「よっ、と。着いた!」
先程までの暗い表情は何処へやら、一転して明るく船着き場に飛び移る千歌さん。
どうやら彼女は切り替えが早いようだ。
それにしても、ここは……。
辺りを見渡して、目の止まった一つの施設。
酸素ボンベのようなものがいくつも並べられていて、傍らにはウェットスーツ姿の女性。
恐らく、ダイビングショップのような所なのだろう。
と、その女性に向かい、千歌さんは大声を上げて手を振った。
「おーいっ! 果南ちゃーん!」
果南と呼ばれた彼女はポニーテールを揺らし、こちらに振り向くと小さく手を振り、ニコッと笑った。
大人びた雰囲気がある彼女もまた、美人。
沼津は美人しかいないのだろうか……なんて思いながら、頭を下げる。
「さ、行こっか」
そう言って僕の背中を押す渡辺さん。
これでまた一人、知り合いができる。できてしまう。
こんなに何人も知り合う事なんて、今まで一度も無かった。それも皆、美人や美少女で……何となくだけど、居心地が悪かった。
僕はここに居て良いのだろうか。邪魔ではないだろうか、なんて。
ついそんな事を考えてしまう。
考え過ぎだろうか。
「どうしたの?」
どうやら僕は歩みを止めていたらしく、僕の背中を押していた渡辺さんが、顔を下から覗き込んでいた。
「……な、何でもないですよ。待ってますし、行きましょう」
笑顔を作り、今度は僕が渡辺さんの背中を押した。
パラソルの下、海の家によくある白いプラスチックのイスとテーブル。僕ら三人はそこに腰掛けて、せっせと酸素ボンベを運び、バルブを閉める彼女を見る。
「遅かったね。今日は入学式だけでしょ?」
彼女は振り返り、確認するように千歌さんに問い掛けた。
「うん…それがいろいろと……後、はい! 回覧板とお母さんから」
鞄から取り出した回覧板と袋を手渡して、それを受け取り中身を見ずに彼女は一言。
「どうせまたみかんでしょ?」
どうやら毎度同じ中身らしい。
「むー、文句ならお母さんに言ってよ!」
頬を膨らませ、抗議する千歌さん。
「ふふっ……よっ、と」
会話の合間にも作業の手を止めることなく、一つ、また一つとボンベを運ぶ。
一段落したようで、額の汗を拭い空いた席に腰を下ろした。
「ふぅ……。それで、君は?」
目が合い一瞬、心臓が高鳴りを覚える。
真っ直ぐで綺麗な瞳は、僕の瞳を捉えて離さなかった。
「彼は春太くん。こっちに越して来て、今は私の家に居るんだ。えーっと……居候? って言うのかな?」
説明を代弁してくれた千歌さんだったが、居候という言葉が合ってるのか僕に確認を求めてきた。
「それで合ってますよ」
「へぇ、そうなんだ。その制服、ここらじゃ見ないけど……前の学校の?」
「いえ、これは浦の星女学院の男性用制服……みたいです」
目を白黒させ、ポカーンと口を開く果南さん。
「……えっと。え、つまりどういうこと?」
状況がいまいち飲み込めないようで、首を傾げていた果南さんにこの経緯をかいつまんで説明をした。
「それは……凄いね。流石に私もビックリしたよ。でも、大丈夫なの? 周りみんな女の子だけど」
「まぁ、大丈夫ですよ」
環境は今までと違うけど、僕の立ち位置はいつも同じ。目立たないようひっそりと。
だから、周りが女子だけだとしても変わらない。
最初は目立つけど、きっと徐々に忘れて行くはずだ。
これまでだって、そうだったのだから。
「そっか。ま、何か困ったことがあったら頼りな? 私も千歌も、曜もいることだし」
「……は、はい。その時は」
うんうん、と頷く千歌さんと渡辺さん。
「友達同士、助け合うのが一番だよ!」
──友達か。その響きが何だか懐かしく感じられた。
転校ばかりする前は、彼女達のように友達同士で笑い合って、時には喧嘩もしたりして……その上、助け合う事は当たり前、なんて関係を僕も築いていたんだ。
今となっては、そんな関係に興味も沸かない。
どうせ消えてなくなる。だからそうなる前に冷たく突き放すべきなんだ。
けど……。
「……そう、ですね」
友達じゃない、と。言うことが出来なかった。
どうして? 嫌われたくないから?
……分からない。何でだろう。
「あ、そうだ、果南ちゃんは新学期から学校来れそう?」
ふと、思い出したように千歌さんが果南さんに問い掛けた。
「うーん。まだ家の手伝いも結構あってね……父さんの骨折ももうちょっと掛かりそうだし……」
果南さんも色々と大変そうだ。
「そっかぁ……果南ちゃんも誘いたかったな……」
遠い目をして、背もたれにもたれ掛かる。
「誘う、って?」
興味ありげに千歌さんを見て、返答を待つ果南さん。
僕と渡辺さんは、その間千歌さんの鞄に入っていたみかんを分けて食べていた。
寿太郎みかん、だったよな。
絶妙に甘くて旨い。これなら何個でもいけそうだ。
「うん!私ね、スクールアイドルやるんだ!」
スクールアイドル。その単語を聞いた途端、僅かながらに表情が変わった。
様々な感情が入り混じった、どことなく複雑な表情に。
「へぇ……。まあ……でも私は千歌たちと違って三年生だしね……」
すると果南さんは立ち上がり、何かを取りに行った。
「知ってる?すっごいんだよ!」
その表情の変化に気付かなかったようで、千歌さんは話を続けようと立ち上がるが──
「はい!お返し!」
言葉を遮るように顔に干物を押し付けられ、嫌そうな顔をしていた。
「うぅ……また干物……」
どうやら干物も毎度同じらしい。
「文句はお母さんに言ってよ。ふふっ……ま、そういうわけで、もうちょっと休学続くから、学校で何かあったら教えて!」
強引に話を打ち切ると、ふと上の方から大きな音──ヘリのプロペラの音が聞こえてきた。
その音に釣られて、皆が一斉に空を見る。
「あれ、なんだろう……?」
濃いピンクと、白のカラーが特徴的なそのヘリ。
果南さんは一人、神妙な面持ちで一言。
「……小原家でしょ」
その言葉に含まれている感情。それは分からないが、少なくとも良い感情ではなさそうだった。
すいません、やっぱり後一話続きます……