「じゃあ、僕はここで」
ライブ会場となる体育館を前に、僕は彼女達と別れる事に。ここから先は、僕はいち観客として彼女達の最初の一歩を見届ける。
「うん、また後でね!」
三人とも笑顔だったけれど、やはり緊張は隠せないようで舞台裏に向かう足取りはぎこちないものだった。
いつもよりも小さく見える彼女達の背に向けて掛ける言葉は無く、ただ、頑張れと願うだけ。
「にしても、ほんと雨止まないな……」
踵を返し、少し離れた屋根付きの廊下で曇天の空を仰ぎながら、ポツリと呟く。
せめて晴れさえすればこの鬱屈とした気分も晴れるというのに。
「あれ、春太くん?」
水溜まりを避けながら、こちらに向かうポニーテールの彼女──果南さん。
「あ、どうも。果南さんもライブを見に?」
今日は学校は休みだし、それ以外に来る理由もないだろうけど、軽い会釈を混じえてあえて聞いてみる。
「ん。まぁ、そんな所かな」
どこかハッキリとしない曖昧な返答。
目を逸らし、ちょこんと隣に腰を下ろした。
「……春太くんはさ、どうして千歌達に手を貸すの?」
「それは……約束したからですよ。手伝うって」
最初、そこに自分の意思は無かった。
ただ言った手前、中途半端には終わらせたくなかっただけ。でも今は違う。自分の意思で、彼女達の行く道の手助けしたいと、そう思っている。
正直、自分の心境の変化には驚いていた。
たった一ヶ月の間だけで、自分の考えが少しずつ変わっていくなんて、思いもしなかったから。
「約束、か。……なら、もしも千歌達が立ち直れないくらい酷い結果に終わってしまったら、春太くんはどうするの?」
……そんなの、考えたくもない。
とはいえ、直面する可能性は無いとも言えない。
例え今回が上手く行ったとしても、これから先ずっと上手く行く保証はないだろうし。
だけど、もしそうなってしまったら。僕は、どうすれば良い? 次があるさと慰める? それとも諦めるよう促す?
──いや、違う。そうじゃない。
僕は……僕がすべき事は一つだけだ。
「僕は、彼女達の行く末を見守ります。いつもと同じように、彼女達の意思に付き従います」
続けるにしろ、辞めるにしろ、そこに僕の意思は必要ない。僕はあくまで、サポート役なのだから。
「……そっか。うん、君らしいね」
果南さんは何度か頷き、真っ直ぐにこちらを見た。
「でもね、それじゃきっと……ダメだと思う。何故かは言えないけど、ね」
それだけ言って立ち上がり、閉じていた傘を開く。
「それは、どういう……」
「あ、そろそろじゃない? ライブ」
僕の言葉を遮り、果南さんは取り出したスマホの画面をこちらに向けた。
時刻は1時58分。ライブまで残り2分。
「ほら、行きなよ」
「……はい」
背中を押され、僕はそのまま早足で体育館へと歩みを進める。
──人は、どれだけ来ているのだろう。
たくさん? それとも、数人だけ?
──いや、考えたって仕方がない。
扉を前にして、心を落ち着かせる。
大丈夫。きっと、大丈夫だ。
早鐘を打つ心臓に手を当てて、深呼吸。
「……よし」
そして、僕は、扉をゆっくりと開いた。
──そこは、ガランとした暗がりの体育館。
十人そこらの人が、幕の降りたステージを見つめ、始まろうとしているライブを待っていた。
これは想定された一つの結果。それも、悪い方の結果だ。最初のライブとして考えるならこの人数は妥当かもしれない。だが、これでは部の承認は……。
「……っ」
これから開く幕の先に居る彼女達の顔を、僕は見たくなかった。
「──ダメよ。しっかりと前を見なさい」
目を逸らすなと、低く冷たい言葉が僕の背に刺さる。振り返るとそこには、真剣な眼差しでステージを見つめるマリーさんの姿があった。
──分かってる。目を背けてはいけないことくらい。
それに、彼女達の方からずっと辛いはずだ。
さっき果南さんに言ったばかりじゃないか。
彼女達の行く末を見守ると。
「……はい」
体育館二階の左右からスポットライトが当たり、降りた幕が、静かに上がっていく。
幕が上がりきるまで、じっと。そうして現れた衣装に身を包む三人。手を繋ぎ合い、目を伏せていた彼女達はゆっくりと目を開いた。
「……」
僕から見ても、わかりやすいくらいの表情の変化。
瞼の裏に描いていた理想の姿と、今まさに目の当たりにしている現実との差。
その差に戸惑い、傷つき、悲しむ。
笑顔は曇り、自然と落ちる目線。
けれど、千歌ちゃんはグッと唇を噛み締め、一歩前へ踏み出した。
「私達は! ……スクールアイドル──Aqoursです!」
重なり合う三人の声は体育館に響き渡り、暗かった雰囲気を吹き飛ばした。
「私達は、その輝きと、諦めない気持ちと、信じる力に憧れ、スクールアイドルを始めました。目標は……スクールアイドル──μ'sです! 聞いてください!」
曲が始まると同時に、表情が一瞬で変わる。
──彼女達は輝いていた。最初はぎこちないものだったダンスも、所々音程を外していた歌も、動きながら作る笑顔も……自然なものとなっていた。
短期間ながらも努力を怠らず、この日の為にやってきたその努力の結晶は、どんなスクールアイドルよりも輝いて見えた。
だが、曲がサビへと向かうその瞬間。
轟音と共に、館内の照明が一気に落ち──彼女達の輝きが失われた。
どよめく館内。
停電……恐らく、落雷の影響だろう。
不思議なほど冷静な自分に驚いていたが、それよりも。
「……予備電源があるはずだ」
いち早く外へ向かおうとして、誰かに呼び止められた。それは、意外な人物。
「春太さん! ……こちらへ」
「……生徒会長? どうしてここに、って!」
話は後だと言わんばかりに腕を強く引かれ、導かれるまま外へ。
雨に濡れながら連れてこられたのは、体育館横にある用具倉庫のような場所。
「はぁ……はぁ……っ、これを、運ぶのを……手伝ってください」
息を急き切らし、二つある大きめの予備電源を指差した。
試しに一つ持ち上げてみるが、かなり重い。
……50キロは超えてそうだ。
流石に女性には無理な重さだし、かといって僕が二つ持つにしても最低二回は行き来しなければならない。
台車のようなものがあれば良いのだが……。
「あ、あった」
運良く壁に立て掛けてあった折りたたみ式の台車。
何とか二つ乗りそうだ。
「──よっ、と! ……はぁ、はぁ。疲れた」
腰がヤバイ。動く度に軋み、悲鳴を上げている。
「流石は男子……。お力添え、感謝いたしますわ。後は、私が一人で出来ます。ですから、貴方は校門の方へ急いでください。大変なことになっていますので」
後は大丈夫って……それに、大変なことってなんだ。
そう考えている内に、ダイヤさんは台車を動かし始めていた。
「春太さん。あの子達を思うのなら、急ぐべきですわ」
こちらを見ず、そう告げて先へ。
わけが分からないが、今はその言葉を信じて行くしかない。
僕はどしゃ降りの雨の中、校門へ向かって駆け出した。
視界が悪く、足元もぬかるんで何度も転けそうになるものの、何とか踏ん張り走り続ける。
やがて見えてきた校門。そこに、レインコートに身を包む一人の女性──美渡さんが居た。
「ほら急いでー! もうライブ始まってるからー!」
激しい雨音にも負けない声量で多くの人を誘導し、僕に気づいたのか驚いた顔をしてこちらへ走ってきた。
「は、春坊!? アンタなんでそんな濡れて……と、とりあえずこれ使いな! 風邪引くから!」
ビニール傘を手渡され、それとレインコートの中からタオルを一枚。
「あ、すいません……」
校門の先を見ると、沢山の車が並び、渋滞を起こしていた。
ダイヤさんが言っていた大変なことって、渋滞のことだったのか。
「あの、この渋滞って?」
「あー……ウチの社員達。ま、ヒマそうだったから呼んだだけ。別に、チカの為にやったわけじゃないから、そこんところ勘違いしない様に!」
──そうだったのか。じゃあ今朝のあれは、この為に……。
「ありがとうございます、美渡さん」
深く頭を下げて、感謝した。
この人数が入れば、満員なんて楽勝だ。
「ちょっ、やめろバカ! ……んなことより急ぐぞ! 始まってんだろ? ライブ」
「……はい」
「なら、走るぞ!」
「はい!」
身体は疲れていたけれど、そんなの知ったことではない。彼女達は今、暗闇の中で光を求めている。
だから、止まれない。止まるわけにはいかないのだ。
雨脚は少し収まり、みとシーの社員総勢で辿り着いた体育館。
扉の前に立ち、美渡さんは大きく息を吸うと、勢い良く扉を開け放って大声を上げた。
「──バカチカーッ!! アンタ、時間間違えたでしょ!」
それは、なんとも美渡さんらしい素直じゃない励まし方だった。
そしてその声を皮切りに、社員達が一斉に体育館へと流れ込み……あっという間に埋まる体育館。更にタイミングを図ったかのように、復旧した電気系統。
どうやらダイヤさんの方も上手く行ったみたいだ。
先程までとは違い、沢山の人で埋まった体育館を見渡して目尻に涙を浮かべた千歌ちゃんは、それを拭い微笑んだ。
「……ほんとだ、私……バカチカだ」
そして。彼女達は再び、輝いた。
一度目の時よりも、何倍も何十倍も、輝いていた。
歌い終える最後の瞬間まで、誰よりも。
曲が終わり、静寂の中に彼女達の息遣いが響く。
そんな静寂を掻き消すように、拍手が会場全体を包み込んだ。
「──彼女たちは言いました! スクールアイドルは、これからも広がっていく! どこまでだって行ける! どんなユメだって叶えられると!」
それはμ'sのリーダー、高坂穂乃果さんが残した言葉。
と、人の波を掻き分けて、ダイヤさんが彼女達の前へ躍り出た。
「これは今までの、スクールアイドルの努力と、街の人たちの善意があっての成功ですわ! 勘違いしないように!」
ダイヤさんの言っていることは決して間違いでは無い。むしろ正論だ。反論の余地はない。
「分かってます! でも……でもただ見てるだけじゃ、始まらないって! 上手く言えないけど、今しかない瞬間だから……だから!」
「──輝きたい!」
そんな純粋な思いを、会場全体にぶつけた。
スクールアイドルでいられるのは永遠ではない。
だからこそ、今しかないこの時を全力で輝く。
どこまでも真っ直ぐなその思いに応えるように、再び拍手が沸き起こった。
こうして、失敗かと思われたファーストライブも大成功で幕を下ろした。
その翌日──僕は、悪夢を見ることとなる。
やや駆け足となりましたが、これで三話は終わりです。次回は主人公を主軸とした話となりそうです。