真面目に考えようとしても、どうしても安っぽかったりダサかったり……センスのいい名前が浮かばない。
まさかグループ名で躓くとは思いもしなかった。
「んー、どうしよ──……ん?」
頭を抱え、海の方へと視線を向けた千歌ちゃんは、ふと波打ち際を見つめ、声を上げる。
「ね、あれ……」
そこには、『Aqours』と書かれていた。
「あ、あきゅあ?」
普通に読んでみるとそんな感じだろうけど、何だかしっくりこない。
曜ちゃんが首を傾げ、その隣で桜内さんは少し考えて一言。
「……アクア、かしら」
──アクアか。強引な読み方ではあるものの、そう読めなくもない。
「水……ですか」
単純な名前だが、不思議と僕らが考えていたどの名前よりも、しっくり来る。
「ね、なんかよくない? グループ名に」
と、千歌ちゃんは僕らへそう問い掛けた。
「これを? 誰が描いたのかも分からないのに?」
桜内さんの言い分はもっともだ。誰が書いたのかも分からないのに、それを自分達のグループ名にするなんて、普通は考えない。
だがそれは普通ならば、の話。
「だからいいんだよ! 名前決めようとしている時に、この名前に出会った……それって、すごく大切なんじゃないかな?」
誰が書いたなんかはどうでもいい。
大事なのはこの出会いなんだ、と。
なんとも千歌ちゃんらしい考えだ。
「ふふっ……そうかもね。このままじゃ、いつまでも決まりそうにないし」
軽く笑い、反論は無いと桜内さん。
「私も、それで良いと思うであります!」
ビシッと敬礼を決め、曜ちゃんも賛成。
当然、僕も同じ気持ちだ。
「じゃ決定!」
長引くかと思われたグループ名の問題は、こうして終わりを迎えた。
そして僕らは翌日、早速決まったグループ名を引っ提げて、町内放送で呼び掛けることに決めた。
「──私達、浦の星女学院スクールアイドル、Aqoursです!」
キィ──……ンと、鼓膜を突き破るような大声をマイクに向けて、町内全体に響き渡る三人の声。
すると、ハッとした桜内さんが、訂正を入れる。
「待って、そういえばまだ学校から正式の承認もらってないんじゃ……」
……僕もすっかり忘れていた。
慌てて、千歌ちゃんが言い直すことに。
「あ……じゃあ、えっと……浦の星女学院、非公認アイドルAqoursです! 今度の土曜14時から、浦の星女学院体育館にてライブをするので、これを聞いている皆様、是非ライブへお越しください!」
非公認と言うのはちょっとあれだけど、嘘は吐けない。
これでチラシ配りと、町内への呼び掛けは終わり。
後残されたやるべき事は、ライブに向けての練習と衣装作り、それとグループ名を新たに書き入れたチラシ配り。以下の二点に関しては僕が手伝える事だから、全力でやらなければ。
「……頑張らないとな」
彼女達の踏み出す最初の一歩。僕に出来ることは、あくまで手助け。それでも、少しでも気を抜けば失敗に繋がるかもしれない。
最初のライブが最後のライブにならないよう、全力でサポートするんだ。
僕は密かに心にそう決めて、まずは衣装作りの手伝いをと曜ちゃんに相談を持ち掛けた。
「そうだ、曜ちゃん。今日家に行っても良いですか?」
いきなりそんな事を言ってしまったからか、曜ちゃんは口を開けたままフリーズ。
しまった。大事な言葉が抜けていた。
「その、衣装作りを手伝おうかと思いまして。手伝うと言いながら、あんまり出来ていなかったわけですし」
「あ……あー、なるほどね! 良いよ! でもウチ、遠いよ?」
「大丈夫ですよ。少しでも負担を減らしたいので」
早く終われば、その分ダンス練習に時間を回せるし。
「あ、ありがと……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね?」
「はい、頑張ります」
そんな僕らのやり取りを特に口を挟むことなく見ていた千歌ちゃんが、慌てたようにサッと手を上げた。
「わ、私も手伝う! 一人でも多い方が効率良いし!」
「そうね。四人でやればその分早く済むし」
結局、皆で手伝う事になったわけで。
▽
「──うん、いい感じだよ。後は、さっき教えた通りに続けてね」
曜ちゃんのレクチャーを受け、衣装作りに集中する。決して細かい作業は得意では無いが、曜ちゃんの教え方が上手いお陰か、然程難しく感じられない。
とは言え、裁縫に関しては全くの素人。
作業スピードはお世辞にも早いとは言えない。
「ここは……こうか」
一人で呟きながらお手本を見ては手を動かし、針で指を怪我しないように注意する。
にしても……、こんな大変な事をダンスの練習の合間に、その上、高飛び込みの方も疎かにせずこなしているとは。とてもじゃないが、僕には真似出来ない。
疲れを見せることもなく、常に笑顔で要られるなんて……。ロボットか何かだろうかと思ってしまう。
「うぅ、曜ちゃん……難しいよぉ」
悪戦苦闘していた様子の千歌ちゃんに教えていた曜ちゃんのその横顔を眺めていると、ふとこちらに気付いた。
「ん、どしたの?」
「いえ、なんでもないです」
さて、衣装作りに集中しないと。
止めていた手を動かし、作業再開。
時折聞こえてくる千歌ちゃんの唸り声と、桜内さんの独り言。そんな中、曜ちゃんは黙々と作り続けている。
時間はゆっくりと、けれど当然ながら止まることなく進み続ける。集中していると時間の経過は早く感じるというが、確かにその通りだった。
「わ、もうこんな時間!」
掛け時計を見るや否や、曜ちゃんが声を上げた。
「さっきまでお昼だったのに……まぁでも、それだけ集中してたってことね」
「みたいですね……」
帰りの最終バスの時間は、確か後五分もすれば来る。
今日の所は引き上げるとしよう。
「じゃあ、続きはまた明日ですね」
「ううん。皆のお陰でかなり進んだし、後は一人で楽勝だよ! だから明日は、ダンス練習!」
ビシッと敬礼を決め、ウィンク。
確かに、三人の衣装を見る限り残りは細かな所の修正やボタンを付けるくらい。
「じゃあ……そうだね、明日はダンス練習! まだまだ不安なところいっぱいあるし、梨子ちゃんと曜ちゃんにレクチャー? してもらわないと!」
「言われ過ぎて泣かないようにね?」
意地悪そうに微笑み、千歌ちゃんを脅す桜内さん。
見た目ではわからないが、意外とSっ気があるらしい。
「うっ……頑張ります……」
「ほら、三人とも急がないとバス行っちゃうよ!」
急かす曜ちゃんに背中を押され、僕等は部屋を後に。
バイバイと手を振る曜ちゃんは僕にだけ聞こえるような小さな声で、「今日はありがとね」とだけ。
一階から呼ぶ千歌ちゃんの声に応えると、僕は軽快な足取りで降りていった。