渡辺さんと出会った翌日。
長いようで短い春休みも今日で終わりということで、僕は明日の準備をしていた。
実のところ、転校する先の高校の事は余り詳しくは知らない。
教えてもらったのは、学校の場所と名前。
ただ、ネットで調べてみてもその場所にあるのは浦の星女学院だけ。
何かの間違いでは無いだろうかと母に聞いてみても、とりあえず行ってみろとのこと。
結論から言うと、何も分からないというわけだ。
「……なんだか嫌な予感がする」
と、扉のノックする音が聞こえた。
「春太くん、今日って用事ある?」
扉の隙間から顔を出した千歌さんが、アホ毛をピョコピョコと上下させながらそう訊ねてきた。
あのアホ毛、尻尾のように動かせるのか。
一体、どうなってるんだろう。
「いや、特にありませんよ」
「ならさ、ちょっと散歩行かない?」
時計を見る。現在時刻は昼の一時。
ちなみに昼食は一時間ほど前に済ませてある。
「良いですよ。明日の準備も終わりましたし」
「じゃあ、着替え終わったらまた呼ぶね!」
再びアホ毛をピョコピョコと、自室へ向かっていった。
「……散歩か」
この街の事は全くと言って良いほど分からないし、この際だから教えてもらおう。
それから少しして。一足先に準備を終えていた僕は時間潰しにスマホでまとめサイトを見ていた。
すると、画面が着信画面に切り替わる。
「知らない番号だけど、間違い電話か?」
少し待ち、電話に出た。
「もしもし……?」
「ハロー! 貴方は春太で間違いありませんカー?」
外人さん? にしては日本語が上手い気がする。
いや、それよりも何故僕の名前を?
「そう、ですけど」
「私はマリーと言うものデス! 浦の星女学院の理事長をやってる者デース! 正確にはこれから、デスけど」
浦の星女学院の理事長?
声を聞く限りかなり若いように聞こえる。
「えっと……その理事長が僕になんの用事でしょうか?」
「貴方は明日から、浦の星女学院に通ってもらいマース! 」
浦の星女学院、確かにそう聞こえた。
女学院。女学院? え、女学院?
その言葉を
「……ジョークですか?」
「ノンノン! ジョークでは無いので、安心してくだサイ!」
出来ればジョークの方が安心できたのだが……。
「あぁ……はい」
つまるところ、僕は一人で敵地に特攻するわけか。
……どう考えても死ぬ未来しか見えない。
もちろん、社会的な意味で。
「春太くーん! もういいよー!」
扉の向こうから、千歌さんの呼ぶ声。
「呼んでるわよ、春太クン。それじゃ、チャオ♪」
「あっ、ちょっ……!」
ブツン。と、無慈悲にも通話が途切れた。
さて、どうしたものか。
深いため息を溢すと同時に、扉が勢いよく開かれた。
「春太くんってば! 無視は酷いよ!」
少し大人っぽい春物コーデ──白のニットに濃いブルーのデニムジャケットを羽織り、黒のAラインスカートで着飾った千歌さんは、脹れっ面で部屋に入ると、僕の目の前で仁王立ち。
「もう! 女の子は待たせたら駄目なんだよ?」
「すいません……次から気を付けます」
「わ、分かればいいの! ほら、行こ?」
慌てたように何度か頷き、僕の手を引く。
千歌さんの手は、小さくて温かい手。
男のゴツゴツとした手とは正反対にプニプニしていて、しっとりとした手触り。
まるでお餅みたいだ。
意識すると、何だか恥ずかしくなってきた。
それを誤魔化すように、僕は話題を振る。
「そ、そうだ。散歩の事なんですけど──」
散歩がてらこの街の案内をして欲しい、と。
そう告げると、任しといて! の一言。
スタスタと廊下を歩き、一階。玄関口まで、その手を離すことは無かった。
「あらあら、お二人さん……仲が良いことで」
背後から、からかうような三渡さんの声。
一番見られたくない人に見られた。
「あっ……いや、これは!」
慌てて手を離す千歌さんの顔は、茹で上がったタコのように真っ赤になっていた。
「これからデートですか~?」
「ち、違うから! 街の案内だよっ!」
尚もニヤニヤと笑い、そのまま奥の方へとフェードアウトしていった。
どことなく居心地の悪い雰囲気が漂う。
そんな空気の中こちらを見ず、千歌さんが一言。
「い、行こっか?」
今度は手を引くことなく、微妙に距離がある。
だが、そのくらいが丁度良い気がする。
「……ですね」
そして、千歌さんの案内の元、沼津を回ることになった。
後一話、多分後一話で前日譚は終わります…